AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science June 24, 2005, Vol.308


フィッシュアンドチップスにとっての気候変化(A Changing Climate for Fish and Chips)

気候変動は人々が生態系から得られる恩恵や利得,そして生物多様性(biodiversity) に対する潜在的な脅威であることは、充分に理解されている。Perryた ち(p.1912;2005年5月12日オンライン出版) は、生態系の基本的な恩恵である海洋漁 業における気候変動の影響について調べた。最近の25年間に、北海(North Sea)では 多くの種がはっきりと北方向に移動していることを示している。タラやコダラ、そ してアンコウ等の多くの商業上重要な魚は、50~800キロメートル北方向に移動して いる。もし今の気候変動の傾向が続けば、いくつかの種は2050年までに北海から完 全に退いてしまうであろう。(TO)
Climate Change and Distribution Shifts in Marine Fishes
p. 1912-1915.

深海での暁新世の温暖化(Paleocene Warming at Depth)

暁(ぎょう)新世-始新世の温度最大期(PETM :Paleocene-Eocene Thermal Maximum) は、約5500万年前に発生した地質学的には比較的短い温暖期間であった。この期 間、全世界的な炭素サイクルは著しく乱れたが、このことは全世界的な活性炭素貯 蔵庫(global active carbon pool)の炭素同位体組成における大規模かつ急激なる変 化に反映されている。この乱れは海床にあるメタンハイドレードの大量放出が原因 とされるが、この放出の原因はまだ判っていない。TripatiとElderfield(p. 1894) は、南北両半球と赤道近くの中間深度の海底の水温記録を示し、この記録からほと んどまんべんなく全地点で、4度から5度ぐらい温暖化ししているが、炭素系におけ る変化よりもわずかに先行していることが示される。これらのデータは、この温暖 化期間中の同位体的に異常な炭素源として、海洋堆積中のメタンハイドレードの不 安定化さが関係しているという説と一致する。(TO,Ej)
Deep-Sea Temperature and Circulation Changes at the Paleocene-Eocene Thermal Maximum
p. 1894-1898.

内陸は厚くなっている(Thicker in the Middle)

南極大陸大氷原の質量バランスは、地球規模の温暖化に伴って起こりうる海面上昇 の評価における最重要パラメーターである。Davisたち(p.1898,2005年5月19日オン ライン出版;Vaughanによる展望記事参照)は、1992年~2003年にかけて行ったサテ ライトレーダー測高法による測定から得られた結果を報告している。その結果によ ると、その期間中に南極内陸部のかなりの領域で質量が増大していたことを示して いる。彼らは、この増大が東南極における降雪量の増加によるとしており、地球規 模での温暖化に伴って示唆されている影響である。しかしながら、氷原全体として の質量バランスは明白ではない。その理由は、南極の海岸近傍領域での質量損失が この測定法では得られず、南極内陸部で見出された質量増加よりも大きな可能性が あるからである。(KU,hE)
Snowfall-Driven Growth in East Antarctic Ice Sheet Mitigates Recent Sea-Level Rise
p. 1898-1901.
OCEANS:
How Does the Antarctic Ice Sheet Affect Sea Level Rise?

p. 1877-1878.

将来の水素燃料を査定(Assessing a Hydrogen Future )

パワーの大きい自動車やトラックに水素燃料を使うことによって、汚染が低減し て、健康に好ましいことは原理的に良く理解されているが、それらの利点を詳細に 解析しておくことは有益であろう。Jacobsonたち(p. 1901)は、全米の自動車を水素 燃料電池、あるいは化石燃料と電気のハイブリッド車へ変えることによる効果を解 析したモデル研究を報告している。全てのケースにおいて、水素燃料電池車の使用 は汚染と健康への悪影響を減らすが、その効果の大きさは水素製造方法に依存して いる。ベストなケースにおいて、すべてのコストを考慮すると、ガソリンより風力 による水素生成の方がより経済的な燃料になるであろう.(hk,Ej)
Cleaning the Air and Improving Health with Hydrogen Fuel-Cell Vehicles
p. 1901-1905.

