AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 22, 2005, Vol.309


熊が持っていた証拠(Bear’s Witness)

古代の化石におけるDNAの研究は、細菌からヒトに至るまで汚染によって困難となっ ている。しかしながら、Noonanたち(p. 597, 2005年6月2日のオンライン出版) は、4万年前の穴熊の骨の抽出物から大量の古代のDNAを解析したメタゲノム手法を 報告している。比較遺伝子学から得られる情報が既に広範囲に渡っているため、純 粋な熊のDNA配列が汚染物と区別された。加えるに、消滅した熊と現在の熊の間の進 化的な関係が説明された。(KU,nk)
Genomic Sequencing of Pleistocene Cave Bears
p. 597-599.

土地利用管理の機会(Management Opportunities in Land Use)

人間の活動は、今日地上の生態系の生産量の約3分の1以上を占める。Foleyた ち(p.570)は、生態系機能や、淡水供給や土壌肥沃度の維持などを含む生態系サービ スに対しての土地利用の変化による局所的、或いは全世界的な影響を再調査した。 土地利用の増加により、こうしたサービスを提供する生態系の能力が低下するが、 ある種の土地利用戦略をとることにより、自然保護、経済性、そして社会発展の3者 が共にうまくいくように導くことができるだろう。(TO)
Global Consequences of Land Use
p. 570-574.

マントル対隕石(Mantle Versus Meteorites)

地球のケイ酸塩鉱物の化学組成は、地球型惑星(水星・金星・地球・火星)の構成単 位である球粒隕石、コンドライト(chondritic meteorites)中のケイ酸塩鉱物の組成 と同じであると考えられている。 従って、コンドライトと地殻との同位体組成の違 いは、地球マントル内にその差の補足に必要な物質の蓄積(reservoirs)にあると解 釈されてきた。これらのデータ、特にNd同位体は数多くの地球内部モデルの基礎と なっていた。BoyetとCarlson(p.576.2005年6月16日オンライン出版、Kerrによる6月 17日ニュース記事参照)は、コンドライトが、地球や月、及び火星の岩石標本とは異 なる142Nd--短命な146Smの放射線崩壊から生じる--の相対 量を有することを示している。この発見は、地球マントルがその形成から約3000万 年以内に分化が生じた(differentiate)ということにより、最もうまく説明付けられ る。マントルのわずかな一部分にある種の元素が濃縮され、孤立したままで新たな 地殻を形成しなかった。マントルの大部分は、現在コンドライトとは異なる組成を 持っており、月と同様に地球の大陸と海洋の地殻とを形成した。(TO、tk)
142Nd Evidence for Early (>4.53 Ga) Global Differentiation of the Silicate Earth
p. 576-581.

固体量子による計算は簡単になったのか?(Solid-State Quantum Computing Made Simple?)

固体量子コンピューテングに対する提案は、今までのところ基本ユニットとして2 量子ビット(キュービット)ゲートに依存していたが、量子ビット間の結合相互作用 の制御は、実際に機器として実現するためには困難な挑戦である。量子情報処理は 線型光学だけを使って実行されるはずであるという量子光学学会からのヒントを得 て、EngelとLoss(p. 586; Eguesによる展望記事参照)は、相互作用する2量子ビッ トゲートを必要としない固体プロトコルを提案している。二っの量子ドット系にお ける電子スピンを用いて、スピン-パリティのBell-状態(スピン-パリティを容易に 読み出すことが出来るように電荷状態へ変換する方法)を検知することにより、よ り簡単でスケーラブルな固体量子コンピュータのスキームに取り込むことが可能で あると彼らは主張している。(hk)
Fermionic Bell-State Analyzer for Spin Qubits
p. 586-588.
PHYSICS:
Fingerprinting Spin Qubits

p. 565-567.

