AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 25, 2003, Vol.301


2重に不安定な酸化物(A Doubly-Unstable Oxide)

最近の実験的研究によると、PuO2型のプルトニウムは強い酸化状態には ないので長期保存条件のもとでは酸化が継続し、かつ爆発性水素ガスを発生させて いることを示している。しかしながら、Pu(プルトニウム)はアクチニド系列の中 央に位置しているので、化学の理論的研究はそれほど単純ではない。そのため化合 物形成中の化学的交互作用によってf電子の局在化の度合いがシフトすることがあ る。Petitたち(p. 498)によるf軌道局在の変化が可能な第一原理計算によると PuO2の酸化状態は、微妙な均衡が保たれていることを示している。著者 たちは、酸素を中間部位に置くか、あるいは、格子に空乏を作ることにより、わず かに酸化させるかPuO2をわずかに還元するための低い障壁が存在してい ることを示唆している。(hk)
First-Principles Calculations of PuO2 ±x
   L. Petit, A. Svane, Z. Szotek, and W. M. Temmerman
p. 498-501.

たいそうな大気(Hotter Air)

対流圏界面(tropopause)は対流圏と成層圏の境界層のことである。展望記事におい てHoskinsは、この対流圏界面が化学物質の交換を制御しているだけでなく、上下の 大気層の動力学的相互作用も制御していること、そして大気の熱構造や静的安定性 の変化によって、過去20年間に対流界面が数百メートルも上昇したことを説明して いる。Santerたち(p. 479)は、アメリカ・エネルギー省の並列天候モデルを利用し て一連の異なる大気シミュレーションを実施した。その解析結果によると、人間活 動に伴うオゾンと大気への温室効果ガスの変化によって、1979年から1999年までの 対流圏界面上昇の80%が説明できるとしている。(Ej,Nk)
ATMOSPHERIC SCIENCE:
Climate Change at Cruising Altitude?

   Brian J. Hoskins
p. 469-470.
Contributions of Anthropogenic and Natural Forcing to Recent Tropopause Height Changes
   B. D. Santer, M. F. Wehner, T. M. L. Wigley, R. Sausen, G. A. Meehl, K. E. Taylor, C. Ammann, J. Arblaster, W. M. Washington, J. S. Boyle, and W. Brüggemann
p. 479-483.

パッキングに二次モーメントを取る(Taking a Second Moment to Pack)

球の集合体の最適パッキングは、面心立方配列である。これは、球ひとつあたりの 体積を最小にするものである。しかしながら、 Manoharan たち (p.483; 表紙およ び van Blaaderen による展望記事を参照のこと) は、コロイド粒子が乾燥しつつあ るエマルジョン液滴から抽出される時は、別の最適化因子がパッキングを支配する ことを見出した。その球体は、質量分布の二次モーメントが最小化されるように配 列された。クラスターは、バルクの系で見られるものやポテンシャルエネルギー最 小により支配されるものとは異なるパッキングで作られ、それを支配する数学は、 最近になって報告されるようになったものである。これらの異常なクラスターは、 安定的に、そして、大量に作成することができ、そのため、このプロセスはコロイ ドを構築する新規なブロックを作り出すのに用いうる可能性がある。(Wt)
CHEMISTRY:
Colloidal Molecules and Beyond

   Alfons van Blaaderen
p. 470-471.
Dense Packing and Symmetry in Small Clusters of Microspheres
   Vinothan N. Manoharan, Mark T. Elsesser, and David J. Pine
p. 483-487.

かに星雲からの巨大パルス(Giant Pulses from the Crab)

回転する中性子星である、かに星雲のパルサーからの電波信号は、コヒーレントな 放射に由来している。一方、可視光の信号は、非コヒーレントなシンクロトロン放 射に由来している。Shearer たち (p.493) は、巨大電波パルスを観測し、巨大可視 光パルスとの相関を調べた。可視光のパルスは、電波パルスより約 90 msec 前に最 大値となる。これらのコヒーレントおよび非コヒーレントな放射は同じ領域から来 ており、それらの源としては、強化電子-陽電子流であるという可能性が最も高 い。(Wt)
Enhanced Optical Emission During Crab Giant Radio Pulses
   A. Shearer, B. Stappers, P. O'Connor, A. Golden, R. Strom, M. Redfern, and O. Ryan
p. 493-495.

