AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science April 6, 2007, Vol.316


火星の氷河(Glaciers on Mars)

火星の表面に存在する水は、両極に氷として閉じ込められている。火星探索機のMars Express orbiterは、搭載されているレーダーを北極の積層物の底部まで浸透させ調査してきた。Plaut たち(p. 92, オンライン出版、3月15日号)は、今度は南極の極冠積層物をマップ化した。レーダーはほとんど減衰無く3.7km浸透したことから、この積層物はほとんど純粋な水の氷であろうと思われる。積層物の底にはいくつかの窪みが集っているのが発見されたが、これらは大昔のクレーターである可能性がある。この積層物の全容量は1.6×106立方キロメートルであり、火星全体を覆うとすれば11メートルの厚さに相当する。(Ej,hE,nk)
Subsurface Radar Sounding of the South Polar Layered Deposits of Mars
p. 92-95.

海洋環境の今昔(Ocean Conditions Past and Present)

現在は北大西洋で冷たくて高密度の水が生成され、その冷たい水は深海部に沈み子午面循環の原動力となる。そこでは南に流れる深層冷水流の上を温かい上層流が北へ循環しているのである。しかし、この環境条件は21000年前の最終氷期(LGM)の期間には現在と異なっていた可能性がある。Lynch-Stieglitz たち(p. 66)はこの問題に関する我々の理解を現状報告した。LGM期の大西洋深部の大洋循環の速度は現在と同程度に活発であったが、海表面の温度分布パターンと海水塊の分布は異なっており、海水循環のメカニズムは今日とは異なっていた可能性がある。更に、約125000年前の最終間氷期には、高緯度地方での陸と海表面温度は現在よりも高く、海水面も現在より4〜6メートル高かった。深海の環境条件がグリーンランドと南極の氷床を融かしたのだろうか? Duplessy たち(p. 89) は、大西洋と南方の海洋(Southern oceans)の掘削コアを分析し、最終間氷期での北部大西洋深部は現在よりも暖かかったことを示した。彼らは2つのモデルを使ってこれを推論した。それによると、余分の熱が南極周辺の深海水に伝わり、これが南極の氷床を融かしたのであろう。(Ej,hE,nk)
Atlantic Meridional Overturning Circulation During the Last Glacial Maximum
p. 66-69.
The Deep Ocean During the Last Interglacial Period
p. 89-91.

酸化物の転位を解剖する(Dissecting Oxide Dislocations)

層状酸化物における化学量論的な組成比の不均衡は、例えば粒界などにおいて、電気的機械的性質に影響を及ぼす。結晶の整列が乱れる転位の構造や、その影響については、もっと解っていない。Shibata たち(p. 82)は、アルミニウム酸化物 (Al2O3)中の転位について高解像電子顕微鏡を使って調べた。化学組成が不定比な2つの部分欠陥は互いに近接して形成されており、高温で底面すべり(basal slip)が起きるためには、部分欠陥が隣接面で同期して生じる必要がある。(Ej,hE,tk)
-Alumina
p. 82-85.

塩基の中の酸の居留地(Acid Buried in Base)

化学者は、しばしば媒体の温度やpHを操作し反応条件を調整する。これと対照的に、酵素はその環境条件を全体的には変えることができないため、個々の合体した基質の分子環境を調整することができる空洞を利用する。Pluth たち(p. 85) はこの戦略を真似、合成した籠(ケージ)様クラスターを使って、これがリガンドと金属イオンから溶液中で自己集積する性質を利用した。このクラスター内の静電環境がカチオンを安定化し、ゲスト分子のプロトン化に有利に働く。このケージは塩基性溶液中で酸性の居留地(enclave)のように振る舞い、周囲の塩基性媒体中で、酸触媒によるオルト蟻酸エステルの加水分解に利用される。(Ej,hE)
Acid Catalysis in Basic Solution: A Supramolecular Host Promotes Orthoformate Hydrolysis
p. 85-88.

