AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science October 22, 2004, Vol.306


グラフェントランジスタ(Graphene Transistor)

カーボンナノチューブはグラフェン(単層のグラファイト構造)の丸まったシートと して記述されることがある。しかしながら、安定に取り出せるグラフェンシートは 今まで得られたことがなかった。Novoselovたち(p.666)は、高品質の親結晶から数 原子層の厚みの単一のグラフェンシートを剥がして取り出した。彼らはこのカーボ ンシートを用いてデバイスをつくり、金属-チャネルの電界効果型トランジスタを作 動させた。室温下で観測された10,000cm2/V・secを越える高移動度は、 エレクトロニクス関連のデバイスにおいて更なる進展の道を切り開くものであ る。(KU)
Electric Field Effect in Atomically Thin Carbon Films
   K. S. Novoselov, A. K. Geim, S. V. Morozov, D. Jiang, Y. Zhang, S. V. Dubonos, I. V. Grigorieva, and A. A. Firsov
p. 666-669.

いかに電子は濡れるのか(How Electrons Get Wet)

アンモニアとは異なり、水は安定な溶液中では自由電子を保持することはないが、 化学者は、40年以上にわたり、水への紫外光照射により生じうる過渡的な電荷につ いて懸命に考えてきた。いかにこれらの電子が閉じ込められ、そして、いかにそれ らの周りの水分子に影響を与えるのか?3件の報告は、過剰電子との相互作用につ いて詳細な研究を行うため、50個あるいはそれ以下の水分子のクラスターを用いて これらの疑問に取り組んだ研究について記述している(Jordan による展望記事を参 照のこと)。Hammer たち (p.675, 2004年9月16日のオンライン記事発行版) は、4個 から6個の分子からなるクラスターの振動スペクトルを得た。電子は主として、クラ スターの残りの部分から離れた方向を向いた二つのH原子を有する特別の水分子と 結合していた。4量体と5量体においては、電子は、ひとつの OH 伸縮エネルギー の量子が、200fs(フェムト秒)以内にその電子をイオン化する程度までの十分な弱 さで結合している。Bragg たち (p.669, 2004年9月16日のオンライン記事発行版) は、大きなクラスター(25個から50個の水分子)における光励起された過剰電子の緩 和について観察した。クラスターサイズが大きくなるにつれて、励起されたp状態 から基底状態への遷移率が増加することを観測した。その時定数(100fs のオー ダー)は、溶媒の再組織化以前の電子緩和現象と両立するものであり、そのデータは バルク水における同様のメカニズムまで十分に外挿可能である。Paik たち (p. 672, 2004年9月16日のオンライン記事として公表されている) は、そのクラスター がどのようにp状態から緩和するかを追跡した。基底状態の溶媒の再組織化は、ク ラスターサイズにかかわらず(15個から35個の水分子)、300fs の時間スケールで生 じており、この時間スケールはバルク中においても存続されている。クラスター中 の水素結合の切断の速度は、クラスターサイズに逆比例しているが、統計的な予測 が示唆するものよりははるかに速いままである(3 から 13 ps(ピコ秒))。(Wt)
CHEMISTRY:
A Fresh Look at Electron Hydration

   Kenneth D. Jordan
p. 618-619.
How Do Small Water Clusters Bind an Excess Electron?
   Nathan I. Hammer, Joong-Won Shin, Jeffrey M. Headrick, Eric G. Diken, Joseph R. Roscioli, Gary H. Weddle, and Mark A. Johnson
p. 675-679.
Hydrated Electron Dynamics: From Clusters to Bulk
   A. E. Bragg, J. R. R. Verlet, A. Kammrath, O. Cheshnovsky, and D. M. Neumark
p. 669-671.
Electrons in Finite-Sized Water Cavities: Hydration Dynamics Observed in Real Time
   D. Hern Paik, I-Ren Lee, Ding-Shyue Yang, J. Spencer Baskin, and Ahmed H. Zewail
p. 672-675.

ノイズの中で変動が埋没(Losing Variability in Noise)

古い時代の気候再構築には、年輪やサンゴといった気候代用記録物の収集に依存し ているが、一つの懸念として、このような気候再構築には当時起こっていた温度変 動の大きさを過小評価している可能性があることである。用いられた方法がどのぐ らいその記録に影響しているかを調べるために、von Storchたち(p. 679; 2004年 9月30日のオンライン発行版;OsbornとBriffaによる展望記事参照)は気候モデルに よって作られた仮想データを用いて、過去1000年にわたる北半球での総合的な気候 再構築を行った。ノイズの多いデータによる回帰分析に基づく方法からなされた再 構築気候は,10年〜100年スケールの変動が著しく欠如した、全体としてより平坦な 結果が得られた。(KU,Ej)
Reconstructing Past Climate from Noisy Data
   Hans von Storch, Eduardo Zorita, Julie M. Jones, Yegor Dimitriev, Fidel González-Rouco, and Simon F. B. Tett
p. 679-682.
CLIMATE:
The Real Color of Climate Change?

