AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science November 24, 2006, Vol.314


地下深部の熱の流れ(Heat Flow Below)

マントルと核の境界における熱伝達は、地球のダイナモモデルによって磁場に影響を与えるだけでなくマントルの対流形式も支配しているようだ。このような深部の熱伝達を直接測定することは困難であるが、マントル内の鉱物の相変化を地震波によって検出することにより推察することは可能である。ポスト-ペロウスカイト(Post-perovskite (pPv))はペロウスカイトの中では最も極端な多形の1つであり、底部マントルの一次鉱物であり、核との境界付近には大量に存在すると思われる。Lay たち(p. 1272)は、この境界から数百キロメートル上部で太平洋の下部にレンズ状に存在するpPvと思われる物質を同定した。このpPvレンズの深さを地震波で測定し、pPv物質の鉱物特性を知ることで、この部分の熱流を推定することが可能である。推定された熱勾配からは核-マントル境界全体の熱流量の下限値が得られた他に、pPV部での熱流量は地球表面の平均値に近いことも判った。(Ej,hE,nk)
A Post-Perovskite Lens and D'' Heat Flux Beneath the Central Pacific p. 1272-1276.

過去の教訓(Lessons of the Past)

保存生物学とその実際的応用は、現時点での生態学的情報に依存するのが一般的である。Willis と Birks (p. 1261) は、ずっと過去にさかのぼっての展望を得る必要性をレビューし、古生態学的研究が保存生物学に対して潜在的に持つ価値を検討した。 (Ej,nk)
What Is Natural? The Need for a Long-Term Perspective in Biodiversity Conservation p. 1261-1265.

ルテニウム塩超伝導体の複雑な振舞い(Complex Behavior in Ruthenate Superconductor)

超伝導体ストロンチウム・ルテニウム塩(Sr2RuO4)は、異常な(非s波)対形成対称 性を持つかなり複雑な物質である。d波銅塩のような他の異常な超伝導体とは違って、一個のp-波対称性と三個のスピンの対形成の存在が理論と実験で予測されていた。また、時間反転対称性を破る複雑なp波の可能性を理論家たちは予測していた。Kidwingiriたち(p. 1267,10月26日オンライン出版:Riceによる展望参照)は位相敏感ジョゼフソン接合干渉計を用いて、Sr2RuO4の複雑なp波の秩序変数対称性を確認し、また共存するカイラルな 超伝導領域の存在を直接証明した。(hk,KU)
Dynamical Superconducting Order Parameter Domains in Sr2RuO4 p. 1267-1271.
PHYSICS: Superconductivity with a Twist p. 1248-1249.

Alpha とBeta を見る(Seeing Alpha and Beta)

宇宙の様々な連星をなす天体のうち、連星小惑星は観測の上で最も近く、また最も小さいものである。Ostro たち (p.1276, 10月12日にオンライン出版された; 表紙を参照のこと) はレーダーを用いて、地球に接近してくる連星小惑星 (66391) 1999 KW4 をマッピングし、その物理的な特性を推論している。主星の アルファ はしっかりと一体に固まっていない岩石の集まりであり、その軸の周りを 2.8時間ごと回転している。伴星のベータは細長くてAlpha より高密度である。Scheeres たち (p.1280, 10月12日にオンライン出版された) は、その系の軌道と回転の動力学をモデル化している。Alpha はその分解速度に近い速度で回転している。著者たちは、その系が太陽、或いは地球の近傍を通過することにより、励起状態におかれた可能性があると示唆している。連星小惑星は、結局のところ、岩石の破片が積もった前駆体の分裂から発生した可能性がある。(Wt,tk,nk)
Radar Imaging of Binary Near-Earth Asteroid (66391) 1999 KW4 p. 1276-1280.
Dynamical Configuration of Binary Near-Earth Asteroid (66391) 1999 KW4 p. 1280-1283.

