AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science May 1 2009, Vol.324


問題に光を照らす(Shedding Light on a Problem)

農地への化学肥料散布に代表される人為的行為は、陸生・水生生態系における栄養供給に貢献してきた。草原地においては、栄養素増加によって植物種の多様性が減少することが観測されているが、この生態系多様性の減少のメカニズムについては明らかになっていない。Hautierらは(p636)低木に補助光を照射するという人為的実験を行い、植物間の光獲得競争が多様性減少の原因であるという学説を支持する実験結果を得ている。(NK)
Competition for Light Causes Plant Biodiversity Loss After Eutrophication
p. 636-638.

水星から送られてきた宇宙探索機MESSENGERのデータ(MESSENGER from Mercury)

宇宙探査機MESSENGERが2008年10月に水星のそばを通過した。これは2011年に水星の軌道に最終的に落ち着くまでに、3回のflyby(近傍を通過飛行)を予定しているそのうちの2回目であった。1970年代半ばごろに別の探査機が水星を訪れており、このときには水星表面の45%の領域の地図が作られた。今回、MESSENGERの通過後では、たった10%の水星表面の詳細地図化が未完成となった。Denevi たち(p. 613) は、このほぼ全体をカバーしたデータを使って、水星地殻が長時間かかって異なる成分のマグマが噴出して形成されたと思われるそのメカニズムを調べた。月と同様に、水星表面もたくさんの衝突クレーターがある。Watters たち(p. 618)は、水星最大のCalorisに次いで2番目に大きい、保存状態の良好な衝突盆地のRembrandtを詳しく調べた。Calorisと異なり、Rembrandtは火山起源の物質で完全に覆われている訳ではなく、その形成と進化の手がかりを残している。ここには地殻構造のユニークな変形の跡が示されており、その中には時間をかけて水星内部が冷却し、収縮したと思われるパターンがある。水星の外気圏と磁気圏も観察された(Glassmeierによる展望記事も参照)。磁力線再結合(Magnetic reconnection)とは、惑星間磁力線が水星の磁力線と合流するプロセスで、太陽風から磁力圏にエネルギーを伝達する。Slavin たち(p. 606)は、地球における磁力線再結合よりも10倍も強力なものを観測した。McClintock たち(p. 610) は、水星の外気圏におけるMg, Ca, Naの同時計測を高精度で実施した。これによって外気圏が生成されたプロセスが解明されるかも知れない。(Ej,hE,KU,tk)
The Evolution of Mercury’s Crust: A Global Perspective from MESSENGER
p. 613-618.
Evolution of the Rembrandt Impact Basin on Mercury
p. 618-621.
MESSENGER Observations of Magnetic Reconnection in Mercury’s Magnetosphere
p. 606-610.
MESSENGER Observations of Mercury’s Exosphere: Detection of Magnesium and Distribution of Constituents
p. 610-613.

異論に乾杯!(Vive La Difference)

北半球と南半球の気候変動は互いにどの程度似ているのだろうか?我々が暮らしている現在を含め過去11500年の完新世では、この南北半球の気候変化の同期性がどうなっていたか、多くの議論が戦わされてきた。この時期の気候は現在の気候変化を比較するための基準線を与えるので重要である。Schaefer たち(p. 622; および Balcoによる展望記事も参照)は、ニュージーランドにおける過去7000年間の氷河の動きの経年変化を示し、北半球からの類似の氷河の記録と比較した。南北の半球の氷河の記録には大きな差が見られる、その差異は地域的な制約によると思われる。その結果、よく議論される話題である「南北の半球の変動は、位相が合っているか逆位相であるか?」との議論は、どちらも正しくないように見える。(Ej,hE,KU,nk)
High-Frequency Holocene Glacier Fluctuations in New Zealand Differ from the Northern Signature
p. 622-625.

