AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 8, 2008, Vol.319


幾何形状による量子位相(Quantum Phase via Geometry)

波動関数の位相は、測定が行われると壊れてしまう。そのため、位相を決定するには追加の情報が必要で、参照波との干渉に基づく幾つかの方法が開発されてきた。Moon たち (p.782) は、干渉を用いないisospectral性に基づく位相決定への道筋について述べている。この isospectral 性とは、同一の周波数応答を有する一対の単純な多角形を記述するものである --- すなわち、これらの形を太鼓の膜と考えるとそれらは同じに響き、区別できないということである。著者たちは走査型トンネル顕微鏡のチップを用いて、極低温でのCu(111)表面にCO 分子を配置してisospectral性の形状の境界を作った。この境界の不完全な特性にもかかわらず、2次元電子状態のテラヘルツ領域におけるスペクトル上の指紋は実験誤差内で同じであった。著者たちはこの特性を用いて、波動関数の位相を抽出した。境界の形状を形作ることができれば、2次元量子系においては、位相を抽出できる可能性があるだろう。(Wt,KU,nk)
Quantum Phase Extraction in Isospectral Electronic Nanostructures
p. 782-787.

光のスピンホール効果 (Spin Hall Effect of Light)

ホール効果は、外部場によって電流キャリアが横に移動する形で現れる。近年、電荷だけではなく電子スピンにも依存するスピンホール効果に関する研究に注目が集まっている。HostenとKwiatたち(p.787,1月10日のオンライン出版;Reschの展望記事参照)は光学版スピンホール効果の測定を報告しているが、これはオングストロームスケールで変位を検出することのできる高感度の計測法を可能にするものである。空気−ガラス界面で光が屈折するとき、偏光状態に応じて光路が付加的に変化する。この光学系において、偏光した光は屈折率勾配と相互作用する。これは、電子スピンが外部電場に影響を受けるのと類似している。(NK,nk)
Observation of the Spin Hall Effect of Light via Weak Measurements
p. 787-790.
PHYSICS: Amplifying a Tiny Optical Effect
p. 733-734.

熱で動く(Moving with the Heat)

ほとんどの物質は正の熱膨張率を有する--つまり、温度を上げると膨張する--が、立方晶系のジルコニウムのように広い温度範囲にわたって収縮するものもある。ヘキサシアノコバルト(III)酸銀(Silver(I) hexacyanocobaltate( III))は、Co-CN-Ag-NC-Coの弱い結合鎖からなるフレームワーク物質である。Goodwin たち.(p.794)は、この物質が直交する格子に沿って収縮、あるいは、膨張する際に、広い温度範囲にわたって、その係数がほとんどの物質より一桁大きいことを見つけた。この大きな動きの原因は、庭のフェンスのように、ちょうつがい運動によって曲がる枠構造に起因すると結論した。(Ej,hE,nk)
Colossal Positive and Negative Thermal Expansion in the Framework Material Ag3[Co(CN)6]
p. 794-797.

一歩ごとに(Every Step You Take)

我々が歩くときには、踏みしめた足を前に押し出す時だけでなく、もう一方の足が地面に着いて足を減速させる時にもエネルギーを使っている。Donelanたち(p.807)は、ハイブリッド自動車で使われている回生ブレーキと同じ方法で、この足取りの減速に費やされていたエネルギーの一部を取り込むことができる機械的な装置を開発した。この装置は、軽量であり膝に縛り付けることで、約5ワットの電力を生みだす。その能力は、携帯用の医療機器の充電に必要な電力を供給できる可能性がある。(TO)
Biomechanical Energy Harvesting: Generating Electricity During Walking with Minimal User Effort
p. 807-810.

結合を振動させて切断(Bonds, Shaken andSliced)

周波数帯域の狭いレーザー光源の開発のすぐ後で、化学者たちはこの光源を用いて、そのエネルギーと一致する特定の化学結合を励起しようと試みた。残念なことに、吸収されたエネルギーが分子骨格の残余の部分に急速に広がって、結合を選択的に切断することが出来なかった。ごく最近になって、振動励起後の直後に他の分子や触媒表面との衝突が起これば、反応効率が選択的に高まるということが示された。Killleleaたち(p.790;Mullins and Sitzによる展望記事参照)はこの方法を更に推し進めて、ニッケル表面との衝突直前にメタンのCHD3のアイソトポマー(isotopomer;同位体の存在場所の異なる異性体)におけるC-H伸縮振動を励起することで、C-H結合切断:C-D結合切断が30:1の比を達成した。通常の熱的な平衡条件下ではこの比は1:3 である。この選択的な切断の定量化には、ニッケル表面のCD3とCHD2の生成物を熱的に脱着し、技術的に困難な質量分解能の検出法が必要となる。(KU,nk)
Bond-Selective Control of a Heterogeneously Catalyzed Reaction
p. 790-793.
CHEMISTRY: Taking a Selective Bite Out of Methane
p. 736-737.

