AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 14, 2008, Vol.319


核の複製を維持する(Maintaining Duplicate Nuclei)

腸内寄生虫のジアルジア(Giardia)は、植物として成長する形態(the trophozoite;栄養体)を有するとき核を2つ持ち、しかも、2つの核ともに完全な機能を保っていて、基本的に識別不可能に見える。驚いたことに、2つの核の間で遺伝的交換が生じることは知られてなかったが、2つはゲノムの完全に同一なコピーらしい。Poxleitner たち(p. 1530) は、シスト(嚢子)の状態で効率的なDNAの交換が生じていることを明らかにし、また、2つの核の間でホモ接合性を維持している仕組みを示した。(Ej,hE)
Evidence for Karyogamy and Exchange of Genetic Material in the Binucleate Intestinal Parasite Giardia intestinalis
p. 1530-1533.

新世界に移住した日(Migration Dates to the New World)

アメリカは、人類が居住した最後の大きな大陸である。 Goebelたち(p. 1497)は、この移住がどのように起こったかの推定のいくつかを変更させることになった考古学的発見、より精密な年代決定、遺伝的証拠について、最近の知見を総合的に論じた。それらのデータから、最初の移住は、氷床の発達していない海岸沿いに15000年前、アラスカを含むBeringiaの住人が移住したもので、約13000年前の第二の移住集団が北アメリカのクロヴィス(Clovis)文化をもたらしたことを示しているようである。(Ej,hE,bb,nk)
The Late Pleistocene Dispersal of Modern Humans in the Americas
p. 1497-1502.

原始惑星系の部品表(Protoplanetary Parts Lists)

初期太陽系の初期条件に関するわれわれの理解は、主としてそこで凝縮し、微粒子、彗星、小惑星、惑星へと集積していった物質のサンプルに基づいている。Carr と Najita (p.1504; Ciesla による展望記事を参照のこと) は、Spitzer Space Telescope を用いて得られた AA Tauri 星のまわりの原始惑星系円盤中の気体の分光的な観測結果を与えている。この AA Tauri は、われわれの太陽の初期に似ていると考えられている。この円盤の内側の部分にさえ、高濃度の HCN や Co.,CH, OH, HO が含まれていて、これは、有機化学的反応が進行中であることを示唆するものである。こうした結果は、より複雑な分子さえもがこれらの領域内で合成されている可能性を高めるものであり、また、地球の水が蓄えられた起源の理解の助けにもなるものである。(Wt,nk)
Organic Molecules and Water in the Planet Formation Region of Young Circumstellar Disks
p. 1504-1506.
PLANETARY SCIENCE: Observing Our Origins
p. 1488-1489.

圧力下の水素代替物

超高圧下での水素の金属化は、基礎科学的な関心を満たすだけでなく、巨大ガス惑星の深層部を理解するカギとなる。この課題に実験的に取り組むことは非常に困難である。と言うのも、圧力セルは詳細な観測が可能ではあるが、水素を金属相に変化させた例は未だ無いからである。Ermetsらは(p.1506)水素を含む化合物シラン(silane)に注目した。筆者らは「あらかじめ水素が化学的に圧縮されて」おり低圧下で容易に相変化させることができるはずだという理由からそれを用いている。実際にシランは圧縮され金属相に転移し、さらに低温下では超伝導性を示す。水素を多く含む化合物は水素を研究する上で有効な代替物であることをこの結果は示唆している。(NK,nk)
Superconductivity in Hydrogen Dominant Materials: Silane
p. 1506-1509.

BCS理論の先を見る(Look Beyond BCS Theory?)

低温でのBardeen-Cooper-Schrieffer (BCS)理論は金属の超伝導を説明する理論として固体物理学の記念碑となっていて、その礎石となっているのは格子振動(すなわちフォノン)を介しての電子ペア相互作用である。今日では高解像度の中性子解析を使ったマイクロ電子ボルトの解像度を有する測定によって、Brillouinゾーン全体にわたってフォノンの寿命期間の測定が可能となった。Aynajian たち(2月21日オンライン発行のp. 1509、またScalapinoによる展望記事参照のこと) は、鉛やニオブのような金属元素の超伝導を研究し、多体相関の効果を考慮した説明が必要となりそうな、標準的BCS理論で説明しきれない現象を見つけたのである。(Ej,hE,nk)
Energy Gaps and Kohn Anomalies in Elemental Superconductors
p. 1509-1512.
PHYSICS: This Coincidence Cannot Be Accidental
p. 1492-1493.