金属表面上でのオレフィンメタセシス反応(Olefin Metathesis at Metal Surface)

金属への有機分子の安定な結合は、しばしばチオール-金の化学で行われている。冗 長性はあるけれども、この飽和結合した配置との更なる何らかの反応を行うことは 困難である。二つの研究グループが金属基板に付与したカルベン基で行われたオレ フィンメタセシス反応に関して報告している。SiajとMcBreen(p.588)は Mo2C表面にシクロペンチリデン基を付与したが、このものはかなりの高 温でも安定であった。彼らは230℃での開環メタセシス反応により、このアルキリデ ンの部位からポリノルボルネンを成長させている。Tulevskiたち(p.591)はジア ゾメタンをきれいなルテニウム膜と反応させ、160℃の温度条件下でRu表面に安定な カルベン基を生成した。Ru粒子上に形成すると、このカルベン基はオレフィンメタ セシス反応を行った。このような反応化学は、表面ポリマーを作る点での応用が見 出されるかもしれない。(KU)
【訳注】・オレフィンメタセシス反応:Mo系などの触媒を用いての2種の異なるオレ フィン分子の反応をいう RCH=CHR+R'CH=CHR'→2RCH=CHR’
Creating, Varying, and Growing Single-Site Molecular Contacts
p. 588-590.
Formation of Catalytic Metal-Molecule Contacts
p. 591-594.

Toll-様受容体構造が明らかに(Toll-Like Receptor Structure Revealed)

多様なリガンドの結合により、様々なシグナル伝達経路が開始して、免疫応答での 役割を果たしている。ヒトToll-様受容体3(TLR3)は、多くのウイルスと関係する二 本鎖RNAにより活性化される。いずれにしても、TLRに対する三次元構造が不明で、 そのシグナル伝達モードを明白にする実験の進め方が難しかった。Choeた ち(p.581,2005年6月16日のオンライン出版)は、TLRの外部ドメイン構造を2.1オング ストロームの分解能で決定した。その外部ドメインはカブトガニ形状のソレノイド を形成し、23のロイシンに富む繰り返しからなっている。内側の凹面表面と外側表 面のかなりの部分は炭水化物で覆われている。一つの面は糖鎖形成がなく、このこ とはリガンド結合やオリゴマー形成での役割を果たしていることを示唆してい る。(KU)
Crystal Structure of Human Toll-Like Receptor 3 (TLR3) Ectodomain
p. 581-585.

カルチャーの境界を克服して(Overcoming Cultural Barriers)

C型肝炎ウイルス (HCV) は、世界中で定常的に1億7千万人以上の患者を抱えている 慢性肝疾患の主用原因の1つである。ウイルス複製の研究用細胞培養系がないこと により、HCVのための薬剤開発が遅れている。Lindenbachたち(p.623, および、オ ンライン出版、6月9日号, 2005)は2つの異なるウイルス株からの配列を利用して全 長HCVゲノムを構築し、培養されたヒトの肝細胞中で、そのキメラウイルスが高力 価(high titers)で複製されるのを発見した。ウイルスは細胞から細胞へと伝播し、 ウイルスの糖タンパク質に対する抗体や、ウイルスが侵入する際に関与した可溶性 の細胞表面タンパク質によって中和された。(Ej,hE)
Complete Replication of Hepatitis C Virus in Cell Culture
p. 623-626.

ぶらつける広さ(Room to Roam)

Ceballosたち(p.603; Stokstadによるニュース記事も参照)による評価によれば、地 球上の全動物種の優先関係と闘争関係を保持し、哺乳類の大多数の10%の地理的範 囲を保存するためには、地球上の15%は必要であることが分かった。地域によっ て、動物の種類によって、保護保存形態からヒトによる管理形態にわたって様々な アプローチが必要であろう。動物集団のサイズはどのように調節されているのであ ろう?Siblyたち(p. 607; Reynolds and Freckletonによる展望記事参照)は、動物 の4つの主要分類をカバーする1780データの時系列の個体数を解析した。ほとんど の個体数は、以前考えられていたように、生存可能な限界までは指数関数的に増加 しない。成長速度は、個体密度に依存する要因に依存して調節され,限界サイズに達 する遥か前に低下する。進化の歴史や代謝の違い,体の大きさの違いにもかかわら ず、上記4種は、個体密度がまだ低いうちから、密度への強い依存性があり、個体数 の増加は低下する。(Ej,hE,nk)
Global Mammal Conservation: What Must We Manage?
p. 603-607.
On the Regulation of Populations of Mammals, Birds, Fish, and Insects
p. 607-610.
ECOLOGY:
Population Dynamics: Growing to Extremes

p. 567-568.

