AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science August 20, 2004, Vol.305


超流動フェルミ気体(Superfluid Fermi Gases)

強く相互作用しているフェルミ気体内部の原子間相互作用の強度を調整することが できると、潜在的には、多体物理の研究のための強力な実験系を与えることができ る。一つの例はボース-アインシュタイン凝縮体(Bose-Einstein Condensate BEC)領 域から、弱い結合領域までのクロスオーバーである。この前者の領域では、原子は 強く結合して対になっており、後者の領域は超伝導金属中の電子に対する Bardeen-Cooper-Scheiffer (BCS) 結合を模擬している。Chin たち(p. 1128)は、相 互作用強度をこのクロスオーバー領域において系統的に変化させた時の、2成分 フェルミ気体の分光学的な研究を与えている。励起スペクトル中にある空隙が拡大 していくことが、フェルミオン的な超流動体形成の指標である。Kinnunen たち(p. 1131)は、実験結果が説明できる理論的フレームワークを記述することにより、さら に深い洞察を与えている。(Wt)
PHYSICS:
Arrival of the Fermion Superfluid

   Tin-Lun Ho
p. 1114-1115.
Observation of the Pairing Gap in a Strongly Interacting Fermi Gas
   C. Chin, M. Bartenstein, A. Altmeyer, S. Riedl, S. Jochim, J. Hecker Denschlag, and R. Grimm
p. 1128-1130.
Pairing Gap and In-Gap Excitations in Trapped Fermionic Superfluids
   J. Kinnunen, M. Rodríguez, and P. Törmä
p. 1131-1133.

雨を予報する地面(The Dirt on Rain Forecasting)

降水量に影響を与える最も重要な要因の1つは土壌水分である。なぜなら、土壌に 含まれる水分は最終的に蒸発して大気に戻り、その結果、雨としてもう一度降るか らである。Kosterたち(p.1138)は、北半球の夏季期間中、土壌水分が降水量に主と して作用する地域を見つけ出すために計画された、複合気候モデルの相互比較プロ ジェクト(multimodel intercomparison project)の結果について報告する。彼ら は、季節性降雨をより良く予測するための基本的なステップである、地球全体での 土壌・大気間水分結合強度の分布図を作成している。(TO,nk)
Regions of Strong Coupling Between Soil Moisture and Precipitation
   Randal D. Koster, Paul A. Dirmeyer, Zhichang Guo, Gordon Bonan, Edmond Chan, Peter Cox, C. T. Gordon, Shinjiro Kanae, Eva Kowalczyk, David Lawrence, Ping Liu, Cheng-Hsuan Lu, Sergey Malyshev, Bryant McAvaney, Ken Mitchell, David Mocko, Taikan Oki, Keith Oleson, Andrew Pitman, Y. C. Sud, Christopher M. Taylor, Diana Verseghy, Ratko Vasic, Yongkang Xue, and Tomohito Yamada
p. 1138-1140.

ボーズ粒子をフェルミ粒子に模擬する( Making Bosons Mimic Fermions)

3次元において、弱く交互作用するボーズ粒子の集団は単一量子状態、あるいは ボース・アインシュタイン凝縮体へと凝縮する。しかしながら、原子が一次元に閉 じ込められた時は、原子間相互作用の強さを変化させて、原子同士が強く相互作用 するようにできることが理論的に予想されていた。その場合、その原子の波動関数 は空間的に異なり、ボース粒子は相互に反発し始め、本質的に非相互作用のフェル ミ粒子のように振舞うはずである。この条件はTG(Tonks-Girardeau )領域として 知られている。Kinoshitaたち(p. 1125)は、ボース粒子であるルビジウム原子の集 団を光学的に閉じ込め、トラップ条件を調整することにより原子間の相互作用の強 さを変化させた。彼らはその集団をBEC領域からTG領域へ変化させて、40年程前に なされた理論予測を証明した。(hk,nk)
Observation of a One-Dimensional Tonks-Girardeau Gas
   Toshiya Kinoshita, Trevor Wenger, and David S. Weiss
p. 1125-1128.