環状ポリマーを取り出す(Blocking Out Cyclic Polymers)

環状ポリマーの合成には、線状のポリマー終端を、競合反応が起きる前に結び付ける必要がある。そのため、このような反応は通常は希釈度の高い溶液中で行うのだが、長いポリマーの場合は収率の低下となりやすい。SchappacherとDeffieux (p. 1512)は、長いブロックを中央に、2つの短いブロックを両端に配し、環化反応に必要な反応性グループを保持した、3つのブロックから成る共重合体を合成し、今まで存在したそうした制約を取り除くことに成功した。中央のブロックは側鎖によって修飾することも可能で、これによって、原子間力顕微鏡で可視化することができた。環状ポリマーを2つの単量体で装飾し、2つの単量体の内の1つを選択的に溶解させる溶媒を用意することで、超分子チューブ状集合体を溶液中で組み立ててることが可能となった。(Ej,hE)
Synthesis of Macrocyclic Copolymer Brushes and Their Self-Assembly into Supramolecular Tubes
p. 1512-1515.
   

地球の塩素の収支を制約するもの(Constraining Earth's Chlorine Budget)

地球の塩素のほとんどは地殻に蒸発塩や鹹水としてか、あるいは海水として保持されている。これらがいつごろ、どのように集中してきたかを決定するには、マントルの塩素濃縮と同位元素の評価が必要である。しかしこのような評価は困難であり、例えば、中央海嶺玄武岩のようなマントルから出てきた火山岩は海水によって急速に汚染されてしまう。Bonifacie たち(p. 1518) は、22個の海嶺玄武岩試料中の安定な塩素の同位体を調べ、以前の研究とは対照的に、マントルの塩素は、36Clに比べ、相対的に37Cl が少ないことを発見した。この差は、マントルからの分離に伴って同位元素の分別作用が起こり、その後海洋地殻に混じり込んだか、または地球形成の際に最終期の降着物質からできた地殻はマントルと異なる塩素同位体組成を有しているかのいずれかを意味するのである。(Ej,hE,og,nk)
The Chlorine Isotope Composition of Earth's Mantle
p. 1518-1520.

酵母のプリオンタンパク質の構造が解明される(Yeast Prion Protein Structure Revealed)

プリオンタンパク質はウシの海綿状脳症とか、ヒツジのスクレイピーとか、ヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病のようないくつかの病気に結び付けられている。アミロイド線維を形成する感染性のプリオン様タンパク質は、酵母や他の真菌中にも見られる。固体核磁気共鳴データを利用して、Wasmer たち(p. 1523) は、真菌の HET-s タンパク質のプリオン形成領域のアミロイド線維の構造モデルを示した。以前の初歩的モデルでは分子間のβシート増殖についての情報は無かった。今回のモデルでは、アミロイド線維には1分子当たり2つの螺旋形状を有する、左手系βソレノイドが形成されていることが示された。これは、疎水性と極性相互作用と塩橋によって安定化している。(Ej,hE)
Amyloid Fibrils of the HET-s(218–289) Prion Form a β Solenoid with a Triangular Hydrophobic Core
p. 1523-1526.

生き生きとした色で細菌の接合を見る(Bacterial Conjugation in Living Color)

細菌における接合については、何十年にもわたって研究されてきたが、それがいかに作用しているかについては、目立つ課題がいっぱい残っている。直接的な可視化技法を用いて、Babicたちは、DNAが線毛(pilus)を介して伝達され、効率的に(95%以上)受け取り手の細菌染色体に取り込まれることを示している(p. 1553)。その際再結合できなかったDNAは分解されるのである。獲得されたDNAを追跡すると、結果として生じた染色体は頻繁に、一細胞世代あたり1回という割合で組み換えられことで、単一の祖先から多様な子孫の集合を産生することができたのである。(KF)
Direct Visualization of Horizontal Gene Transfer
p. 1533-1536.

アルコール依存症におけるストレスからの解放(Stress Relief in Alcoholism)

アルコホーリクス・アノニマス(Alcoholics Anonymous:無名のアルコール依存者たち)の活動のような社会心理的介入の成功にも関わらず、慢性アルコール乱用は、公衆衛生上の重要な問題であり続けている。ストレスがアルコール依存症再発の引き金になることを記しつつ、Georgeたちは、脳のストレス応答のメディエーターであるニューロキニン1受容体(NK1R)を薬理学的に抑制することが、アルコール依存に伴う症状の軽減につながるかを、探求した(2月14日オンライン発行されたp. 1536)。遺伝的にNK1Rを欠くマウスは、コントロール群に比較して、アルコールをより少ししか消費しなかった。また、NK1Rに拮抗する薬剤が、最近アルコール依存症から抜け出したばかりの患者を用いた小さな対照実験で用いられたが、それはアルコールへの欲求を減少させるなどの有望な効果を示した。しかしながら、後者の結果については、より大規模の長期にわたる研究で確認する必要がある。(KF)
Neurokinin 1 Receptor Antagonism as a Possible Therapy for Alcoholism
p. 1536-1539.