海馬の記憶形成、再び(Hippocampal Memory Formation Revisited)

空間的表示とエピソード情報や他の非空間的情報の表示における海馬の役割は何だ ろうか?Leutgebたち(p. 619;Buzsakiによる展望記事を参照)は、海馬ニューロ ンが、場所に対してと、その場所で生じることに対して独立したコーディング機構 を有することを見いだした。空間的場所の変化は海馬場所識別細胞における発火部 位での変化として表示され、一方、一つの場所でのきっかけとなる立体配置の変化 は、発火頻度の変化により表示される。これらの結果から、依存的な変数の選択に 依存して、どのようにして異なる結果が得られるのかが説明される。海馬出力にお ける空間的情報、及び非空間的情報の組み合わせと統合はエピソード記憶における 海馬の役割に関する神経的な基礎を形成する可能性がある。(NF)
Independent Codes for Spatial and Episodic Memory in Hippocampal Neuronal Ensembles
p. 619-623.
NEUROSCIENCE:
Similar Is Different in Hippocampal Networks

p. 568-569.

染色体再構築、再考(Considering Chromosome Rearrangements)

染色体再構築のその原因、制約、そして結果とは何なのだろうか?Murphyた ち(p.613)は、5つの哺乳動物の目に属する8種に由来するゲノム配列と高密度比較 マップを使用して、染色体動態に影響を与える進化のプロセスを推測した。染色体 切断点は進化の過程で再利用されているらしく、後期白亜紀以降、哺乳動物染色体 の切断頻度は増加している。動原体がその切断点の再利用に関連しているようであ る。40箇所の切断点が霊長類特異的なものとして同定され、そして、ほぼすべてが ゲノムの断片重複に関連していた。(NF)
Dynamics of Mammalian Chromosome Evolution Inferred from Multispecies Comparative Maps
p. 613-617.

くすんだ色と魅惑の色と(Drab and Glam Together)

オーストラリア雨林のオウムであるEclectus roratusのオスとメスは羽衣があまり に違っているので、長い間、別の種だとみなされてきた。性的二形性のある鳥での 通常のパターンとは対照的に、メスが明るい色であるのにオスはくすんだ色をして いる。Heinsohnたちによる8年間のフィールド研究により、Eclectusにおける性的二 色性の逆転は、この現象の標準的な説明である性的役割の逆転の結果ではないとい うことが明らかになった(p. 617)。代わりに、別々の選択圧力がオス(捕食を避ける ため)とメス(他のメスとの競合のため)それぞれに働いているらしい。(KF)
Extreme Reversed Sexual Dichromatism in a Bird Without Sex Role Reversal
p. 617-619.

ジャスト・イン・タイム(Just in Time)

概日性時計は、内部の生理学を周期的な様式で管理するのに役立っている。Doddた ちはこのたび、概日性時計をもつことで与えられる利点を調べた(p. 630)。置かれ ている環境の明暗の周期に密接に対応した周期をもつシロイヌナズナは、それほど 対応していないシロイヌナズナに比べて適応度の改善を示した。この機構には、光 合成機構を産生するのに十分なほど早いが、ある種の不安定なタンパク質が分解を 始めるほどには早くない程度に日光を予期する「ジャスト・イン・タイム」様式で のある種のタンパク質の産生が関与している可能性がある。(KF)
Plant Circadian Clocks Increase Photosynthesis, Growth, Survival, and Competitive Advantage
p. 630-633.

