AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science May 21, 2004, Vol.304


ナノチューブは場を演ずる(Nanotubes Play the Field)

理論的研究による予測では、カーボンナノチューブのバンド構造はチューブを貫く 磁束へ依存性を示すはずである。これはAharonov-Bohm 効果の発現である。二つの グループが、これらの予測を立証するカーボンナノチューブの磁場への依存性につ いて報告している。Coskun たち (p.1132) は、短い多層壁のカーボンナノチューブ の輸送に関する測定を示して、金属的挙動から半導体的挙動への相互変換の証拠を 与えている。Zaric たち (p.1129) は単層壁のカーボンナノチューブを研究して、 磁場の増加とともに光学的な吸収特性のシフトと分裂を示す磁気光学的なスペクト ルを得た。(Wt)
Optical Signatures of the Aharonov-Bohm Phase in Single-Walled Carbon Nanotubes
   Sasa Zaric, Gordana N. Ostojic, Junichiro Kono, Jonah Shaver, Valerie C. Moore, Michael S. Strano, Robert H. Hauge, Richard E. Smalley, and Xing Wei
p. 1129-1131.
h/e Magnetic Flux Modulation of the Energy Gap in Nanotube Quantum Dots
   Ulas C. Coskun, Tzu-Chieh Wei, Smitha Vishveshwara, Paul M. Goldbart, and Alexey Bezryadin
p. 1132-1134.

祖先は風に吹かれて(The Ancestors Were Blowing in the Wind)

南半球の島や大陸の植物相の密接な系統関係(affinities)は、風による胞子や種子 の遠距離散布によって起こるということが長い間の仮説であった。Munozた ち(p.1144)は、風の速度と方向に関する詳細かつ連続的な記録が得られる人工衛星 スキャタロメーターのデータを用い、南半球の大陸や島の間における風のつながり 度合いをモデル化した。実際、コケ類(mosses)、ベニゴケ類(liverworts)、地衣 類(lichens)、シダ類(ferns)の分散パターンは、風が種の分布の原因であると言う 説を強く支持している。(TO)
Wind as a Long-Distance Dispersal Vehicle in the Southern Hemisphere
   Jesús Muñoz, Ángel M. Felicísimo, Francisco Cabezas, Ana R. Burgaz, and Isabel Martínez
p. 1144-1147.

割れたLIP(A Split LIP)

巨大火成岩岩石区(LIPs: Large igneous provinces)は、マントル上昇流が引き起こ す大量のマグマ現象によって比較的短期間に形成された。地球の歴史上過去5億5千 万年間を通して、幾つかのLIPsは超大陸が分裂する期間あるいはそれ以前に形成さ れた。このことは、マグマ上昇流は大陸内に分離を引き起こす脆弱な部分をつくっ たことを示している。Hansonたち(p.1126)は、アフリカのカラハリ大陸塊(craton) や北アメリカのローレンシア大陸塊に新たなLIPの一部分を発見した。このLIPは、 約11億8百万年前にRodinia超大陸が集成している期間に形成され、大陸の陸塊の位 置や動きに制約を与えただけでなく、大陸同士を固着するというLIPsに関する興味 深い役割を示唆している。(TO)
Coeval Large-Scale Magmatism in the Kalahari and Laurentian Cratons During Rodinia Assembly
    E. Hanson, James L. Crowley, Samuel A. Bowring, J ahandar Ramezani, Wulf A. Gose, Ian W. D. Dalziel, James A. Pancake, Emily K. Seidel, Thomas G. Blenkinsop, and Joshua Mukwakwami
p. 1126-1129.