鳥と恐竜(The Birds and the Dinosaurs)

古代の化石に保存される組織はどの範囲までであろうかという議論が尽きない。Schweitzer たち(p. 626;およびServiceによるニュース記事) は、8000万年前のハドロサウルスの良く保存された組織と本来のコラーゲン配列について報告している。この化石は元の骨組織や血管に似た構造を保存している。複数の研究所において化石からの化学的な抽出物と組織断片の双方を質量分析器で計測した結果、古代のコラーゲン配列が鳥と恐竜とで似ていることから、両者の類似性が推察される。(Ej,hE,nk)
Biomolecular Characterization and Protein Sequences of the Campanian Hadrosaur B. canadensis
p. 626-631.

ガラスのような超固体(Glasslike Supersolid)

極低温下で、ねじれ振動子からなるリングに閉じ込められた固体ヘリウムを用いた最近の実験は、エキゾチックな超固体相、すなわち、超流動物質にやや似たような流れをする結晶化した固体という観点から説明されてきた。しかしながら、試料間の挙動の相違は、さまざまな疑問を抱かせてきた(Saunders による展望記事を参照のこと)。Hunt たち (p.632) は、時間と温度の関数としてのねじれ振動子の緩和過程のダイナミクスの包括的な研究を与えている。そのデータは、"超固体ガラス"を支持する証拠を与えている。この超固体ガラスでは、結晶の転位によるガラス的な挙動と超流動性とが共存している。Anderson (p.631) は、別の理論的な研究において、超固体性はすべてのボース固体の基底状態によるはずであるが、試料中の欠陥が超固体的な特徴を覆い隠す可能性があると議論している。(Wt,Ej)
Evidence for a Superglass State in Solid 4He
p. 632-636.
A Gross-Pitaevskii Treatment for Supersolid Helium
p. 631-632.

戦略的な標的(Tactical Target)

γ-分泌酵素複合体による膜内でのタンパク質分解は、アルツハイマー病の発生や病理学において重要である。γ-分泌酵素は通常、均質な活性を持つものと考えられている。Serneelsたち(p.639,3月19日号電子版;Golbe and Kukarによる展望記事参照)は、γ-分泌酵素複合体のうちのAph1B成分がアルツハイマー病に関与している長いβ-アミロイド生成の犯人であることを示している。アルツハイマー病のマウスモデルにおいて、完全にAph1Bをノックアウトされたマウスではこの病に関連する表現型の特徴が改善され、より一般的なγ-分泌酵素をターゲットにしたさいに以前観測されたような副作用の毒性を示さなかった。(KU)
γ-Secretase Heterogeneity in the Aph1 Subunit: Relevance for Alzheimer’s Disease
p. 639-642.

単一の細胞が脳の状態を切り替える(Single-Cell Brain Switching)

動物の様々な行動状態は脳全体の異なる活性パターンにより特徴付けられる。例えば、除波睡眠は、皮質ニューロンにおける膜電位の変化や高振幅、低周波数の局所的な場の電位、及び脳波シグナルと結びついている。対照的に、急速の眼球運動睡眠(rapid eye movement sleep:REM睡眠)や覚睡状態において、低振幅、高周波数の皮質ニューロン活性は脱分極レベル近傍で上下する神経細胞の膜電位と関係している。Liたち(p.643)は、単一ニューロンの活動電位がネットワーク全体の活性を変化させるかどうかを調べた。一連のin vivoでの単一細胞の刺激実験において、細胞全体のパッチピペットによる細胞内刺激を用いて、短い細胞内刺激エピソードにより脳状態が切り替わった。(KU,Ej)
Burst Spiking of a Single Cortical Neuron Modifies Global Brain State
p. 643-646.

ダイエット中のジレンマ(Dieter's Dilemma)

自制心を持つことはヒトの成功や幸わせにとって重要である。しかしながら、自制心の根底にある神経生物学や、成功と失敗の意思決定の間でどのように、或いは何故にこれらの神経メカニズムが異なっているかは殆ど知られていない。Hareたち(p.646)は、健康によい食べものと美味しそうであるが栄養の乏しい食べものの選択を実生活で意思決定をしているダイエット中の集団の脳イメージングを行った。腹内側前頭前野部における活性化は、目的価値(goal value)と呼ばれるその刺激の価値と相関があった。重要なことは、この活性化は食べ物の選択において自制心を働かす事の出来る個々人の場合に健康と味覚の価値の双方を含んでおり、一方自制心の弱い人の場合には味覚のみを反映していた。(KU)
Self-Control in Decision-Making Involves Modulation of the vmPFC Valuation System
p. 646-648.

