AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science October 31 2008, Vol.322


作用中の輸送体(Transporter in Action)

膜輸送体は核酸塩基や関連した代謝産物の再利用(サルベージ経路)に必須の成分であり、3つの主要なグループに分類される。一つは、光や酸化還元反応によって解放されたエネルギーを利用するもの、第2のグループはイオン勾配で貯えられたエネルギーを利用して基質を輸送するもの、第3のグループはエネルギーを必要としない輸送体である。この第2のグループの輸送体は、交互のアクセス機構により輸送を行っていると考えられているが、そこでは輸送体タンパク質の中心にある基質結合部位が膜の両サイドへのアクセスを交互に行っている。二つの輸送体、ロイシン輸送タンパク質LeuTとガラクトース輸送タンパク質vSGLTの構造は知られているが、しかしながら双方の構造において基質は膜の両サイドから隠されて見えない状況である。Weyandたち(p.709,10月16日のオンライン出版)は、核酸塩基の輸送体に対して外側に向いたオープンな構造と、基質が中に閉じ込められた構造に関して報告している。vSGLTに関する外側に向いた構造と内側に向いた基質の閉じ込められた構造との比較から、内側と外側に向いたキャビティの交互に生じる開閉がどのようになされているかという構造モデルが推察される。(KU)
Structure and Molecular Mechanism of a Nucleobase–Cation–Symport-1 Family Transporter
p. 709-713.

クロック成分を調べる(Clocking Clock Components)

ほとんどの細胞や生物と同じく、らん藻類は概日時計を持っており、昼と夜および温度に関する日々のサイクルに対してその代謝を最適化している。この時計は、ちょうど3つのタンパク質成分--KaiA,KaiB,KaiC--によりin vitroにおいて再構成することが出来る。Johnsonたち(o.697)は、これら3つのタンパク質の高分解能構造により、これらタンパク質の相互作用が24時間周期で構造変化とリン酸化の事象をどのように起こしているかをレビューしている。KaiCの2個のアミノ酸の経時的なリン酸化がそのタンパク質の構造によって促進され、発信装置を一方向へと促す逆戻りを防ぐ一体型のラチェット機構となる。このように、生化学的なかつ生物物理的なデータと共に、3つの必須時計成分の構造的特徴により生物学的な時計維持に関する分子機構が明らかになる。(KU)
Structural Insights into a Circadian Oscillator
p. 697-701.

アングライトになる(Getting Angrite)

アングライト(Angrite)は、われわれの太陽系になかで最も初期に形成された微惑星から生まれたある種の原始的な隕石のひとつである。Weiss たち (p.713) は、アングライトが、おそらくはその親となる天体の内部で生成された磁場の残りを保持していることを示している。これらの磁場は、たぶん地球磁場の 20%の大きさであったであろう。これらから、これらの小さな原始的天体の内部でも、溶融した鉄のコアは、太陽系の形成後に急速に生じたように思われる。(Wt)
Magnetism on the Angrite Parent Body and the Early Differentiation of Planetesimals
p. 713-716.

堆積運動( Sediments in Motion )

地球表面ダイナミクスに関する多くのモデルでは、流れの中で揺れたり漂ったりしている粒子や砂などが一斉に動く際の土砂流が始まる条件を決定するためのいくつかの基準を採用している。石や岩が静かな河床から引き剥がされて適当に強い濁流の中へと流されるのはそのよい例である。一般に、このことは時間平均的な境界剪断力を考慮してモデル化されており、この剪断力は粒子への最大の衝撃力と関係している。Diplasたち(p. 717)は、このクライテリアは不十分であり、衝撃力(インパルス)を考慮すべきことを示している。このインパルスは堆積運動を確定するために力の大きさと持続時間の組み合わせで決められる。(hk,KU,nk)
The Role of Impulse on the Initiation of Particle Movement Under Turbulent Flow Conditions
p. 717-720.

