AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 13, 2007, Vol.317


深部のガスが破壊的に噴出する(Deep Gas, Destructive Eruptions)

イタリアのStromboli火山の爆発的噴火は、その地域の住民や旅行客、火山学者にとってこの火山は危険な近隣者となる。この爆発は、ガススラッグが周囲のマグマより急速に上昇し、火山の表面近くで地震性活動を作り出すために引き起こされると考えられている。しかし、このガスの起源は分かっていない。活動が静止状態と爆発期の間において、Burtonたち(p. 227) はStromboli火山から採集したガス成分の分光分析の変動を測定した結果、ガスは深部から来ていることが判った。ガス溶解度モデルを利用して、ガススラッグは頂上の噴火口から3km深いところで形成されていることを示した。そこは火山堆積物の基底であり、地表から250メートルの深さにある地震発生源からは遠く離れていることが判った。(Ej,hE,nk)
Magmatic Gas Composition Reveals the Source Depth of Slug-Driven Strombolian Explosive Activity
p. 227-230.

グラフェンの輸送のすぐ近く(Graphene Transport Up Close)

欠陥は、グラフェン(graphene: 基板上に保持されたグラファイトの単一層シート)の輸送特性、特に、電子デバイスにおける考えられる応用において、決定的な役割を果たす可能性がある。Rutter たち (p.219) は走査型トンネル顕微鏡を用いて、炭化珪素基板上にエピタキシャル成長させたグラフェン二重層の局所的電子特性を調べた。彼らは、輸送特性が試料の微視的な特性によって決定的に影響されることを示している。特に、電子的に活性な欠陥は決定的で、それは、電子を散乱し、干渉と局在化をもたらす可能性がある。(Wt)
Scattering and Interference in Epitaxial Graphene
p. 219-222.

アルキル水銀の切断(Cleaving Alkyl Mercury)

細菌によって、極めて毒性の強いアルキル水銀混入物を非活性化する酵素群を進化させたことが判ったが、その分子的作用の様式の詳細は依然として不明である。有機水銀分解酵素、MerB(organomercurial lyase MerB)はHg-C結合を特異的に切断する。Melnick と Parkin (p. 225;およびOmichinskiによる展望記事参照) は、酵素中の活性部位のシステインに似た3配位のイオウグループをもつリガンドが、効率的に水銀メチル、エチル、シアノメチル中心とチオールとの反応を誘導して、アルカンやニトリルを遊離させることを報告している。固体状態や溶液状態における水銀メチルおよびエチル錯体の構造決定によって、全体的には2配位子構造が安定であるが、溶液中ではリガンドにあるもう一つのイオウグループと金属が急速に相互作用して3配位子構造をとり、これによって他の水銀化合物中に欠乏する反応性を促進しているように見える。(Ej,hE,KU)
Cleaving Mercury-Alkyl Bonds: A Functional Model for Mercury Detoxification by MerB
p. 225-227.
BIOCHEMISTRY: Toward Methylmercury Bioremediation
p. 205-206.

酸素貯蔵所(Oxygen Reservoir)

酸素同位体の異常は惑星、小惑星、彗星などに見られるが、その起源は宇宙化学において依然として未解決の問題である。初期太陽系において、2つの異なる同位体を有する星雲源である、16Oに富む部分と、17Oと18Oに富む部分が混合したと思われる。しかし、2次鉱物中で元の比率を測定することは困難である。これは、水の存在する環境では岩石と水の同位元素の交換が起きうるためである。Sakamoto たち(p. 231, および、Youngによる展望記事参照)は、原始的炭素質コンドライト 隕石 (Acfer 094)のマトリックス中に、地球に比較して17Oと18Oが強く富化した特有な物質を見つけた。これは、水による鉄−ニッケル金属と硫化物の酸化によって原始惑星ディスク中に形成されたものである。この隕石は、最も16Oの欠乏する物質であり、太陽系以前の物質を示しているのではなく、初期太陽系の17Oと18Oに富む貯蔵所からサンプリングされたものであろう。(Ej,hE)
Remnants of the Early Solar System Water Enriched in Heavy Oxygen Isotopes
p. 231-233.
GEOCHEMISTRY: Strange Water in the Solar System
p. 211-212.