地球の核を打診する(Sounding Out Earth's Core)

地球の核は大部分が高圧の鉄の相である。この核の特性を決定する重要な手掛かりは、地球の内核を通過する音波が南北方向に最大速度を有することである。このことから鉄の結晶方位が整列している可能性が推測できる。Belonoshko たち(p.797)は数値計算によって、体心立方形構造の鉄は地震波に対して強い異方性を有し、観測された12%の異方性と合致するが、一方以前内核を構成すると考えられていた鉄の六方晶系最密充填構造の異方性は強くないことを示した。(Ej,hE,nk)
Elastic Anisotropy of Earth's Inner Core
p. 797-800.
   

よく混じり合っているミクロフローラ (Mixed-Up Microflora)

動物宿主とその腸内にいる微生物の混合物との間の関係は複雑に結びついており、宿主の免疫系がその共恒常性の維持に果たしている正確な役割は不明である。Ryuたち(p.777,Silverman and Paquetteによる展望記事参照;1月24日のオンライン出版)は、ショウジョウバエの腸内での抗菌タンパク質の発現を調べた。鍵となる免疫転写制御因子の核内因子κB(NF-κB)が、ショウジョウバエにおいて常在性の腸のミクロフローラによって慢性的に活性化されている。NF-κBで制御されている抗菌遺伝子のサブセットのみが発現するが、これは、転写抑制がその腸のホメオボックス遺伝子Caudalによって行われているからである。Caudal発現の破壊により、腸内ミクロフローラ成分の劇的な変化と同様に抗菌ペプチドのある異なったサブセットの発現をもたらしたが、このことは腸上皮細胞のアポトーシスと宿主生存率の低下となった。(KU)
Innate Immune Homeostasis by the Homeobox Gene Caudal and Commensal-Gut Mutualism in Drosophila
p. 777-782.
IMMUNOLOGY: The Right Resident Bugs
p. 734-735.

もつれている食物網を組み立てる(What a Tangled Food Web We Weave)

食物網の多様性と複雑さに関して、直接的および間接的効果の双方が網の底辺部から上層部へと影響を及ぼしている。Bukovinszkyたち(p.804)は、似通った二つの植物(栽培用の芽キャベツと野生のキャベツ)が、それを食べるアブラムシ、そのアブラムシに寄生するダニ、更にそのダニに寄生する二次的なダニに及ぼす効果を比較し、資源、ここではキャベツ、の質がどのように食物網の構造や複雑さに影響するかを調べた。この3段階の栄養系においては、基盤栄養源(キャベツ)の差が格子状につながる直接的、間接的効果を通じて栄養系を伝播して行く。そしてその結果、二つの食物網の間には構造と複雑さにおいてかなりの差が生じるのである。(KU,so,nk)
Direct and Indirect Effects of Resource Quality on Food Web Structure
p. 804-807.

中心体の役割の増大(A Growing Role for Centrosomes)

極端に低身長な形態の個人についての遺伝子解析は、ヒトの成長を制御する生物学的機構についての洞察を提供しうるものである。Rauchたちは、小頭症骨形成異常性原生低身長症Ⅱ型(MOPD II:microcephalic osteodysplastic primordial dwarfismtype II)の原因である変異体遺伝子を同定した(p.816,1月3日にオンライン発行; またDelavalとDoxseyによる展望記事参照のこと)。この、まれにしか受け継がれない条件を備えた成人は、平均身長100センチメートルであり、彼らの脳は月齢3ヵ月の乳児の脳のサイズほどではあるが、知能はほぼ正常である。犯人である遺伝子はPCNTで、これは細胞分裂の際に紡錐体繋留と染色体分離に関与している中心体のタンパク質、ペリセントリンをコードしている。細胞の表現型がサイズの表現型を生み出している正確な仕組みはまだ決定されていないが、小頭症において受け継がれている他の型(小さな脳のサイズによって特徴付けられる障害)が同様に、中心体および紡錘体遺伝子に遺伝的に結び付いているということは、興味をそそることである。(KF)
Mutations in the Pericentrin (PCNT) Gene Cause Primordial Dwarfism
p. 816-819.
GENETICS: Dwarfism, Where Pericentrin Gains Stature
p. 732-733.

T細胞決定におけるバランスをずらす(Tipping the Balance in T Cell Decisions)

胸腺では、免疫系にとって大きな影響のある発生上のキーとなる決定が行われているが、中でも最も注目すべきは、胸腺細胞がCD4+細胞(ヘルパーT細胞)あるいはCD8(細胞傷害性)T細胞のどちらかになることである。転写性因子Th-POKが、CD4およびCD8の共同受容体の双方を発現している胸腺細胞に関わって、CD4T細胞になるように仕向けるのだが、そうした発生上の選択肢の交代はいかにして生まれたのだろう? Setoguchiたちは、何事もなければCD8+ T細胞となる運命にある細胞が、もう1つの転写制御因子ファミリーRunxのメンバーの損失によって、CD4系列へと変えられることを発見した(p. 822)。正常な環境下では、Runx複合体はTh-POK発現を抑圧し、CD8 T細胞が出現するのを許すのである。(KF,so)
Repression of the Transcription Factor Th-POK by Runx Complexes in Cytotoxic T Cell Development
p. 822-825.