リソグラフィー用の液体(Lithographic Liquids)

ナノスケールでの印刷リソグラフィーにおいて、ポリマーが利用できるかどうかはスクイズ印刷の際の流れと最終的な形状の制御性に依存している。より長いポリマーはもつれの数も大きく高粘度であり、かつ外力の増加は同じ様にすべての分子サイズに作用すると思われがちである。Rowlandたち(p.720,10月2日のオンライン出版;Soles and Dingによる展望記事参照)は、平坦な硬いダイで圧力を加えられた一連のポリスチレンポリマーを研究し、そして極めて薄いフィルムにおいて異常な非線形的挙動を観測した。そこでは、フィルムのディメンジョンがポリマー鎖の束縛の無い自由ディメンジョンに近い。このように、ナノスケールのディメンジョンにおいては、非常に長いポリマーをプロセスに用いることは非常に容易であり、最上のリソグラフィー分解能を与えるものであろう。(KU)
Molecular Confinement Accelerates Deformation of Entangled Polymers During Squeeze Flow
p. 720-724.
MATERIALS SCIENCE: Nanoscale Polymer Processing
p. 689-690.

NOx(NOx

大気中の窒素酸化物(NO2とNO、まとめてNOxと記す)は、環境において重要な影響を持つが、そこではNO2が植物にとって必須の多栄養素である硝酸塩の前駆体であり、同じ様に大気中においても、窒素酸化物はオゾンサイクルや粒子形成の重要な成分である。NOxの放出を抑えることに関心が高まっているが、その大気中濃度は地球規模で増加しており、更に世界の幾つかの地域での継続したかつ増加した放出と長距離の移動により、遠く離れた地域においてすら増加している。Morinたち(p.730)は、北極由来の大気中硝酸塩におけるNとOの同位体測定に関して報告をしている。その報告は、春季の光化学的反応によって降り積もった雪から放出される活性窒素とその移動によって、圧倒的な量のNOxが生み出されることを明らかにしている。。このことは、その地域の空気の質や生態系への汚染の脅威を評価するプロセスにおいて、かつ気候や生物多様性への潜在的な影響を理解するうえでも重要となる。(KU,nK)
Tracing the Origin and Fate of NOx in the Arctic Atmosphere Using Stable Isotopes in Nitrate
p. 730-732.

南部アフリカ中石器時代の年代: 現生人類の行動と拡散との関連(Emergence of Modern Human Behavior)

現人類が地球上に広まっていった時期とその速度、彼らがそこでの固有生物にどのような影響を及ぼしたかは、引き続き議論の種となっている。Jacobたちは、8万年前から6万年前に起こった現生人類集団のアフリカ内での拡散と最初の出アフリカは、南部アフリカの中石器時代における二つの技術的行動的革新と年代的に同じだと報告した。すなわち、象徴と個人的装飾品に関する初期の証拠がある、Still Bay 文化と Howieson's Poort文化である。しかし、年代推定に問題があって、出来事の順序を確立することはできなかった。南部アフリカにおいて気候・生態ゾーンの異なる9つの遺跡の年代を調べると、二つの文化は5000年しか存続せず、7000年しか隔たっておらず、しかも、遺伝データから推測される出アフリカと拡散の年代と同じであることがわかった。気候記録と比較すると、これらの革新的行動の急発展は環境要素だけでは説明できない。(Ej,Bb,nk)
Ages for the Middle Stone Age of Southern Africa: Implications for Human Behavior and Dispersal
p. 733-735.

マグロの回遊と混合(Tuna Mix)

クロマグロ(Bluefin Tuna)は2つの集団に分けられる。西の集団はメキシコ湾で産卵され、東の集団は地中海で産卵されたものだ。西の集団は特に危惧される状態になっており、保存管理ゾーンは現在自己判断として西経45度に境界を画定されているが、マグロの個体群減少に歯止めがかけられたとは見なされていない。この処置がマグロの管理に有効でない理由をRookerたち(p. 742, および、10月2日、オンライン出版参照)は、魚の耳石から得られたコアの炭素と酸素の同位体の割合を測定し、マグロの産卵地の化学的特徴を判定した。両方の水域で生まれたマグロにとって西経45度は良い管理境界となっており、多くの割合の成魚が出生地に帰巣するし、大西洋を横断する動き(東から西へ)は顕著であり、しかも個体の大きさに依存している。北アメリカ水域で捕られた最大級のクロマグロはほとんどが西部水域で産卵されたものであり、この水域が西の集団にとって極めて重要な生息域であることを示している。予期しなかったことであるが、メキシコ湾やセントローレンス川の水域は西部生まれの成魚の避難水域となっており、国際的境界の間のマグロ管理を見直す意味で重要である。(Ej,hE)
Natal Homing and Connectivity in Atlantic Bluefin Tuna Populations
p. 742-744.

