AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science January 23 2009, Vol.323


アルミニウムクラスターの活性サイト(Active Sites on Aluminum Clusters)

ガス相で生成される金属クラスター内の電子反応性は、価電子の量子力学的配置に由来し、原子の電子殻モデルと類似の殻構造に支配されている。アルミニウムクラスターと酸素の反応性もこの法則によって説明できる。Roachらは(p.492)アルミニウムクラスターと水の反応は例外であり、Al16-, Al17-, Al18- クラスターへの解離吸着は電子殻の占有状態ではなく、特有の幾何学サイトの存在に強く依存すると報告している。(NK,nk)
Complementary Active Sites Cause Size-Selective Reactivity of Aluminum Cluster Anions with Water
p. 492-495.

量子的な物事を念力輸送する(Teleporting Quantum Matter)

量子テレポーテーションとは、一つの系から他の系への量子状態の忠実な伝送であり、量子情報処理の核心である。フォトンは長距離にわたるテレポーテーションには理想的ではあるが、情報を量子メモリ中に局所的に記憶するということも必要である。この場合には、捕捉されたイオンは長い記憶時間を有するために理想的な候補といえる。Olmschenk たち (p.486; Kim と Cho による展望記事を参照のこと) は、フォトンと捕捉イオンの有利なところを結びつけて、一つの捕捉イオンの量子状態を 1m 離れた他のイオンに転送する能力のあることを示している。この技術は、やがては、より大規模な量子ネットワークへと規模を拡大できる可能性がある。(Wt)
Quantum Teleportation Between Distant Matter Qubits
p. 486-489.

人の移動を追跡する(Monitoring Human Migration)

ヒトの広がりに関する最もドラマチックな出来事の一つに、太平洋を横断して点在する島々での有史以前のコロニー形成である(Renfrewによる展望記事参照)。この驚異的な移動を説明するための二つの対立するシナリオがある:即ち、パルス-ポーズ(pulse-pause;瞬間的に移動しその後しばらくは停止)シナリオは、略5000年から6000年前の時代に、オーストロネシア(Austronesian;太平洋の中南部諸島)言語複合体の台湾起源を仮定しており、一方スローボート(slow boat;緩慢でなだらかな移動)シナリオは、13,000年ないし17,000年前に南/東アジアの島々にその起源を推定している。Grayたち(p.479)は、400のオーストロネシア言語から210の基本的な言語(動物や血縁関係の単語、単純な動詞、色や数の単語)に関する系統発生学的手法を適用し、その言語のファミリーは略5,000年前の台湾にルーツがあり、その後フィリッピン、ボルネオ/セレベス島、中央マライ-ポリネシア、及び南ハルマへラ/西ニューギニアへと続いたことを示している。このことはパルスーポーズシナリオの予測した移動の起源と経由を反映するものである。ヒトの移動研究に関する別個のアプローチで、Moodleyたち(p.527)は、普遍的に何処にでも存在するヒト病原菌を巧みに利用している。ピロリ菌はヒトの胃の中で特異的にコロニー形成をする細菌である。この菌は、現代医学を利用できないヒト集団の半分ぐらいに発生する。ピロリ菌はヒトにとって非常に特異的であり、ヒトがアフリカから出現して以来、宿主のヒトに寄り添って世界中に拡がり、遺伝的に分岐した。ピロリ菌のSahul系統の発見は、ヒトが二つの波でもって台湾から拡がった事を示唆している。第一波は現在インドネシア諸島として知られるあたりに当時露出した陸橋を渡って、ニューギニアとオーストラリアに拡った。ピロリ菌のMaori系統を運んだ第二波は、フィリッピンを経由してポリネシアとニュージーランドにヒトと共に移動した。(KU,nk)
ANTHROPOLOGY: Where Bacteria and Languages Concur
p. 467-468.
Language Phylogenies Reveal Expansion Pulses and Pauses in Pacific Settlement
p. 479-483.
The Peopling of the Pacific from a Bacterial Perspective
p. 527-530.

