AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science May 12, 2006, Vol.312


細胞の燃料センサー(A Cellular Fuel Sensor)

体重の調節には脳が中心的役割を演じている。視床下部中で、特定のニューロン群が使える燃料の量変化を検知し、食物摂取量と代謝量を制御しているが、その根本的なシグナル伝達メカニズムは良く分かってない。Cota たち(p. 927; Flierによる展望記事も参照)は、非定型キナーゼ mTOR (ラパマイシンの哺乳類の標的)とシグナル伝達経路の関連付けを おこなった。この経路は、タンパク質合成の割合を制御している他の細胞型については幅広く研究されている。げっ歯類において、非神経性細胞中のmTORシグナル伝達を増加させるロイシンを脳中枢に投与したところ、視床下部のmTORシグナル伝達を活性化させ、食物摂取を減少させ、体重を減少させた。(Ej,hE)
Hypothalamic mTOR Signaling Regulates Food Intake p. 927-930.
NEUROSCIENCE: Regulating Energy Balance: The Substrate Strikes Back p. 861-864.

ナノワイヤーから電荷を得る(Getting a Charge Out of Nanowires)

ウイルスのタンパク質被膜は、以前にナノワイヤーの鋳型として用いれ、ウイルスの中には液晶相の中で配列するものもあり、この方法を用いてより大きな規則的なナノワイヤーを作ることが出来る。Namたち(p.885,4月6日のオンライン出版)は、コバルトの酸化物をリチウムイオンバッテリーの電極として用いるためにこの性質を利用している。ウイルスの更なる修飾により、バッテリーの容量を向上させるコバルト酸化物ー金のナノ粒子のハイブリットを作ることが可能である。(KU)
Virus-Enabled Synthesis and Assembly of Nanowires for Lithium Ion Battery Electrodes p. 885-888.

急行車線の光(Light on the Fast Track)

光子は一定の速度 c で伝播するが、ある種の異常分散を示す非線形光学媒体中では、超光速伝播と呼ばれる効果により、光の速度は c より速くなる。理論的な結果では、入射パルスが媒体中に入ってくるよりも前に出射パルスが放出されることや、パルスのピークが媒体中を反対方向に伝播することが示唆されている。Gehring たち (p.895) は負の群速度を示すポンピングされたエルビウムドープのファイバーを用いて、これらの両効果を研究し、それらの基礎となる原因は利得媒質中でのパルスの再成形にあることを示している。出射パルスのピークは、入射パルスの立ち上がり端から作られ、そして、入射パルスのピークは出射パルスの尾引き端の一部になる。Dolling たち(p.892) は、屈折率負のメタ材料を通過する赤外線のフェムト秒レーザーパルスの伝播を調べ、干渉計を用いた伝播パルスの時間分解計測により、群速度および位相速度(vgroupとvphase) を直接的に測定した。この状況は、正の屈折率に対するGehring たちの実験の負の屈折率のものに対応している。Gehring たちの場合は、vphase >0 、誘導 vgroup < 0 である。Dolling たちは、vphase < 0 と vgroup < 0 の場合、および、vphase < 0 と vgroup > 0 となる別の条件を見出した。「通常の」vphase > 0 と vgroup > 0 の状況とともに、4つの符号の組み合わせが実験で直接的に観測された。それらすべての場合で、ポインティングベクトルは正、すなわち、エネルギーは前方に向けて流れている。(Wt,nk)
Observation of Backward Pulse Propagation Through a Medium with a Negative Group Velocity p. 895-897.
Simultaneous Negative Phase and Group Velocity of Light in a Metamaterial p. 892-894.

地球磁場の減衰はそれほどは速くない(Not So Fast)

地球磁場の強度は、正確な測定が1840年に開始されて以来ずっと減衰していた。これらの変化により、この1000年以内に磁場が消滅するか逆転するであろうという予測をもたらしていた。方位だけ記録されただけのその直接的な計測においては、更に250年間遡っての外挿が困難であり、また岩と考古遺物から引き出された古地磁気データでは限界がある。Gubbinsたち(p. 900; Konoによる展望記事参照)は、1590年に遡っての地球磁場の記録を拡張するために方位情報と共に古地磁気強度測定を用いる方法を工夫した。近年の急な地球磁場の減衰に反して、彼らは1800年ごろまでは双極子モーメントがほとんど低下していないことを発見している。(hk)
Fall in Earth's Magnetic Field Is Erratic p. 900-902.
GEOPHYSICS: Ships' Logs and Archeomagnetism p. 865-866.

