AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science September 26 2008, Vol.321


ガンの転移を再考する(Rethinking Cancer Metastasis)

ほとんどの人のガンによる死亡は、原発性のガン細胞が体の新しい部位に伝播して拡散する転移によって起きる。途中の血流中を生き延び、新規の組織の環境に定着することを含め、転移性細胞は複雑な一連の段階をうまく切り抜けなければならないので、転移はガンの進行における遅い段階で起きるとこれまで考えられていた。Podsypanina たち(p. 1841,8月28日オンライン出版、および、Kleinによる展望記事参照)によると、転移プロセスの開始は以前考えられていたよりもっと前かららしい。正常なマウスの乳房細胞を遺伝子操作して、ガン遺伝子発現のタイミングを実験的に制御し、これをマウスの血流中に注入した。驚いたことにガン遺伝子の発現がないときは、正常な乳房細胞は肺まで移動し最大16週間生存するが、ガン遺伝子が活性化するまでは攻撃的成長を開始しなかった。このように腫瘍転移は、播種性の正常な (前悪性)細胞から発生し、遺伝的な変化が悪性になるまで臨床的には黙ってじっと待っている。(Ej,hE,nk)
Seeding and Propagation of Untransformed Mouse Mammary Cells in the Lung
p. 1841-1844.
CANCER: The Metastasis Cascade
p. 1785-1787.

DNAの鋳型を使ってナノマシンを作る(DNA Templates for Nanomachinery)

DNAは正確な相補的塩基対であるため、この塩基対やこの鋳型によってアセンブルしたナノスケールの構造物に利用されるケースが増えている。これらの中には、粒子やワイヤ、また金属や他の分子で粒子やワイヤを装飾したものが含まれる。Aldayeたち(p. 1795)は、複合物質によるアセンブリに、DNAを用いて正確な位置決めを行った例をレビューした。その発展経過は、単純な1次元の鋳型製作から2次元、3次元の動的な対象物の形状や大きさを変化させたり、ナノマシンを目標にしたものまで進んでいることが明らかになった。(Ej,hE)
Assembling Materials with DNA as the Guide
p. 1795-1799.

ガンのゲノム:カオスから秩序へ(cancer Genomes:From Chaos comes Order?)

ガン細胞中で変化した遺伝子の同定は、ガンがどのようにして生じるのかを理解したり、より効果的な診断検査や治療を行うためにきわめて重要である(Kaiserによる9月5日のニュース記事参照)。Parsonsたち(p.1807,9月4日のオンライン出版)とJonesたち(p.1801,9月4日のオンライン出版)は、正常な細胞を2つの致命的なヒトガン;多形神経膠芽腫(最もありふれたタイプの脳ガン)と膵臓ガンに変える多くのゲノム変化に関する目録を作っている。個々のガンのタイプに関して、その特異的なゲノム変化は腫瘍ごとに変わるが、変化した遺伝子は限られた数の細胞のシグナル伝達経路と調節プロセスに影響を与えており、これによりこれらの経路が順調に進まず死に導く結果になることを示唆している。神経膠芽腫の研究において特に関心のある点は、IDH1遺伝子によってコードされたイソクエン酸脱水酵素1の活性部位における反復性の変異の発見である。この研究において、IDH1変異は若い患者からの神経膠芽腫や「二次的な」神経膠芽腫においてより顕著であり、これらはすぐれたのガンの予知と関係づけられている。(KU)
An Integrated Genomic Analysis of Human Glioblastoma Multiforme
p. 1807-1812.
Core Signaling Pathways in Human Pancreatic Cancers Revealed by Global Genomic Analyses
p. 1801-1806.

