AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 28, 2008, Vol.319


ピコ秒のピルエット(急旋回)(Picosecond Pirouette)

化学反応と転位を追跡するための時間分解能は、原子振動周期のフェムト秒領域を達成しているが、多くの技術は必要精度を得るために光誘発を必要としている。つい最近、2次元赤外分光法により急速な熱駆動過程における振動エネルギーの移動を追跡することによって、このような制限を克服できることが示された。Cahoonたち(p. 1820)は、この方法を鉄カルボニルFe(CO)5における熱によるリガンド転位、あるいは流動構造の遷移状態のダイナミクスを定量化するために適用している。いくつかの異なった温度データをモデル化し、その結果を理論と比較することによって、彼らは、長い間仮定されていたBerry擬似回転機構に対する直接的証拠を得ている。その機構においては、軸方向と赤道方向のCOリガンドの変換が短寿命の四角錘面構造を通してピコ秒スケールのレベルで起きている。(hk,KU)
Determining Transition-State Geometries in Liquids Using 2D-IR
p. 1820-1823.

半導体のドーピングは微小な規模で(Semiconductor Doping Writ Small)

添加物や不純物を半導体に加え、その物性を変えることは既知の方法である。理論上は、同様の方法が半導体ナノ結晶や量子ドットの分性を変えるためにも利用できる。しかし、粒子径が小さくなるに従って、粒子全体に均一に添加したり、添加物による望ましくない化学反応によって生じる余剰電子やホールを粒子中に生じさせないことは、ますます困難になってくる。Norris たち(p. 1776) は、ナノ結晶のドーピングに利用可能な挑戦的技術についてレビュー記事をまとめた。(Ej,hE)
Doped Nanocrystals
p. 1776-1779.

鋭利な道具を用心して保持する(Careful Hold of a Sharp Tool)

ヤリイカのくちばしは、柔らかい筋組織に埋め込まれた有機物の硬い組織である。Miserez たち(p. 1816; およびMessersmithによる展望記事参照) は、どうやってイカは自分の筋組織を傷つけることなく、この鋭利で硬いくちばしを、柔らかい組織で保持し力を加えることができるのかについて疑問を投げかけた。著者たちは、くちばしの一端だけが鋭く尖っていて、その他の部分は徐々に性質が変化しているため、これを柔らかい組織で保持することを可能にしていることを突き止めた。徐々に変化する物質が自然界に存在することは以前にも見つかっているが、今回の場合、著者たちは機械的性質と局所的な化学的性質とを関連させた特に、硬さの勾配が、キチンと3, 4-dihydroxyphenyl-L-alanineを含むヒスチジン富化 タンパク質ファミリーの混合物と対応していることを見つけた。(Ej,hE)
The Transition from Stiff to Compliant Materials in Squid Beaks
p. 1816-1819.
MATERIALS SCIENCE: Multitasking in Tissues and Materials
p. 1767-1768.

イオンによる膜の組織化(Ionically Driven Membrane Assembly)

界面は分子の自己組織化をより大きな十分に規則的な構造へともたらす。例えば、ラングミュア-ブロジェット膜は、空気-水の界面で両親媒性の分子から形成される。Capitoたち(p. 1812)は、高分子量の多糖類と逆帯電した低分子量ペプチドの両親媒性分子の水溶液を混合すると、ミリメートルスケールのポリマーの袋が直ちに形成されることを示している。この膜は階層的な構造を持ち、高分子量のポリマーが膜を通して伸びている。膜は自己回復性であり、縫合することなく十分な頑強性を持っている。かくして、この膜は細胞をカプセル化したり、或いは他の目的に用いることが可能であろう。(KU)
Self-Assembly of Large and Small Molecules into Hierarchically Ordered Sacs and Membranes
p. 1812-1816.

進化する中性子星( Evolving Neutron Stars)

星はその核燃料を使い終えた後、崩壊してコンパクトな中性子星を形成する可能性がある。この非常に高密度な天体が高速に回転すると、パルサーとなり、地球上でも規則性のある連続した電波パルスとして検出しうる、回転する電波ビームを放射するであろう。中性子星は、また、マグネターと呼ばれる他のエキゾチックな天体へと進化することもある。このマグネターは、その星の極端に強力な磁場により増強されたX線バーストを放射する。Gavriil たち (p.1802, 2月21日にオンライン出版) は、わし座の中のパルサーからのデータを検証することにより、長い間追求されてきたこれら二種の中性子星の間のミッシングリンクを見出した。一連のマグネターのようなバーストが観測されているが、このバーストのスペクトルは、この中性子星がパルサーからマグネターへと変化しつつあることを示唆している。(Wt)
Magnetar-Like Emission from the Young Pulsar in Kes 75
p. 1802-1805.