何回も同期する(In Sync Several Times)

生物や細胞は、蛍の点滅や心臓細胞の拍動に見られるように隣のものと周期的な振る舞いを同期化する。Shimたち(p.95)は、二つの結合したナノメカニカルな梁を研究しているが、概念的には単純な系であるが、それにもかかわらず豊かなダイナミックな振る舞いをする。この梁は広範囲の周波数で駆動される。周波数引き込み、或いは同期化が多くの波長領域で生じており、そこでは二つの梁が単一共鳴へと同期化する。このような共鳴器は信号処理や情報伝達において有用となるであろう。(KU)
Synchronized Oscillation in Coupled Nanomechanical Oscillators
p. 95-99.

電子は抵抗を感ずる(Electrons Feel the Drag)

二層からなる系のひとつの層に電流が流れる時、電子−電子相互作用により引きずられて、もうひとつの層内に電流が流れることがある。このクーロン誘引効果の測定は、結合した電子系や相関のある電子系を理解するうえで重要である。Price たち (p.99; Lerner による展望記事を参照のこと) は、予想されるよりも4桁も大きなクーロン抵抗の巨大な揺らぎを観測したことを報告している。この大きな揺らぎは、電子に対して交互に正負の摩擦力を与えることになる。著者たちは、二つの層内の電子が弾道性の領域において相互作用する一つのモデルを提案している。この領域は大きな運動量輸送で特徴付けられ、局所的な電子特性が重要となる。(Wt,nk)
Giant Fluctuations of Coulomb Drag in a Bilayer System
p. 99-102.
PHYSICS: So Small Yet Still Giant
p. 63-64.

イソプレノイドの合成酵素を作る(Engineering Isoprenoid Builders)

天然有機物の多様なファミリーであるイソプレノイドは、イソプレン単位(C5-)から4つのカップリング反応により作られる。鎖の伸張とシクロプロパン環化反応を触媒する酵素は同定されているが、しかし枝分かれとシクロブタン環化反応を触媒する酵素は同定されていない。Thulasiranたち(p.73;Christiansonによる展望記事参照)は、化学的に作られた酵素が4つの反応総てを触媒することを示している。これらの酵素は鎖の伸張酵素とシクロプロパン環化反応酵素のキメラ化合物である。生成物は天然のものと同じ立体構造を示し、このことは、4つの反応を触媒する酵素が共通の祖先から進化したものであることを示唆している。(KU)
Chimeras of Two Isoprenoid Synthases Catalyze All Four Coupling Reactions in Isoprenoid Biosynthesis
p. 73-76.
CHEMISTRY: Roots of Biosynthetic Diversity
p. 60-61.

知れば知るほど学びやすい(The More You Know, the More You Learn)

複雑な新情報を記憶する能力は、そのトピックについてのそれまでの知識に依存することがよくある。これは、われわれが、関連する心的スキーマを理解の枠組みとしてすでに形成しているためである。Tseたちラットを用いて、新しいエピソード的連想を獲得する際に、スキーマを前もって学習していることがもたらす影響を調べた(p. 76; またSquireによる展望記事参照のこと)。ラットがまず一貫した連想のセットで訓練されていた場合の方が、新規の連想セットの文脈で生じる場合よりも、そうした連想は速やかに獲得された。新規の連想の獲得は海馬に依存していた。しかし、48時間以内では、その連想は海馬には依存せず、これは典型的な記憶固定よりも実質的に速やかだった。つまり、ラットは、ヒトと同様に心的スキーマを活性化させて学習に利用できるのである。(KF)
Schemas and Memory Consolidation
p. 76-82.
NEUROSCIENCE: Rapid Consolidation
p. 57-58.

モーターの機構(Motor Mechanics)

キネシン-1は微小管に沿って8nm(ナノメートル)のステップで動く、2つの頭部をもつ分子モーターである。各ステップでアデノシン三リン酸(ATP)の1分子が加水分解され、ステップ間で別のATP分子が結合するまで、キネシンは休止する。このたびAlonsoたちは、キネシン-1が溶液中の遊離チューブリンヘテロ二量体と相互作用しており、この系もまたATPによってゲートされていることを示している(p. 120; またHackneyによる展望記事参照のこと)。観察された振る舞いは、ゲート開閉の機構に微小管格子が役割を果たしているとする、モーター機構についての現行のモデルでは予想されないものである。(KF)
An ATP Gate Controls Tubulin Binding by the Tethered Head of Kinesin-1
p. 120-123.
BIOCHEMISTRY: Processive Motor Movement
p. 58-59.