蛇紋石のベント(Serpentine Vents)

蛇紋石化にはカンラン石が水の作用によって蛇紋石(サーペンティン)へと変成さ れることが必要であるが、海底においてはカンラン岩(peridotite)のようなカンラ ン石に富む岩石の主要な変成過程である。Frueh-Greenたち(p. 495)は、中部大西洋 海嶺のLost City熱水ベントの現場において、この蛇紋石化の速度を決定し、ここで の熱水活動は少なくとも数万年以上継続していることを示した。海底におけるこの ような長寿命の熱水活動は、地球規模の地球化学的サイクルを変化させ、微生物コ ミュニティの成長と安定性に影響を与える可能性がある。(Ej,Tk)
30,000 Years of Hydrothermal Activity at the Lost City Vent Field
   Gretchen L. Früh-Green, Deborah S. Kelley, Stefano M. Bernasconi, Jeffrey A. Karson, Kristin A. Ludwig, David A. Butterfield, Chiara Boschi, and Giora Proskurowski
p. 495-498.

遅い到着(Late Arrivals)

新大陸への人類の到達を示す最も古い考古学的遺跡は、13,000年前であると一般的 に信じられており、この特徴的文化として両面尖頭石器を有するClovis文化があ る。このころ東シベリアからベーリング陸橋を渡って人が移住してきたと思われて いる。シベリアの最古の遺跡はカムチャッカのUshki住居群であり、これは約17,000 年前にさかのぼると言われていた。Goebel たち(p. 501; およびStoneによるニュー ス記事参照)はUshki遺跡を再調査、再年代測定し、多くの両面尖頭石器を見つけ、 その住居年代は約13,000年前に過ぎないことを見つけた。これらの事実から、ベー リング地方での居住は新世界への移住の途中になされたのではないかと思われ る。(Ej)
PEOPLING OF THE AMERICAS:
Late Date for Siberian Site Challenges Bering Pathway

   Richard Stone
p. 450-451.
The Archaeology of Ushki Lake, Kamchatka, and the Pleistocene Peopling of the Americas
   Ted Goebel, Michael R. Waters, and Margarita Dikova
p. 501-505.

現在のクジラの生息数は過去に比べてはるかに少ない(Way Fewer Whales)

自然生物の保護と管理のためには過去の生息数の情報が必要とされる。しかしなが ら、過去の生息数規模を推定すことは困難である。RomanとPalumbi は(p.508、Lubickのニュース記事も参照)、全ての種のクジラの過去の生息数は、従 来推定されていたものよりも少なくとも5倍だったことをあきらかにした。系統発生 手法を用いて遺伝的変異を分析し、商業捕鯨以前の北大西洋にはおよそ100万頭に近 いナガスクジラ、ザトウクジラとミンククジラがいた、と計算した。著者たちは現 在のクジラの生息数は商業捕鯨を持続できるほどの数まで回復していないことを示 唆している。(Na,Nk)
ECOLOGY:
New Count of Old Whales Adds Up to Big Debate

   Naomi Lubick
p. 451.
Whales Before Whaling in the North Atlantic
   Joe Roman and Stephen R. Palumbi
p. 508-510.

熱帯の深い湖における生産性の遅滞(Lagging Productivity in Deep Tropical Lakes)

熱帯にある深い湖では、深いところの水の層が一般に水面の温度の揺らぎから遮断 されているので、気候温暖化の傾向のよい指標となる可能性がある。つまり、深い ところの温暖化は、1年スケールの変化がならされた長期傾向の情報を提供してく れるのである。Verburgたちは、20世紀中のタンガニーカ湖の水中生態系に対する気 候温暖化の影響について記述している(p. 505; またLivingstoneによる展望記事参 照のこと)。その湖の一次生産量の減少は、垂直方向の混合を遅くする密度勾配の増 加によって引き起こされた。地球温暖化が続くと、熱帯にある深い湖の生産性はさ らに減少するであろう。(KF,Nk)
ECOLOGY:
Enhanced: Global Climate Change Strikes a Tropical Lake

   Daniel A. Livingstone
p. 468-469.
Ecological Consequences of a Century of Warming in Lake Tanganyika
   Piet Verburg, Robert E. Hecky, and Hedy Kling
p. 505-507.

