AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science October 14, 2005, Vol.310


尿中にプリオン?(Prions in Urine?)

ヒツジのスクレイピーやシカとエルクでの慢性消耗性疾患を含む疾病に関して、水 平的なプリオン感染をもたらす因子が、長年にわたって検討されてきた。Seegerた ち(p. 324)は、スクレイピーの何らかの臨床的症状が見られるはるか前に、慢性 炎症性腎臓症状(腎炎)を罹患するマウスにより、感染性の尿中プリオンが常に排 出されることを見いだした。腎臓の炎症が存在しない場合や炎症がその他の器 官(例えば、肝炎における肝臓)において生じている場合、プリオンタンパク質を 過剰発現するトランスジェニックマウスにおいてさえ、感染性の尿中プリオンが観 察されることはなかった。このように、排出器官の炎症はプリオン疾患の水平的感 染の原因となる共同因子の一つであり、そして尿に由来する生物医薬品をスクリー ニングすることが重要であろう。(NF)
Coincident Scrapie Infection and Nephritis Lead to Urinary Prion Excretion
p. 324-326.

遥かなる惑星たち(Faraway Planets)

1990年代中ごろから、150個以上の太陽系外の恒星周囲の軌道にある惑星が発見され てきた。惑星探索サーベイの精度と能力が高まった結果、これらの天体の性質が非 常に様々であることが判った。Santos たち (p.251) は、これらの発見と、どのよ うにそれらが惑星形成の理論と関係しているかをレビューしている。外部の惑星の データベースが成長し続けるにつれ、このような観測は、惑星系の形成にかかわる 化学的、および、物理的なプロセスに関する鍵となる疑問に答えていくであろ う。(Wt,Ej,tk,nk)
【訳註】Santos のアブストラクトによると、我が太陽系外にもさまざまな特性を持 つ惑星があるようである。これから、火星より内側の高密度の惑星(比重約4以上) と、木星より遠い低密度の惑星(比重約2以下)で構成される太陽系のような惑星系 が一般的とはいえないのかもしれない。そして、もし、そうだとすると、地球のよ うな好適な温度と物質からなる惑星も一般的ではないのかもしれない。発見される 惑星の数が増えると統計的扱いが可能となり、地球外生命の存在可能性ともから み、今後の研究がおおいに期待されるところである。
Extrasolar Planets: Constraints for Planet Formation Models
p. 251-255.

二次元電子系(2DES)における量子臨界点(Quantum Criticality in a 2DES)

種々の2DESに関する実験によって、観察された金属的な振舞いはスケーリング 則(scaling consideration)から予期される絶縁体としての振舞いとは違って、ロ バストな(安定に観測される)現象であることが示された。Punnooseと Finkel'stein (p. 289)はここで、MIT(金属から絶縁体への転移;metal to insulator transition)近傍における電子間の相互作用と乱れ(disorder)を含むこ の振舞いの理論面について記述している。彼らは繰り込み群理論を用いて、2DESの 金属相と絶縁相を分離する量子臨界点を同定した。このモデルは、MITの近傍で観察 される異常な輸送と磁気特性を説明することができる。(hk)(Ej)
Metal-Insulator Transition in Disordered Two-Dimensional Electron Systems
p. 289-291.

急峻な傾斜を作る(Carving a Steep Slope)

イオンビーム照射はミクロンサイズやナノサイズの急峻な側面微細構造を作る重要 な手段であるが、スパッタリングプロセスを理解するこれまでの理論的アプローチ では、通常、それとは逆の極限である非常に緩い傾斜でのモデルからの拡張として 取り扱われている。Chenたち(p.294)は安定した傾斜角で削られる斜面が延びていく ようなスパッタリングの理論モデルを報告している。このモデルでは衝撃波の伝播 の方程式に似た数式を採用している。彼らは、電界イオン衝撃によって、小さくて 細かい形になってもぼやけたりせずに、傾斜を急にしたり、鋭い形に削れることを 実証している。(KU,nk)
Shocks in Ion Sputtering Sharpen Steep Surface Features
p. 294-297.