イノシトールピロリン酸を理解する(Understanding Inositol Pyrophosphates)

イノシトールピロリン酸は、あまりよく理解されていない、高度にリン酸化されたイノシトールポリリン酸塩ファミリーのメンバーである。イノシトールピロリン酸の関与するシグナル伝達における関連する成果について、2つの研究が記述している。Muluguたちは、酵母から得られた2つの触媒ドメインを有するイノシトールピロリン酸合成酵素を精製した(p. 106)。この酵素は、Vip1と呼ばれ、局所的なpHによって決定される触媒活性によって、スイッチとして作用するらしい。Leeたちは、サイクリンとサイクリン依存性キナーゼ(CDK)、それにCDK阻害薬を含むタンパク質複合体である酵母Pho80-Pho85-Pho81複合体を制御する分子を精製した(p.109)。この活性分子は、Vip1のキナーゼ活性を介して合成されるmyo-D-イノシトールheptakisphosphate(IP7)であることがわかった。(KF)
A Conserved Family of Enzymes That Phosphorylate Inositol Hexakisphosphate
p. 106-109.
Regulation of a Cyclin-CDK-CDK Inhibitor Complex by Inositol Pyrophosphates
p. 109-112.

人類の最大の友を大きくする(Sizing Up Man’s Best Friend)

哺乳類の種とは対照的に、イエイヌ(canis familiaris)は極端な体格面での多様性を示す。Sutterたち(p.112;表紙参照)は、インスリン様成長因子-1(IGF-1)をコードしている遺伝子の単一の対立遺伝子が小さな犬総てに共有されているが、大型犬の品種には殆んど存在していない事を示しており、このことはIGF-1遺伝子における配列変化が犬の大きさを決定する役割を果たしていることを暗示している。IGF-1の発見は、或るゲノムのサイン、或いはハプロタイプのブロック内におけるその局在化によって促進されたが、おそらく何世紀にも渡る人による犬の品種改良の結果として生じたものであろう。(KU)
A Single IGF1 Allele Is a Major Determinant of Small Size in Dogs
p. 112-115.

スプライソソームの組立(Spliceosome Assembly)

ヒトのPrp31は、pre-mRNAスプライシングに必須なスプライソソーム中のタンパク質である。このタンパク質は、15.5Kタンパク質がRNA成分であるU4核内低分子(sn)RNAに結合した後で、スプライソソーム上に構築される。Liuたちは、この階層的組立についての洞察を与えてくれる、hPrp31-15.5K-U4 snRNA複合体の構造的および生化学的データを提示している(p. 115)。hPrp31はRNAとタンパク質の双方に結合する表面を持っており、それによって、真のリボ核タンパク質(ribnucleoprotein;RNP)に結合するタンパク質となる。結合は核小体タンパク質(Nop) 領域を介して生じているが、このNoP領域がRNP結合特異性を達成するためRNAステムの長さを測定する分子定規として作用している可能性がある。(KF,KU)
Binding of the Human Prp31 Nop Domain to a Composite RNA-Protein Platform in U4 snRNP
p. 115-120.

パワーの音源(A Sound Source of Power)

小さなデバイスはより低いパワーで作動するが、電池や他の手段でのパワーを蓄えるスペースも小さくなる。別の方法は、外部からの力学エネルギー、例えば音波、がデバイスを通過する際にその一部をかすめとる事である。Wangたち(p.102)は、極性ZnOのナノ構造体におけるたわみ-誘導電荷分離に関する観察を拡張して、超音波による振動から電力を発生させるデバイスを作った。振動により、白金で被覆されたジクザク電極が上下に動き、この動きが一連の圧電性の半導体ナノワイヤーを前後に曲げる。様々なワイヤーが様々な時間に動く事で、連続的に電流が流れる。(KU,nk)
Direct-Current Nanogenerator Driven by Ultrasonic Waves
p. 102-105.

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