AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 9, 2007, Vol.315


符号を流す(Flow the Codes)

理想的には、分子スクリーニングは多くの分子ターゲットを同時に解析できるようにすべきである。Pregibonたち(p. 1393)はマイクロフルイディクスとリソグラフィーマスクを用いて、左右寸法ほぼ100μmで厚さ約30μmのフラットな粒子を創った。個々の分子の半分は或る一つの区別できる蛍光性のバーコード(百万個以上の可能なコードの中から)を持っており、後の半分はターゲット結合のためにプローブを持っている。試料と共に温和な条件下でのインキュベーションの後、流れに基づいた解析システムにより、結合したターゲットのコードと認識のために単一波長の蛍光によって各粒子を走査する。蛍光でラベル付けされたDNAターゲットを500アトモル・レベルで検出することができた。(hk,hE)
Multifunctional Encoded Particles for High-Throughput Biomolecule Analysis
p. 1393 - 1396.

電子的超構造と超電導(Electronic Superstructure and Superconductivity)

高温超伝導を示す銅塩(cuprate)は、元の反強磁性の絶縁物質に、化学的ドーピングによってCuO2平面から電子を除去させることで作られる。ほとんどの高温超伝導理論は、反強磁性から超導電性への遷移に焦点を当てているが、このとき、軽いホールのドーピング状態であることは注目されていなかった。Kohsaka たち(p. 1380,2月8日のオンライン出版、および、表紙とZaanenによる展望記事参照)は、2種の弱くドープした異なる格子構造を有する銅塩超伝導物質の走査型トンネル顕微鏡による測定結果を示し、両物質ともに、一般的な超格子物質と同じ電子の超格子を示すことを明らかにした。著者たちは、空間的に4つの単位格子分の周期を示す狭い縞模様の電子超格子が、銅塩に内在する性質であり、超伝導が開始するための元の物質の前駆状態であろうと、議論している。この結果から、銅塩の超伝導はホールのドーピングの増加と共に電子が元の結合中心の電子ガラスから局在化が解けることによって現れることを示唆している。(Ej)
An Intrinsic Bond-Centered Electronic Glass with Unidirectional Domains in Underdoped Cuprates
p. 1380-1385.
Watching Rush Hour in the World of Electrons
p. 1372-1373.

金属酸化物とグラフェンにおける量子ホール効果(Quantum Hall Effect in Metal Oxides and Graphene)

量子ホール効果(quantum Hall effect; QHE) では、2次元電子ガスの抵抗値が磁場に応じて厳密に量子化されたステップで変化するが、これは、これまで一般的に極低温における高品位、高移動度の半導体に限られていた。Tsukazaki たち(p.1388, 1月25日にオンライン出版) は、ZnO と MgXZn(1-X)O との層から成長したヘテロ構造を持つ酸化物中にQHE を観測したことを報告している。Novoselov たち (p.1379) は、室温におけるグラフェンシートで QHE を観測したことを報じている。これらの結果は、量子ホールの物理を様々な金属酸化物と結びつけるとともに、最近取り上げられてきているグラフェンシートの系においても現れる可能性を示している(Ramirez の展望記事を参照のこと)。(Wt)
Quantum Hall Effect in Polar Oxide Heterostructures
p. 1388-1391.
Room-Temperature Quantum Hall Effect in Graphene
p. 1379.
Oxide Electronics Emerge
p. 1377-1378.

ガラス状合金の塑性増加(Increasing Plasticity of Metallic Glasses)

バルクのガラス状合金(BMG)は高い強度を持っているので将来性があるが、せん断バンドが形成されると途端に脆弱になる。この脆さのモードはその予兆がほとんど現れないため多くの用途で望ましくない。Liu たち(p. 1385)は、何種類かのジルコニウム系のBMGで、合金の組成を高精度に調合した結果、室温で圧縮可塑性を150%以上向上させた。この物質には2相の微細構造があり、弱結合の狭い領域で挟まれた強く結合する領域が発達している。弱結合領域にはせん断バンドが見られるが、強い結合領域がこのバンドの発達を抑えている。(Ej,hE)
Super Plastic Bulk Metallic Glasses at Room Temperature p-n Junctions
p. 1385-1388.

高きに乾きて(High and Dry)

微粒子の大気汚染は、汚染されていない大気に比べて、雲滴を形成するための核をより多く供給することができる。形成する雲滴の数が増加すると雲滴のサイズが小さくなる。そのため、雲滴が融合して雨滴に成長することが少なくなり、降水量も少なくなる。この影響は、山脈や山に当たって大気団(air mass)が上昇することで降雨が生じる、地形性降水量(orographic precipitation)を減少させると考えられていた。しかし、エアゾール濃度と降水量との実データに対してこの影響は評価されていなかった。Rosenfeldたち(p. 1396)は、世界で最も汚染された地域の1つである中国中央部から得たエアゾールと降水量に関する50年間の記録を分析した。強く汚染された大気は、非汚染の大気に比べて半分の地形性降水量しか供給していなかった。(TO)
Inverse Relations Between Amounts of Air Pollution and Orographic Precipitation
p. 1396-1398.