より雨模様(More Rain likely)

気候モデルと観測の双方で、地球規模での降雨と大気中の水分量が温度と共に上昇することが示唆されているが、モデルの方では降雨は湿度の半分ぐらいの速さでしか増えないと予想している。Wentzたち(p.233,5月31日のオンライン出版;表紙参照)は降雨に関する衛星データを解析して、降雨と全体の大気水分量が、実際に過去20年間ほぼ同じ割合で増加していることを見出した。大気中の水分量増加と降雨の増加に関して、何故にモデルでは差異が生じるかという理由は明白ではないが、しかしながらこれらの結果は、地球温暖化が旱魃を引き起こすのではという可能性が幾分和らぐことを示唆している。(KU)
How Much More Rain Will Global Warming Bring?
p. 233-235.

情動的記憶の抑制(Suppressing Emotional Memories)

ヒトは情動的記憶を抑制することが出来るのだろうか?もしそうであれば、ヒトはどのようにしてそれを行っているのだろうか?記憶処理を支えている脳領域における活性を調べることで、Depueたち(p.215)は、能動的な記憶抑制機構が実際に存在するという証拠を示している。最初、前頭前野の一部が記憶の感覚的な側面に関与している領域を抑制する。次に、前頭前野の他の部分が、記憶と情動的な結びつきを支えている脳領域と同様に記憶処理を支えている脳領域を抑制する。この結果は、情動的記憶や思考に関する多様な精神障害で示されているコントロールの欠如を説明するものであり、それらの形成を制御している脳メカニズムの理解を拡げるものである。(KU,nk)
Prefrontal Regions Orchestrate Suppression of Emotional Memories via a Two-Phase Process
p. 215-219.

化学物質の影響(Chemical Consequences)

市販の化学物質に関するグローバルな基準は、食物網における化学物質の生物濃縮の可能性と化学的疎水性を関係づける科学的概念を適用している。しかしながら、Kellyたち(p.236, Kiserによるニュース記事参照)は、現在の方法ではある種の化学物質に関する食物網の生物濃縮の潜在力を見逃していることを示している。ある種の化学物質は水中での食物連鎖においては殆んど生物濃縮されないが、ヒトを含めて空気呼吸する動物においては呼吸による除去が低いために高度に生物濃縮される。かくして、生物濃縮と生物濃縮される化学物質の毒性とを評価する付加的な判断基準が必要となる。(KU)
Food Web–Specific Biomagnification of Persistent Organic Pollutants
p. 236-239.

結晶化されたキナーゼの調節(Crystallized Kinase Regulation)

多くのヒト癌にはホスホイノシチド3-キナーゼPI3Kαにおける機能獲得型変異が関与している。このキナーゼは触媒サブユニット(p110α)と調節サブユニット(p85α)のへテロ二量体であり、双方のサブユニットは複数の領域を持っている。Miledたち(p. 239; Leeたちによる展望記事参照)は、p85αの内部-SH2領域に結合したp110αのアダプター結合領域の結晶構造を2.4オングストロームの分解能で決定し、その機能的な研究から、p85αのN末端SH2領域との相互作用に基づくp110αのらせん領域における発癌性変異の影響を調べた。この研究から、これら二つのクラスの変異がどのようにして癌に導くPI3Kの発現上昇を引き起こすかが示唆される。(KU)
Mechanism of Two Classes of Cancer Mutations in the Phosphoinositide 3-Kinase Catalytic Subunit
p. 239-242.
BIOCHEMISTRY: PI3K Charges Ahead
p. 206-207.