火星のダイナモ(Martian Dynamo)

最近の探査機による火星の観測によると、驚くべきことに、火星の南半球の地殻は強く磁化しているのに対し、北半球ではそうではないことである。このパターンは北半球では比較的滑らかで、高度もずっと低く、そして若いという点で、火星の地殻の主たる相違と類似しているように思われる。火星は今日、活動しているダイナモは存在しない。Stanley たち (p.1822; Lawler によるニュース解説と、Langlais と Amit による展望記事を参照のこと) は、上のように北と南で地殻を両分した何らかのメカニズムからも期待できるが、もし北半球においてはコア-マントル境界にかけて熱流量が低かったとすると、結果として生ずる地磁気の場は双極子ではなく、まさに南半球に集中してしまうだろうことを、数値モデルによって示している。このようなダイナモは、その惑星のほんの一部に対してのみ太陽風からの遮蔽が強力となるだろうから、火星の大気の進化にも影響を与えるだろう。(Wt,tk,nk)
An Integrated Genomic Analysis of Human Glioblastoma Multiforme
p. 1807-1812.
Core Signaling Pathways in Human Pancreatic Cancers Revealed by Global Genomic Analyses
p. 1801-1806.

一緒に用いると機能する(Working Together to Get the Job Done)

BobがAliceに電話をしようとするが、回線が非常に聞きづらい。彼は二つ目の電話を用いるが(彼は多忙なる建築業者である)、やはりその回線もきわめて雑音が多く、彼女との接触を断念した。このような劣悪の回線では、少なくても彼のプロバイダーの古典的な通信チャネルを用いている限り、Bobは通話をすることができないであろう。もし彼が量子通信チャネルを採用するとすれば、この状況がまったく異なることをSmithとYard(p.1812.8月21のオンライン出版;Qppenheimによる展望記事参照)は理論的に示している。二つの回線を一緒に用いると(各々を単独で通信をしようとするとゼロの能力である)、二本の回線を通して通信が可能となる。理論的な興味だけでなく、この直感に反する結果は量子通信ネットワークの設計において実際に用いられる可能性がある。(KU)
Quantum Communication with Zero-Capacity Channels
p. 1812-1815.
PHYSICS: For Quantum Information, Two Wrongs Can Make a Right
p. 1783-1784.

不均一の材料を解剖する (Dissecting a Disordered Material)

グラファイト酸化物は150年前に始めて創られたが、グラファイトの機能化は均一ではなく、性質を知ることが困難であった。この材料は有益な電気特性を持つグラフェンの前躯体となることから、近年注目を集めている。Caiたち(p1815)は、13C炭素同位体でのラベル付けの割合を変えながら(100%近くまで)、グラファイトからグラファイト酸化物を得ることに成功した。同位体炭素でラベリングすることで、固体NMRにおいて高い空間分解能を得ることができ、いくつかの化学結合モデルを排除することに成功した。(NK,KU)
Synthesis and Solid-State NMR Structural Characterization of 13C-Labeled Graphite Oxide
p. 1815-1817.

ナトリウムの非線形応答

溶液中の化学反応による溶媒再配列の影響は、しばしば線形応答近似でモデル化されるが、本質的にこのモデルは,或る任意の最終状態へ平衡状態を取る全ての初期構造が同一のダイナミックスで振舞うことを前提としている。Braggたち(p. 1817; Strattによる展望参照)は、この近似がテトラヒドロフラン中の中性ナトリウム-電子イオン対の形成の場合に成立しないことを示している。平衡状態に至る速度は、Na-を酸化するときよりもNa+前駆体の還元によって進むときのほうがも二倍速い。線形モデルからの逸脱は、陽イオン、陰イオンおよび中性粒子間の大きなサイズの差異に起因し、この差異が実質的に各々のケースにおける必要な溶媒キャビティの再配列の程度を変えることになる。(hk,KU)
Linear Response Breakdown in Solvation Dynamics Induced by Atomic Electron-Transfer Reactions
p. 1817-1822.
CHEMISTRY: Nonlinear Thinking About Molecular Energy Transfer
p. 1789-1790.