Zn(I)化学の発展(Developing Zn(I) Chemistry)

水銀やカドミウムは+1の酸化状態の化合物を作るが、周期律表12族の最初の周期に ある亜鉛において、類似の化合物は固体状態以外には知られていない。Resaたち(p. 1136;Parkinによる展望記事参照)は、メタロセン化合物 Zn25-C5Me5)2;ここ でMeはメチル基である、において、二量体Zn(I)のユニットが存在することを示して いる。構造解析と反応データにより、この化合物が水素架橋のZn(II)錯体ではなく上 記の化学式とより一致している。(KU)
Decamethyldizincocene, a Stable Compound of Zn(I) with a Zn-Zn Bond
   Irene Resa, Ernesto Carmona, Enrique Gutierrez-Puebla, and Angeles Monge
p. 1136-1138.
CHEMISTRY:
Zinc-Zinc Bonds: A New Frontier

   Gerard Parkin
p. 1117-1118.

鋼の2次の錆び付き(Secondary Staining of Steel)

金属の腐食による孔食は不純物や他の欠陥が存在する場所から開始する。初期反応 の後は、これらの部位は不活性になるが、場合によっては腐食が再開する。Punckt たち(p. 1133)は、反応部位を実時間で観測できる顕微鏡を開発し,2次腐食がすぐ に開始するのは、局所的な化学状態が少しだけ変化した結果、ある腐食部位が再活 性化され、これがきっかけとなって次々と化学変化を生じるためであることを示し た。この直接的な現場可視化法は、鋼ごとに異なるであろう急速な反応開始を防ぐ ための方法を見つけるには有用であろう。(Ej,hE)
Sudden Onset of Pitting Corrosion on Stainless Steel as a Critical Phenomenon
   C. Punckt, M. Bölscher, H. H. Rotermund, A. S. Mikhailov, L. Organ, N. Budiansky, J. R. Scully, and J. L. Hudson
p. 1133-1136.

ますます奇なり(Curiouser and Curiouser)

新原生代(Neoproterozoic)のエディアカラ紀(Ediacaran)動物群は、その何千万 年か後継年代であるカンブリア紀や、その他の年代に比べて、似ても似つかぬもの が多い。このような最初の複雑な生物は、動物の先祖を理解する上での課題を提供 してくれている。Narbonneたちは、ニューファウンドランドにおいて、保存状態の 極めて良いエディアカラ紀(Ediacaran)動物群化石を発見した。エディアカラ生物 群の中で年代が確定されている最も古い場所である Mistaken Point 集合点には多 様な形状の「rangeomorph」が含まれており、例えば,海底に固定されていると思わ れる茎にくっついているフラクタル形状の「葉」や「枝」のようなものがあった。 以前の化石は2次元状の痕跡しか無かったが,これらの化石は3次元形状を保持して おり、30マイクロメートルの解像まで可能である。また、この化石は内部構造まで 示しており、遥か過去に消滅したこれらの動物が、進化の歴史に占める特異な位置 をさらにはっきりと示してくれる。(Ej,hE,nk)
Modular Construction of Early Ediacaran Complex Life Forms
   Guy M. Narbonne
p. 1141-1144.
PALEOBIOLOGY:
Decoding the Ediacaran Enigma

   Martin Brasier and Jonathan Antcliffe
p. 1115-1117.

成熟への道(The Path to Maturity)