コヒーシンは働いている(Cohesin Does the Business)

細胞分裂の際に2つの娘細胞に対して染色体の補体が完全に区分けされるのを確実にするため、姉妹染色分体はコヒーシン(cohesin)と呼ばれる環状の分子複合体によって結び付けられている。DNAの二重鎖が破壊されたときの正確な修復もまた、姉妹染色分体の相同領域間の接着(cohesion)に頼っている。しかし、これら二つのプロセスは癌の場合にうまく制御されないことがある。接着は進行中のDNA複製に必要であると考えられてきた(WatrinとPetersによる展望記事参照のこと)。Uenalたち(p.245)とStroemたち(p.242)はこのたび、酵母において、複製が行なわれていない場合でも二重鎖の破壊によって接着が誘発され、また、コヒーシンの析出が破壊領域に限定されるのではなく、ゲノム全体にわたって広がっており、つまりゲノムの安定性の維持に役割を果たしている、ということを明らかにしている。(KF,KU)
MOLECULAR BIOLOGY: How and When the Genome Sticks Together
p. 209-210.
DNA Double-Strand Breaks Trigger Genome-Wide Sister-Chromatid Cohesion Through Eco1 (Ctf7)
p. 245-248.
Postreplicative Formation of Cohesion Is Required for Repair and Induced by a Single DNA Break
p. 242-245.

成長ホルモンと発生(Growth Hormone and Development)

発生の際に、遺伝子はしばしば、時間的及び空間的に制御されたやり方で転写されている。たとえば、マウスの成長ホルモン遺伝子は、発生中の脳下垂体中で特異的な事象に従って発現している。Lunyakたちはこのたび、この成長ホルモン遺伝子を囲む領域を調べ、成長ホルモン座位にある反復DNA配列(短い散在反復配列B2)が、染色質領域の境界を生み出す隔離体として機能し、エンハンサーやサイレンサーなどの制御因子の作用範囲を限定していることを明らかにしている(p.248)。(KF)
Developmentally Regulated Activation of a SINE B2 Repeat as a Domain Boundary in Organogenesis
p. 248-251.

直列型太陽電池への溶液経由の道(Solution Routes to Tandem Solar Cells)

タンデム型太陽電池では、透明な伝導層をはさんで2つのセルを重ね、電圧出力を直列につないで、使える放射エネルギーをより多く利用することができる。一方のセルはより大きなバンドギャップを有し、短い波長を吸収するが、他方はバンドギャップが狭く、より長い波長を用いることになる。そうした電池はこれまでも実現されてきたが、その多層構造では、少なくとも一つの層は蒸着法を必要とするため、しばしば高い製作コストをもたらしている。Kimたちは、すべてが溶液中で処理される直列型の半導体性のポリマー電池について報告している(p. 222)。それによれば、いくつもの重要なキャリアー輸送(carrier transport)機能を可能にする透明なTiOx結合電極を含むすべての層が、溶液中で処理される。この太陽電池は、高い光強度のもとでさえ効率は6%を越えるものである。(KF,nk)
Efficient Tandem Polymer Solar Cells Fabricated by All-Solution Processing
p. 222-225.

タンパク質相互作用から複雑な生理の機能へ(From Protein Interactions to Complex Physiology)

ドッキングタンパク質あるいはアダプタータンパク質は建築用ブロックを提供し、そのブロックから複雑な細胞の生物学的制御系が進化の過程で作られたのかもしれない。Hardyたちは、ドッキングタンパク質ShcAを調べた(p. 251)が、それはタンパク質チロシン結合(PTB)領域とSrc-相同性2(SH2)領域をもっていて、そのいずれもがリン酸化された受容体や他のタンパク質に結合可能なものである。Shcタンパク質はまた、リン酸化されて、アダプタータンパク質Grb2(増殖因子受容体結合タンパク質2)の結合部位として役割を果たすことになるチロシン残基を含んでいる。1つないしそれ以上の領域を変化させた変異タンパク質を発現したマウスでは、PTB領域は心臓の発生にとって必須だったが、SH2領域とGrb2結合領域は必須ではなかった。しかし、骨格筋がうまく発生するには、同じShc分子内にPTBとSH2およびGrb2結合領域が存在していることが必要であった。つまり、タンパク質内での新たなタンパク質間相互作用モチーフの獲得と、多様な細胞型および生物におけるそれらの異なった使われ方こそが、複雑な生理機能を支えている可能性がある。(KF)
Combinatorial ShcA Docking Interactions Support Diversity in Tissue Morphogenesis
p. 251-256.

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