AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science May 29 2009, Vol.324


北極圏のエネルギー貯蔵量(Arctic Energy Reserves)

北極圏の陸地、深度500メートルより浅い大陸棚、及び深海海盆はほぼ等しい割合であり、そのほとんどは氷に覆われている。その中で深海の石油貯蔵量は限られているであろうが、大陸棚には豊富な量が蓄えられているだろう。現在入手できる限られたデータを利用して、 Gautieretたち(p. 1175)は、今後どのくらいの石油とガスが発見されるかの確率論的推定値を地質学データに基づいて算出した。世界の未発見ガスの30%、未発見石油の13%が北極圏の北側から、それも大部分はロシア領内から発見される可能性があるという。北極点周辺で氷が消失しつつあることと並んで、ハイドロカーボンの回収技術の進歩によって北極圏の資源の魅力は増してくるが、それでもこの埋蔵量では現在の世界の生産分布を大きく変化させるほどの大きさはないと思われる。(Ej,hE,Na,nk)
Assessment of Undiscovered Oil and Gas in the Arctic
p. 1175-1179.

量子的に高められた計測法(Quantum-Enhanced Measurement)

分子、原子、量子ドット中の単一電子スピンは磁場中で歳差運動をするため、磁場センサーへの応用が期待されている。センサー中のスピンの数が増えるにつれて感度も高まる。スピン集合体中に量子力学的もつれが存在すると、集合体中にもつれのないスピンの数をただ増やしただけの場合に比べ、はるかに感度を高めることができるであろう。対称性の高い分子、トリメチル亜燐酸エステル(中心に燐原子を持ち9つの水素原子によって囲まれている)をもちいて、Jonesらは(p.1166, 4月23日号電子版)、量子力学的にもつれた10個のスピン(あるいはキュービット)を実現し、10倍の感度を持つ磁場センサーを得ることに成功している。この結果は量子センサーの飛躍を加速させるであろう。(NK,nk)
Magnetic Field Sensing Beyond the Standard Quantum Limit Using 10-Spin NOON States
p. 1166-1168.

グリーンエネルギー(The Power of Green)

二酸化炭素は、化石燃料を燃やすことと森林伐採その他の土地利用の変化、の二つによって生み出される。これらで作られるCO2を減らすことは地球温暖化を抑えるには必要なことである。Wiseたち(p. 1183)は、化石燃料の排出削減と土地利用の変更によって大気中のCO2濃度レベルを450ppmから550ppmの間に保った場合に何が起きるかを、累積評価モデルを利用して調べた。土地利用の変更によってCO2濃度抑制コストを抑えることが可能となるが、作物価格を上昇させ、牛肉や炭素の多いタンパク質の消費を減少させるなどの食物の消費性向の変更を迫ることになろう。作物の生産性改善の割合は、陸地の利用形態の変化によって排出ガスの変化に大きな影響を及ぼす。このように作物育成技術は、潜在的にはCO2の捕獲・貯蔵技術と同様に重要である。(Ej,hE,nk)
Implications of Limiting CO2 Concentrations for Land Use and Energy
p. 1183-1186.

人間の皮膚に住む微生物(The Close and Personal Biome)

幸いなことに、我々の皮膚は多様な器官を保護し、多様な微生物を棲ませ、これらが及ぼす健康と病気の研究に容易に利用できる。Grice たち(p. 1190)は、10人の健康は個人から、20個の部位における遺伝子的な経時調査を行った。全部で18門の微生物が発見されたが、わずかな種だけが優勢種であった。もっとも変化に富んだ部位は前腕で、もっとも変化の少ない部位は耳の後ろであった。膝の裏側、肘、耳の裏側は個人による差は最も少なかった。この発見によって、アトピー性皮膚炎が共通して生じる場所との関連がうかがわれるが、皮膚性微生物と水虫を含む乾癬との関連は見られなかった。(Ej,hE)
Topographical and Temporal Diversity of the Human Skin Microbiome
p. 1190-1192.

プレートを引き裂く(Tearing the Plate)

最近得られた地震波観測データは、プレートの沈み込みの様々な構造を示している。あるプレートは、マントルの中に深く貫いており、そして別のプレートは、相境界(prominent phase boundary)近くの深さ670キロメートルで、折れ曲がって水平になっている。大林たち(p.1173; Noletによる展望記事参照)は、西太平洋において並列しながら多少違った方向に沈み込んでいる2つのプレートが、約300キロメートルの深さから裂け目(gash)が始まり引き裂かれている状況について、詳細な考察を述べている。この裂け目のプレート構造は、このプレート境界の過去の変化に関する情報を提供する。(TO)
Tearing of Stagnant Slab
p. 1173-1175.

ペルム紀中期の絶滅(Middle Permian Extinction)

ペルム紀末期の大量絶滅に先んじて、2億6000万年から2億7000万年前のペルム紀中期にかなり大きな絶滅が起こった。Wignallたち(p. 1179)は中国南西部の岩石を調べて、ペルム紀中期の一連の出来事に関して詳細な分析を示している。この絶滅は大規模な近くの火山噴火と同時期に起こっていた。炭素同位体値の顕著な降下はこの絶滅の発生に続いて起こっており、炭素サイクルの大混乱を示唆している。(TO)
Volcanism, Mass Extinction, and Carbon Isotope Fluctuations in the Middle Permian of China
p. 1179-1182.