別の方法での除草剤(Roundup Ready)(Roundup Ready by Another route)

遺伝子組み換え技術により、除草剤グリフォセート(Roundup)に非感受性の農作物を 作ることが可能となった。広範囲に使用されているグリフォセート耐性の農作物は 環境への影響が少ない優れた農作技術となっている。Castleたち(p. 1151)は、別種 のグリフォセート耐性作物を開発しており、それは作物に吸収されたグリフォセー トを無毒化するものである。僅かにしか無毒化できない細菌性酵素の効果を高める ために、毒性をなくす酵素をin vitroでの定向進化法により作る。(KU,hE)
Discovery and Directed Evolution of a Glyphosate Tolerance Gene
   Linda A. Castle, Daniel L. Siehl, Rebecca Gorton, Phillip A. Patten, Yong Hong Chen, Sean Bertain, Hyeon-Je Cho, Nicholas Duck, James Wong, Donglong Liu, and Michael W. Lassner
p. 1151-1154.

プロトン化水の精査(Probing Protonated Water)

プロトン化水の構造は水溶液の酸−塩基の化学や水中における異常に高いプロノン の拡散速度を理解する上での基本となる。赤外分光による二つの研究は一個のプロ トンを含む小さな水クラスターの構造を解明しようとするものである。その研究で はクラスターの砕片に伴うビーム源からのクラスターの減少をOH伸縮の振動吸収ス ペクトルで検知する。Miyazawaたち(p. 1134)は彼らの解析から,小さなクラス ター(10個か、それより少ない水分子)はチェインを形成していること、10個から21 個の水分子では二次元(2D)のネットワークを形成し、それ以上の水分子ではナノ メートルの大きさの3Dのかご(cage)を形成していると結論付けている。Shinたち(p. 1137)は、種々の温度でビーム源から類似の大きさのクラスターを観測しており、特 に安定な12面体の構造に関連した21個の水分子のクラスターに焦点を当ててい る。10個から20個の水分子を持つクラスターにおいて観測されたフリーなOH伸縮領 域における二重線のスペクトルが21個と22個の水分子のクラスターでは合体して一 重項となっている。計算との比較では、表面に結合したH3O +基に関してこの差異が説明されるが、しかしながら22個の水分子クラスター のスペクトルの単純さやH3O+おける2500cm -1 でのスペクトル線の欠如に関しては計算では説明できない。(KU)
Infrared Spectroscopic Evidence for Protonated Water Clusters Forming Nanoscale Cages
   Mitsuhiko Miyazaki, Asuka Fujii, Takayuki Ebata, and Naohiko Mikami
p. 1134-1137.
Infrared Signature of Structures Associated with the H +(H2O)n (n = 6 to 27) Clusters
   J.-W. Shin, N. I. Hammer, E. G. Diken, M. A. Johnson, R. S. Walters, T. D. Jaeger, M. A. Duncan, R. A. Christie, and K. D. Jordan
p. 1137-1140.

溶融水が残した泥の痕跡(Meltwater Mud Tracks)

最終氷期最盛期(The Last Glacial Maximum (約10,000 年前))には大量のパルス状 溶融水が発生し、海水面が10〜15メートルも上昇して終了したと思われるが,この 事象が何処で何時頃生じたかを示す充分な証拠は得られてない。Clark た ち(p.1141) はアイルランドの海岸で海面が急激に上昇したことを示す証拠を示し, その原因と、この北半球の事象の影響がどのようにして南半球に伝達して行ったか について論じている。10メートル以上深い侵食性の水路が海洋性の同時代の泥で埋 められていることを突き止め,これが500年以下の短時間に、急激な海面上昇に伴う 結果であろう結論付けている。(Ej)
Rapid Rise of Sea Level 19,000 Years Ago and Its Global Implications
   Peter U. Clark, A. Marshall McCabe, Alan C. Mix, and Andrew J. Weaver
p. 1141-1144.

細胞死と自己免疫疾患(Cell Death and Autoimmune Disease)

ほ乳動物において、アポトーシスを起こす細胞はマクロファージによる分解のため に、ホスファチジルセリンにより標識されている。Hanayamaたち(p.1147)は、マ クロファージにより分泌され、アポトーシス性細胞に結合しそして貪食作用を促進 すると考えられているタンパク質、乳脂粒EGF因子-8(MFG-E8)を欠損するマウスの 表現型を報告した。ノックアウトマウスは、貪食作用の欠損;特に、免疫系の胚中 心におけるマクロファージによるアポトーシス性リンパ球の取り込みが低下した。 そのマウスはまた、肥大化した脾臓を有し、自己免疫疾患の徴候を示した。(NF)
Autoimmune Disease and Impaired Uptake of Apoptotic Cells in MFG-E8-Deficient Mice
   Rikinari Hanayama, Masato Tanaka, Kay Miyasaka, Katsuyuki Aozasa, Masato Koike, Yasuo Uchiyama, and Shigekazu Nagata
p. 1147-1150.