溶融マントルの起伏(Ups and Downs of Mantle Melting)

地球上の挙動の多くは液体や気体中の、或いは液体と個体の間の密度差によって引 き起こされる。地球内部の深部マントルにおいて、その挙動は固体のケイ酸塩鉱物 の密度が同じ溶融相の密度と比べてどのようになっているかに依存してい る。StixrudeとKarki(p.297)は分子動力学シミュレーションを用いて、地球下部 マントルの主要鉱物であるMgSiO3 ペロフスカイト溶融体の構造を推定 した。彼らのシミュレーションによると、圧力の増加と共に溶融体のSiの配位数が4 から6(固体状態では6配位)へと変化し、コア近傍の圧力で純粋のマグネシウムを 持つ溶融体はほぼ固体と同じ密度であることが示された。(KU,Ej)
Structure and Freezing of MgSiO3 Liquid in Earth's Lower Mantle
p. 297-299.

類人猿のギャップを埋める(Filling an Anthropoid Gap)

現生の霊長類は共通の先祖を持っており,その起源はアフリカかアジアのどちらかで あろうと信じられている。その共通の祖先の類人猿の化石はアフリカにもアジアにも 存在し、約4400万年前から5500万年前に生じたと考えられているが,約3500万年以上 前のことはほとんど分かってない。Seiffert たち(p. 300; Jaeger and Marivauxに よる展望記事参照)は、エジプトで、約3700万年前の岩石中に、数本の歯を含む類人 猿の顎の化石を入手した。これらの標本は、ずっと古い4500万年前の化石の特長を有 すだけでなく、その後の多数の化石の特長も有している。異なる2つの種の頭蓋部と 歯の化石の特長から,アフリカでの進化の様子が伺える。Seiffertたちによる系統発 生学的解析は、多分6000万年以上前の後期暁新世以前に、アフリカの霊長類はアジ アから移動したことをうかがわせる。(Ej)
Basal Anthropoids from Egypt and the Antiquity of Africa's Higher Primate Radiation
p. 300-304.
PALEONTOLOGY:
Shaking the Earliest Branches of Anthropoid Primate Evolution

p. 244-245.

利口になった鳥は三文の得(The Flexible Bird Catches the Worm)

気候の変動は、捕食される動物と捕食する動物のミスマッチを起こす。過去30年 間、Dutch great tit(Parus major) (
http://www.birdsofbritain.co.uk/bird-guide/blue-tit.htm参照) のエサ となる動物である幼虫は、捕食動物より早く現れる。そのため、虫の最も多い時期 は、titの雛の食欲の最も旺盛な時期と一致しない。Nussey たち (p. 304; Pennisi によるニュース記事参照)は、この時期のずれが修復されるかどうかを調査した。 産 卵日の表現型可塑性(産卵日を変化させること)は、種の淘汰にも遺伝的可塑性に も必要である。彼らは、遺伝的に可塑性を持った種が、種の淘汰から免れることを32 年間の野外観察から導いた。可塑性のある種を選択し続けることで、ミスマッチを軽 減させている。(Ej,hE)
Selection on Heritable Phenotypic Plasticity in a Wild Bird Population
p. 304-306.

定量的生物学に光を(Illuminating Quantitative Biology)

細胞生物学的プロセスをモデル化するための努力は、反応速度、濃度、および化学 量論についての定量的情報がないために束縛されている。WuとPollard(p.310)は 蛍光顕微鏡を用いて、生細胞中のタンパク質濃度を直接測定した。分裂酵母 Schizosaccharomyces pombe中で黄色蛍光タンパク質(YFP)を融合させた28種類の 細胞骨格タンパク質およびシグナル伝達タンパク質の全体的な濃度と局所的な濃度 を追跡した。この方法を慎重に使用すれば、定量的生物学用の精密な測定ツールと なるであろう。(NF)
Counting Cytokinesis Proteins Globally and Locally in Fission Yeast
p. 310-314.