グリーンランド氷床融解の再評価(Reevaluating Greenland Ice Sheet Melting)

グリーンランド氷床の融解は加速しているように見える。Luthcke たち(p. 1286, オンライン出版10月19日号、および、Cazenaveによる展望記事も参照)は、2002年に打ち上げられた1組の人工衛星GRACE (Gravity Recovery and Climate Experiment)で収集されたデータを解析した結果を報告した。これは氷床の融解によって僅かに変化する地球質量分布の変化で生じる重力の変動を測定して得られる。最新の他の研究と同様、グリーンランドは2003年から2005年にかけては、1992年から2002年の年平均である12ギガトンと比べて、氷を年当たり101 ± 16ギガトン(Gt)という驚くべき速度で融かしており、しかも南端では氷床質量を失いつつあるが、内陸部では若干増加している。それでもこの算出値は他の推定値である240Gtに比べてずっと小さい。この値がなぜ小さいのか、どちらの見積もりが正しいのかについてはまだ未解決である。(Ej,hE)
Recent Greenland Ice Mass Loss by Drainage System from Satellite Gravity Observations p. 1286-1289.
ATMOSPHERE: Enhanced: How Fast Are the Ice Sheets Melting? p. 1250-1252.

若くはない(Not Getting Any Younger)

土壌中の有機炭素は地球における二番目に大きな活性の炭素貯蔵所であり、大気中の二酸化炭素濃度に関するキーとなる影響をもたらし、そして土壌中の有機炭素の約半分は水に溶けにくい種類の有機炭素である。Smittenbergたち(p.1283)は、海洋堆積物中で見出された陸棲の維管束植物(例えばシダ類)のワックスの放射性炭素年代とワックスの周囲の堆積物の年代を比較し、完新世時代全体を通してワックスの年代は常により古い年代である事を見出した。彼らは、最終退氷期以降に発展した土壌において非溶解性有機炭素の蓄積は完新世時代のあいだ継続しており、今も進行中であると結論付けている。(KU,nk)
Ongoing Buildup of Refractory Organic Carbon in Boreal Soils During the Holocene p. 1283-1286.

深海での変化(Changing in the Deep)

分類学的観点と同じく生態学的観点で生物多様性の歴史を記述する事が、徐々に可能となってきている。Wagnerたち(p.1289;Kiesslingによる展望記事参照)は、ペルム紀末の最大の大量絶滅後の海洋の底生生物集団の生態学的構造における顕著な変化に関する証拠を示している。大きな、オープンソースのデータ保管庫からのデータを用いて、彼らは顕生代の時代における化石集団の相対的な量の変化を図表化した。大量絶滅前では、集団は固着性の、浮遊物を食べる生物が支配的であったが、それに対して絶滅後では移動性の生物に支配される集団へと変化した。(KU)
Abundance Distributions Imply Elevated Complexity of Post-Paleozoic Marine Ecosystems p. 1289-1292.
PALEOECOLOGY: Life's Complexity Cast in Stone p. 1254-1255.

死の補完物(A Deadly Complement)

いわゆるDobzhansky-Muller遺伝子は、遺伝子間で相互作用して雑種不稔性をもたらす。Brideauたち(p.1292;Pennisiによるニュース記事参照)は、ショウジョウバエ(Drosophila simulans)におけるLethal hybrid rescue(Lhr)遺伝子を同定し、クローン化し、そして解析した。Lhrはゲノムの異質染色質領域に局在する或る一つのタンパク質をコードしている。LhrとHybrid male rescue(Hmr)によってコードされているタンパク質は、Dobzhansky-Mullerのハイブリッド不適合遺伝子の対を形成し、このことがハイブリッドの遺伝的背景がある場合にのみハイブリッドの致命的な死を引き起こしているらしい。(KU,hE)
Two Dobzhansky-Muller Genes Interact to Cause Hybrid Lethality in Drosophila p. 1292-1295.
EVOLUTION: Two Rapidly Evolving Genes Spell Trouble for Hybrids p. 1238-1239.

