AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science October 8, 2004, Vol.306


胚性幹細胞による救済(Embryonic Stem Cells to the Rescue)

Id遺伝子の変異をもつマウスは、脈管構造欠損やリンパ節欠損といったいくつ かの 問題により特徴付けられる。Fraidenraichたち(p. 247;Chienによる展望記事参照) は、Id変異マウスが、心筋と心筋シグナル伝達に関しての問題を示す心臓発生の欠 損をも持っている。非変異の胚性幹細胞をId欠損マウスの胚盤胞に注射すると、変 異体マウ スの心臓欠損が救済された。更に、正常な胚性幹細胞を妊娠中のマウスの 腹腔に注射すると、変異体の子孫における心臓欠損の幾つかを救済された。 (An,hE)
Rescue of Cardiac Defects in Id Knockout Embryos by Injection of Embryonic Stem Cells
   Diego Fraidenraich, Elizabeth Stillwell, Elizabeth Romero, David Wilkes, Katia Manova, Craig T. Basson, and Robert Benezra
p. 247-252.
DEVELOPMENT:
ES Cells to the Rescue

   Kenneth R. Chien, Alessandra Moretti, and Karl-Ludwig Laugwitz
p. 239-240.

コバルト原子のホッピングを助けること(Helping Cobalt Atoms Hop)

今日の多くの研究において、表面の原子を操作するために走査トンネル顕微鏡 (STM)のチップが使われている。多くの場合、チップにより実際に原子をつまみ上げ て、別の位置へ物理的に移動させる。 StroscioとCelotta(p. 242、2004年9月9日の オンライン発行版)はチップ相互作用を使って、ほぼ等価な結合位置(その下に直接 的に銅原子を持たない面心立方の位置とその下に銅原子をもつ六方最密の位置)の 間での銅結晶(111)面に吸着されたコバルト原子のホッピングの影響を調べた。極低 温において、二つの位置間での単一コバルト原子のスイッチングはトンネル電流に おける周期的な雑音パターンを生成する。プローブのチップ高さを変えると、二つ の位置の間でポテンシャルが変わり、その結果その位置におけるコバルト原子の滞 留時間が変わる。高いトンネル電圧での位置間の移動速度に関する強い依存性は、 その挙動において散乱電子による振動加熱が役割を演じているということを示して いる。(hk)
Controlling the Dynamics of a Single Atom in Lateral Atom Manipulation
   Joseph A. Stroscio and Robert J. Celotta
p. 242-247.

二層での金(Gold on the Double)

TiO2 のような遷移金属酸化物の上に分散された小さな金のクラスター は、異常に高い触媒活性を示すことがある。しかし、この高活性の原因はこれまで 議論の対象であった---電子的、構造的、或いは支持体の効果などが提起されてき た。Chen と Goodman (p.252, 2004年8月26日のオンライン発行版; Campbell によ る展望記事を参照のこと) は、異常なほどによく秩序付けられた酸化チタンを作成 した。この酸化チタンにおいては、金は完全にその表面を濡らしており、単層ある いは二層の金の薄膜が吸着可能となっている。二層の場合は、CO の酸化にたいし て、広い表面積を有する酸化チタン上に担持された金のクラスターより、約45倍以 上触媒的に活性である。その支持体は反応物と接触しておらず、その金はもはやナ ノパーティクルの形態をしていないため、これらの結果は、担持された二層の金粒 子の独特な化学的、および、電子的特性が主たる触媒効果をもたらしていることを 示唆している。(Wt,ok)
The Structure of Catalytically Active Gold on Titania
   M. S. Chen and D. W. Goodman
p. 252-255.
PHYSICS:
The Active Site in Nanoparticle Gold Catalysis

   Charles T. Campbell
p. 234-235.