長寿命のためにはミトコンドリアとNO(Mitochondria and NO for Longer Life)

カロリー制限により、酵母から哺乳動物にいたる生物の寿命が延びる。Nisoliた ち(p. 314)は、マウスのカロリーを制限した場合、内皮の一酸化窒素合成酵 素(eNOS)の発現と3',5'-サイクリックグアノシン一リン酸形成が増大することを 見いだした。この変化には、ミトコンドリア生合成、酸素消費の増加、アデノシン 三リン酸生成、および寿命に対するカロリー制限の効果を媒介することが以前に関 係づけられたタンパク質であるsirtuin 1の発現が付随している。eNOSを欠損する変 異マウスにおいては、これらの効果が強力に抑制された。従って、NOがカロリー制 限により引き起こされるプロセスと哺乳動物の寿命延長に何らかの基本的な役割を 果たしている可能性がある。(NF)
Calorie Restriction Promotes Mitochondrial Biogenesis by Inducing the Expression of eNOS
p. 314-317.

Tourette症候群の手がかり(Genetic Clue to Tourette's Syndrome)

Tourette症候群(TS)は、複雑な動きの運動性障害を伴う精神医学的障害であり、代 表的には運動性チック(不随意運動)や声のチックを生じる。多くの証拠から,遺伝 性であると考えられている。Abelsonたちp. 317)は、TSを持っている少数患者が SLITRK1中に配列変動があることを示した。この遺伝子は脳に発現し、試験管中で ニューロンの分化を増強する特徴の良く解らないタンパク質をコードしている。興 味あることに、この配列変動の生じる場所から、SLITRK1遺伝子はマイクロRNAに よって制御されているらしい。(Ej,hE)
Sequence Variants in SLITRK1 Are Associated with Tourette's Syndrome
p. 317-320.

Wolbachia細菌の人工的移動(Artificial Transfer of Wolbachia)

ある種の蚊は共生生物であるリケッチア-様細菌の Wolbachiaを伴っており、この Wolbachiaは細胞質不適合性を引き起こし、感染したメスの蚊にだけ繁殖力のある交 配を生じさせる。集団中の感染してない蚊は、このような効果的な制御手段によっ て、結局、Wolbachia感染蚊に置き換わってしまう。残念ながら、天然のAedes aegypti(ヤブカ属)集団はデング熱や デング 出血性熱の媒介動物である が、Wolbachiaを伴ってない。Xi たち(p. 326)は、籠の中で人工的に、A. albopictusから得られた細菌に感染させたAedes aegyptiを示し,このような感染は 細胞質不適合性を生じさせることを示した。7世代の後に、母性遺伝の失敗を生じる ことなく飽和状態に達するためには、当初、20%の感染率が必要である。(Ej,hE)
Wolbachia Establishment and Invasion in an Aedes aegypti Laboratory Population
p. 326-328.

ミラー・ニューロンの役割を拡げる(Extending the Reach of Mirror Neurons)

ニューロンのサブセットであるミラー・ニューロンは、個体がある行為を行う際 と、その個体が別の個体が同じ行為を行っているのを観察する際の、どちらの場合 にも活性化する。この知見は、サルの皮質領F5における単一ニューロン記録によっ て見出されたものである。Nelissenたちは覚醒しているサルの機能的磁気共鳴映像 法を用いて、前頭葉におけるそうした行為の表象は全体のごく一部でしかないこと を示している(p. 322; またOlsenによるニュース記事参照のこと)。彼らは、F5c領 域に、把握運動を含む全身イメージに対する応答性のある活性を発見した。消失し た応答は、より抽象的なイメージに対する応答としてこの領域に見出された。しか し、把握運動についてのより抽象的なイメージに対する応答が、F5領域のより rostralな場所で生じていた。彼らはまた、前頭葉前部皮質の45B領域に、物体のイ メージだけでなく行為の観察への応答もあることに気づいた。著者たちは、ヒトの BA44とBA45領域に対応すると考えられているサルのF5および45B領域が、ヒトにおけ るこれら発話関連領域のさきがけであることを表わしている可能性があると、推測 している。(KF)

適当なスペースが重要(Suitably Spaced)

第2の金属との合金化による金属触媒の活性増加に関する根本的な原因は不明瞭なこ とが多い。このようなケースの一つに、金(Au)添加のパラジウム(Pd)触媒によるエ チレンのビニールアセテート(VA)へのアセトキシル化反応の促進がある。この反応 にはPd原子のより大きな凝集が関与していると考えられていた。Chenたち(p.291) は、Au単結晶表面でのPd被覆率の大小におけるVAの生成速度を調べ、重要な反応部 位がある臨界的な距離離れた二つのPd原子からなることを見出した。これ は、Au(111)表面に対するAu(100)表面のより高い反応性に基づいている。このよう な近接したPd反応部位が重要な表面化合物を結びつけて生成物を作り、COや CO2,或いは表面炭素といった不要な副生成物をも抑制しているらし い。(KU)
The Promotional Effect of Gold in Catalysis by Palladium-Gold
p. 291-293.