ヘムのバランス維持(The Heme Balancing Act)

いくつかのヘムタンパクの成分になっているヘムは、酸素の輸送および貯蔵(ヘモグロビンとミオグロビン)や電子の移動、薬物代謝(チトクロム)、さらにはシグナル伝達(NO合成酵素)のために、好気性細胞において必要とされる。しかし、フリーヘムは有毒なので、その細胞内濃度は慎重に制御されないといけない。Keelたちは、ヘム輸送タンパク質FLVCR(ネコ白血病ウイルス、亜群C受容体)を欠くマウスを作り出し、この因子が末端赤血球発生にとって必要だということを示している(p.825)。彼らは、ヘムの毒性は、自由ヘムのバランスが崩れるいくつかの赤血球の障害に共通にみられる病態である可能性があると示唆している。さらに、FLVCRは老化赤血球からのヘム-鉄再利用において機能しており、FLVCRを介してのヘム-鉄輸送が、全身の鉄恒常性に関与しているのである。(KF,so,hE)
A Heme Export Protein Is Required for Red Blood Cell Differentiation and Iron Homeostasis
p. 825-828.

不均質な熱の利得(Uneven Heat Gain)

最近の地球温暖化は、従来不均質であったし、今後も不均質であるだろう。温暖化の影響がどのようなものであるかをもっと正確に予測するためには、空間的な温度の変化パターンを理解する必要がある。Lozier たち(p. 800, および、1月3日号、オンライン出版)は、過去50年間に北大西洋での熱利得を詳細に調べた。この海盆での利得の合計はおおよそ予想された値と一致していたが、熱帯、亜熱帯地域が温められたのに対して、極地方は寒冷化していた。これらの結果は海洋全般循環モデルの中でも、ほとんど北大西洋周期変動に基づく風と浮力による力に帰せられる。北大西洋の温度変化の空間的パターンが直接地球規模の温暖化を反映する訳ではないが、大気循環における大規模な変化で伝播した間接的な結果を示しているのであろう。(Ej,hE)
The Spatial Pattern and Mechanisms of Heat-Content Change in the North Atlantic
p. 800-803.

ナノスケールの3Dイメージング(Nanoscale 3D Imaging)

「超分解能」の蛍光顕微鏡法は、通常の光学顕微鏡の200~300nmという回折限界能を越えることが可能である。この手法は2次元(2D)での画像分解能を改善したが、しかしながら3Dのナノスケールでの分解能の達成は困難であった。Huangたち(p.810, 1月3日のオンライン出版)は光の非点収差法を用いて、3D stochastic optical reconstruction microscopy(STORM)を開発した。彼らは、固定された細胞において横方向で20~30nm、軸方向で50~60nmの画像分解能で細胞内のクラスリンで皮膜されたピットと微小管を調べた。(KU)
Three-Dimensional Super-Resolution Imaging by Stochastic Optical Reconstruction Microscopy
p. 810-813.

遺伝子発現の特定(Specifying Gene Expression)

RNAポリメラーゼIIによる遺伝子転写の効率は、ヌクレオソーム-結合タンパク質の存在を含むプロモータ染色質の組成によって調節されている。ゲノムアプローチ法を用いて、Krishnakumarたちは、試験管内でヌクレオソームへの結合を競っている2つのヌクレオソーム-結合タンパク質、ポリ(ADPリボース)重合酵素-1(PARP-1)とリンカーヒストンH1が、生体内で多くのプロモータに対して相反する結合パターンを示すことを明らかにしている(p. 819)。ポジティブに制御されたプロモータでは、PARP-1が結合していたが、H1は結合していなかった。つまり、プロモータのヌクレオソーム-結合因子の局在パターンで、生体内でのグローバルな遺伝子発現結果を特定しうるのである。(KF)
Reciprocal Binding of PARP-1 and Histone H1 at Promoters Specifies Transcriptional Outcomes
p. 819-821.

親等と生殖の成功の関係(Relatedness and Reproductive Success)

あなたと相手との血族関係が充分に離れているなら、親類(cousin)と結婚するのはそれほど悪い考えではない。Helgasonたちは、アイスランド人の10世代にわたる系統学的記録を分析し、生殖の成功についての係累の影響を検証した(p. 813)。8親等や10親等まで離れる結婚は、より近い親類あるいはより離れた親類との結婚より子どもや孫を多く産む結果になっていた。アイスランドの社会は、過去200年間、田舎の集団が都市の領域に移動することによって都市化されてきていて、既婚カップルにおける親類婚は消えつつあり、これに伴って、生殖の成功率低下が生じているのである。(KF,Ej,so,nk)
An Association Between the Kinship and Fertility of Human Couples
p. 813-816.

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