ムール貝と空間自己形成(Mussels and Self-Organization)

個々の生物体同士の小規模での相互作用が大規模な空間パターンをもたらす空間的自己組織化という概念は、陸生および水生の生態系において広範囲にみられる、コヒーレントな空間パターンについての主要な説明になっている。Van de Koppelたちは、海底のムール貝の生態系における空間的自己組織化の根底にある仕組みについての実験的検証結果を提示している(p. 739)。実験のために制御された条件下で、ムール貝のいる海底には規則的な空間パターンが出現したが、これは、モデル化が示唆するところによれば、個々のムール貝同士の相互作用から生じるものである。これに引き続くフィールド研究は、生態系レベルでのプロセス、特に二次的な産生や波によるかく乱に対する抵抗、に対する自己組織化の積極的な効果を示しており、生態系内の空間的構造の保存の必要性を示唆している。(KF)
Experimental Evidence for Spatial Self-Organization and Its Emergent Effects in Mussel Bed Ecosystems
p. 739-742.

グリア細胞と感覚について(Of Glia and Senses)

感覚器官というものは、動物がその環境を知覚するための主要な器官であり、それら器官は、解剖学や形態学、分子生物学を通して線虫からヒトに至るまで非常にはっきりと保存されてきている。感覚認知におけるグリア細胞の役割を探求するために、Bacajたちは、線虫の最大の感覚器であるアンフィド(amphid)におけるその機能を検討し、神経細胞の形態と活性を制御する際に必須なグリアの機能を明らかにした(p. 744; またReichenbachとPannickeによる展望記事参照のこと)。アンフィドの外筒グリア細胞は、その鞘に収まった感覚神経のいくつかの機能的側面に必要なのである。(KF,so)
Glia Are Essential for Sensory Organ Function in C. elegans
p. 744-747.
NEUROSCIENCE: A New Glance at Glia
p. 693-694.

酵素HARPの機能(HARPing On)

DNAとRNAの相補性は、遺伝情報の伝達にとって非常に有用であり、また(主としてRNAの場合だが)、機能にとって決定的な二次構造や三次構造の形成にとっても非常に有用である。さらに、情報を読み出したり、あるいは二次、三次構造の構築や解体において、核酸の塩基対鎖はばらばらに分離される必要がある。この妙技は、ヘリカーゼと呼ばれる遍在性の酵素のクラスによって執り行われている。YusufzaiとKadonagaはこのたび、逆の活性について正確に特徴づけを行った(p. 748)。それは、ATPによって駆動される分子モータータンパク質であるSNF2ファミリーの遠いメンバーであり、安定的に分離されていたDNA鎖をATPを用いて閉じる、ヒトの酵素HARP(HepA-関連タンパク質)である。HARPにおける変異は、致死的な常染色体劣性遺伝疾患であるSchimke免疫-骨(immuno-osseous)異形成をもたらす。患者においては、その病気の重さは、当該酵素の逆ヘリカーゼ活性の損失の度合いと相関するのである。(KF,KU)
HARP Is an ATP-Driven Annealing Helicase
p. 748-750.

TRPM7とT細胞の発生(TRPM7 and T Cell Development )

一過性受容体電位メラスタチン様7(TRPM7)タンパク質は、Ca2+イオンとMg2+イオンを通す膜イオンチャネルである。その生理的役割は、動物全体にとってMg2+の取り込みとMg2+濃度の恒常性に必須である、と提唱されてきている。このチャネルの生理的役割を生体内で検証するため、Jinたちは、T細胞系譜からそのチャネルを特異的に枯渇させたマウスを研究した(p. 756)。その結果は、TRPM7が、T細胞の胸腺での成熟における発生に重要な段階において必要とされるということを示唆している。(KF)
Deletion of Trpm7 Disrupts Embryonic Development and Thymopoiesis Without Altering Mg2+ Homeostasis
p. 756-760.