地球のコアを量る(Weighing Earth's Core)

しばしば、Birch の法則として知られる線形外挿を用いて、地震の速度とその実験 との比較を地球内部の密度の推測に用いてきた。この解析によると、地球の内部コ アは、主に、いくらかかの軽元素を含む鉄-ニッケル合金であることが示唆されてい る。しかしながら、この推測には、地震波の速度が密度のみではなく、温度に対し てもどのように変化するかの知識が必要である。Lin たち (p.1892) は、いくつか の温度における高圧下での鉄の地震波の速度を直接的に測定した。地球の深部にお ける温度と同等の温度では、音波の速度は推測される速度に比べて遅いものであっ た。これから、地球のコアは、密度に線形な関係から示唆される値よりも軽元素を 多く含んでいる。この発見は、他の推測と良く整合するものである。(Wt)
Sound Velocities of Hot Dense Iron: Birch's Law Revisited
p. 1892-1894.

燃焼(Burning Up)

火というものを理解することが化学の世界での最も古い挑戦課題の一つである。炎 に関する分光学的研究により分子状のフラグメントが同定され、このフラグメント を反応機構モデルの入力として用いることにより、炭水化物が酸化されてどのよう に水と炭酸ガスになるかという多段反応ステップが解決される。これらのモデルに おいて、カルボニル化合物はよく知られた中間化合物であるが、C=C二重結合に結合 したOH基を持つより不安定なエノールの互変異生体は含まれていない。Taatjetた ち(p.1887,2005年5月12日オンライン出版;又、表紙参照)は、市販のガソリン成分 の燃焼炎中にかなりの量の2,3、および4個の炭素エノール化合物を観測した。酵素 チロシナーゼを用いたクリーンな低温での炭水化物の酸化反応が行われた。この反 応では、活性部位にある二つの銅イオンが酸素と結合しており、酸素原子をフェ ノール中の芳香族のCH結合への挿入反応を触媒している。合成化学者の推定による と、炭水化物が切断される前に結合した酸素と反応しているらしい。Miricaた ち(p.1890,Reedijkによる展望記事参照)はモデル錯体を用いて、異なる反応経路を 示唆する証拠を報告している。酵素の酸素結合部位を模擬した銅二量体の化合物の 分光学的研究により、-120℃で酸素がフェノール誘導体に移動する前に、結合してい る酸素が切断されていることを示す反応性の中間体が存在している。このような結 果は、酵素的な酸化反応はオキソ化合物に架橋している求電子的な銅(Ⅲ)へのフェ ノールの攻撃が関与している可能性を示唆している。(KU)
Enols Are Common Intermediates in Hydrocarbon Oxidation
p. 1887-1889.
Tyrosinase Reactivity in a Model Complex: An Alternative Hydroxylation Mechanism
p. 1890-1892.
CHEMISTRY:
Dioxygen Surprises

p. 1876-1877.

仲間は少ない(Absent Allies)

ヒト免疫不全症(HIV)へのワクチン開発における大きな困難性は個々のホスト内でウ イルスが抗体に遭遇したさいのウイルスの高度なる逃避である。それにもかかわら ず、HIVに対する広範囲の特異性をもつた数少ないモノクローナル抗体はウイルスを 中和する。何故に似たような抗体が普通の免疫応答において作られないのかを理解 するうえで、このモノクローナル抗体が注意深く研究されてきた。Haynesた ち(p.1906,2005年4月28日のオンライン出版;Nabelによる展望記事参照)は、二つの モノクローナル抗体が幅広い特異性を持っており、そしてヒトのリン脂質であるカ ルジオリピンと反応することを見出した。このように、HIV感染において広範囲に中 和する抗体は稀にしか見出されない可能性がある。その理由は、抗-HIV特性を付与 するその特徴自体が自己反応性を引き起こし、個体の免疫系で許容されえないもの である。(KU.hE)
Cardiolipin Polyspecific Autoreactivity in Two Broadly Neutralizing HIV-1 Antibodies
p. 1906-1908.
IMMUNOLOGY:
Close to the Edge: Neutralizing the HIV-1 Envelope

p. 1878-1879.