   Timothy J. Osborn and Keith R. Briffa
p. 621-622.

詳細に切り刻む(Devil in the Details)

ショウジョウバエの全ゲノムに関するオリゴヌクレオチドを用いてのタイル化 DNA マイクロアレイを用いて、Stolcたち(p. 655)は発現マップを研究し、発生や進化 にどのような発現が結びついているかを調べた。遺伝子発現の「隣(イントロン配 列)」は種を越えて保存されていることを見出した。又、これが遺伝子の再配列を も行っているらしい。発生に関する遺伝子発現がエクソン毎に(exon-by-exon)解析 され、非翻訳RNAsの相当数(〜15%)が発生面を制御しているらしい。(KU)
A Gene Expression Map for the Euchromatic Genome of Drosophila melanogaster
   Viktor Stolc, Zareen Gauhar, Christopher Mason, Gabor Halasz, Marinus F. van Batenburg, Scott A. Rifkin, Sujun Hua, Tine Herreman, Waraporn Tongprasit, Paolo Emilio Barbano, Harmen J. Bussemaker, and Kevin P. White
p. 655-660.

何でも屋のタンパク質(Jack of All Trades)

どんな生物のどんな細胞にとっても、DANの二本鎖がどちらも切断されてしまうのは 極めて危険なことである。このように潜在的に致死的な損傷を修復する手段の一つ が、非相同的末端連結(NHEJ)として知られているものである。そこでは、関係の無 い二本鎖 DNA末端をトリミングして、浄化された状態で結合する。Della た ち(p.683) は、このプロセスを詳細に解析するために、NHEJを行う細菌性のタンパ ク質を単離した。真核生物では異なる機能を異なるタンパク質が分担しているが、 結核菌ではMt-Ligという一つのタンパク質を使って、NHEJのトリミングやギャップ 充填や連結ステップを実行している。結核菌での相同体である Ku は、破損したDNA 末端を架橋する必須のタンパク質であるが、このKuと一緒になって、Mt-Ligは破損 二本鎖を試験管内で修復し、真核生物の酵母の中で発現したとき、これは充分な機 能を持った自己修復機構を形成した。(Ej,hE)
Mycobacterial Ku and Ligase Proteins Constitute a Two-Component NHEJ Repair Machine
   Marina Della, Phillip L. Palmbos, Hui-Min Tseng, Louise M. Tonkin, James M. Daley, Leana M. Topper, Robert S. Pitcher, Alan E. Tomkinson, Thomas E. Wilson, and Aidan J. Doherty
p. 683-685.

光子を一つ、また、一つ(Photons One-at-a-Time)

光パルスとか光線は2つの側面を持っている:非古典的な、一つ一つ数えられるけ ど位相に関する情報を持ってない側面と、古典的な、位相(変動する)は持ってい るがきちんとした光子数という情報は持ってない側面である。古典的場において光 子はいくつ存在するか?この問題への解答としてZavattaたち(p. 660)は、光子を一 つずつ加えていき、光の場が、非古典的から、古典的へと進化する状態を観察する 手法について報告している。この結果から、自発発光と誘導発光に関する洞察も得 られるであろう。量子情報処理では、量子を登録し、短時間後にこれを検索する技 術が要求される。最新の研究によれば、ルビジウム原子雲に非古典的な光パルスを 蓄積し、適当な読出し用光パルスで原子集合から蓄積パルスを検索できる。しか し、これらパルスに必要な光子数は明らかになってない。Matsukevich と Kuzmich (p. 663; および、Seifeによるニュース記事も参照) は過去の研究を発展させ、原 子雲に単一光子を蓄積・検索する研究をした。この手法によって、分散量子ネット ワークが可能になるかもしれない。(Ej)
Quantum-to-Classical Transition with Single-Photon-Added Coherent States of Light
   Alessandro Zavatta, Silvia Viciani, and Marco Bellini
p. 660-662.
Quantum State Transfer Between Matter and Light
   D. N. Matsukevich and A. Kuzmich
p. 663-666.
PHYSICS:
Researchers Build Quantum Info Bank By Writing on the Clouds

   Charles Seife
p. 593.

ダウン症候群の重要領域(Down Syndrome Critical Region?)