T細胞の免疫を効率的に活性化するために、樹状細胞(DC)が抗原を取り込んでT細胞 を活性化をうまくできるように成熟段階でのプログラムが行われることが必要であ る。Westたち(p 1153)は、Toll-様受容体による活性化の後で、DC成熟段階には、以 前に認識されていなかった初期の急性応答が含まれていることを観察した。アクチ ン細胞骨格の再構築に関与するエンドサイトーシスの一過性の状態が、最終的には 抗原提示の増加を引き起こした。Benvenutiたち(p 1150)は成熟の後期段階におい て、DCがRac1とRac2というグアノシントリホスファターゼを用いて、活性化中のT細 胞との重大な膜接触を形成するために細胞骨格を拡げていることを示している。こ の2つの研究結果はDC活性化プログラムの様々なステージにおいて、アクチン細胞 骨格再構築に関する動的で高度に制御された協調があることを明確にしてい る。(An,NF)
Enhanced Dendritic Cell Antigen Capture via Toll-Like Receptor-Induced Actin Remodeling
   Michele A. West, Robert P. A. Wallin, Stephen P. Matthews, Henrik G. Svensson, Rossana Zaru, Hans-Gustaf Ljunggren, Alan R. Prescott, and Colin Watts
p. 1153-1157.
Requirement of Rac1 and Rac2 Expression by Mature Dendritic Cells for T Cell Priming
   Federica Benvenuti, Stephanie Hugues, Marita Walmsley, Sandra Ruf, Luc Fetler, Michel Popoff, Victor L. J. Tybulewicz, and Sebastian Amigorena
p. 1150-1153.

膜内での切断(Making the Cut Inside of Membranes)

細胞膜内のプロテアーゼは、疎水性環境にもかかわらず基質のペプチド結合を加水 分解することができる。WolfeとKopan(p 1119)は、これらの膜内プロテアーゼと特 性がよりよく知られている可溶性の同系統のプロテアーゼとの共通点と差異をまと めた。これらの膜内プロテアーゼの基質とそれらが膜内において基質のペプチド結 合を加水分解する触媒機構を同定することによって、どのようにしてこれらのプロ テアーゼが重大な生物学的プロセスを制御しているのか、どのようにして異常な形 が疾病を引き起こしているのかを明確にすることができるであろう。(An,NF)
Intramembrane Proteolysis: Theme and Variations
   Michael S. Wolfe and Raphael Kopan
p. 1119-1123.

筋肉痛とアシドーシス(Aching Muscles and Acidosis)

筋肉疲労は、嫌気性代謝産物である乳酸の蓄積に起因すると長い間考えられてき た。しかし、疲労は、乳酸蓄積とそれに引き続いて生じるpHの低下のために生じる のだろうか?Pedersonたち(p. 1144)は、顕微解剖により表面の膜を取り除いた ラットの骨格筋繊維調製物を使用して、興奮収縮連関プロセスの重要な工程を操作 した。酸性化は、実際には、Clイオン透過性を低下させる様に保護効果を与え、そ の結果、脱分極性刺激に反応したエネルギー発生を上昇させることができる。従っ て、アシドーシスは、疲労により筋肉の性能が低下する際に最も重要な因子という わけではなさそうである。(NF)
Intracellular Acidosis Enhances the Excitability of Working Muscle
   Thomas H. Pedersen, Ole B. Nielsen, Graham D. Lamb, and D. George Stephenson
p. 1144-1147.
PHYSIOLOGY:
Enhanced: Lactic Acid--The Latest Performance-Enhancing Drug

   David Allen and H?kan Westerblad
p. 1112-1113.

共振してる?(Good Vibrations?)

細胞の基礎構造の力学的特性は、多数の生物学的プロセスにおいて重要であ る。Pellingたち(p. 1147)は、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、生きている酵 母(Saccharomyces cerevisiae)の細胞壁内の周期的な運動を測定した。酵母細胞 が代謝阻害剤に暴露されたときに、その運動は中断されたことから、活発な代謝プ ロセスによりナノ微小運動(nanomechanical motion)が駆動されていることが示唆 される。周期的な運動は、0.8〜1.6 kHzの範囲の周波数で生じており、この周波数 は、キネシン、ダイニン、およびミオシンなどの分子モーターの運動速度と一致し ている。細胞壁での力は大きすぎて、一つのモータータンパク質だけでは運動は起 こらないが、分子モータータンパク質の協調的作用が生じることにより、運動が生 じうる。(NF)
Local Nanomechanical Motion of the Cell Wall of Saccharomyces cerevisiae
   Andrew E. Pelling, Sadaf Sehati, Edith B. Gralla, Joan S. Valentine, and James K. Gimzewski
p. 1147-1150.