早起きの人(Early Riser)

氷河期-間氷期のサイクルと海水面の長期的な変動は、地球の太陽から受け取るエネルギー量にどのように依存しているかは、明らかではない。Thomas たち (p.1186,4月23日号電子版; 表紙を参照のこと) は、タヒチで見つかった珊瑚の化石からの結果を報告しているが、それによると最終退氷期から数えて二番目の退氷期において(137,000年前ごろ)、北緯65°における日射量がほぼ最小であった時に、海水面が上昇し始めたことを示している。この結果は、Milankovitch 理論で予測されるような、日射量が上昇し始めた後ではないことを示している。対照的に、最終退氷期ではMilankovitch 理論とよく一致している。このように、氷河周期は、Milankovitch 理論が示唆するような単純な挙動はしていない。(Wt,KU,Ej)
【訳注】ミランコビッチ・サイクル(Milankovitch cycle)とは、地球の公転軌道の離心率と自転軸の傾きの周期的変化、さらに自転軸の歳差運動という3つの要因により、自転軸の角度が公転面から変動し、その結果日射量が変動する周期を言う。理論計算によると、周期は約2万年、約4万年、約10万年という3つに大別できる。発見者であるミランコビッチに因んで名付けられた。
Penultimate Deglacial Sea-Level Timing from Uranium/Thorium Dating of Tahitian Corals
p. 1186-1189.

グルコーストランスポーター4、クラスリン、及びグルコース(GLUT4,Clathrin,and Glucose)

ヒト筋肉において、GLUT4グルコース輸送経路はインスリンに応答して、70~90%のヒトグルコース除去に対応している。基礎代謝状態において、GLUT4は細胞表面から遠く隔離され、インスリンに応じて細胞内膜の区画から遊離される。このGLUT4の膜経路はⅡ型糖尿病(インスリン非依存性糖尿病)では欠如している。Vassilopoulosたち(p.1192;Orme and Boganによる展望記事参照)は、マウスには無いがヒトには存在しているクラスリンの二番目のアイソフォームであるCHC22クラスリンに関する機能について記述している。CHC22はインスリンの刺激による遊離に際して、GLUT4グルコース輸送体を隔離している細胞内区画の生合成に関与している。CHC22はヒトに限定されており、マウスでは異なった経路でグルコースの代謝を制御している、このことが、グルコース代謝や糖尿病の評価においてモデル系としてのマウスの有効性を制限している。(KU)
A Role for the CHC22 Clathrin Heavy-Chain Isoform in Human Glucose Metabolism
p. 1192-1196.

加齢に抗う(Anti-Aging)

アルツハイマー病やハンチントン病といった幾つかのヒト神経変性疾患は、異常なタンパク質凝集によって引き起こされる。これらの病気は、通常50歳を過ぎたころから発病し、老化プロセスと関連していることを示唆している。多くの様々な種において、寿命は食事制限やインスリン及びインスリン様成長因子-1(IGF-1)のシグナル伝達の減少によって長くなる。これらの経路は有毒なタンパク質凝集をも低下させ、加齢とタンパク毒性病とをメカニズム的に結びつけるものである。線虫におけるタンパク毒性の制御因子を調べ、Mehtaたち(p.1196,4月16日号電子版)は、フォンヒッペル・リンダウ腫瘍抑制因子相同体VHL-1が有意に寿命を延ばし、タンパク毒性への抵抗を高めることを見出した。VHL-1はE3ユビキチンリガーゼであり、低酸素の応答にネガティブに制御し、低酸素の条件下で成長した動物は長生きした。このもう一つの長寿経路は食事制限やインスリン様シグナル伝達と異なるものである。(KU)
Proteasomal Regulation of the Hypoxic Response Modulates Aging in C. elegans
p. 1196-1198.

1,2,3(One,Two,Three)

合成生物学者は計算工学や電子工学から多くの着想を得ており、類似の遺伝回路を用いて細胞中でプログラムを作ろうと試みている。Friedlandたち(p.1199;Smolkeによる展望記事参照)は、相補的な大腸菌合成遺伝ネットワークを作ったが、このネットワークは前の分子イベントを覚えていて計算機として作用する。これらのモジューラデバイスはある頻度において3つの誘導イベントまで計算し、より大きな数へと拡張可能である。類似のデバイスは細胞生物学、生物工学、及び潜在的には薬物療法学の多イベントプロセスへの応用が可能であろう。(KU)
Synthetic Gene Networks That Count
p. 1199-1202.