精密に配置された光学的時計(Finely Spaced Clock Ticks)

Cs原子に基づく原子時計は現在の標準時計であるが、トラップされた原子とイオンの光学的遷移に基づく時計は、遥かに高い周波数で動作する故に、より優れた精度を持つ可能性がある(Kleppnerによる展望記事参照)。新たな標準時計としての要求の一つは、一つの遠隔時計と他のもう一つの遠隔時計の動作が比較できるかである。Ludlowたち(p.1805,2月14日のオンライン出版)は、4km離れた二つの異なる光学的時計(Sr時計ともう一つはCa時計)を光フィバーライン上で比較を行ない、そして二つの時計の精度におけるフラクショナルな不確かさが最も優れたCs-ベースの標準時計をも上回る1x10-16であることを実証している。Rosenbandたち(p.1808,3月6日のオンライン出版)は、単一にトラップされたAl+とHg+に基づく二つの異なる光学的時計を用い、そしてこの時計の周波数の比が5.2x10-17のフラクショナルエラーでもって測定されうることを示している。過去1年間に及ぶ繰り返しの測定により、彼らは、微細構造定数(α)に関して測定されたこの基本的な定数に変化があったとしても、このような変化は年当たり(-1.6+-2.4)x10-17以内に収まることを示している。(KU)
PHYSICS: A Milestone in Time Keeping
p. 1768-1769.
x 10–16 Fractional Uncertainty by Remote Optical Evaluation with a Ca Clock
p. 1805-1808.
Frequency Ratio of Al+ and Hg+ Single-Ion Optical Clocks; Metrology at the 17th Decimal Place
p. 1808-1812.
   

食べ物で決まる(They Are What They Eat)

ミツバチの幼生が働きバチになるのか、或いは女王バチになるかは食物によって決定される--将来の女王蜂になるもののみがロイヤルゼリーを与えられる。Kucharskiたち(p.1827,3月13日のオンライン出版)は、このような発生上の決定がDNAのメチル化によって後成的に制御されているものと仮定した。DNAメチル転移酵素3(Dnmt3)をサイレンシングすると、初期の発生プロセスにおいてロイヤルゼリーにそっくりの影響が生じた。Dnmt3の発現が減少すると、ロイヤルゼリーが無くても幼生は働きバチではなく女王バチへと成長した。(KU)
Nutritional Control of Reproductive Status in Honeybees via DNA Methylation
p. 1827-1830.

ウイルスの活性化戦略(Viral Activation Strategy)

デング熱や西ナイル熱、及び黄熱病ウイルスなどのフラビウイルスは、まず最初に分泌経路を通って処理、分泌される未成熟な細胞内粒子を組み立てる。未成熟粒子における前駆物質膜タンパク質(prM)の細胞内切断こそが、感染性にとって必須であり、それがウイルス病原性と相関している。Yuたち(p. 1834)とL. Liたち(p.1830)は、ウイルス成熟の際に生じる構造遷移について、またそれらが機能とどう関連しているかについての洞察を示している。 未成熟なウイルスでは、prMは、フューリン切断部位を曝すゴルジ複合体を介しての移行の際に、低pH環境で大がかりな立体構造変化を経る。prMタンパク質は切断されるのだが、ウイルス粒子のエンベロープタンパク質(E)に付随したままである。このエンベロープタンパク質(E)が膜融合ループをマスクして、宿主細胞膜との早発性の膜融合を防ぐ。細胞外環境の中性pHに曝されると、prMはEから解離して、新しい宿主細胞に感染した際に膜融合を行えるようウイルスを成熟させるのである。(KF)
Structure of the Immature Dengue Virus at Low pH Primes Proteolytic Maturation
p. 1834-1837.
The Flavivirus Precursor Membrane-Envelope Protein Complex: Structure and Maturation
p. 1830-1834.