金属に力を加える(Giving Metals the Push)

結晶性の金属は、高度に歪んだ壁で分離されたほぼ完全に規則的な粒子から構成されていると考えられている。塑性変形中に、粒子は収縮して配列ミスが生じ、新たな転移を起こして規則的パターンを作る。しかしながら、個々の粒子に生じるこのような変化を取り出すことは困難であった。Jakobsonたち(p.889,Kubinによる展望記事参照)はX-線回折手法を開発して、結晶内に深く埋もれている個々の粒子の挙動を追跡している。彼らは間欠的な動力学を含めた幾つかの驚くべき挙動を発見しており、そこでは粒子の成長や収縮、及び粒子のサブ粒子への過渡的な分裂が見られた。(KU,tk)
Formation and Subdivision of Deformation Structures During Plastic Deformation p. 889-892.
MATERIALS SCIENCE: Collective Defect Behavior Under Stress p. 864-865.

翻訳に夢中(Lost in Translation)

先天性角化異常症(Dyskeratosis congenita;DC)は、骨髄障害、皮膚異常、および癌の罹患性の増大と関係している稀な遺伝性の症状である。X-連鎖型であるX-DCは、リボソームRNAを修飾するシュードウリジン合成酵素をコードするDKC1遺伝子の変異により引き起こされる。Yoonたち(p. 902)は、DKC1の変異により、内部リボソーム進入部位(IRES)成分を介しての珍しい方法でタンパク質合成を開始する、一群のメッセンジャーRNA(mRNA)の翻訳が減少することを示した。それらの中で、影響を受けるmRNAは腫瘍サプレッサーp27(Kip1)と細胞死を阻害する2種類のタンパク質、Bcl-xLとXIAP(アポトーシスタンパク質のX-連鎖性阻害因子;X-linked Inhibitor of Apoptosis Protein)をコードするmRNAであった。これらのタンパク質機能が失われると、X-DCの病因を引き起こす可能性がある。(NF)
Impaired Control of IRES-Mediated Translation in X-Linked Dyskeratosis Congenita p. 902-906.

微小管運動を操作する(Manipulating Microtubule Motion)

微小な流体系や反応系における試薬や生成物の輸送制御問題の解決の一つは生物学的モー ターの利用にある。以前の研究によれば、微小管は化学的修飾で物の輸送が出来るようになるが、この動きを制御することは難しかった。Van den Heuvel たち(p. 910; Hessによる展望記事も参照)は、定常電場における微小管の挙動を研究した。詳細な実験と理論から、モータータンパク質キネシンに駆動される個々の微小管は、マイクロメートルサイズの流体チャネル表面を望みの方向に横切ることができ、高効率でのソーティング(篩い分け、sorting)も可能であることを示した。(Ej,hE)
Molecular Sorting by Electrical Steering of Microtubules in Kinesin-Coated Channels p. 910-914.
MATERIALS SCIENCE: Enhanced: Toward Devices Powered by Biomolecular Motors p. 860-861.

オーキシンの流れを詳細に突き止める(PINning Down Auxin Flow)

植物ホルモンのオーキシンは多様な成長や発生応答を制御しており、植物内に組織的な方法で輸送されているに違いない。Petraek たち(p. 914,オンライン出版 6 April;Winiewska たちによるBrevia と、SiebererとLeyserによる展望記事参照)は、植物細胞中の誘導性過剰発現や、ヒトや酵母細胞中の発現を利用して、タンパク質PINがオーキシンの細胞外への流れの方向を制御していることを示した。(Ej,hE)
PIN Proteins Perform a Rate-Limiting Function in Cellular Auxin Efflux p. 914-918.
PLANT SCIENCE: Auxin Transport, but in Which Direction? p. 858-860.

保持して切る(Hold and Cut)

核内トランスファーRNAおよび古細菌RNAにおいては、機能的RNAを生成するためイントロンがフォールディングした前駆体RNAから取り除かれなければならない。Xueたち(p. 906)は、イントロンの切断されていないスプライス部位および切断されたスプライス部位を含有するバルジ-ヘリックス-バルジRNAと結合したArchaeglobus fulgidus由来の二量体スプライシングエンドヌクレアーゼの構造を2.85Åの解像度で示した。切断部位は、バルジの内部にあり、そして各触媒ドメイン由来のアルギニン対は、他の触媒ドメインにより切断され開裂したバルジの外にはみ出た塩基を挟み込む。このモチーフにより、2カ所のスプライス部位の結合および切断における共同性が誘導される。活性部位でのRNAとエンドヌクレアーゼとの相互作用は、3つの保存された残基が触媒性の三角形の構造を形成する、という概念と一致している。(Nf,hE)
RNA Recognition and Cleavage by a Splicing Endonuclease p. 906-910.

