AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science August 17, 2007, Vol.317


海流の反転循環の仮定(Overturning Assumptions)

北大西洋では暖かい表面水がフロリダ海峡から北方、東方に流れ、北方から南方への深海流が帰ってくる。この経線に沿った反転循環流(MOC)による輸送は、低緯度から高緯度への巨大な熱量を運ぶ。地球気候モデルによれば、地球温暖化によってこの海水の流れが減少し、このため、特にヨーロッパの気候に大きな影響を与えることが推察される。しかし、観測時間は充分長いと言う訳ではないし、十分な詳細な観測記録が得られている訳でもなく、この熱量運搬量の顕著な減少が存在するかどうかが評価されてはいなかった(Churchによる展望記事参照)。Cunningham たち(p. 935) および Kanzow たち(p. 938)は、緯度26.5DEGNの大西洋海盆に配列係留された観測機器を利用して、MOCの強度の年変化を示した。その結果、MOCは1年間に8倍もの変化があり、4.0 sverdrups (1 Sv equals 1 million cubic meters per second)から、34.9 Svまで変化があり、平均値は18.7 ± 5.6 Svであることが分かった。MOCの成分毎の変動は互いに打ち消しあい、したがって、大体の熱流量の推定は1年内の周期で可能である。したがって、以前の8 Svに上る熱流量の変化が過去10年間に生じたという主張は、たまたま1年内の短期間の変化を捉えた可能性があり、今後のより精密な観測が待たれる。(Ej,hE)
OCEANS: A Change in Circulation?
p. 908-909.
Temporal Variability of the Atlantic Meridional Overturning Circulation at 26.5°N
p. 935-938.
Observed Flow Compensation Associated with the MOC at 26.5°N in the Atlantic
p. 938-941.

煙る巨大な噴霧器(Giant Smoking Gun)

タイプ1aの超新星は、その固有の明るさが推測できるため、宇宙論的な距離探査に有用である。しかしながら、それらがどのように発生するのかについて、あるいは、それらの祖先である星の系の特性については、ほとんど知られていない。タイプ1a超新星は、白色矮星が連星系内にある随伴星を食い尽くした後、その破局的な死を記録するものとして広く考えられている。Patat たち (p.924, 7月12日にオンラインで出版) は、タイプ1aの爆発中のスペクトルの中に爆発以前に連星系から吹き出ていたガスの吸収線を検知することに成功し、その特徴から随伴星のタイプを決定した。ガスの膨張速度からは、爆発時においては、随伴星は赤色巨星の可能性が高い。(Wt,nk)
Detection of Circumstellar Material in a Normal Type Ia Supernova
p. 924-926.

きらめく窒化ホウ素の結晶(Bright Boron Nitride Crystals)

六方晶系の窒化ホウ素(hBN)は潤滑材として利用され、熱伝導度が良好であるという点でグラファイトと似ているが、電気的に絶縁体である点ではグラファイトと異なる。hBNは大きなバンドギャップを有しているため、短波長の紫外線放射物質の候補物質でもあり、電子工業や医療への応用が期待されている。Kubota た(p. 932) は、大気圧でニッケル-モリブデンを溶媒とした高純度のhBN結晶の合成法を開発した。この結晶は室温で波長215ナノメートルの極めて強烈な光を放出した。(Ej.hE,nk)
Deep Ultraviolet Light-Emitting Hexagonal Boron Nitride Synthesized at Atmospheric Pressure
p. 932-934.

もっとピントをもっと合わせて(Into Sharper Focus)

高級な光学系では光軸上でシャープな焦点が達成されるように、位相板によってずれた位相成分を除いている。しかし、これらのパターン付き位相板による焦点は、まだ古典的な回折波長限界の制約を受けている。Merlin (p.927, 7月12日号、オンライン出版も参照)は光軸上のある点で、光学場における近接場成分を収束させて、波長以下の精度で焦点を結ばせるような平面構造設計を可能とする理論的成果を紹介した。これは波長以下の精度での焦点や画像を達成するための一般的な方法であり、そのようなス-パーレンズ現象へたどり着くための手法の一つである負屈折率の利用と相補的な関係にある。(Ej,hE,nk)
Radiationless Electromagnetic Interference: Evanescent-Field Lenses and Perfect Focusing
p. 927-929.