急激に失いつつある(Losing Fast)

今日の海面上昇の約10%は南極から氷が損失することが原因と考えられているが、 その推定は依然不確かである。南極の氷床は、その膨大なサイズの全てが溶解 する と70メートルの海面上昇を引き起こすほど大きいことから、氷床の総量バランスを 知ることは重要である。Thomasたち(p.255;2004年9月23日オンライン発行版;Kerrに よる9月24日のニュース記事参照)は、飛行機や人工衛星からの南極 西部のアムンゼ ン海領域における氷床の調査結果を報告し、その沿岸近辺での氷河の薄化 率(glacial thinning rates)が1990年代以来2倍になっていることを発見した。この 領域の氷床のみで、すべてが溶解すると1メートル以上の海面上昇を引き起こすに足 る氷を含んでおり、10年前に南極全体で引き起こすと考えられていた海面上昇と同 じ高さの海面上昇を引き起こしつつある。(TO)
Accelerated Sea-Level Rise from West Antarctica
   R. Thomas, E. Rignot, G. Casassa, P. Kanagaratnam, C. Acuña, T. Akins, H. Brecher, E. Frederick, P. Gogineni, W. Krabill, S. Manizade, H. Ramamoorthy, A. Rivera, R. Russell, J. Sonntag, R. Swift, J. Yungel, and J. Zwally
p. 255-258.

大量絶滅を詳細に分析する(Dissecting Mass Extinctions)

古生代末期の大量絶滅は、ペルム紀(二畳紀)と三畳紀の境界で生じた(地質学の こ とばでは)「瞬間的な」できごとと、それよりさらに1千万年前の別の大量絶滅とに よって、特徴付けられると考えられてきた。VillierとKornは、貝様のアンモナイト の形態の多様性を調べることで、それら大量絶滅の特徴をさらに追 求した(p. 264)。カンブリア紀初期の絶滅は高度に選択的なもので、環境変化によって引き起 こされた背景絶滅と考えられるが、一方ペルム紀末期の大量絶滅は非選択的なもの で、おそらく巨大な破局的事件によって引き起こされたのである。(KF)
Morphological Disparity of Ammonoids and the Mark of Permian Mass Extinctions
   Loïc Villier and Dieter Korn
p. 264-266.

生命の起源が明白に・・・?(Genesis Revealed?)

生命発生前の化学に関する重要な疑問の一つは、アミノ酸や核酸のモノマーがどの ようにして縮合されたオリゴマーを作ったかである。Lemanたち(p. 283)は、火山爆 発の際のガス成分であるカルボニルサルファイド(COS)が、水溶液中での温和な条件 下でアミノ酸からペプチドを形成することを示している。ある種の金属イオンやア ルキル化剤、或いは酸化剤により反応収率は高まり、ある場合にはドラスチックに 増加する。著者たちは、「岩場での重合」シナリオにおける火山源近傍でCOSが作用し ていた可能性を示唆している。(KU,hE)
Carbonyl Sulfide-Mediated Prebiotic Formation of Peptides
   Luke Leman, Leslie Orgel, and M. Reza Ghadiri
p. 283-286.

行動の範囲(Home on the Range)

大型動物は見かけ上、単に彼らに必要な資源を満たすため以上に、より広い範囲で 縄張りを防御し、あるいは行動圏(home ranges)を占有している。Jetzた ち(p.266;Buskirkによる展望記事参照)は、このパラドックスの解決を示す。彼らの モデルは、体の大きさの増加と必要とする資源の増加と共に,行動圏をまたがる必然 的な分散(dispersion)移動により、近くの同種動物(neighbors)との遭遇率が減少す ること、行動圏の専有(exclusive use)が減少すること、そして行動圏の地域でオー バーラップする侵入者による資源の損失が増加するという結果を予測しているる。 このモデルは数百種の哺乳動物に対するデータによって支持され、大型の哺乳動物 において、その行動圏内の可能な資源の90%以上が近くの同種動物によって失われ ていることを示す。(TO)
The Scaling of Animal Space Use
   Walter Jetz, Chris Carbone, Jenny Fulford, and James H. Brown
p. 266-268.
ECOLOGY:
Keeping an Eye on the Neighbors

   Steven Buskirk
p. 238-239.

