AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science September 15, 2006, Vol.313


古いオルメカ文字(Old Olmec Writing)

中央アメリカのオルメカ文明(紀元前1200年から400年)は、マヤ文明(紀元100年から600年)やアステカ文明(紀元1200年から1500年)のような後の複雑な社会の先駆者であったが、未だ初期オルメカ文字の明白な証拠が欠けている。RodriguezMartinezたち(p.1610; Lawlerによるニュース記事参照)は、未知の文字体系が記されているメキシコのベラクルスから発見した石塊を報告する。砂利採石場から採取されたが、その石塊の年代は、以前の発見よりも古い紀元第1千年紀(the firstmillennium CE)を示していた。その絵文字は、まだ判読されていないが、他のオルメカの象形(imagery)との類似性を帯びており、そしてそのパターンは文字体系と一致する。(TO)
Oldest Writing in the New World p. 1610-1614.

天空のエタン(Ethereal Ethane)

科学者たちはタイタンの表面は液体のエタンで被われているはずと予測したが、この土星の月の低緯度地域や中緯度地域は単に湿潤であるだけで、海よりむしろ砂漠が広がっている。Griffithたち(p.1620; Flasarによる展望記事参照)によれば、消え去ったメタンは、土星探査機カッシーニの可視赤外線マッピング分光計が突き止めたタイタンの北極近くにある巨大な雲の中にある。地球と同様に、寒冷な空気が冬季の極地近くで下降流が生じ(downwells)、そして極成層圏雲の形成を引き起こしている。もし気候条件が寒冷であれば、固体メタンの雪が極地の表面で凝固しているであろう。(TO,Ej,nk)
Evidence for a Polar Ethane Cloud on Titan p. 1620-1622.
PLANETARY SCIENCE: Titan's Polar Weather p. 1582-1583.

分泌とエンドサイトーシスのテーマとバリエーション(Themes and Variations in Secretion and Endocytosis)

細胞は細胞表面から多様なタンパク質を分泌する必要があり、またこれらの表面タンパク質のいくつかを外部タンパク質と共に内部に取り込む必要がある。McNiven と Thompson (p. 1591)は、被覆されたエキソサイトーシス性の輸送小胞が形成され、これがゴルジ体から形質膜という経路で搬出されるときのメカニズムについてまとめ、被覆されたエンドサイトーシス性の小胞形成と比較している。(hE)
Vesicle Formation at the Plasma Membrane and Trans-Golgi Network: The Same but Different p. 1591-1594.

ヨーロッパの氷の融けた水の行方(European Meltwaters)

最終氷期の最盛期において、低下した海面レベルとフェノスカンジナビア(fennoscandian)氷床、及びイギリス(British)氷床の位置関係により、ヨーロッパ大陸からの大量の水の流出が大西洋に注ぐ巨大な川を通して流れ込んでいった。その巨大な川は、今日Channel Riverと呼ばれるイギリス海峡である。Menotたち(p. 1623)は、今から30,000年と5,000年前の間のChannel Riverの活動記録を報告している。その流れは、22,000年前ごろに増大し始め、19,000年と17,000年前の期間にピークに達し、北極海から大西洋に大量の氷山が流れ出たハインリッヒイベント1が始まると共に突然終了した。この記録は、大西洋の向こう側北アメリカ大陸のローレンタイド氷床の融解に関してなされたと同じように、最終氷期極大期の終わりにヨーロッパの氷河の融解が海洋循環にどのような影響をもたらしたかを決定できるモデル構築に役立つであろう。(KU,nk)
Early Reactivation of European Rivers During the Last Deglaciation p. 1623-1625.

木のゲノムを求めて(Seeking the Genome for the Trees)

シロイヌナズナやコメのようないくつかのモデル植物のゲノム配列が決定されたが、長期間生きる植物である樹木のゲノムとはおおいに異なっている。Tuskan たち(p. 1596;表紙およびStokstadによるニュース記事参照)は、ポプラに属するコットンウッド(Populus trichocarpa)のゲノム配列を提示している。このゲノムは、全ゲノムにわたって2つの重複現象が起きており、そのうちの1つはシロイヌナズナでも同時に起きている。ポプラのゲノムはシロイヌナズナよりもゆっくりと進化し、塩基置換、直列遺伝子重複や染色体全体の再構成の割合は低い。ポプラとシロイヌナズナの遺伝子ファミリーを比較したところ、ポプラでは、耐病性、 成長点の発生、代謝産物の輸送およびグルコースやリグニンの生合成に関与する遺伝子が多い。(hE)
The Genome of Black Cottonwood, Populus trichocarpa (Torr. & Gray) p. 1596-1604.