寿命を延ばすカタラーゼ(Catalase for Longer Life)

フリーラジカル酸素分子により引き起こされる細胞損傷および組織損傷は、加齢に 伴う病原性と関連している。しかし、抗酸化防御により寿命を延ばすことができる という考え方には議論がある。Schrinerたち(p. 1909、2005年5月5日オンラインで 出版;Millerによる展望記事を参照)は、細胞内での酸素フリーラジカルの主要な 供給源であるミトコンドリア中で、カタラーゼを過剰発現するトランスジェニック マウスを作り出した。カタラーゼは反応性酸素種を生成する有害な過酸化水素を除 去する。トランスジェニックマウスにおいて、細胞の酸化損傷や加齢に伴う心臓機 能の低下が減少し、白内障の形成を遅らせた。さらに、寿命がほぼ20%増加した。 このように、抗酸化酵素は、哺乳動物の長寿命化を促進することができる。(NF)
Extension of Murine Life Span by Overexpression of Catalase Targeted to Mitochondria
p. 1909-1911.
BIOMEDICINE:
Enhanced: The Anti-Aging Sweepstakes: Catalase Runs for the ROSes

p. 1875-1876.

新しいニューロンを呼び出す(Calling New Neurons)

脳内におけるほとんどの神経発生は、発生初期の前後関係(context)で生じる。しか しながら、成体であっても、一定の速度で新しく発生するニューロンが、嗅球に供 給されている。脳の脳室下領(subventricular zone)由来のニューロン前駆体は、 嗅球への鎖として一緒に移動する。Ngたち(p. 1923)はここで、ニューロンをそれ らの目的地に呼び出すためのシグナルの一つとして、プロキネチシ ン(prokineticin)2(PK2)を同定した。プロキネチシンは分泌性のタンパク質で あり、他の場所では、胃腸の運動や痛みの感作などの様々なプロセスも制御する。 哺乳動物の網膜は、脳の他の領域と同様に、連続的な様式で発生を行う。所定の機 能を有する細胞はより初期に生まれるが、その一方でより後期に生まれた細胞は、 他の機能に専念する。Kimたち(p.1927)は、シグナル伝達分子の一つ、成長・分化 因子11(GDF11)が、どのようにして、網膜における分化の流れに対して、嗅上皮に おける分化の流れに対するのとは異なる影響を及ぼすのかについて、明らかにし た。GDF11は嗅上皮における増殖には影響を与えているのに、発生途上の網膜におい て、GDF11はその前駆体細胞の増殖に影響を与えないが、分化した細胞の特定の型を 産生する能力を持った前駆体細胞に対してシグナルを伝達する。(NF,hE)
Dependence of Olfactory Bulb Neurogenesis on Prokineticin 2 Signaling
p. 1923-1927.
GDF11 Controls the Timing of Progenitor Cell Competence in Developing Retina
p. 1927-1930.

寄り集まって鳴くことによる警告(Alarming the Mob)

動物における警告信号の機能と進化については、多くの関心が寄せられてきたが、 餌食となる種に対して捕食者の存在の提示のし方を制御でき、そうした信号にコー ドされている可能性のある意味の複雑さを解明した研究はほとんどなかっ た。Templetonたちは、北米でふつうに見られる鳴鳥であるシジュウカ ラ(black-capped chickadee)を、さまざまな種と大きさの捕食者の前にさらしてみ た(p. 1934; またMillerによるニュース記事参照のこと)。小さな群れで暮らしてい るchickadeeは脅威となる捕食者に対して寄り集まって鳴く(mobbing)ことで警告の 呼び声(alarm calls)に対して反応した。周波数分析によって、chickadeeの警告の 呼び声には、潜在的捕食者の大きさと脅威に強く相関する著しい違いがあることが 示された。さらに、chickadeeはさまざまな警告の呼び声の録音に対して、その mobbing行動を変えることで反応したのである。(KF)
Allometry of Alarm Calls: Black-Capped Chickadees Encode Information About Predator Size
p. 1934-1937.