しっかりした接木(Hard Graft)

植物では、たとえばある植物を違う植物の台木に接木した時など、組織移植によって遺伝性変化が誘発されるかどうかははっきりしていない。StegemannとBockはこのたび、移植片の接合部を介して植物間で遺伝子材料が伝達される、ということを示している(p. 649)。このことは、真核細胞が実際、遺伝情報を交換できるということ、またそのような方法で、移植によって遺伝子が種障壁を越えられることを示唆する。そうした情報交換は移植片周辺の場所に限定されるわけだが、この知見は自然の遺伝子導入と遺伝子工学技術との境目を曖昧にするものであり、自然に行われた移植が、進化の過程で遺伝子水平伝播の仕組みとして働いていたかもしれないと示唆するものである。(KF)
Exchange of Genetic Material Between Cells in Plant Tissue Grafts
p. 649-651.

概日性の周期的変動(Circadian Oscillations)

24時間という昼夜の周期は、哺乳類の生理と行動において重要な役割を果たしており、また旅行者の大半が気づいているように、われわれの身体に埋め込まれた概日時計と代謝のリズムの間には密接な結び付きがある。この結び付きは部分的には、概日時計の分子回路網を制御するタンパク質、脱アセチル化酵素SIRT1によって作り上げられている。SIRT1は補助因子としてその細胞代謝産物ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)を用いるが、このNAD+は、酵素ニコチンアミドホスホリボシル基転移酵素(NAMPT)を含むサルベージ経路を介して合成される(Wijnen による展望記事参照のこと)。Ramseyたち(p. 651,3月19日号電子版)とNakahataたち(p. 654、3月12日号電子版)はこのたび、NAMPTとNAD+のレベルが24時間周期で毎日周期的に変動していること、またこの周期的振動が概日時計によって制御されていることを示している。さらに、NAD+のこの周期的変動はSIRT1の活性を概日時計へフィードバックするよう調節しているのである。(KF)
Circadian Control of the NAD+ Salvage Pathway by CLOCK-SIRT1
p. 654-657.
Circadian Clock Feedback Cycle Through NAMPT-Mediated NAD+ Biosynthesis
p. 651-654.

編集される情報の流れ(Edited Information Flow)

RNAは一般にDNAにコードされた情報の忠実な鏡である。しかしながら、転写後のRNA編集は広く見られる現象で、翻訳されたタンパク質がその遺伝子コードとは異なるものになってしまうこともある。ヒトのAPOBEC(アポリポ蛋白B編集複合体タンパク質)に関連する脱アミノ酵素のあるクラスは、真核生物のアデノシンを編集する。Randauたちは、原核生物において、この酵素ファミリーに追加できるものを発見した(p. 657)。それは、超好熱性古細菌、Methanopyrus kandleriの転移RNAの大部分における、高度に保存され、しかも構造的にきわめて重要な位置8において、シトシンをウリジンへと編集するものである。(KF)
A Cytidine Deaminase Edits C to U in Transfer RNAs in Archaea
p. 657-659.

遺伝子発現と雑種(ハイブリッド)(Gene Expression in Hybrids)

遺伝子の大部分は、非常に近い近縁種の間でも発現パターンは異なっており、そうした分岐が表現型進化の重要な推進力であると信じられている。しかしながら、この分岐の遺伝的基礎については殆ど分かっていない。Tiroshたちは、2つの酵母種とそれらの雑種についてのアレル特異的な発現プロファイリングを用いて、どの遺伝子がゲノム座位(cis)の変化により発現において分岐するのか、どの遺伝子がその制御因子(trans)の変化によって分岐するかを同定した(p.659)。このデータは、雑種において観察された異なった遺伝子発現パターンを説明するのに利用できる。(KF,KU)
A Yeast Hybrid Provides Insight into the Evolution of Gene Expression Regulation
p. 659-662.

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