制御された遺伝子転写におけるAktの役割(Akt-ing on Regulated Gene Transcription)

染色質におけるヒストン残基のメチル化は、遺伝子発現やその他の染色質依存性の プロセスにおいて重要な役割を果たしている。たとえば、Zeste相同体2(EZH2)のメ チル基転移酵素エンハンサーである、Polycombグループのタンパク質はヒストンH3 におけるリジン27をメチル化し、通常転写を抑制する。細胞シグナル伝達経路も、 また多くの細胞プロセスにとって重要なものである。たとえば、ホスホイノシチド 3-キナーゼ-Akt(PI3K-Akt)経路はまた、発癌に関わっており、細胞増殖を促進し、 アポトーシスを抑制する。Chaたちはこのたび、こうしたシグナル伝達と遺伝子制御 経路を結び付けて、AktキナーゼがEZH2のH3 K27メチル基転移酵素活性と相互作用 し、下方制御していることを示している(p.306)。高度に保存されたセリン残基がリ ン酸化され、これが染色質に対するタンパク質の親和性を減少させ、標的遺伝子を 上方制御している。(KF,hE)
Akt-Mediated Phosphorylation of EZH2 Suppresses Methylation of Lysine 27 in Histone H3
p. 306-310.

ヒトの遺伝子ホットスポットのマッピング(Mapping Human Genetic Hotspots)

組換え比率がゲノム全体にわたってどう異なるかを記した遺伝地図は、微細スケー ルのマッピングや進化の推論など、多様な遺伝分析にとって必須のツールであ る。Myersたちは、ヒトゲノムにおけるホットスポットの頻度に関するゲノムワイド 分析結果を、150万の単一ヌクレオチド多形性データにみられる連鎖不均衡パターン の解析によって提供している(p. 321; またPrzeworskiによる展望記事参照のこ と)。彼らの解析は2万5千ヵ所以上の新規なホットスポットを特徴付けている。組換 えの全く無い実質的な「砂漠」は観察されなかった。大きな規模での組換え比率の 変異は、ホットスポットの密度と強さの変化によって引き起こされていた。雄性と 雌性の組換えプロセスとホットスポットは同じようなものであるらしい。(KF)
A Fine-Scale Map of Recombination Rates and Hotspots Across the Human Genome
p. 321-324.
GENETICS:
Motivating Hotspots

p. 247-248.

末梢性カンナビノイド(Cannabinoid)受容体の中枢神経系での発現(Central Expression of Peripheral Cannabinoid Receptors)

脳において逆行性メッセンジャーとして作用するendocannabinoidの発見は、シナプ スをわたる情報の流れについてのわれわれの考え方を変えた。脳における endocannabinoidの内在性作用は、CB1受容体の活性によってだけ説明できるのだろ うか? もう1つ別の受容体型の存在を示すヒントはいくつかあるが、脳におけるこ れに代わるCB受容体についての報告はこれまでなかった。逆転写ポリメラーゼ連鎖 反応の研究と薬理学的な、かつ行動面の証拠を用いて、Van Sickleたちは、伝統的 に免疫組織に発現して免疫細胞を循環させていると考えられてきた受容体のサブタ イプである機能的cannabinoid CB2受容体が、脳幹ニューロンにもまた存在している ということを示している(p. 329)。この知見は、従来のカナビス(cannabis:大麻か ら作られる麻薬)誘導体の使用による通常の中毒性と精神的変化という不具合のな い新しい治療法を導く可能性がある。(KF)
Identification and Functional Characterization of Brainstem Cannabinoid CB2 Receptors
p. 329-332.

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