食べて繋がる (Eat Up to Meet Up)

Toll様受容体(TLR)ファミリーの異なるメンバーにおいて、ウイルスの一本鎖や二重鎖の核酸ゲノムを含む病原体の残した独特なサインに対する認識が進化してきた。形質細胞様樹状細胞(pDC)の場合、TLRsによるサイン検出により遺伝子活性化のプログラムが全開し、これらのpDCは抗ウイルス性順応性免疫応答を準備する。インフルエンザのような幾つかのウイルスへの反応ではpDCの複製をすることなく行われ、pDCの直接的な感染にあまり依存せずに免疫活性化のプロセスを行っている。しかしながら, Lee たち(p.1398、2月1日のオンライン出版;Reis e Sousaによる展望記事参照)は、サイトゾル中で複製中間体を生成するRNAウイルスに対して、ウイルス複製に関する直接的なインディケーターが必要であることを提示している。このような場合に、自食作用--分解のためにリソソームへ送達するための長命たんぱく質や小器官の隔離--が、リソソーム中でssRNAとそのTLR感受性タンパク質との結合に役立っている。自食作用と生得的認識の間のこの関係が病原体への免疫を促進する多様な手段を提供するかどうかは不明である。(MS)
Autophagy-Dependent Viral Recognition by Plasmacytoid Dendritic Cells
p. 1398-1401.
Eating In to Avoid Infections
p. 1376-1377.

抗菌性の開発に向けて(Toward Antibacterial Development)

細菌の細胞壁はグリコシルトランスフェラーゼ(糖転移酵素 (GT))とトランスペプチダーゼ (TP)酵素で出来ている。ペニシリンや関連抗生物質はTP酵素に作用するが、これら抗生物質に対する細菌の耐性が発達してくる。GT酵素は新規薬剤にとっては魅力的なターゲットであるが、その理由はこれらが細胞壁に必ず存在するものであり、膜に拘束され、従ってアクセス可能であることによる。Lovering たち(p. 1402;および、Wrightによる展望記事参照)は、ペニシリン結合タンパク質2の結晶構造を決定したが、これはGTおよびTP領域の両方を含む黄色ブドウ球菌由来の二機能性酵素である。GT領域に拘束される阻害剤のmoenomycinと複合体を形成した場合と形成していない場合の構造から、細胞壁の生合成メカニズムを洞察することが可能であるし、抗菌性物質の構造に基づくデザインの出発点となる。(Ej,hE)
Structural Insight into the Transglycosylation Step of Bacterial Cell-Wall Biosynthesis
p. 1402-1405.
A New Target for Antibiotic Development
p. 1373-1374.

チェックポイントって、何がチェックポイントなの?(Checkpoint, What Checkpoint?)

細胞は生化学的シグナル伝達機構を利用して、有糸分裂が成功裏に行える状態になったときのみ、細胞分裂を行うよう細胞の状態をモニターするためのチェックポイントとしている。このようなチェックポイントの1つによって、DNA複製が完全であり、活性な複製フォークが存在しない場合にのみ細胞分裂が起きるようになっている。しかし、Torres-Rosellたち(p. 1411; Weinertによる展望記事も参照) は、リボソームDNA (rDNA) 遺伝子の複製が未完結の場合であっても、細胞が後期の状態に入ることを停止できないことを示す実験について述べた。従って、Smc5 や Smc6 タンパク質(これらはDNA修復においてヘテロ二量体として機能する)をコードする遺伝子が変異を持っている場合のシナリオでは、少なくともrDNAの遅延した複製では細胞が有糸分裂へと進行するチェックポイントのトリガーをかけられなかった。(Ej,hE)
Anaphase Onset Before Complete DNA Replication with Intact Checkpoint Responses
p. 1411-1415.
What a Cell Should Know (But May Not)
p. 1374-1375.

Robotic Salamander(ロボットサンショウウオ)

サンショウウオの移動運動(locomotion)は、ヤツメウナギの様な脊椎動物の泳ぎの研究と四肢動物の歩行の研究とを結びつける機会を提供する。Ijspeertら(p.1416;Pennisiによるニュース記事参照)はヤツメウナギ様のシステムを発展させて、サンショウウオの移動運動を説明できる方法を示す理論モデルを展開した。そのモデルは、身体のうねりが移動波から定常波への移行する様子、ある移動モードから別の移動モードへの自動的にスイッチイングする様子、歩行中の手足と身体の連携、速度と方向のコントロールを説明している。そのモデルを立証するために、著者らは、泳ぐ、くねくね這う、歩く、という動きが可能で、その動きを切り替えることもできるサンショウウオ様のロボットを作った。(ei,Ej)
From Swimming to Walking with a Salamander Robot Driven by a Spinal Cord Model
p. 1416-1420.
Robot Suggests How the First Land Animals Got Walking
p. 1352-1353.