海洋循環をモデル化する(Modeling Ocean Circulation)

海嶺に沿った熱水系は、海洋の化学的性質の調整に役立ち、海洋地殻上部を変化させ水和している;これが次にプレート沈み込み帯においてマントルに水を戻す。熱水系は深海の生態系をも育んでいる。海嶺は概ね線形であるが、観測報告から、熱水が出てくる流れは海嶺に沿って距離を空けていることを示しているようである。Comouたち(p. 1825)はこのダイナミクスを明らかにするために、この流れの3次元数値モデルを開発した。彼らのモデルによると、最適化された海底下の熱流は互いに約500メートルの距離を置いた細いパイプ状の上昇流に自己組織化される。そして、上昇流の各々を暖かい壁状の下降流が取り囲んでいて上昇流が途切れないように支えると共に、最大で4分の1の熱を下方に戻す働きもしている。(TO,KU.nk)
The Structure and Dynamics of Mid-Ocean Ridge Hydrothermal Systems
p. 1825-1828.

嚢胞性線維症の新たなモデル(Cystic Fibrosis Remodeled)

嚢胞性線維症(CF)は、嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子(CFTR)の変異性破壊によって引き起こされる。このCFTRは、上皮において塩素イオンと炭酸水素塩によって仲介される液体分泌、および多くの器官における塩の吸収に必要なイオンチャネルをコードしている遺伝子である。CFTRについての20年にわたる集中的研究も、未だに新たな臨床治療法を生み出すにいたっていないが、それは部分的には、ヒト疾患の研究のために使われる伝統的動物モデル、マウスがヒトのCFに見られる病理のすべての範囲を示すことがないせいでもある。この問題に取り組むため、Rogersたちは、多くの解剖学的また生理的な特徴をヒトと共有するブタのCFTRを不活性化した(p. 1837)。CFTRを欠く生まれたばかりのブタは、CFになった乳児にみられる腸閉塞や膵臓、肝臓、胆嚢の異常などの消化器関連の病理の多くを発生させ、その鼻粘膜上皮は塩素イオン輸送に関する欠陥を示した。こうした結果は、まだまだ予備的なものだが、ブタ・モデルがCFの新たな治療法をテストするための価値ある手段になりうるということを示唆している。(KF)
Disruption of the CFTR Gene Produces a Model of Cystic Fibrosis in Newborn Pigs
p. 1837-1841.

赤ちゃんの心のせいで(From the Minds of Babes)

月齢8ヶ月から1歳までのヒトの乳児は、ある種の認知課題を遂行することができない。そうした課題の1つに、「BではなくA」エラーと呼ばれるものがある。ある容器の下に1つのモノが隠され、乳児は繰り返しそのモノを手にする。続いて実験者は、乳児からはっきり見えるような条件のもとで、そのモノを別の容器の下に隠すのだが、乳児はそれでも、そのモノを見つけ出そうと最初の容器の下をのぞいてしまう、というものである。Topalたちは、このエラーについての新しい説明を提案している(p. 1831)。その説明は、最初の容器の下にモノを繰り返し隠すことに通常付随する、社会的に強い「教える/教わる」の相互作用によって、モノと場所との間の強固な連想が保証されてしまうことである。そのモノが、実験者と乳児との間でのコミュニケーションなしに隠された場合、その乳児のエラー率は減少する。この現象に関する従来の説明は、乳児の遂行性の運動のコントロールが未成熟であるため、あるいは彼または彼女の認知能力が限られているため、と示唆するものだった。(KF)
Infants' Perseverative Search Errors Are Induced by Pragmatic Misinterpretation
p. 1831-1834.

敗北の苦痛(The Agony of Defeat)

競売人は、人間の性質をうまく利用して、モノの価格を上げている。彼らは、うまくいったときの入札者の勝利の喜びを頼りにしているのか、それとも、入札者の敗北への嫌悪に頼っているのだろうか? この2つは同じコインの裏表に過ぎないという人もあるが、Delgadoたちは、値打ち以上の値をつけてしまうオーバービッド(overbid)として知られる現象をもたらすのは、むしろ後者であると論じている(p.1849; またMaskinによる展望記事参照のこと)。オークション(競り)に参加すると、敗北に敏感な脳領域が活動的になったのだ。著者たちがオークションの原則を変更して、基本的な勝利の可能性を変えることなしに敗北の潜在的可能性を強調したところ、オーバービッドしてしまう傾向は拡大したのである。(KF)
Understanding Overbidding: Using the Neural Circuitry of Reward to Design Economic Auctions
p. 1849-1852.
ECONOMICS: Can Neural Data Improve Economics?
p. 1788-1789.