Noboxなく、卵巣なし(No Nobox, No Ovaries)

マウスでは、雌性生殖細胞が体細胞性顆粒膜細胞に囲まれて、卵胞を形成してい る。卵胞の始原から一次遷移にかけていくつかの遺伝子が機能していることは示さ れているが、早期の濾胞形成に関与している要因はそれに比べてほとんど知られて いない。Rajkovicたちはこのたび、この初期の段階においては卵母細胞-特異的ホメ オボックス遺伝子Noboxがきわめて重要な役割を果たしていることを示してい る(p.1157)。Noboxを欠いた雌性マウスの変異体は、分娩後14日まで徐々に卵母細胞 を失って、卵巣が萎縮し、不妊であったのである。(KF)
NOBOX Deficiency Disrupts Early Folliculogenesis and Oocyte-Specific Gene Expression
   Aleksandar Rajkovic, Stephanie A. Pangas, Daniel Ballow, Nobuhiro Suzumori, and Martin M. Matzuk
p. 1157-1159.

生き延び続ける(Stayin' Alive)

非-小細胞肺癌(NSCLC)の患者のおよそ10%は、Gefitinib(商品名、イレッ サ:Iressa)を投与されると、劇的な腫瘍の退行を経験する。このGefitinibは、上 皮細胞成長因子受容体(EGFR)のキナーゼ活性を抑制する、最近許可された薬剤であ る。Gefitinibに応答する腫瘍は、EGFRキナーゼ領域に体細胞性変異を宿らせてい る。Sordellaたちはこのたび、その変異EGFRが、細胞死を誘発する通常の化学療法 的薬剤などの薬品を投与された際にも腫瘍細胞が生存し続けられるようにするシグ ナル伝達経路を活性化していることを示している(p. 1163)。著者たちは、変異EGFR を発現するNSCLCがこの細胞生存経路にすっかり依存している可能性があると推測し ている。これは、少なくとも部分的に、それらがGefitinibに対して極度に感受性が 高いことを説明しうるのである。(KF,hE)
Gefitinib-Sensitizing EGFR Mutations in Lung Cancer Activate Anti-Apoptotic Pathways
   Raffaella Sordella, Daphne W. Bell, Daniel A. Haber, and Jeffrey Settleman
p. 1163-1167.

RNA編集が優勢に(RNA Editing in the Ascendance)

活性化によって誘発されるシチジン脱アミノ酵素(AID)は、体細胞の超変異や遺伝子 変換、さらには、免疫応答の多様性を生むのに寄与する過程であるB細胞における免 疫グロブリン遺伝子のクラススイッチ組み換え(CSR)において、きわめて重要な役割 を果たしている。過去数年間にわたって集められた証拠は、AIDがウラシルDNAグリ コシラーゼ(UNG)と一緒になってDNA脱アミノ酵素として機能し、DNAの変異原性およ び/または切断に直接的に貢献している、ということを示唆している。Begumたちは このたび、AIDがクラススイッチ組み換えのDNA切断段階に直接的に関与していない 証拠を提示し、AID作用に関するDNA脱アミノ酵素仮説にいささかの疑問を投げかけ ている(p. 1160)。UNGとDNAの結合活性を抑制しても、標的免疫グロブリン遺伝子の スイッチ領域におけるDNA切断は影響を受けないが、CSRはブロックされる。さら に、酵素活性を欠くUNG変異体は、CSRを実行できるのである。CSRのDNA切断段階に おいてタンパク質合成が必要であることは、AIDが実はいまだに未同定のmRNA上の RNA編集酵素として機能している可能性があるとする従来の仮説にいささかの信憑性 を与えるものである。(KF,hE)
Uracil DNA Glycosylase Activity Is Dispensable for Immunoglobulin Class Switch
   Nasim A. Begum, Kazuo Kinoshita, Naoki Kakazu, Masamichi Muramatsu, Hitoshi Nagaoka, Reiko Shinkura, Detlev Biniszkiewicz, Laurie A. Boyer, Rudolf Jaenisch, and Tasuku Honjo
p. 1160-1163.
IMMUNOLOGY:
UNGstoppable Switching

   Shyam Unniraman, Sebastian D. Fugmann, and David G. Schatz
p. 1113-1114.

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