衝突を弱めて軽くたたく(Reducing Crashes to Taps)

過去30年の間に、分子ビームの技術により分子の衝突と反応に関する数多くの詳細な事象が解明された。しかしながら、分子ビーム固有の速度分布の広がりがネックとなって、かなり低いエネルギーでの衝突の研究が阻害されている。このようなは系は、弱いファンデルワールス力が並進運動量によって圧倒されていないときに衝突複合体が形成されるため興味あるものである。Gilijamseたち(p. 1617)は不均一電場を用いて、シュタルク(Stark)減速によりOHラジカルのビームの速度を落とし、速度分布の拡がりを非常に狭い範囲に維持した。Xe原子ビームを用いたOHラジカルの散乱事象の回転状態の依存性から、モル当たり1キロカロリー以下の範囲の衝突エネルギーが決定された。(KU)
Near-Threshold Inelastic Collisions Using Molecular Beams with a Tunable Velocity p. 1617-1620.

加齢と凝集 (Of Aging and Aggregation)

タンパク質の凝集はアルツハイマーやパーキンソン病といった高齢になって起こる病と関連し、有害な影響をもたらす。Cohenたち(p. 1604)はアミロイド症の虫モデルにおいて、加齢プロセスが有害なタンパク質凝集と結びついている事を示している。インスリンのシグナル伝達プロセス--加齢に付随したカスケードプロセス--に関与する分子が、凝集と毒性にも影響を及ぼしている。転写制御因子であるDAF-16と熱ショックタンパク質であるHSF-1が、それぞれβ-アミロイドペプチドの凝集や脱凝集を促進する機能を果たしている。著者たちは、このような二つの因子に全面的に関係する細胞メカニズムを提案しており、それにより、毒性の凝集体が同定され、脱凝集や分解の研究に向けての試料調整が可能となる。(KU)
Opposing Activities Protect Against Age-Onset Proteotoxicity p. 1604-1610.

脳の中のリズム(The Rhythm in the Brain)

自発性の大脳皮質の振動はシナプスの可塑性を促進し--注意や知覚的な結び付けに関連している--、そして、一過性で、長距離におよぶ様々な脳領域の連携においてある役割を果たしている。どのようにこれらの振動が相互に影響しあい、どのように単一のニューロンと集団レベルの両方における処理を連携させているのかは、今なお厳密には、理解できてはいない。Canolty たち(p.1626) は、皮質のθリズムの振幅と位相が、人の皮質脳波の高周波数γバンドにおけるニューロンの振動強度を変調することを示している。高周波数γバンドの活性は、局所的な大脳皮質の領域の活性化を直接的に反映したものであり、機能的磁気共鳴法画像の血液酸素レベルに依存した信号と相関がある。ずっとゆっくりとしたθリズムは、大脳皮質全体に渡ってより広く分布しており、新規性、注意、作業記憶、探索行動と関連している。重要なことは、このθ-γ結合の強度が一連の認知作業の変化と関連しているということである。(Wt)
High Gamma Power Is Phase-Locked to Theta Oscillations in Human Neocortex p. 1626-1628.

細菌を殺す2つの方法(Two Ways to Kill a Bacterium)

細菌のペプチドグリカン合成では、脂質IIが細菌の細胞膜を貫通する細胞壁サブユニットの輸送をするのに必要である。脂質IIは、バンコマイシン(vancomycin)やランチビオティック(lantibiotics)などの抗生物質の標的である。ランチビオティックは、ナイシン(nisin)、ミュータシン(mutacin)のようなランチオニン環をもつ小ペプチドである。これらの薬剤は対照的なメカニズムで作用する。バンコマイシンは脂質IIのペンタペプチドに結合するのに対し、ランチビオティックはランチオニン環を介して脂質IIのピロリン酸に結合する。Hasper たち(p. 1636)は、いくつかのランチビオティックは凝集して膜に細孔を形成するが、別のランチビオティックは細孔を形成しないで細菌細胞を殺すことを見出した。これらのランチビオティックは脂質IIを固定して、分裂細胞の隔壁のようなペプチドグリカンの合成部位に近づけないようにして、これによって細胞壁合成を阻害する。(hE)
An Alternative Bactericidal Mechanism of Action for Lantibiotic Peptides That Target Lipid II p. 1636-1637.