原子-様の量子ドット(Atom-Like Quantum Dots)

量子ドットは、しばしば人工原子とみなされているが、量子ドットが量子閉じ込め効果に由来する離散的なエネルギーレベルを示すからである。しかしながら、量子ドットは数千個には至らないが数百個の個々の原子からおおむね形成されており、そこでは多体効果、或いはバルクな効果が強い光励起のもとで存在している。Xuたち(p.929)はこれらの効果を用いて、二つの異なる光の場によってもたらされる量子ドットの吸収とゲインを変化させた。彼らは、単一ドットの吸収スペクトル中にAutler-Townes分裂とMollowスペクトルを観測し、そして反転分布の無いゲインを実証した。このような結果は、量子ドットに関する更によく制御された研究を可能にし、量子論理ゲートや光スイッチ等の応用の道を開くものである。(KU)
Coherent Optical Spectroscopy of a Strongly Driven Quantum Dot
p. 929-932.

1個の染色体の増減が多くの影響を(One Too Many)

癌においてしばしば見出されている異数体細胞は、少なくても1個の余分な、或いは不足した染色体を持っているが、細胞生理学において異数性の影響に関しては殆んど知られていない。Torresたち(p.916;JallepalliとPellmanによる展望記事参照)は、1個乃至より多くの酵母染色体に関して余分なコピーを含む酵母の系統をシステマチックに作り、異数性が細胞機能にどのように影響するかを調べた。特徴的な遺伝子発現パターンといった幾つかの影響が、DNA含有量のそれ自体の増加に由来しており、一方グルコース取り込みの増加といった他の影響が余分な遺伝子の転写や翻訳の増加に依存していた。幾つかの特性はどちらの染色体がコピーされたかに無関係に共有していた。その中には驚くべき一つの特性、細胞増殖の抑制を含んでいる。この結果は、異数性が癌の原因であるとか、癌に影響するのかどうかに疑問を投げかけるものである。(KU)
Effects of Aneuploidy on Cellular Physiology and Cell Division in Haploid Yeast
p. 916-924.
CELL BIOLOGY: Aneuploidy in the Balance
p. 904-905.

植物の種の分化(Plant Speciation)

種の分化に関する理論の多くは動物系に集中している。植物は定着性の生物ゆえに、サンプリングやトラッキング、および測定の容易さの点で動物以上の幾つかの利点をもたらす。又、ガーデンでの実験やグロースチャンバーでの操作の可能性もある。RiesebergとWillis(p.910)は、動物よりも植物でより頻繁に起こる種分化における倍数性の役割に焦点を当てると共に、植物における生殖隔離のメカニズムとその根底の遺伝学に関してレビューしている。(KU)
Plant Speciation
p. 910-914.

母鳥の予期しているある援助(Mom’s Anticipating Some Help)

協調的な脊椎動物の研究における普遍的な観測の多くは、子孫がヘルパーの非存在下よりもヘルパーの存在下でより多くの餌を受け取るということである。にもかかわらず、子孫の数と生存に関するヘルパーの効果を調べることは極めて困難だった。Russellたち(p.941;表紙参照)は、ヘルパーの存在下において、Australian female fairy-wrensがより低栄養素量の、より小さな卵を産み、結果としてより軽い子トリとなることを示している。子トリに餌供給するというヘルパーの影響は、卵投資におけるこの母親の負担減におおいに貢献し、結果として次の繁殖期における母親の生存に役立つことになる。(KU)
Reduced Egg Investment Can Conceal Helper Effects in Cooperatively Breeding Birds
p. 941-944.

HIV-1をゲノム全体で調べる(HIV-1 Goes Genome-Wide)

ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)感染症に対する個々人の応答に表われる遺伝的可変性を解き明かすことは、有効な治療法を開発する上でますます重要な役割を果たすことになる。Fellayたちは、HIV-1に対する宿主応答の高密度完全ゲノム関連試験法を、感染の初期段階におけるウイルス量に焦点を当てて報告している(p. 944;7月19日にオンライン出版)。2つの免疫関連の多形性が同定されたが、それらは一緒になって患者の間に見られるウイルス量の総変動の15%を説明できるものであった。(KF,hE)
A Whole-Genome Association Study of Major Determinants for Host Control of HIV-1
p. 944-947.