別々の免疫細胞の運命(Separating Immune Cell Fate)

順応性の免疫応答には、CD8+T細胞が部分的に関与しているが、この細胞は病原体による細胞内感染や幾つかの腫瘍を抑制する。このT細胞集団は二つの機能を果たしており、一つはエフェクター細胞を経由した即時的な防御を与えるものであり、もう一つは免疫記憶細胞を通しての長期の防御免疫を保持するものである。感染において、病原体-特異的なT細胞受容体(TCR)を持つ無処置のT細胞は、短命のエフェクター細胞と長寿命の免疫記憶細胞に分化する。しかしながら、これらがどのように制御されているのか、そして免疫記憶細胞がエフェクター細胞から作られるのか、或いは別々に分化するかどうかに関しては不明である(Feau and Schoenbergerによる展望記事参照)。Teixeiroたち(p.502)は、CD8+記憶T細胞の分化において特異的なTCRに関する直接的な役割を示している。欠陥のあるTCRを持つマウスの細菌感染において、変異体T細胞がエフェクターT細胞を産生し、かつロバストな一次免疫応答は可能であったが、しかしながら記憶T細胞の発生に特異的に障害が起こった。このように、エフェクターT細胞と記憶CD8+T細胞の分化は別々に生じ、そして一連の異なるTCRシグナルの誘導によって決定される。しかしながら、Bannardたち(p.505)はトランスジェニックマウス系統を用いて、インフルエンザ感染への一次応答中に産生されたエフェクターT細胞のサブセットの細胞運命を詳しくマップ化した。これらのエフェクター細胞は生存し、そして二次感染中に複製し、拡大可能な記憶細胞になることが見出された。(KU)
IMMUNOLOGY: Ex Uno Plura
p. 466-467.
Different T Cell Receptor Signals Determine CD8+ Memory Versus Effector Development
p. 502-505.
Secondary Replicative Function of CD8+ T Cells That Had Developed an Effector Phenotype
p. 505-509.

調理と燃焼(Cooking and Burning)

Asian Atmospheric Brown Cloud(ABC)と呼ばれる巨大な大気汚染は南アジアから広まり、冬の間中インド大陸とインド洋の大部分を覆う。これは非常に大きく、かつ濃密であり、その冷却効果はこの地域での温室ガスによる温暖化の効果に匹敵するか、或いは凌駕するものである。この災難を緩和する方法を知るには、その発生源を知る必要がある。ABCに寄与する二つの主要な源があり--バイオマスの燃焼と化石燃料の燃焼--、その相対的な重要性は不明である。Gustassonた(p.495;Szidatによる展望記事参照)は、雲の粒子における放射性炭素を測定し、炭素質エアロゾルの1/2から2/3はバイオマス燃焼によるものであった。このように、バイオマス燃焼、特に家庭での調理と農業による燃焼のコントロールが気候への影響を緩和し、かつこの地域での大気の質改善に重要となるであろう。(KU)
Brown Clouds over South Asia: Biomass or Fossil Fuel Combustion?
p. 495-498.
ATMOSPHERE: Sources of Asian Haze
p. 470-471.

細菌の細胞骨格が明らかに(Bacterial Cytoskeleton Revealed)

細菌のParMRC DNA-分離系は、最も単純な既知の「有糸分裂様」分配機構であり、この機構はフィラメントの重合を用いて細胞を通してDNAを移動させる。最近の研究から、このフィラメントのアクチンフィラメントとの類似性が実証され、このフィラメントの動的な性質が明らかにされ、in vitroでこの系が再構築され、そしてフィラメント-重合タンパク質ParRの構造と機能が決定された。Saljieたち(p.509,12月18日の電子版;Jensenによる展望記事参照)は、透明な薄片作成と低温電子トモグラフィを組み合わせて、生きた状態の低温不動化した細胞中のParMRCを直接観察した。活動的な分離フィラメントを示すような3乃至5個のフィラメントの小さな束が、細菌の核様体の表面に密に観測された。(KU)
Electron Cryomicroscopy of E. coli Reveals Filament Bundles Involved in Plasmid DNA Segregation
p. 509-512.
CELL BIOLOGY: Protein Filaments Caught in the Act
p. 472-473.