精巧なリボスイッチ(A Sophisticated Riboswitch)

リボスイッチ(riboswitches)と呼ぶRNA遺伝子の制御要素は遺伝子発現を制御するこ とが出来るが、これは、かってはタンパク質の持ち分と考えられていた。Mandal et al(p 275; Famulokによる展望記事参照)は、隣接したRNAモチーフが協同的に枯草菌 における2つのグリシン分子に結合し、グリシン切断に関与しているオペロンをオン にすることを示している。結合部位ごとの協同のレベルは、グリシン濃度の極めて 小さな変化に敏感にスイッチする。このリボスイッチは、過剰グリシンからの炭素 をクエン酸回路に流す役目をする遺伝子を制御している。(An,hE)
A Glycine-Dependent Riboswitch That Uses Cooperative Binding to Control Gene Expression
   Maumita Mandal, Mark Lee, Jeffrey E. Barrick, Zasha Weinberg, Gail Mitchell Emilsson, Walter L. Ruzzo, and Ronald R. Breaker
p. 275-279.
MOLECULAR BIOLOGY:
RNAs Turn On in Tandem

   Michael Famulok
p. 233-234.

地震前の応力を取り出す(Stressing Out Before an Earthquake)

地震学者は地震前の地殻の応力状態を決定できると、破断がおき始まる原因を更に よく理解することが出来るであろう。Yamashitaたち(p. 261)は、1995年の瞬間マグ ネチュード6.9の神戸地震の再構築を行った。これには地震近傍の4箇所での試掘孔 での水力学的破壊測定と運動力学モデルを用いている。大きなずり応力が断層の中 心部でつくられているが、断層の端部では何らの変化も示していなかった。摩擦係 数は約0.6で、この値はByerleeの法則と一致している。このような知見により、地 殻上部のずり応力は岩石のタイプに依存せず、むしろ系の断層面に垂直な応力成分 に依存していることを示している。(Ku,nk,hE)
Estimation of Fault Strength: Reconstruction of Stress Before the 1995 Kobe Earthquake
   Futoshi Yamashita, Eiichi Fukuyama, and Kentaro Omura
p. 261-263.

昆虫とスズメバチとウイルス(Of Insects, Wasps, and Viruses)

世界中の害虫の集団のおよそ3分の1は、寄生スズメバチの類によってもともと占め られている。そうしたスズメバチ類のいくつかが、獲物となった毛虫の生理を変調 するために用いているもっとも驚くべき戦略の一つは、スズメバチの卵と一緒 に「相利共生的」polydnaウイルスを注入することである。Espagneたちが行った polydnaウイルスのゲノム分析によると、典型的な寄生ウイルスと違って、そのゲノ ムは疎にコード化されていて、真核生物のそれに似ていることが示されている(p. 286)。ウイルス遺伝子の産生物が、毛虫の免疫防御と発生を抑制し、それによって 寄生スズメバチが成虫に発達し出現するのを保証しているのである。このウイルス は感染によって伝染するのではなく、スズメバチのゲノムに組み込まれた内在性の プロウイルスとして「継承」されている。このウイルスのゲノムは、スズメバチの ウイルスととともに、自然な生物学的殺虫剤として働くよう進化して、パートナー 双方にとって究極のメリットをもたらしているらしい。(KF,hE)
Genome Sequence of a Polydnavirus: Insights into Symbiotic Virus Evolution
   Eric Espagne, Catherine Dupuy, Elisabeth Huguet, Laurence Cattolico, Bertille Provost, Nathalie Martins, Marylène Poirié, Georges Periquet, and Jean Michel Drezen
p. 286-289.

狙いを定めた治療法に向けたさらなる一歩(Another Notch for Targeted Therapy?)

T細胞急性リンパ芽球性白血病(T-ALL)は、典型的に子供や青年を侵す攻撃的な癌で ある。最近の治癒比率は高いけれども、T-ALLの患者は細胞障害性の高い化学療法の 集中治療に耐えなければならず、だからこそ副作用の少ない、狙いを定めた治療法 の開発に大きな関心があるのである。Wengたちはこのたび、T-ALLの約50%が、T細胞 分化を制御している膜貫通受容体の一つである NOTCH1をコードする遺伝子を活性化 する変異をもっている、と報告している(p. 269)。癌発生にNOTCH1が関わっている とする以前からの証拠を考え合わせると、こうした結果は、アルツハイマー病のた めに開発されたものを含 め、NOTCHシグナル伝達の阻害剤が、抗癌性の薬剤として 研究する価値がある、という可能性を提起するものである。(KF,hE)
Activating Mutations of NOTCH1 in Human T Cell Acute Lymphoblastic Leukemia
   Andrew P. Weng, Adolfo A. Ferrando, Woojoong Lee, John P. Morris, IV, Lewis B. Silverman, Cheryll Sanchez-Irizarry, Stephen C. Blacklow, A. Thomas Look, and Jon C. Aster
p. 269-271.