栄養分をコムギの中に移動させる(Mobilizing Nutrients into Wheat)

鉄は、植物にとって、それを食べる人間にとってと同様に重要な栄養分である。植物においては、鉄は光合成と呼吸にとって必要だが、多過ぎる鉄は有毒になりうる(Gitlinによる展望記事参照のこと)。Kimたちは、植物がいかにして鉄の有毒な影響を回避しつつ、鉄を摂取・貯蔵しているかについての洞察を提供している(p. 1295、11月2日にオンライン出版)。シロイヌナズナの空胞の鉄輸送遺伝子の分析によって、細胞の空胞が鉄の貯蔵所として使われていることが示された。Uauyたちは、葉から発生中の穀粒への窒素や亜鉛、鉄などの移動だけでなく老化をも制御するTaNAM遺伝子を同定した(p. 1298)。栽培されている様々なコムギは、TaNAM-B1遺伝子の非機能性コピーを有している。これに機能的対立遺伝子を導入すると、穀粒のタンパク質や、Zn、Feを増加させ、潜在的にコムギの栄養成分を改善することになる。(KF,hE)
PLANT SCIENCE: Distributing Nutrition p. 1252-1253.
Localization of Iron in Arabidopsis Seed Requires the Vacuolar Membrane Transporter VIT1 p. 1295-1298.
A NAC Gene Regulating Senescence Improves Grain Protein, Zinc, and Iron Content in Wheat p. 1298-1301.

未熟な病原体(Amateur Pathogen)

腸チフスは、主として南半球の貧しい集団に作用するチフス菌(Salmonelle enterica serovar Typhi)に よって引き起こされる。悪名高く知られるように、チフス菌は大量の菌を保持している個人によって無症候で運ばれている。Roumagnacたちは、世界中から集めた105の系統を分析し、前新石器時代の祖先系統と介在性変異とがいまだに存在しているとする中立的遺伝的浮動によってもっともよく説明される1つの集団構造を発見した(p. 1301)。急性の流行の間に多様なハロタイプが世界中に分布し、その後に無症候性のキャリアの胆嚢において長期的に持続する。(KF,hE)
Evolutionary History of Salmonella Typhi p. 1301-1304.

脳対筋肉(Brain Versus Brawn)

哺乳類の概日リズムを制御する時計遺伝子はまた、生理や行動、健康など別の面にも貢献している。そうした時計遺伝子の1つBmal1は、ある転写制御因子をコードしていて、この因子がマウスにおいて不活性化すると概日リズムが妨害され、また活性レベルや体重、その他の生理機能における変化が引き起こされる。Bmal1欠損マウスにおいて、選択した組織でBmal1を再発現させることによって、McDearmonたちは、その転写制御因子が別の組織特異的機能を発揮することを示している(p.1304)。変異マウスにおける概日のリズム性はBmal1が脳で発現したときだけ正常化され、一方、その動物の活性レベルと体重の正常化には、Bmal1が筋肉で発現することが必要だった。(KF)
Dissecting the Functions of the Mammalian Clock Protein BMAL1 by Tissue-Specific Rescue in Mice p. 1304-1308.

化学療法への細菌によるアシスト(Bacterial Assist for Chemotherapy)

癌化学療法における主要な課題は、十分な量の細胞障害性の薬剤を腫瘍にまで届けて、正常な細胞を残しつつ悪性細胞を殺すことである。腫瘍を標的にした薬物輸送の有望な戦略の1つに、リポソーム中に薬物をカプセル化するという方法がある。Cheongたちは、マウスの腫瘍モデルにおいて、リポソームに封入された薬剤ドキソルビシンの有効性が、選択的に腫瘍に感染する嫌気性の菌(Clostridium novyi-NT)の胞子を前もって注入することにより顕著に増強されうることを発見した(p.1308)。C. novyi-NTは分泌タンパ質"liposomase"をコード化しており、このタンパク質がリポソームを破裂させ、細胞障害性の積荷を腫瘍中に放出するのを促進している。(KF,hE)
A Bacterial Protein Enhances the Release and Efficacy of Liposomal Cancer Drugs p. 1308-1311.

次に何が来るかを予測する。(Predicting What Comes Next)

対象物の認識のために脳はどんな知覚的決定をする必要があるのか?機能的磁気共鳴画像法を利用して、Summerfieldたち(p. 1311) は前頭葉皮質の予測神経シグナルを観察した。それによると、予測符号化によって知覚推論をしているらしい。さらに、知覚意志決定中には前頭皮質と視覚皮質の間に方向特異的な機能的結合が見られた。(Ej,hE)
Predictive Codes for Forthcoming Perception in the Frontal Cortex p. 1311-1314.

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