膜融合に取り組む(Grappling with Membrane Fusion)

膜融合のプロセスは、細胞組織化にとって基本的なものであるので、莫大な文献がそれに焦点を当ててきた。SuedhofとRothmanは、SNAREタンパク質およびSMタンパク質と呼ばれるものが膜融合で果たす役割をレビューし、それらがgrapplesと名づけられた他のタンパク質によっていかに制御されているかに関する仮説を、complexinによる例証を示しつつ、提示している(p. 474)。さらなる2つの論文もまた、SNAREによって仲介される膜融合の制御におけるcomplexinの役割について光を投げかけている。Giraudoたちは、complexin内の構造モチーフが膜融合の際に、SNAREと直接的に相互作用する分子スイッチとして作用しているらしいことを示している(p.512)。Maximovたちは、神経細胞系においては、神経伝達物質放出の際のSNAREによって仲介される膜融合において、complexinが自発性の融合を妨げるためにSNAREを締め付けるか、あるいは適切なときに融合を促進するかによって、ネガティブな役割もポジティブな役割も果たていることを確認している(p.516)。(KF)
Membrane Fusion: Grappling with SNARE and SM Proteins
p. 474-477.
Alternative Zippering as an On-Off Switch for SNARE-Mediated Fusion
p. 512-516.
Complexin Controls the Force Transfer from SNARE Complexes to Membranes in Fusion
p. 516-521.

死につつある樹木(Dying Trees)

樹木の死滅率は、合衆国西部の、現在進行中の地域温暖化以外の要因には乱されていない森林において、最近数十年で2倍以上になっている。Van Mantgemたちは、長期にわたっての個体群統計データを用いて、外見的には健康に見える森林中の樹木の背景死滅率の普遍的な増加を明らかにした(p. 521; またPennisiによるニュース記事参照のこと)。この増加は、高度や樹木のサイズ、樹木の種類、森林火災の歴史などにかかわらず生じていて、種の競合や巨大樹木の高齢化などのせいに帰することはできない。死滅率の増大は環境変化によるものらしく、進行中の地域温暖化と合衆国西部における水循環への温暖化の影響こそが、もっとも大きな要因のようである。樹木の死滅率の変化は、将来の森林構造とその組成に影響しそうで、それが次には、炭素の分離貯蔵など生態系からの貢献に影響することになり、それによって気候変化に対する生物学的寄与と反応も変わってくることになるのである。(KF,nk)
Widespread Increase of Tree Mortality Rates in the Western United States
p. 521-524.
ECOLOGY: Western U.S. Forests Suffer Death by Degrees
p. 447.

スフィンゴシン一リン酸(S1P)の働き(Taking a S1P)

細胞膜に由来する脂質メディエーターは、重要なシグナル伝達機能を複数もっている。その中で、スフィンゴシン一リン酸(S1P)は細胞表面レセプターを活性化して、免疫や血管緊張、細胞遊走さらには癌を制御している。細胞外S1Pの量は、スフィンゴシンからS1Pへの転換と、SIP輸送体によって仲介される遊離とに依存している。Kawaharaたちは、S1P輸送体であるSpns1をゼブラフィッシュのフォワード遺伝解析(forward genetics)によって同定し、Spns1がS1P受容体-2(S1P2)と遺伝的に相互作用していることを示している(p.524,12月11日の電子版)。卵黄合胞体層からSpns1によって遊離されたS1Pは、中胚葉中に発現するS1P2を活性化し、それによって心臓発生を制御しているのである。(KF)
The Sphingolipid Transporter Spns2 Functions in Migration of Zebrafish Myocardial Precursors
p. 524-527.