CO2を嗅ぎわける(Smell the CO2)

無脊椎動物は地球の大気中と同様のCO2濃度を感知し、それに対して行動応答を示すことが知られているが、哺乳類の嗅覚系も、またそうした量のCO2を感知できるかどうかは、不明なままであった。Huたちは、空気中よりも70%も越えるCO2濃度の検出を可能にする嗅神経細胞の集合について記述している(p. 953)。これらニューロンは炭酸脱水酵素IIを発現するが、この酵素はCO2を異化し、また感覚性機構の一部として必要なものであるらしい。(KF)
Detection of Near-Atmospheric Concentrations of CO2 by an Olfactory Subsystem in the Mouse
p. 953-957.

選択的シナプス除去を理解する(Understanding Selective Synapse Elimination)

シナプス除去(synapse elimination)は、発生に際しての神経回路の成熟の大きな特徴になっている。多くのシナプスが、シナプス形成の初期相が終わった後で除去される。しかしながら、シナプス除去を実行する分子機構についてはほとんど知られていないだけでなく、なぜあるシナプスが選択的に除去されるのに他のものは生き残って成長するのかも、ほとんどわかっていない。Dingたちは、線虫におけるシナプス除去を検討し、ユビキチンE3連結酵素複合体が鍵となる役割を果たしていることを見出した(p. 947; またMillerによる展望記事参照のこと)。このユビキチン・プロテアソーム系の活性はシナプス接着分子によってしっかりと制御されており、これによって或る決まったシナプスを選択的除去から保護している。(KF,hE)
Spatial Regulation of an E3 Ubiquitin Ligase Directs Selective Synapse Elimination
p. 947-951.
NEUROSCIENCE: Synapses Here and Not Everywhere
p. 907-908.

移ろいゆく記憶(Fleeting Memories)

われわれの記憶にどれほど持続性があるか、それはいかにして維持され、またいかにして破壊されるのか? プロテインキナーゼCのアイソフォームであるPKM zetaが、海馬依存の空間記憶と長期増強にとって決定的な役割を果たしているということが、最近になって明らかにされてきた。 条件づけ味覚嫌悪パラダイムを用いて、Shemaたちは、PKM zetaの阻害剤すなわちZIP(zeta inhibitor)を島形皮質(insular cortex)に注入することで、長期記憶が消去されうることを見出した(p.951; またMillerによるニュース記事参照のこと)。PKM zetaの活性は、特に記憶の獲得にではなく、その貯蔵に関与していた。(KF)

p. 951-953.

膜の横断(Membrane Crossing)

タンパク質が生体膜に入り込む、あるいはそこを通り抜ける機構は、解明が難しいものであった。このたび2つの研究が、細菌におけるタンパク質移行を仲介する外膜タンパク質(Omp)複合体の構造について記述している(Tommassenによる展望記事参照のこと)。Kimたちは、大腸菌のYaeT(Omp85とも呼ばれる)のペリプラズム部分の構造を解き明かした(p. 961)。これは、内膜を通り抜けて外膜に入り込む(さらには、自身の折り畳みをも促進する)ポリペプチドを受容する、複合体の中心的部分を形成するものである。5つのポリペプチド輸送関連(POTRA)領域が特徴付けられ、YaeT複合体構造からそれぞれが欠けた場合の効果も検討された。Clantinたちは、関連する輸送体FhaCの構造を解き明かした(p. 957)。それは、線維状赤血球凝集素(FHA)、即ち百日咳を引き起こす百日咳菌の主要なアドヘシンを細胞表面に分泌するものである。FhaCはアクセサリータンパク質無しに単量体として機能しており、またそのPOTRA領域はFHAに結合して、チャネルを介したその輸送を促進している。(KF,hE)
BIOCHEMISTRY: Getting Into and Through the Outer Membrane
p. 903-904.
Structure and Function of an Essential Component of the Outer Membrane Protein Assembly Machine
p. 961-964.
Structure of the Membrane Protein FhaC: A Member of the Omp85-TpsB Transporter Superfamily
p. 957-961.

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