ミトコンドリアの中のパーキンソン病(PARK'd)(PARK'd in Mitochondria)

パーキンソン病(PD)は、高齢者が最もしばしば罹患する進行性の神経変性性疾で あり、黒質線状体経路のドーパミン作動性ニューロンが欠失する。PDの一般的な形 態は複数の遺伝子や環境因子の相互作用から生じるようであるが、遺伝型のPDを有 する稀な家族の遺伝子解析から、病原性に関する重要な複数の知見が得られ た。Valenteたち(p. 1158)はここで、ヨーロッパのいくつかの家族からなる小規 模なグループにおいて、早期発症型PDを引き起こす原因となる遺伝子を、染色体 1p36(PARK6座)に同定した。この遺伝子、PTEN-誘導性推定キナーゼ1(PINK1) は、セリン-スレオニンキナーゼドメインを有するタンパ ク質をコードするが、こ のドメインがPD変異により破壊されている。ミトコンドリアは様々な生化学的実験 により、以前にPDの病原性と関連付けられたオルガネラであるが、興味深いこと に、PINK1はミトコンドリア中に局在している。(NF)
Hereditary Early-Onset Parkinson's Disease Caused by Mutations in PINK1
   Enza Maria Valente, Patrick M. Abou-Sleiman, Viviana Caputo, Miratul M. K. Muqit, Kirsten Harvey, Suzana Gispert, Zeeshan Ali, Domenico Del Turco, Anna Rita Bentivoglio, Daniel G Healy, Alberto Albanese, Robert Nussbaum, Rafael González-Maldonado, Thomas Deller, Sergio Salvi, Pietro Cortelli, William P. Gilks, David S. Latchman, Robert J. Harvey, Bruno Dallapiccola, Georg Auburger, and Nicholas W. Wood
p. 1158-1160.

イヌ品種間での遺伝的変化(Genetic Variation Between Breeds of Dog)

イヌには、400種以上の表現型が異なる品種がいる。Parkerたち(p. 1160)は、分 子マーカーを使用して、85種の様々な品種のイヌにおける遺伝的変異のパターンに 基づいて、純粋種イヌの独立した分類を定義した。品種間の相違は、約30%の遺伝 子変異が原因となっていた。また、マイクロサテライト遺伝子型を使用して、99% のイヌの個体を品種として正しく特定することができた。この分類は伝統的な分類 の亜集団に裏づけを与えたが、同時に品種間で今まで知られていなかった繋がりを も示している。(NF)   
Genetic Structure of the Purebred Domestic Dog
   Heidi G. Parker, Lisa V. Kim, Nathan B. Sutter, Scott Carlson, Travis D. Lorentzen, Tiffany B. Malek, Gary S. Johnson, Hawkins B. DeFrance, Elaine A. Ostrander, and Leonid Kruglyak
p. 1160-1164.

ギャンブルと後悔とヒトの脳(Gambling, Regret, and the Human Brain)

自分のとった行為のありうる結果について確証がもてないとき、我々は自分の意思 決定についてどう感じるのだろう? Camilleたちは、あるギャンブル課題を正常な 被験者と眼窩前頭皮質に損傷のある患者にやらせて、意思決定結果に対する情動性 反応を比較した(p. 1167)。健康な人は、より多く勝ったときに全体として喜ぶだけ でなく、負けたときには失望し、後悔を示した。眼窩前頭皮質の損傷のある人はし かし、勝つことについては好ましいという反応をしたが、失望や後悔は示さなかっ たのである。(KF)
The Involvement of the Orbitofrontal Cortex in the Experience of Regret
   Nathalie Camille, Giorgio Coricelli, Jerome Sallet, Pascale Pradat-Diehl, Jean-René Duhamel, and Angela Sirigu
p. 1167-1170.