古い岩石(Old Rocks)

地球上のもっとも古い岩石のいくつかは、比較的短寿命の同位元素である146Smを過剰に保有し、その結果、これから生まれた娘同位元素である142Ndを、他のNd元素に比較して過剰に保有する。これらのデータは、地球形成の最初の数億年の間のマントルの分別作用が推測される。O'Neil たち(p. 1828; およびKerrによるニュース記事参照)は、カナダのハドソン湾に沿って、142Ndの量が相対的に少ない岩石を見つけ、相補的に存在したはずの146Smが少ない貯蔵所からも同様に地球表面での火成岩が形成されたと推測されることを示した。さらに、このデータ中の同位体の存在比による推測では、これらの岩石年齢は42.8億年を示しており、地球上でもっとも古い地殻岩石であることになる。(Ej,hE,nk)
Neodymium-142 Evidence for Hadean Mafic Crust
p. 1828-1831.

認識する受容体が明らかにされた(Recognition Receptor Revealed)

下顎のある脊椎動物では、免疫グロブリン遺伝子が、可変性の多様な接合遺伝子セグメントの組換えを経て、外来性の抗原を認識する多様性のある多くの抗体を生み出している。顎のない脊椎動物における抗原認識の仕組みはまったく違っていて、ロイシンに富む反復配列(LRR)遺伝子カセットの組み合わせによって多様性を達成する、可変性のあるリンパ球受容体(VLR)を含むものになっている。抗原特異性の構造基盤は、免疫グロブリンについてはよく研究されていてるが、VLRsによる抗原認識のモードは、これまで決定されていなかった。このたびHanたちは、抗原に結合したヤツメウナギのVLRの結晶構造を決定した(p. 1834)。このVLRはソレノイド構造を形成し、その抗原はLRR配列の可変領域を含む凹状の表面に結合していた。C末端モジュールにある可変性ループは認識においても役割を果たしている。VLRsは、哺乳類の生得的免疫系中での病原体認識において特化した役割を果たしているToll様受容体(TLRs)に構造的に似ている。しかしながら、それらの進化的関係を解き明かすには、より多くのVLRとTLRの構造解析を待つ必要がある。(KF)
Antigen Recognition by Variable Lymphocyte Receptors
p. 1834-1837.

あなたの真実(Your True Colors)

人間の社会的相互作用においては、観察可能なマーカーに基づいて隠されたその人の特徴(精神的傾向、信念あるいは行動規範)についての推論を導くことは珍しいことではなく、このマーカーは本来的に何ら確実な関係を保証するものではないが、時が経つにつれて特定のグループと結びつくようになる。例えば、ボストン・レッドソックスやマンチェスター・ユナイテッドのバッジをこれみよがしに身に着けている人たちは、友人として(あるいは、たまたまこちらがニューヨーク・ヤンキースあるいはチェルシーのファンであった場合には、敵として)分類されることがありうる。ある文化的グループまたは民族的グループのメンバーが、グループ内あるいはグループ外の他者をどのようにみなすか、については多くの研究がなされてきたが、シンボル的なマーカーがグループのメンバーであることを定義する印として用いられるに至ったプロセスについては、さほど知られていない。Effersonたちは実験室ベースの経済ゲームを設計した(p. 1844)。それは、対象者が任意のマーカーをさまざまな報酬に自由に結びつけることができるようになったゲームである。文化的グループ(メンバーが同じマーカーを採用しているグループ)と、その結果生じたグループ内のえこひいきは、そのマーカーがゲームにおいて行動予測的であるだけでなく、時が経つにつれ可変であるときに限り、発達したのである。(KF)
The Coevolution of Cultural Groups and Ingroup Favoritism
p. 1844-1849.

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