外に出してくれ(Let Me Out)

パーフォリン様タンパク質は、多くの細菌性病原体や原虫病原体によって発現するが、病変形性におけるその作用様式や役割はほとんど知られていなかった。Kafsackたちは、ヒトと動物の病原体である、トキソプラズマ原虫によって宿主細胞から空胞に封入された寄生虫が出て行く際に発現するパーフォリン様タンパク質TgPLP1の機能を明らかにした(p. 530、12月18日の電子版; また表紙を見よ)。TgPLP1は、寄生虫が細胞中に棲みつき、分裂をする宿主細胞の膜を透過性にするらしく、マウスの生体内におけるトキソプラズマにとって必須の病原性因子なのである。(KF)
Rapid Membrane Disruption by a Perforin-Like Protein Facilitates Parasite Exit from Host Cells
p. 530-533.

もつれを分離する(Filtering Entanglement)

フォトンを利用した光情報処理は、原理的に通信の盗聴を防止可能な方式としての期待が大きい。偏光、ノイズ、あるいは、波長をふるい分けることができる装置は光情報処理技術において重要な役割を持っている。情報が単一のフォトンによって運ばれるとき、この系は量子情報の領域に入ったことになる。この世界ではフォトン間の相互作用は量子力学的もつれを引き起こし、これによってさらに強力な情報処理と演算が可能となる。干渉分光法を用いて、Okamotoたち(p. 483;および Choによるニュース記事も参照)は、2つのもつれたフォトンが同じ偏光を持つときだけ通過でき、もしそうでない場合は取り除かれる装置を構築した。このもつれ状態の分離フィルターは量子情報処理の幅広い用途に利用されるに違いない。(Ej,hE)
An Entanglement Filter
p. 483-485.
PHYSICS: Photon Sieve Lights a Smooth Path to Entangled Quantum Weirdness
p. 453.

超高速X線吸収端分析によるスピンの解明(Unspun by XANES)

多くの遷移金属化合物はエネルギーが高密度に詰まった電子状態にあり、主として電子スピンの相対的方位が異なっている。X線分光分析法は分子構造を調べるための強力な手法であるが、化合物が光子を吸収すると、この状態の周りを高速に動き、同定が困難であった。Bressler たち (p. 489,および12月11日号電子版を参照)は光励起によるフェムト秒のX線パルスによるプローブ手法を利用して、含水鉄(II)トリス(bipyridine:ビピリジン)のX線吸収端近傍構造(XANES)による一重項の金属から配位子への電荷移動状態の励起によって基底状態の五重項状態が形成される様子について調べた。五重項状態が形成されたことは、300フェムト秒遅延して記録されたXANESからも実証される。これらの結果によって長年の論争の的であった五重項化合物の状態数問題に決着が付けられた。(Ej,hE)
Femtosecond XANES Study of the Light-Induced Spin Crossover Dynamics in an Iron(II) Complex
p. 489-492.

遺伝的変動と形質の変動(Genetic Variation and Trait Variation)

天然に生じる形質の変動について、ヌクレオチド分解能で遺伝的構成をみることは一般的に知られてない。しかし、Gerke たち(p. 498)は、オークとブドウの酵母系列間について、有性相への移行制御する胞子形成効率の差の遺伝的構成を解明した。3つの転写制御因子において4つのヌクレオチドの多形性が観察されたが、この因子は(因子の相互作用も含めて)酵母系列間の胞子形成効率の差の大部分を占めている。これらの知見は、生態学的な集団遺伝解析を実施する相互交換移植によっても、対立遺伝子の頻度が集団レベルで変動しているのが確認された。(Ej,hE)
Genetic Interactions Between Transcription Factors Cause Natural Variation in Yeast
p. 498-501.

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