異数性と増殖(Aneuploidy and Proliferation)

多くの癌細胞は異数体であり、間違った数の染色体を持っているが、異数性が実際に腫瘍化の表現型に寄与しているのか、あるいはそれを抑制しているのかは、はっきりしていない。Williamsたちは、4つの異なる染色体のうちの1つのコピーを余分にもつ、マウスの胚性線維芽細胞の株化細胞を作成した(p. 703; Hernandoによる展望記事参照のこと)。異数性は余分なコピー中にある遺伝子の発現をおよそ1.5倍増加させ、多く表現された特定の染色体には依存していなかったが、染色体のサイズには依存する細胞増殖の抑制を引き起こした。異数性は、培地中の細胞の不死化に対しては可変性のある効果をもたらした。こうした知見は、ヒトにおける流産や精神遅滞を導くこともあるプロセスについてのさらなる理解に道を開くものである。(KF)
Aneuploidy Affects Proliferation and Spontaneous Immortalization in Mammalian Cells
p. 703-709.
CANCER: Aneuploidy Advantages?
p. 692-693.

生物に影響を受ける微量成分の量(Impure)

海洋生物による石灰化された方解石中のMg/Caの割合は、その生物が成長した時の温度を推定するための指標として利用できる。しかし、厳密なMg/Caと温度の関係は、いわゆる「生命効果」によりずれが生じるが、その原因はほとんど解ってないだけでなく、定量化することは困難であり、そのため、これによる過去の海洋の温度の復元には問題を含んでいた。Stephenson たち(p. 724)は、研究室での実験から、石灰化の部位で見つかる巨大分子に似た単純な親水性ペプチドによって、マグネシウムの含有量が3モル%も増加することがあり、これは復元温度で7℃から14℃の誤差を生じさせる。したがって、生物分子は炭酸塩の生成に影響を及ぼし、不純物の含有量は炭酸塩生成中に制御を受ける。(Ej,hE)
Peptides Enhance Magnesium Signature in Calcite: Insights into Origins of Vital Effects
p. 724-727.

地震によるピョンピヨン飛び跳ね(Bounce Bounce)

地震帯に存在する建造物は強い地震の間にも構造の整合性を保っていなくてはならない。最近の計測手段によって、震源地に近い場所での予想外の動力学が明らかになった。Aoi たち(p. 727;および、O'Connellによる展望記事参照)は、最近日本で起きたマグニチュード6.9の地震において、地面の加速度が重力の4倍を超えたことを報告した。興味深いことに、上方への加速度は下方への加速度より大きかった。著者たちは、浅い土壌層が底部地殻の上でトランポリンのように跳ね回るというモデルでこの現象を説明している。このような大きな加速度や動力学は耐震設計にとっての目標となる。(Ej,hE,nk)
Trampoline Effect in Extreme Ground Motion
p. 727-730.
GEOPHYSICS: Assessing Ground Shaking
p. 686-687.

普遍的な真実?(Universal Truths?)

発生中の生物が、成長と既にできあがった身体の維持とに、エネルギーをどう振り分けているかを説明する一般的な理論的枠組みは、伝統的に摂食量あるいは代謝のエネルギー消費のどちらかの比率に基づくものであった。Houたちは、食物同化作用の比率を維持や生合成、活動、貯蔵のための比率と調和させる、生物の成長と発生についてのエネルギー取り込みと割り当てのモデルを提示している(p.736)。このモデルは、すべての生物に対する成長と同化作用の比率が、2つの普遍的な曲線の周辺に密にクラスターになる、と予言するものである。さまざまな身体サイズと分類群にわたっての哺乳類と鳥類のデータは、そうした予測を支持するものになっている。(KF)
Energy Uptake and Allocation During Ontogeny
p. 736-739.

バランスの問題(A Question of Balance )

XX雌性細胞とXY雄性細胞によって経験される遺伝子量のバランスをとるために、哺乳類は、雌性のX染色体の一方が停止される、X不活性化として知られるシステムを進化させてきた。非翻訳RNA Xistは、不活性なX染色体から発現しそれを被覆するもので、染色体不活性化プロセス全体における中心的なものであるが、それがどのようにしてそうしているかは未だに不明である。Zhaoたちは、Xist内から、サイレンシングに必要となる反復A配列(Repeat A sequence)を含む小さな内部転写物、RepAを同定した(p. 750)。このRepA RNAは、ポリコーム複合体PRC2のEzh2サブユニットにXistとは独立に結合し、X不活性化を引き起こすためにPRC2をX染色体に補充する。XistアンチセンスRNAであるTsixは、これまたX染色体上にコードされているが、競合的にこの相互作用を抑制しており、そのようにすることでX不活性化を制御している可能性がある。(KF)
Polycomb Proteins Targeted by a Short Repeat RNA to the Mouse X Chromosome
p. 750-756.

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