カベオリンと肝臓の再生(Caveolin and Liver Regeneration)

カベオリン(Caveolin)は、種々のシグナル分子の内部移行とある種のウイルスの取り込みに関与する細胞表面陥入、カベオラ(caveolae)の鍵となる要素である。驚いたことに、数年前にカベオリン・ノックアウトマウスが生み出されたとき、それらは健康であるように見えた。Fernandezたちはこのたび、そうしたマウスをより詳細に調べ、それらマウスにおけるある表現型を発見した(p. 1628; またBrasaemleによる展望記事参照のこと)。それは、肝再生における重大な欠陥で、部分的肝切除後の生き残りの減少を導くものである。明らかになった問題には、脂質代謝と細胞周期進行における変化が含まれていた。変異マウスをグルコースで処置すると、その欠損が回避され、肝障害後の生存が改善された。(KF)
Caveolin-1 Is Essential for Liver Regeneration p. 1628-1632.
CELL BIOLOGY: Enhanced: A Metabolic Push to Proliferate p. 1581-1582.

病原性の潜在力を全うさせる(Perfecting Pathogenic Potential)

ヒトの病原体である結核菌には、多くの細菌性病原体の病原性にとって必須である分泌機構の相同体として認識されるものがない。代わりに、マクロファージ中の結核菌の増殖と感染に対する宿主細胞の応答制御のためにESX-1系が必要となる。この系が、結核の病原性にとって必須な病原性因子の対、ESAT-6およびCFP-10を分泌する。DiGiuseppe Championたちは、ESAT-6/CFP-10の病原性因子複合体を結核菌から分泌させるよう仕向けるのに必要な、C末端シグナル配列を同定した(p. 1632; またIzeとPalmerによる展望記事参照のこと)。分泌機構との相互作用を妨げるようなこのシグナル配列における変異は、分泌をも妨げた。CFP-10シグナル配列はまた、ある無関係のタンパク質の分泌をももたらした。(KF)
C-Terminal Signal Sequence Promotes Virulence Factor Secretion in Mycobacterium tuberculosis p. 1632-1636.
MICROBIOLOGY: Mycobacteria's Export Strategy p. 1583-1584.

ナノスケールでの強誘電体の研究(Probing Ferroelectricity on the Nanoscales)

強誘電体物質の転移温度(Tc)に関する正確な測定は、特に超薄膜や超格子構造に関する基本的挙動を理解するうえでの重要な鍵である。そのような構造において、成分物質は単に一個の単位格子レベルの厚さしかない。Tenneたち(p. 1614)は、紫外ラマン分光により正確なTcの測定が可能である事を示している。彼らは、成分層の厚さを変えることで薄膜のTc温度を500kに渡って変える事が出来た。(KU)
Probing Nanoscale Ferroelectricity by Ultraviolet Raman Spectroscopy p. 1614-1616.

高次構造上の味見のやり方(Conformational Taster Session)

タンパク質の高次構造上のダイナミクスは、酵素の触媒作用において重要な役割を果たしているが、そのダイナミクスと機能の結び付きは、ほとんどわかっていない。Boehrたちは核磁気共鳴緩和実験を用いて、大腸菌ジヒドロ葉酸還元酵素における挙動を探った(p. 1638; またVendruscoloとDobsonによる展望記事参照のこと)。触媒作用サイクルの各段階において、ある励起状態への高次構造上のゆらぎによって、タンパク質は、サイクル中の先行する次の段階の中間体に関する基底状態の高次構造を過渡的にとることができる。リガンド結合は、反応サイクルを介して酵素を方向付けるように平衡をずらしている。(KF)
The Dynamic Energy Landscape of Dihydrofolate Reductase Catalysis p. 1638-1642.
STRUCTURAL BIOLOGY: Dynamic Visions of Enzymatic Reactions p. 1586-1587.

回折という障壁に打ち勝つ(Beating the Diffraction Barrier)

通常の光学的技術を用いた細胞の蛍光イメージングの分解能は、回折のせいで、ほとんどのタンパク質よりおよそ2桁大きいサイズに限られていた。Betzigたちは、細胞内の蛍光タンパク質をナノメートルの分解能で光学的イメージングするための、光活性化局在性顕微鏡法(PALM)と名付けられた方法を導入した(p.1642; また8月11日のCouzinによるニュース記事参照のこと)。凍結調製された薄い切片におけるリソソームおよびゴルジ体中の膜タンパク質のPALM画像は、まったくの内部反射蛍光顕微鏡法によっては解像できない複雑な超微細構造を明らかにしている。PALM画像はまた、固定された培養細胞において、原形質膜あるいはその付近の細胞骨格タンパク質においても得られている。(KF)
Imaging Intracellular Fluorescent Proteins at Nanometer Resolution p. 1642-1645. Proteins of interest can be STRONGed with fluorescent tags and located by photoactivated localization microscopy (PALM) in thin sections and fixed cells at near-molecular resolution.

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