作用中の合成生物学(Synthetic Biology in Action)

合成生物学の目標の1つは、細胞内プロセスを思い通りに再構築することである。Bashorたちは、交配フェロモンへの応答を仲介する、酵母においてよく知られたマイトジェン活性化プロテインキナーゼ経路に新たな調節性の性質を組み込もうと欲した(p. 1539; また、Pryciakによる展望記事参照のこと)。シグナル伝達タンパク質と、そのシグナル伝達経路に関与するタンパク質を集める鍵となる裏打ちタンパク質との結びつきを変化させてできた、カスタマイズされたタンパク質相互作用領域をもつタンパク質を創造することによって、著者たちは、そのシグナル伝達経路の複雑な調節性の性質を変えたのである。緩やかだった用量作用が、スイッチ状の1か0かの応答に変化し、システム応答の時間経過も変わり、あるいは順応(連続した刺激の下で出力が減少するプロセス)が付加されるようなこともあったのである。(KF)
Using Engineered Scaffold Interactions to Reshape MAP Kinase Pathway Signaling Dynamics
p. 1539-1543.
SYSTEMS BIOLOGY: Customized Signaling Circuits
p. 1489-1490.

ワーキング・メモリーについての研究中のモデル(A Working Model of Working Memory)

処理の目的でわれわれが一時的に情報を保持できるようにしてくれるシステムであるワーキング・メモリーは、まずは、神経細胞の発火頻度が上昇し、それが持続した形で貯えられていると考えられている。Mongilloたちはこのたび、ワーキング・メモリーは、そうではなくて、特定の記憶をコードするニューロンから出ているシナプスにおける、カルシウムの一時的増加によって引き起こされる短期の促通として保持されていると示唆している(p. 1543; またFusiによる展望記事参照のこと)。必要な時間規模での短期の促通は、最近前頭前野において観察され、それ自体が数秒スケールの記憶維持に寄与するものである。記憶が保持されている間、また想起の間、神経活動は集合スパイクを示す。記憶が実際にシナプスの促通の形で貯えられていれば、それを維持するのに、スパイクを増やす必要がほとんどない。これによって、ワーキング・メモリーの代謝上のコストは減少するのである。(KF)
Synaptic Theory of Working Memory
p. 1543-1546.
NEUROSCIENCE: A Quiescent Working Memory
p. 1495-1496.

マントルのカルシウム地図(Calcium Mantle Maps)

地球のマントルにおける地震波の不連続面は密度変化を指し示すが、その密度変化は、典型的には、深さに伴う圧力増加による主要鉱物間の反応が生み出したものである。独特な不連続の1つは、およそ520キロメートルの深さのところにあるが、その深さは地理的に異なっていて、ある地域では、2つの不連続が見られることもある。Saikiaたちは、高圧・高温実験を通じて、この不連続が、新たな相、カルシウム・ペロブスカイト(Ca perovskite)を形成するほど増加する圧力によって、ガーネットからカルシウムが溶離することを反映していることを明らかにしている(p. 1515)。この反応はカルシウム豊富なマントルにおいてのみ進行するので、地理的な、また深さによるバリエーションは、主にマントルの平均的カルシウム含有量を反映するものになる。鉱物物理学と地震データを併用することで、こうした遷移がある領域のマントル組成をマップ化し、多数の沈降スラブが溜まっている深度を得る手段が得られることとなる。 (KF,og,nk)
Splitting of the 520-Kilometer Seismic Discontinuity and Chemical Heterogeneity in the Mantle
p. 1515-1518.

サンゴ礁の興亡(The Rise and Fall of Coral Reefs)

植物ホルモンであるオーキシンは、適切な植物発生の主要制御因子である。オーキシンに対して適切に応答し損ねると、シロイヌナズナの胚形成の間の、根と脈管構造の発生ができなくなる。Szemenyeiたちはこのたび、AUX/インスリン自己抗体経路を介しての適切なオーキシン応答には、複合的補助因子としてTOPLESSが必要であることを明らかにした(2月7日オンライン発行されたp. 1384)。このデータは、オーキシンに仲介された転写が植物発生を導くその機構についての洞察を与えてくれるものである。(KF)
Caribbean Reef Development Was Independent of Coral Diversity over 28 Million Years
p. 1521-1523.

トマトを形作る(Shaping Tomatoes)

果物は順化によって、野生の祖先に比べて、サイズと形において大きなバリエーションを作り上げられてきた。トマトの場合、いくつかの変種は、小さくて丸い祖先に比べて、大きくて、長く伸びた形状の実になっている。Xiaoたちはこのたび、果実が引き伸ばされた形になること、すなわちSUN遺伝子の転位された複製が発現増加することの、分子的基盤を同定した(p. 1527; また表紙参照のこと)。転位因子が宿主遺伝子を別の場所に移動することができるこの能力は、差分的な遺伝子制御や新たな表現型産生をもたらすものだが、表現型多様性をより一般的に推進する力を表している可能性がある。(KF)
A Retrotransposon-Mediated Gene Duplication Underlies Morphological Variation of Tomato Fruit
p. 1527-1530.

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