AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 25, 2008, Vol.321


脅威に晒されるサンゴ礁(Coral Reefs Under Threat)

サンゴ礁の保存状態は、サンゴ種で覆われた地域に対して時間を通して評価することで監視できる。Carpenterたち(p.560; 7月10日オンライン出版)は、主要なサンゴ礁を形成するサンゴ種の3分の1以上が、サンゴ礁の生育力を失うレベルにまで絶滅の危機にあると予測した。この驚くべき衰退の原因は、物理的な破壊による局所的な損傷、漁業の乱獲、海洋汚染、及び堆積などである。温室効果ガスの蓄積が引き起こす海面温度の上昇や、海水の酸性化によるサンゴ有機体と彼等の共生者への生理学的な損傷に、これらの要因が加わると、サンゴ礁は生育力を失い、急速に瓦礫の山と化すと考えられる。(TO,nk)
One-Third of Reef-Building Corals Face Elevated Extinction Risk from Climate Change and Local Impacts
p. 560-563.

収差補正電子顕微鏡 (Aberration-Corrected Electron Microscopy )

透過電子顕微鏡は材料の構造研究に長年用いられてきたが、電子用光学系が持つ収差のために空間分解能に限界があった。Urban(p.506)は、収差の少ない顕微鏡開発における近年の技術革新について解説している。これら収差補正電子顕微鏡は、かってないほどの高い精度で原子の位置を決定できる。さらに原子欠陥や、材料中の原子組成や結合の状態を原子スケールで画像化することもできる。これまでに、双晶境界や多層材料の副格子構造や触媒粒子の原子配列などの研究に用いられている。(NK,nk)
Studying Atomic Structures by Aberration-Corrected Transmission Electron Microscopy
p. 506-510.

低分子RNAとアルゴノート(Small RNAs and the Argonautes)

低分子RNAは真核生物において広範な細胞プロセスを制御する重要な役割を果たしており、細胞質で最もその特徴を発揮する。低分子RNAは、ヘテロクロマチン形成やゲノム再配置を含む細胞核内の多くのプロセスにも機能する。Guang たち (p. 537; Meisterによる展望記事参照) は、核内RNA干渉に必要な因子を探すために線虫(Caenorhabditis elegans)の遺伝子スクリーニングを行った。その結果、核局在シグナルを含むアルゴノート様タンパク質NRDE-3が、多くのRNAに基づく核内サイレンシングプロセスに関与することを見出した。さらに、NRDE-3が細胞質から核に再分布するためには、核局在シグナルと、細胞質中のmRNAにRNA依存性RNAポリメラーゼが作用することで生成される低分子干渉RNAの結合が必要である。(hE)
An Argonaute Transports siRNAs from the Cytoplasm to the Nucleus
p. 537-541.
MOLECULAR BIOLOGY: RNA Interference in the Nucleus
p. 496-497.

一枚の絵は千の言葉を話す(A Picture Speaks a Thousand Words)

画像には多くの情報が含まれており、この複雑さは、たとえば、セキュリティの鍵の生成やデータ暗号化に活用可能である。画像の中の光の量子的特性と、これらの画像のもつれを起こさせる力を用いれば、その情報の容量を何倍にも増加することができるであろう(Boyd による展望記事を参照のこと)。Boyer たち (p.544; 6月12日にオンライン出版) は、暖かいルビジウム原子の集団中を光が通過することにより、もつれ合った二つの画像を作り出した。光ピンセットや大規模アレイ干渉計のようなものでは、精密測定は、レーザービーム位置のモニタリングに基づくものである。もつれは、また、測定を改良するためにも用いることができる。この目的を目指して、Wagner たち (p. 541) は、二つのレーザーのもつれを可能とした。これは、潜在的には空間的な計測能力をより高めることに活用できるであろう。(Wt)
PHYSICS: Let Quantum Mechanics Improve Your Images
p. 501-502.
Entangled Images from Four-Wave Mixing
p. 544-547.
Entangling the Spatial Properties of Laser Beams
p. 541-543.