ダウン症候群(DS)は、染色体21が3本存在する症状であり(トリソミー21)、染色 体21の重要領域(CR)中に存在する1つの遺伝子または1組の複数遺伝子が余計に1コ ピー発現した結果であると考えられている。Olsonたち(p. 687;NelsonとGibbsに よる展望記事を参照)は、DSCR中の少数のヒト遺伝子のオルソログが重複している か、または欠失している可能性がある、遺伝子操作されたDSについてのマウスモデ ルを使用した。これらの動物の交配により産まれた子孫動物は、1、2、または3コ ピーのDSCRを有しており、この子孫動物を、DSについての樹立されたマウスモデル で実質的にはより大きな 染色体の領域に関するトリソミーを有するものと比較し た。主として頭顔幅パ ラメータと成長パラメータを使用した場合、DSCR遺伝子に関 してトリソミーを有するマウスは、DS-様の特徴を有さなかった。このように、DS は、少数の遺伝子が単に過剰発現しただけでは生じないようであるが、その代わり DSには、複雑な遺伝子的相互作用および発生的相互作用が関与するようであ る。(NF)
A Chromosome 21 Critical Region Does Not Cause Specific Down Syndrome Phenotypes
   L. E. Olson, J. T. Richtsmeier, J. Leszl, and R. H. Reeves
p. 687-690.
GENETICS:
The Critical Region in Trisomy 21

   David L. Nelson and Richard A. Gibbs
p. 619-621.

細胞の生死を制御(Regulating Cellular Survival)

タンパク質ホスファターゼ2A(PP2A)は、多数の種々の転写因子を制御しており、 その中のいくつかの遺伝子標的は、細胞の生存を調節している。Kongたち(p. 695)は、PP2Aの制御的サブユニットであるα4は、酵素活性を向上させることができ るが、これが転写的に誘導された細胞死の重要な阻害剤であることを、報告し た。α4を欠損する様に操作されたマウス由来の複数の細胞型は、急速な細胞死をお こして死んだ。α4が存在しない場合、転写因子p53の前アポ トーシス性遺伝子標的 の発現が増加した。動物細胞では、アポトーシスが初期 設定としての細胞の運命で あり、それは常に抑制されていなければならない、という概念がこのデータにより 支持された。(NF)
The PP2A-Associated Protein α4 Is an Essential Inhibitor of Apoptosis
   Mei Kong, Casey J. Fox, James Mu, Laura Solt, Anne Xu, Ryan M. Cinalli, Morris J. Birnbaum, Tullia Lindsten, and Craig B. Thompson
p. 695-698.

細胞コードシステムを振動させる(Oscillating Cellular Coding System)

転写因子である核因子κB(NF-κB)は、多様な刺激に反応して阻害剤κB(IκB)から 放出され、様々な細胞種により使用される。細胞質中でいったん活性化されると、 この分子は核中に移動し、特異的な標的遺伝子の発現を誘導し、その後急速に不活 性化される。Nelsonたち(p. 704)は、単一生細胞のリアルタイム画像化とコン ピュータ計算モデルを組み合わせて、特定の刺激に対する標的遺伝子発現が、NF-κB のサブユニットRelAのリン酸化と脱リン酸化のサイクルが関与する持続的な振動に 依存していることを示した。この振動性の動きの役割は、この適切な細胞反応を保 証する、核内の活性化された転写因子濃度を維持することの様である。(NF)
Oscillations in NF-κB Signaling Control the Dynamics of Gene Expression
   D. E. Nelson, A. E. C. Ihekwaba, M. Elliott, J. R. Johnson, C. A. Gibney, B. E. Foreman, G. Nelson, V. See, C. A. Horton, D. G. Spiller, S. W. Edwards, H. P. McDowell, J. F. Unitt, E. Sullivan, R. Grimley, N. Benson, D. Broomhead, D. B. Kell, and M. R. H. White
p. 704-708.

出て行く途中のワックス(Wax on the Way Out)

すべての陸生植物の葉や茎は空気にさらされているが、ワックス外皮で覆われるこ とによって生命を保っている。しかし、植物がこのクチクラ脂質を分泌するメカニ ズムは知られていない。Pighin たち(p.702; Schulz と Frommerによる展望記事も 参照) は、ワックス成分を表皮内部に封入体として蓄積する変異体シロイヌナズ ナ(Arabidopsis)を解析した。この変異体の細胞含有体は形態学的には、いわゆる ABC脂質輸送体の欠陥に起因するヒト副腎白質萎縮症と類似の細胞含有体である。シ ロイヌナズナからの欠陥遺伝子クローン化によって、これがABCGサブファミリのABC 輸送体であることが証明された。(Ej,hE)
Plant Cuticular Lipid Export Requires an ABC Transporter
   Jamie A. Pighin, Huanquan Zheng, Laura J. Balakshin, Ian P. Goodman, Tamara L. Western, Reinhard Jetter, Ljerka Kunst, and A. Lacey Samuels
p. 702-704.
PLANT BIOLOGY:
A Plant ABC Transporter Takes the Lotus Seat

   Burkhard Schulz and Wolf B. Frommer
p. 622-625.