臭いを嗅ぎ、撃退する(Smell and Repel)

血液を摂食する昆虫は、いくつかの重大な感染症の伝播に関わりがある。局所的に適用される防虫剤は、それらの病気からヒトを守るのに重大な役割を果たす。そうしたものの中でもっとも広く使われている化合物DEETは、50年以上にわたって使われているが、その機能は不十分にしか理解されていない。Ditzenたちは、マラリア蚊とショウジョウバエ双方において、DEETが、蚊の好みの物質への応答を仲介する嗅神経細胞を抑制することによって、昆虫の嗅覚系に作用していることを発見した(p. 1838、3月13日にオンライン出版; またLeslieによる3月14日のニュース記事を参照のこと)。嗅覚共同受容体OR83bを必要とする嗅覚受容体をブロックし、宿主の臭いをマスクすることによって、DEETは機能しているのである。(KF)
Insect Odorant Receptors Are Molecular Targets of the Insect Repellent DEET
p. 1838-1842.

怖い臭い(The Smell of Fear)

古典的条件付けについての研究は大部分、生物が感覚性の刺激を生物学的に意味ある顕著なイベントにどのように結び付けて学習しているかに集中してきた。不快な学習は直接的に、条件刺激それ自体の感覚性知覚を変化させるのだろうか?W. Liたちは、通常は区別できない鏡像異性型で存在している臭い分子を用いて、古典的条件付けが実際、知覚的な識別能力に直接的に影響をもたらすことを示している(p. 1842)。そのうちの1つの型にはネガティブな経験(電気ショック)を付随させた。反復してその臭いに曝されることで、被験者は明らかにその臭いの識別能力を高めた。条件付けによって、標的となった臭いの表現の、嗅皮質における再編成が引き起こされたのであった。(KF,KU)
Aversive Learning Enhances Perceptual and Cortical Discrimination of Indiscriminable Odor Cues
p. 1842-1845.

ラットと規則(Of Rats and Rules)

規則を学習できることと、学習済みのイベントと新規な事例の間での一般化の能力とは、人間における認知の基礎的な属性である。Murphyたちは、非霊長類における規則の学習を、例えば主語-動詞-目的語のような文法規則に類似した「規則」をラットもまた学習できるかと問うことによって、研究した(p. 1849)。パブロフ型の条件付けの手続きにおいて特異的に、ラットは、ある種の三つ組配列を他の配列から識別するよう訓練付けられた。不正解の配列から正解の配列を識別するこのラットの能力は、何セッションもの訓練の間に徐々に向上したが、これは、ラットにおいて新しい刺激への移行、すなわち規則の学習が可能であることを示唆するものである。(KF)
Rule Learning by Rats
p. 1849-1851.

間隙を空にする(Clearing the Cleft)

シナプス後受容体を介してのイオン電流は、シナプス間隙の内側に電場を生み出すが、この電場は電気的に帯電した神経伝達物質の停留時間に影響する可能性を高めるものである。Sylantyevたちは、鋭敏なラット脳切片培養と培養神経細胞における興奮性シナプス後電流を解析した(p. 1845)。シナプス伝達の間の開いたイオンチャネルによって作り出されたシナプス間隙の細胞外間隙における電場は、電気拡散を介してその間隙からの電荷を帯びたグルタミン酸分子の拡散を促進した。それは、海馬の錐体細胞におけるシグナル統合を変化させるものであった。(KF,KU)
Electric Fields Due to Synaptic Currents Sharpen Excitatory Transmission
p. 1845-1849.

小さな罠をたくさん用意する(Setting Many Small Traps)

分子が、結合力の強い共有結合をすると、この影響が強く働いて分子の性質そのものを観察することが困難になる。そのため、弱い相互作用で分子を表面上に捕らえることは、基礎的な研究だけでなく、分子の結合そのものの応用にも有用である。Dil たち(p. 1824)は、ルテニウム(ruthenium)やロジウム(rhodium)の(001)表面上に成長した窒化ホウ素(boron nitride)のナノ孔のネットワークを調べた。このネットワークを形成している2ナノメートルの孔は、フタロシアニン( phthalocyanine)の個々の大きな分子を捕まえることができる。もし、孔が無ければ、フタロシアニンはクラスターを形成する。吸着したキセノンの光電子放出と、密度関数理論の計算を組合せ、著者たちは、孔が低い仕事関数を有する領域であることを見つけ、捕獲ポテンシャルは、孔の縁の双極子リングによってなされていることを見つけた。(Ej,hE)
Surface Trapping of Atoms and Molecules with Dipole Rings
p. 1824-1826.

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