細菌から植物細胞へのTrIP(旅)(TrIPing from Bacterium to Plant Cell)

細菌の多くの種はIV型分泌システムとして知られる接合器官を用いて、DNAの交換を 行なったり、多様な病原性の因子を注入したりしている。同様に、Agrobacterium tumefaciensは、IV型分泌システム経由で植物に転移 DNA(T-DNA)を植え付けること で植物の腫瘍を引き起こすが、このことは重要な生物工学的道具となる。Cascales とChristieは、T-DNA免疫沈降アッセイ(TrIP)によってT-DNAの輸送を調べた(p. 1170)。この結果は接合機構によるDNA基質の移動経路を明白にし、基質の通過に果 たす各サブユニットの役割を特定している。(KF,hE)
Definition of a Bacterial Type IV Secretion Pathway for a DNA Substrate
   Eric Cascales and Peter J. Christie
p. 1170-1173.

脱リン酸酵素に潜む癌の犯人(Phosphatase Culprits in Cancer)

癌細胞において変異した遺伝子を同定することは、腫瘍の病原性について重要な手 がかりを提供することになる。ヒトの結腸直腸腫瘍とそれに対応する正常な組織の 大量のデータ集合を調べて、Wangたちは、タンパク質チロシン脱リン酸酵素と呼ば れる、細胞情報伝達酵素の重要なグループをコードする遺伝子ファミリー全体を系 統的に配列決定した(p.1164)。脱リン酸酵素遺伝子における配列の改 変(alteration)は腫瘍のおよそ25%で見出され、生化学的分析によって、そうした 改変の少なくとも一定の部分は脱リン酸酵素活性に対して機能的な影響をもつこと が確認された。腫瘍サプレッサー遺伝子として可能性のあるものを同定することに 加えて、この包括的な配列決定アプローチ法は、個人毎の癌治療をデザインすると いう、将来の応用に役立つ可能性がある。(KF,hE)
Mutational Analysis of the Tyrosine Phosphatome in Colorectal Cancers
   Zhenghe Wang, Dong Shen, D. Williams Parsons, Alberto Bardelli, Jason Sager, Steve Szabo, Janine Ptak, Natalie Silliman, Brock A. Peters, Michiel S. van der Heijden, Giovanni Parmigiani, Hai Yan, Tian-Li Wang, Greg Riggins, Steven M. Powell, James K. V. Willson, Sanford Markowitz, Kenneth W. Kinzler, Bert Vogelstein, and Victor E. Velculescu
p. 1164-1166.

似てはいるが同じではない(Similar But Not the Same)

レジスティン(resistin)とアジポネクチン(adiponectin)は脂肪細胞(adipocyte)に よって分泌される2つの血清タンパク質である。アジポネクチンには低分子量のも のと、高分子量のものがある。高分子量型の相対量はインシュリンへの全身性応答 と関連しているし、肥満性インシュリン抵抗の動物モデルにおけるインスリン抵抗 性改善薬であるThiazolidinedione誘導による改善作用とも関連している。Patelた ち(p. 1154)はレジスティンの結晶構造について報告し,これはアジポネクチンの配 列との類似性は無いが、3つの単量体(モノマー)が超らせん構造として絡み付い た小さな形で存在しているし、もっと大きな六量体中では2つの三量体の尾部と尾 部が結合する形で存在している。さらに込み入った類似性は、小さな三量体形状の レジスティンがラットの肝臓中でインシュリン効果の強力な拮抗物質として働くこ とである。(Ej,hE)
Disulfide-Dependent Multimeric Assembly of Resistin Family Hormones
   Saurabh D. Patel, Michael W. Rajala, Luciano Rossetti, Philipp E. Scherer, and Lawrence Shapiro
p. 1154-1158.

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