アルギンが関与しニューレグリンは関与しない(Agrin Yes, Neuregulin No)

神経筋接合部は、筋線維と入ってくる運動ニューロンとの間での一連の相互作用を 介して発生する。アグリン(agrin)とニューレグリン(neuregulin)の双方が神経筋接 合部の発生に関わっているとされてきた。Escherたちは、どちらの分子がいつ作用 しているかをはっきりさせるために、標的遺伝子除去法(ablation)を利用してい る(p.1920)。neuregulinは神経筋接合部形成にとって決定的なものではなく、agrin こそが決定的なもののようである。従来観察されていた、神経筋接合部形成におけ るneuregulinnoのシグナル伝達破壊の効果は、神経筋接合部を囲むシュワン細胞に 対するneuregulinの効果を介した間接的に仲介されるものであった可能性があ る。(KF)
Synapses Form in Skeletal Muscles Lacking Neuregulin Receptors
p. 1920-1923.

OOOHが(OOOH Aaah)

地球の上層大気の化学は開殻の低分子によって支配されており、これらの分子は大 量の紫外線により形成され、衝突して反応し消滅する。多年にわたる直接的な観測 とモデル研究にもかかわらず、これらの過渡的な多くの化合物の特性は不明であっ た。Sumaたち(p.1885,2005年5月5日オンライン出版)は、酸素分子と水蒸気の混合物 の電気放電により、酸素分子とOHの弱い付加化合物であるOOOHラジカルを作り、マ イクロ波分光によりその構造を調べた。実験室以外では、いまだ観測されていない が、OOOHは大気中のOH化学のモデルの中で提案されてきたものである。そのスペク トルからはZ-型トランス構造を支持しており、理論的に予測されたシス構造と異 なっている。(KU)
The Rotational Spectrum and Structure of the HOOO Radical
p. 1885-1886.

コミュニティーのプロテオミクス(Community Proteomics)

微生物の遺伝的潜在力についての大規模かつ培養-非依存の分析は、自然界の環境の 文脈にある生命体を理解するために重要になる。自然界の生物学的コミュニティー の代謝を研究するためにゲノミクス(genomics)プロテオミクス(proteomics)の双方 を組み合わせることで、Ramたちは、生命体の培養の必要なしに、5つの主要なバイ オフィルム・メンバーに由来する2033個の異なったタンパク質を確信をもって検出 した(p. 1915,2005年5月5日にオンライン出版)。全体としては、この生命体の遺伝 子のおよそ17%が検出されたわけだが、主要なバイオフィルム・メンバーである LeptospirillumグループIIについては予測されていたタンパク質の48%もが明らかに されたのである。(KF)
Community Proteomics of a Natural Microbial Biofilm
p. 1915-1920.

感受性のある嗅覚の実現(Making for Sensitive Smelling)

ヘテロ三量体のGTP結合タンパク質(Gタンパク質)に結びつく受容体は、大量のGタン パク質分子を刺激すると考えられている。このシグナル増幅のモデルは、第一に脊 椎動物のレチナール細胞における光伝達の定量的研究に基づいたものであ る。Bhandawatたちは、カエルの嗅覚ニューロン中の嗅覚受容体によるシグナル伝達 を調べた(p. 1931)。匂い物質リガンドに対する受容体応答の素量解析からは、活性 化した匂い物質受容体が、おそらくは匂い物質-受容体相互作用の極度に短期的な反 応時間のために、単一のGタンパク質分子を刺激する確率は低いことが示唆される。 匂い物質への高感度は、繰り返される匂い物質との結合と、嗅球におけるシグナル の収束によって成し遂げられている可能性がある。(KF,hE)
Elementary Response of Olfactory Receptor Neurons to Odorants
p. 1931-1934.

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