あらゆる方向へのマントル流(Mantle Flow in All Directions)

マントル底部のせん断波(横波)は、高速モードと低速モードに分離し、このため に地震波の異方性が生じることになる。Garneroたち(p. 259)は、カリブ海の地球深 部(外核とマントルの境界)における小規模の対流セルが、異方性を生じさせ、こ れによってマントルの力学的性質についての情報をもたらすことを示した。(Ej)
Variable Azimuthal Anisotropy in Earth's Lowermost Mantle
   Edward J. Garnero, Valérie Maupin, Thorne Lay, and Matthew J. Fouch
p. 259-261.

制御パラダイムが示される(Regulatory Paradigm Revealed)

制御されたタンパク質分解のためのよく知られているメカニズムには、ユビキチン E3リガーゼに対する標的としてタンパク質に標識をつける、標的タンパク質のリン 酸化が関連する。次いで、ユビキチン化により、タンパク質のプロテアソーム分解 が引き起こされる。Gaoたち(p. 271、2004年9月9日にオンライン上で公開)は、転 写因子c-Junの制御された分解がJunのリン酸化それ自体により制御されているので はなく、ユビキチンE3リガーゼ、Itchのリン酸化-依存的な活性化により制御されて いることを示した。c-JunのN-末端キナーゼ(JNK)はJunをリン酸化しそして活性化 するが、これはまたItchをリン酸化しそして活性化し、その後Junの分解が亢進され るのを媒介する。このフィードバックメカニズムは、Tヘルパー2-型サイトカインの 産生を引き起こし、そしてT細胞活性化の調節を補助する可能性がある、シグナル伝 達経路を減弱化するようである。(NF)
Jun Turnover Is Controlled Through JNK-Dependent Phosphorylation of the E3 Ligase Itch
   Min Gao, Tord Labuda, Ying Xia, Ewen Gallagher, Deyu Fang, Yun-Cai Liu, and Michael Karin
p. 271-275.

後成的な標識を取り除く(Removing Epigenetic Marks)

ヒストンを共有結合的に修飾する酵素は、一般的に遺伝子発現に対して反対の作用 を有する一対のもの(例えばアセチラーゼとデアセチラーゼあるいはキナーゼとホ スファターゼ)となる。1つの注目すべき例外は、ヒストンをリジン残基またはアル ギニン残基でメチル化する酵素である。これらの強力で非常に安定した後成的な標 識を除去する酵素は、これまで何も知られていない。Wangたち(p. 279、2004年9月 2日のオンライン発行版)は、ヒストン中の修飾されていないアルギニン残基をシト ルリンに変換するペプチジルアルギニンデイミナーゼ4(PAD4)という酵素が、ヒス トン中のメチル化されたアルギニン残基をシトルリンに変換し、それによりメチル 標識を取り除く("脱メチルイミノ 化")こともできることを示した。PAD4は、アル ギニンヒストンメチラーゼにより制御されることが知られている遺伝子の発現を修 飾することができることから、少なくとも一つのヒストンデメチラーゼが同定され た可能性があることが示唆される。(NF)
Human PAD4 Regulates Histone Arginine Methylation Levels via Demethylimination
   Yanming Wang, Joanna Wysocka, Joyce Sayegh, Young-Ho Lee, Julie R. Perlin, Lauriebeth Leonelli, Lakshmi S. Sonbuchner, Charles H. McDonald, Richard G. Cook, Yali Dou, Robert G. Roeder, Steven Clarke, Michael R. Stallcup, C. David Allis, and Scott A. Coonrod
p. 279-283.
Variable Azimuthal Anisotropy in Earth's Lowermost Mantle
   Edward J. Garnero, Valérie Maupin, Thorne Lay, and Matthew J. Fouch
p. 259-261.

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