冷たい火星の表面(Cool Martian Surfaces)

火星起源の30個以上の隕石が同定されており、これらの多くはさまざまな同位体 系によって年代が確定されている。Shuster と Weiss (p.594)は、他の数個の隕 石(ALH84001隕石を含む)と同様に火星隕石の一つのグループであるナクライ ト(nakhlites) に関して、放射線崩壊によるアルゴンの蓄積に基づく年令が、他の 同位体系によるものと一致していることを指摘している。鉱物中のアルゴンの拡散 は非常に温度依存性が大きく、その拡散のモデル化により、彼らは、これらの隕石 がその結晶化の時期以降、350℃近傍以上に加熱された可能性はないであろうこと を示している。これらのデータは、火星の表面がここ40億年間冷たい状態にあっ たことを示唆している。(Wt,tk,nk)
Martian Surface Paleotemperatures from Thermochronology of Meteorites
p. 594-600.

長く熱い痕跡(A Long, Hot Streak)

始新世(Eocene)は、5500万年前から南極に永久氷床が発達した3400万年前まで続い た長期間にわたる気候温暖化の時期である。Paganiたち(p. 600, published online 16 June 2005)は、中期始新世から後期漸新世(‾4500 万年前から2500万年前)の大気 中のCO2の代理濃度の記録を示した。これは、ある種の海生藻類が生成 するアルケノン分子の安定な炭素同位体を利用したものである。始新世では CO2濃度が1000〜1500 ppm であり、その後急速に減少し、現在の 200〜300 ppmレベルになったのが漸新世(Oligocene)の終わり頃である。これらの データは、氷床の拡大と陸生のC4光合成の発展を理解するの上で関係が ありそうである。(Ej,hE)
Marked Decline in Atmospheric Carbon Dioxide Concentrations During the Paleogene
p. 600-603.

捕食者と餌食の相互作用(Predator-Prey Interactions)

実験とモデリングのある組み合わせによって、餌になる種とその天敵との相互作用 の安定化についての単純な機構が示唆された。Murdochたちは、実験的に導入された カリフォルニア赤色カイガラムシの個々の樹木における大発生が、柑橘類の収穫を 保護するために広く用いられている生物学的コントロールエージェントである寄生 ダニ、Aphytisによって、数ヶ月内で安定化したことを示している(p. 610)。安定化 のキーは、この相互作用における2つのパートナーの生活史的特徴の相互作用であ る。現実に起きている安定化機構は、 寄生ダニの急激な発生率と連動させて、害虫 のライフサイクルのなかでのいろいろな段階で、特異的な影響の受けやすさとして モデル化されている。この機構は、餌食とその天敵の間の相互作用の多くがこうし た特徴を共有しているので、きわめて一般的なものである可能性がある。(KF,ok)
Host Suppression and Stability in a Parasitoid-Host System: Experimental Demonstration
p. 610-613.

ヌクレオソームにはヌクレオソームの居場所がある(A Place for Every Nucleosome, and Every Nucleosome in Its Place)

大部分がヌクレオソーム8量体(octamers)からなる、染色質のタンパク質成分は、受 動的なパッキング材料以上のものであり、それが封鎖しているDNAの接触 性(accessibility)と活性の双方を制御するアクティブな役割を果たしている。Yuan たちは、タイル状にしたマイクロアレーを用いて酵母染色体全体に沿ったヌクレオ ソームと多くの付加的な調節領域の位置を決定することで、染色質構造を個々のヌ クレオソームのレベルでゲノム全体にわたって分析した結果を提示している(p. 626、2005年6月16日にオンライン出版; またMarxによる6月17日のニュース記事参照 のこと)。ヌクレオソームの位置の大多数は、とくに遺伝子の領域にわたって、きわ めてよく保存されており、その例外は高いレベルの転写を受けたところであった。 さらに、機能的転写結合部位と酵母プロモータには主にヌクレオソームがなかっ た。こうしたヌクレオソームがない遺伝子間領域は、酵母の種を越えて高度に維持 されており、poly(dA-dT)に富んでいるが、これはヌクレオソーム位置決定における 原因の役割を暗示するものになっている。(KF)
Genome-Scale Identification of Nucleosome Positions in S. cerevisiae
p. 626-630.

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