植物内のカルシウムの制御(Regulating Calcium in Plants)

シロイヌナズナでは、細胞内カルシウム濃度は一日を周期にして揺らいでいるが、これはシグナル伝達入力への他の応答を超えたレベルの揺らぎである。Tangたちはこのたび、細胞内と細胞外の間でのカルシウム濃度の相互作用と、その間のさまざまなシグナル伝達要素を分析し、植物におけるカルシウム生理学についての複雑な見方にたどり着いた(p. 1423)。休止細胞内でのカルシウムのレベルは、外部のカルシウム状態の単なる受身的な反映ではなく、能動的に監視、管理されている。(KF)
LRP6 Coupling Diurnal Cytosolic Ca2+ Oscillations to the CAS-IP3 Pathway in Arabidopsis
p. 1423-1426.

匂い、睡眠、記憶の強化(Smell, Sleep, and Memory Consolidation)

匂いの喚起的性質はよく知られているが、匂いは実際に記憶保持を増強することができるのだろうか? Raschたちは、ヒトにおいて、記憶固定が徐波睡眠によって能動的に補助されるかを検討した(p. 1426; またMillerによるニュース記事参照のこと)。被験者はまず最初に、はっきりした匂いのもとで、モノと場所の対を関係付ける課題をトレーニングされた。引き続いての徐波睡眠の間にこの匂いが再導入され、対の連想課題についての記憶の再活性化が促進された。匂いを適用すると、海馬における活性が増強されることになった。徐波睡眠中にその匂いを体験した被験者は、それ以後の日になされたエピソード記憶保持テストでよりよい成績をあげた。(KF)
Odor Cues During Slow-Wave Sleep Prompt Declarative Memory Consolidation
p. 1426-1429.
Hunting for Meaning After Midnight
p. 1360-1363.

方向の変化する拡散(Redirecting Diffusion)

金属平面上の小さな分子の拡散は通常等方性であるが、大きな分子は直線的拡散をする。これらは多段の表面相互作用によって拡散障壁が形成され、特定表面方向の障壁を低くすることがあるからである。Wong たち(p. 1391,および、1月18日オンライン出版)は、低温(〜20ケルビン)でアントラキノン (AQ)のCu(111)表面上の直線的拡散の実験で、CO2分子の拡散方向を変化させた。これら両方の分子の被覆率が低くて表面に吸着されるときには、1〜2のCO2分子が拡散によってか、または、走査型トンネル顕微鏡のチップによってか、AQに付着する。供給された分子はAQと直線的に拡散し、その後、顕微鏡のチップの影響か温度上昇によるものか、そこから散逸する。(Ej,hE)
A Molecule Carrier
p. 1391-1393.

ヒストンの見え方の変化(Changing the Histone Landscape)

真核生物では、ヒストン・タンパク質がDNAを染色質内に封入するのを助けている。ヒストンの標識ないし共有結合性の修飾は、DNAの複製と修復だけでなく後成的な遺伝子発現制御においても重要な役割を果たしている。染色質内のヒストンはかなり安定であると想定されてきた。Mitoたち(p. 1408)とDionたち(p. 1405)は、そうではなくて、酵母とショウジョウバエのゲノムのある領域でヒストンH3の代謝回転率に劇的な変動があることを示している。ゲノムの翻訳領域は予想外に“静か”で、プロモータのタンパク質結合部位、特に境界要素は非常に高レベルの代謝回転を示した。代謝回転の高い領域では、後成的標識が定常的な流動状態にあるに違いなく、それによって、急速かつ動的なその制御の潜在的可能性が提供されている。(KF)
Histone Replacement Marks the Boundaries of cis-Regulatory Domains
p. 1408-1411.
Dynamics of Replication-Independent Histone Turnover in Budding Yeast
p. 1405-1408.

島の鳥の進化(Island Bird Evolution)

島の鳥は、進化に関する重要な例を多くもたらしてくれた。Ryanたちは、島のフィンチ(finch)の2つの集団の中に、順応性種分化の最近の理論モデルを支持する証拠となるものを提示している(p. 1420)。南大西洋のTristan群島のNesospiza属ホオジロ科の小鳥において、形態学的また遺伝的な証拠によって、種分化が2つの島で平行して生じていて、小さな島の方ではその過程が完了しているが、大きい方の島ではまだ進行中である、ということが示唆された。この差は、大きい方の隔絶された島における生息地に多様性があること、また集団の規模がより大きいことに起因するものである。つまり、地理的障壁の非存在下であっても、生態学的因子によって、形態学的また遺伝的な差が生み出され、維持されうるのである。(KF)
Ecological Speciation in South Atlantic Island Finches
p. 1420-1423.

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