ビスマスにおける相転移(Phase Transitions in Bismuth)

グラファイトの単原子層物質であるグラフェン(graphene)に関する最近の研究により、“ディラック・フェルミオン”現象を示す他の物質への関心が高まっていた。ところでグラフェンは、電子が一定速度で動き、相対性理論による運動として説明される炭素原子からなる単層シート状である。ビスマスはそのバンド構造が3次元であり、またその電子がディラック・フェルミオンであるので、特に関心が深い。そういうものとして、エキゾティックな電子相転移が期待されよう。Liたち(p. 547; Behniaによる展望記事参照)は、低温かつ高磁場下でビスマスを量子限界に持って行くことによって、新規な集合的な電子相を観察しているが、そこではエネルギーバンドを作る電子ポケットが強磁性的秩序でもって配列している。(hk,KU)
Phase Transitions of Dirac Electrons in Bismuth
p. 547-550.
PHYSICS: Elemental Complexity
p. 497-498.

冷却による生命の誕生(Birth of the Cool)

オルドビス紀(4億9千万年〜4億4千万年前)における生物多様性は驚異的に増加し、おそらく地球の歴史上最大の進化の拡大であろう。何ゆえにこのような爆発的な多様性が生じたのであろうか?Trotterたち(p.550)は、この時代の海洋の表面温度の記録に関して報告をしており、表面温度が10℃高かった値から今日の様な値に減少したときにのみ、このような放散が起こったことを示している。この寒冷化はオルドビス紀の最初の2千5百万年にわたってかなり均一なペースで起こっており、リン酸カルシウム無機燐灰石の酸素同位体の解析によって推定された。燐灰石データが示すのは、炭酸塩に基づいて以前に得られた温度よりもかなり冷たい環境であり、化石記録から推定される値とよく一致するようになった。(KU,nk)
Did Cooling Oceans Trigger Ordovician Biodiversification? Evidence from Conodont Thermometry
p. 550-554.

散乱による熱電能の増加(Increasing Thermopower Through Scattering)

熱電発電や熱電冷却は、電気伝導率が良くて熱伝導率の低い半導体物質の接合から作られる。このような材料の改善は、主にフォノン散乱を増すことで熱伝導率を下げることに主眼が置かれているが、しかしながら、このアプローチは熱伝導率がアモルファス材料の限界値以下には下がらないという根本的な制限がある。だが、アモルファス材料を記述する性能指数であるZTは熱電能、もしくはゼーベック係数Sに依存しており、理論的には、Sは材料の電子状態密度の適切なる増加によって増大することが示唆されている。Heremansたち(p.554)は、熱電材料として一般的に用いられているタリウムドープのPbTeが、750ケルビン近傍でほぼ50%近くZTを改善することを報告している。(KU,nk)
Enhancement of Thermoelectric Efficiency in PbTe by Distortion of the Electronic Density of States
p. 554-557.

ブラシノステロイドのシグナル伝達(Brassinosteroid Signaling)

ブラシノステロイドは、植物におけるステロイドホルモンの1つの型で、種々の発生過程を制御している。ブラシノステロイドによって標的とされる、遺伝的標的の幾つかやシグナル伝達要素は同定されてきているが、その制御全体にわたっての連鎖は不明なままである。原形質膜中のタンパク質あるいはリン酸化によって修飾されるタンパク質に注目して、Tangたちは、原形質膜においてブラシノステロイド受容体と相互作用する今まで未知の2つのキナーゼ(BRK1とBRK2)を同定した(p. 557)。ブラシノステロイド受容体であるBRI1キナーゼが、これら2つの基質キナーゼをリン酸化して、下流のブラシノステロイドのシグナル伝達を活性化している。(KF)
BSKs Mediate Signal Transduction from the Receptor Kinase BRI1 in Arabidopsis
p. 557-560.

構造的に明快な水素付加(Crystal Clear Hydrogenation)

水素の効率的な解離を触媒する能力は、代替エネルギー技術における大きな関心の的である。1つのアプローチは、多くの微生物におけるエネルギー代謝において重要なH2-H+相互変換反応を触媒するヒドロゲナーゼ(hydrogenase)酵素を模倣する触媒を開発することである。これまで、そうした努力は、ヒドロゲナーゼの3つのクラスのうちの2つの構造、[NiFe]ヒドロゲナーゼと[FeFe]ヒドロゲナーゼによって導かれてきた。このたびShimaたちは、第3のクラスであるFe-ヒドロゲナーゼの構造を記述している(p. 572; またArmstrongとFontecilla-Campsによる展望記事参照のこと)。これは、単核の鉄が、Fe-Sクラスターなしに、鉄グアニリルピリジン補助因子の一部になっているものである。これら3つの酵素の活性部位には、驚くほどの類似がみられる。その収斂した特徴が、水素付加において重要な役割を果たしているらしく、新たな触媒設計にとっての明快な枠組みを提供してくれる可能性がある。(KF)
The Crystal Structure of [Fe]-Hydrogenase Reveals the Geometry of the Active Site
p. 572-575.
BIOCHEMISTRY: A Natural Choice for Activating Hydrogen
p. 498-499.