海洋微生物量の地図化(Charting Oceanic Microbial Abundance)

Prochlorococcus(ピコ植物プランクトン、1μm〜0.5μm の単細胞浮遊性のシアノバクテリア)は熱帯および亜熱帯海域で優占する種類であり、地球上で最大量の光合成生物と思われる。Bouman たち(p. 918)は、南太平洋や大西洋やインド洋におけるProchlorococcusの、色素、および特定遺伝子の変異型(例えば生態型)の分布に関して、南半球における地球規模のサンプリングの成果を発表している。このファイロタイプ(系統型)と生態型の3つの海洋における分布は、太陽光の勾配や栄養分といった3つの海盆の特長を反映している。(Ej,hE)
Oceanographic Basis of the Global Surface Distribution of Prochlorococcus Ecotypes p. 918-921.

エンドサイトーシスと発生におけるパターン形成(Endocytosis and Developmental Patterning)

発生における動物のパターン形成の際には、Wntなどのモルフォゲン(濃度によって細胞の分化を誘発する分子)が濃度勾配を形成し、局所的な発生上の応答を制御する。線虫の幼生の細胞遊走に関与する因子を探索する中で、Coudreuseたちは、保存されているエンドサイトーシス性レトロマー複合体(endocytic retromer complex)成分の1つの役割を発見した(p. 921、4月27日にオンライン出版)。このレトロマー複合体(細胞内のタンパク質輸送に関与するタンパク質複合体)は、Wnt相同分子種EGL-20を産生する細胞において必要とされ、長距離のシグナル伝達だけでなく、EGL-20の濃度勾配を確立するのにも必要である。哺乳類細胞系とツメガエル(Xenopus)での実験からは、Wntシグナル伝達におけるレトロマー複合体に関する進化の面での保存された機能であることが示唆され、おそらくWnt運搬( Cargo)ー-受容体をエンドソームからゴルジへと再利用しているらしい。(KF)
Wnt Gradient Formation Requires Retromer Function in Wnt-Producing Cells p. 921-924.

卒中と虚血とイオン流動(Stroke, Ischemia, and Ion Flux)

急性脳卒中後の脳組織における酸素とグルコースの急速な減少は、数分以内の壊死性ニューロン細胞死の引き金を引く可能性がある。その根底にある主要な原因は、主要な細胞内イオン濃度の調節不全であるが、どの特定イオンチャネルが錐体ニューロンにおける虚血条件によって活性化されるのかは、これまで不明であった。Pannexin 1(Px1)は、錐体ニューロンにおいて高発現するギャップ結合タンパク質ファミリーのメンバーの1つである。すばやく単離されたニューロンと脳スライス片において、Thompsonたちは、Px1ヘミチャネル(hemichannel)の開きが虚血性ストレスによって活性化されることを発見した(p. 924)。つまり、脳卒中の際の虚血によるヘミチャネル(hemichannel)活性化が、興奮毒性に寄与する顕著なイオン濃度の調節不全の原因である可能性がある。(KF)
Ischemia Opens Neuronal Gap Junction Hemichannels p. 924-927.

多様性を引き起こす潜在力をテストする(Testing Potential Drivers of Diversity)

化石記録は、顕生代(Phanerozoic、5億4千万年以前から)の間に、多数のさまざまなグループが多様化したことを示している。このマクロ進化を説明する仮説の1つは、肉食動物とその餌食、あるいは生態学的に関連するグループ間の生態学的相互作用が双方のグループが多様化する原因となった、というものである。Madinたちは、顕生代の底生の海洋無脊椎動物におけるこれらの大規模な傾向を、古生物学データベースを用いてテストした(p. 897)。その分析によって、肉食動物および非肉食動物双方における一般的多様化が明らかに示された。しかしながら、それらグループの間の関係は相関しておらず、これは、生態学的相互作用によって駆動されていない別の多様化傾向があることを意味するのである。(KF)
Statistical Independence of Escalatory Ecological Trends in Phanerozoic Marine Invertebrates p. 897-900.

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