単一細胞中の金属の所在を突き止める(Spotting Metals in Single Cells)

シンクロトロン高エネルギーX線は、単一の細菌性細胞中にある金属を検出して、そ の所在を明らかにでき、またそのレドックス状態の評価が可能なことから、細菌と 環境中の金属イオン相互作用を検出し、明らかにするために利用できる。Kemnerた ちは、水和された細胞中のごく微小なナノサイズの鉱物を検出し、細胞の生理学的 状態、すなわち遊離しているか基質に付着しているか、それとも重金属によって引 き起こされた死の状態にあるか、に依存した化学変化を観察し、定量化することが できた(p. 686)。ここに記された方法論は、環境分析や生命の検出において価値あ るものに違いない。(KF,Ej)
Elemental and Redox Analysis of Single Bacterial Cells by X-ray Microbeam Analysis
   Kenneth M. Kemner, Shelly D. Kelly, Barry Lai, Joerg Maser, Edward J. O'Loughlin, Deirdre Sholto-Douglas, Zhonghou Cai, Mark A. Schneegurt, Charles F. Kulpa, Jr., and Kenneth H. Nealson
p. 686-687.

遺伝子調節に関する高効率の分析(High Throughput Gene Regulator Analysis)

資源をもっとも有効に用いて、できるかぎり速やかに遺伝についての洞察を引き出 すことは、現在も取り組まれている重要で困難な課題である。Liaoたちは、計算的 アプローチと16種の近交性マウス血統のハプロタイプ・マップを用いて、交 配を行 うことにともなう遅れなしに、遺伝子と調節要素を同定した(p. 690)。このアプ ローチはまず、すでに同定されていた主要組織適合複合体(MHC) 表現型に関わる座 位、および芳香族炭化水素への応答を制御する能力を確認するために用いられた。 遺伝子発現プロファイルは、その後10種の近交系血統中のMHCクラスII遺伝子の発現 レベルの変異に関わる新規の調節要素を同定するために用いられた。(KF,Ej)
In Silico Genetics: Identification of a Functional Element Regulating H2-Eα Gene Expression
   Guochun Liao, Jianmei Wang, Jingshu Guo, John Allard, Janet Cheng, Anh Ng, Steve Shafer, Anne Puech, John D. McPherson, Dorothee Foernzler, Gary Peltz, and Jonathan Usuka
p. 690-695.

カルシウムシグナル伝達の制御(Regulator of Calcium Signaling)

多くのカルシウム依存性シグナル伝達は、カルシウムセンサータンパク質であるカ ルモジュリンによって仲介される。Rakhilinたちは、Gタンパク質結合受容体によっ て活性化される2つの主要なシグナル伝達経路、その1つはサイクリックAMP依存性プ ロテインキナーゼ(PKA)によって仲介される経路であり、もう1つはホスホリパーゼC と細胞内カルシウムシグナル伝達によって仲介される経路である、のインター フェースで機能するらしいカルモジュリン結合タンパク質について記述している(p. 698)。 その受容体によるシグナル伝達の変化は、神経系の多くの主要な病気と関 わっている。カルシウムシグナル伝達の制御装置(regulator of calcium signaling)という意 味からRCSと名付けられたこのタンパク質は、カルモジュリン に結合してそれを抑制する。カルモジュリンへのRCSの結合は、RCSがPKAによってリ ン酸化されると増強される。リン酸化されたRCSはカルシウム-カルモジュリン依存 性タンパク質脱リン酸酵素(PP2B)の活性を抑制した。リン酸化されたRCSは、かくし て、PKAを介するシグナル伝達を増強する(PKAの基質は、しばしばPP2Bによって脱 リン酸化されているから)だけでなく、同時にカルモジュリンの一連のカルシウム 依存性のシグナル増進作用をも抑制するという両者のバランスを保ってい る。(KF,hE)
A Network of Control Mediated by Regulator of Calcium/Calmodulin-Dependent Signaling
   S. V. Rakhilin, P. A. Olson, A. Nishi, N. N. Starkova, A. A. Fienberg, A. C. Nairn, D. J. Surmeier, and P. Greengard
p. 698-701.

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