一歩戻って前進する(Stepping Back to Go Forward)

転写の仕組みへの洞察は、転位置状態の前後における活発に転写を行うRNAポリメラーゼII複合体の結晶構造からもたらされてきた。RNAポリメラーゼもまた、鋳型DNA上でバックトラック(後戻り)することがある。ほんのわずかな残基によるバックトラックは可逆的であるが、長いバックトラックは、転写伸長因子SII(TFIIS)による転写物の切断によって中断され、抑止に到ることになる。このたびWangたちは、バックトラックされた三元複合体のX線構造と、TFIISの非切断(noncleaving)変異体に結合したバックトラックされた複合体のX線構造とを報告している(p.1203)。それら構造は明瞭な1残基の、バックトラックされた状態を示しており、RNAポリメラーゼが活発な転写の際に前向きと後戻りの運動の間を周期的に振動しているという考えを支持している。適合しなかった残基は前向きの転位置を嫌うので、バックトラックされた状態にある時間が増えることになり、TFIISによる切断を促進している。つまり、TFIISによって誘発される切断は、転写の際の重要な校正機能を提供しているらしい。(KF,KU)
Structural Basis of Transcription: Backtracked RNA Polymerase II at 3.4 Angstrom Resolution
p. 1203-1206.

注意と同期(Attention and Synchrony)

視覚野における神経活動は、注意やその他の行動の状態と同期するようになる。しかしながら、この同期の源はいまだにわかっていない。Gregoriouたちは、前頭眼野の同期された活性が、注意の際のサルの視覚野V4における同期の原因の1つであるという仮説をテストした(p. 1207)。注意が生じると、V4領域における神経活動は、お互いをつなぐ受容野に刺激がもたらされた場合には前頭眼野の活性と同期するが、受容野が互いに重なっていない場合には同期しなかった。(KF)
High-Frequency, Long-Range Coupling Between Prefrontal and Visual Cortex During Attention
p. 1207-1210.

レビューされた社会科学(Social Sciences Reviewed)

社会科学は、作用するもの(actor)と作用を受けるもの(acted-upon)、それら双方の意図と行為が時間経過の中で変わっていく、そんな変化する環境下での多体問題に焦点を当てている。そうした状況において、どの行動が原因で、どれが結果で、どれが付帯的なものかなどを明白かつ説得力をもって同定することは、控え目めに言っても、挑戦に値する難題である。Behrensたちは、社会的認知神経科学の領域における形式的行動モデルの最近の応用例についてレビューしている(p. 1160)。(KF,Ej)
The Computation of Social Behavior
p. 1160-1164.

二重に見る(Seeing Double)

電子は金属中を自由に動き回るが、半導体中における電子の動きは励起電子の抜けた後のプラス帯電のホールの動きと相関を持っている。様々な分光学的手法により、エキシトンと呼ばれる電子-ホール対に関係したエネルギーが定量化された。しかしながら、エキシトン-エキシトンの相互作用の結果として起こるより高次の相関は調べるのが困難であった。Stoneたち(p.1169)は、精確に制御された相互に位相関係を持つ極めて短い4つの連続した光パルスを用いて、GaAs量子井戸構造においてこれらのエキシトンペアの挙動を解析した。(KU)
Two-Quantum 2D FT Electronic Spectroscopy of Biexcitons in GaAs Quantum Wells
p. 1169-1173.

編集の期待値(Editing Expectations)

遺伝情報はDNAに貯蔵されていて、忠実にRNAにコピーされるが、RNA編集という名で知られるプロセスの間に、細胞がコードの意味に奇妙な(また時としてきわめて重要な)変化を与えることがある。ヒトゲノムの非反復配列部分で13種の編集された遺伝子が知られているが、RNA編集の全体としての出現の程度ははっきりしていない。Liたちは、ゲノム全体に対する不偏性のアプローチを用い、編集についての厳密な判断基準に基づいて、(207個の標的遺伝子中に)239箇所を同定した(p. 1210)。これらの部位には、既知の13箇所の編集された遺伝子のうち10箇所が含まれていた。ランダムに選んだ18個のうち、14個が配列決定によって検証され、それら編集された遺伝子と推定されたものは、シナプスや細胞輸送、膜機能に富んでいるものであった。さらに、探索基準の厳密性を引き下げることによって、より多くのヒト遺伝子が、より低い頻度ではあるが編集されていた可能性をもっていることが示唆された。(KF)
Genome-Wide Identification of Human RNA Editing Sites by Parallel DNA Capturing and Sequencing
p. 1210-1213.

遺伝子型、表現型、それらの変異(Genotype, Phenotype, and Variation)

表現型の進化は、ゲノムの調節領域における変化だけでなくコード配列における変化からももたらされる。Vincesたちは、出芽酵母遺伝子のプロモータ中にある、遺伝子発現可変性の豊富な源を明らかにした(p. 1213)。酵母プロモータ領域の25%までもが、高度に可変な縦列反復配列を含んでいるが、それは遺伝子発現と局所性のクロマチン構造に影響するものである。これら反復に内在する不安定さが、遺伝子発現レベルの可変性を産み出し、表現型形質の急速な進化の仕組みを提供しているのである。(KF)
Unstable Tandem Repeats in Promoters Confer Transcriptional Evolvability
p. 1213-1216.

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