廃棄物処理の仕組みを解剖する(Dissecting a Garbage Disposal Mechanism)

分泌タンパク質と膜タンパク質が小胞体(ER)中でミスフォールドされると、その分解にとって重要な仕組み、ER-付随分解(ERAD)が開始される。ミスフォールドされたタンパク質はサイトゾル中へと逆輸送(retrotranslocation)され、そこでユビキチン・プロテアソーム系によって分解される。ER中の酸化的環境は、ミスフォールドタンパク質からジスルフィド結合-介在の高分子量複合体を産生するが、この結合はERADの際に逆輸送に先立って還元されなければならない。Ushiodaたちはこのたび、ER中のジスルフィド還元酵素として、ERdj5を同定した(p. 569; またBraakmanとOtsuによる展望記事参照のこと)。ERdj5はミスフォールドされたタンパク質の分子間ジスルフィド結合を切断することによって、ERADを加速している。ERdj5は、分解されるべきミスフォールドされたタンパク質を認識するレクチン様ERADタンパク質、EDEMと結び付く。ERdj5はまた、ER分子シャペロンであるBiPとも結び付く。(KF,KU)
ERdj5 Is Required as a Disulfide Reductase for Degradation of Misfolded Proteins in the ER
p. 569-572.
BIOCHEMISTRY: Cargo Load Reduction
p. 499-500.

ミトコンドリアを操作する(Manipulating Mitochondria)

細胞の代謝エネルギー源であるミトコンドリアは、細菌性の共生生物の名残りであり、それ自身の痕跡のゲノムDNAであるミトコンドリアDNA(mtDNA)を含む。mtDNAにコードされた遺伝子の変異は、重大な細胞障害や病をもたらす。mtDNAは多くのコピーで存在しており、非-メンデル的様式で受け継がれているので、ミトコンドリアの代謝における欠陥の研究が難しくなっている。この問題に取り組むために、Xuたちは、ショウジョウバエの生殖細胞のミトコンドリア中に制限酵素を移入するため、また同族の制限酵素標的部位における変異をミトコンドリア内に含んでいる胚を選択するためのシステムを開発した(p. 575)。たとえば、チトクロムC 酸化酵素遺伝子における変異は、ヒトのmtDNAにおける変異によって引き起こされるのと同様の、男性不妊症や年齢-依存的な神経変性、ミオパチー(筋疾患)などのさまざまな表現型を示す。(KF)
Manipulating the Metazoan Mitochondrial Genome with Targeted Restriction Enzymes
p. 575-577.

対形成と修復(Pairing and Repairing)

新しく複製された真核生物の染色体は、細胞分裂の際に正確に1つずつ娘細胞に分配されるために、その相同体と一時的に対になっていなければならない。それらはまた、DNA二重鎖切断の修復の際にも対になっていなければならない。この姉妹染色分体は、必須成分であるEco1アセチル基転移酵素を含むコヒーシン複合体によって一緒に保持されている。Ben-Shaharたち(p. 563)およびUenalたち(p. 566)は、Eco1アセチル基転移酵素の標的がコヒーシンそれ自体であり、なおかつSmc3サブユニット特異的であることを実証している。Smc3のATP分解酵素領域におけるEco1アセチル化は、姉妹染色分体の粘着の確立のために必要とされる。このアセチル化は、別のタンパク質Waplによって促進されるコヒーシン解離に、おそらくはWaplによるコヒーシン環の不安定化を妨げることによって、抗しているのである。(KF)
Eco1-Dependent Cohesin Acetylation During Establishment of Sister Chromatid Cohesion
p. 563-566.
A Molecular Determinant for the Establishment of Sister Chromatid Cohesion
p. 566-569.

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