幹細胞を使ったジストロフィーの治療(Dystrophy Therapy Through Stem Cells)

Sampaolesiたち(p. 487)は、胎仔血管中で以前に同定されたある種の中胚葉性幹 細胞(中胚葉性血管芽細胞;mesoangioblast)を使用して、肢帯筋ジストロフィー のマウスモデルにおける細胞ベースの治療方法を開発した。野生型中胚葉性血管芽 細胞または遺伝的に修飾した中胚葉性血管芽細胞をα-サルコグリカ ン(sarcoglycan;SG)のための遺伝子がノックアウトされたマウスの大腿動脈中へ 注入することにより、下流筋肉の部分的な形態学的、生化学的、および機能的な回 復が生じた。毛細血管ネットワークを介して遊走した後、筋肉中にこれらの幹細胞 が高レベルで移植されるという点で、この方法は他の細胞治療方法とは異なってい る。(NF)
Cell Therapy of alpha-Sarcoglycan Null Dystrophic Mice Through Intra-Arterial Delivery of Mesoangioblasts
   Maurilio Sampaolesi, Yvan Torrente, Anna Innocenzi, Rossana Tonlorenzi, Giuseppe D'Antona, M. Antonietta Pellegrino, Rita Barresi, Nereo Bresolin, M. Gabriella Cusella De Angelis, Kevin P. Campbell, Roberto Bottinelli, and Giulio Cossu
p. 487-492.

飢餓状態のバクテリアにおける共食い(Cannibalism in Starving Bacteria)

枯草菌(Bacillus subtilis)は、何年間にもわたって、抵抗性状態で生き残るこ とができる、芽胞-形成性バクテリアである。飢餓状態に直面すると、バクテリア は、むしろ芽胞形成の複雑な発生経路へと入る。Gonzalez-Pastorたち(p. 510;Engelberg-KulkaとHazanによる展望記事を参照)は、バクテリアが芽胞形成の 途中で、芽胞形成に関わっていない同種細胞を溶解するペプチド抗生物質に似た毒 素(芽胞形成-致死性因子)を生成することを見いだした。致死性オペロンは一方 で、その細胞自体の排出ポンプを産生して、そして致死性ペプチドに対する抵抗性 を付与する。溶解した細胞からの栄養供給により、生存する細胞は、芽胞形成を遅 らせ、エネルギー的コストを回避し、そして複製を継続することができる。シグナ ル伝達因子(芽胞形成遅延化タンパク質;sporulation delaying protein)は、脂 質酸化およびアデノシン5'-三リン酸産生を刺激してエネルギー貯蔵を回復させる転 写因子を介して、芽胞形成からのこのような回避を媒介する。(NF)
MICROBIOLOGY:
Cannibals Defy Starvation and Avoid Sporulation

   Hanna Engelberg-Kulka and Ronen Hazan
p. 467-468.
Cannibalism by Sporulating Bacteria
   José E. González-Pastor, Errett C. Hobbs, and Richard Losick
p. 510-513.

待ち構える(Lying in Wait)

BAXタンパク質の活性化したオリゴマーは、外側ミトコンドリア膜の透過化処理を増 強することによってアポトーシス(細胞死)を促進する。不活性なBAX単量体はミトコ ンドリア膜内に隠されるようである。Chengたち(p. 513)は、VDAC2というミトコン ドリアの電位依存的陰イオンチャネルの特定のイソ型が生体内でBAXと相互作用する ことを発見した。VDACタンパク質は、ミトコンドリアの代謝機能の制御に関与し、 アポトーシスの因子を原形質に遊離するためのタンパク質伝道細孔を提供すると考 えられている。(An)
VDAC2 Inhibits BAK Activation and Mitochondrial Apoptosis
   Emily H.-Y. Cheng, Tatiana V. Sheiko, Jill K. Fisher, William J. Craigen, and Stanley J. Korsmeyer
p. 513-517.

不公平な分配(Unfair Partitioning)

線虫Caenorhabditis elegansの初期発生時期では、第一有糸分裂紡錐体の後側末端 に与える強い力によって紡錘体が中心からはずれるため、接合体は不均等に分裂す る。Grillたち(p. 518)は、この非対称の原因が、微小管上で引っ張る力の発生器 (多分皮質モーターであると思われる)の力の差か数の差か、あるいはその空間的な 位置の違いによるものかを研究した。著者は、生きているC. elegansの胚において 紡錘が胚の片方に置換する間に、中心体を破壊することによって発生した星状体の 断片が皮質へ移動することの分析によって、力の発生器の分布を解明した。その結 果、利用できる力発生エレメントが後側紡錘極により多いことを発見した。(An)
The Distribution of Active Force Generators Controls Mitotic Spindle Position
   Stephan W. Grill, Jonathon Howard, Erik Schäffer, Ernst H. K. Stelzer, and Anthony A. Hyman
p. 518-521.

視床を皮質に結びつける(Wiring the Thalamus to the Cortex)

脳の視覚野は視床からの入力を受け取り、応答するその視覚野の皮質細胞は、ある 種の入力に応じた応答として色々なパターンに組織化される。Kanoldたちは、ネコ において、視覚的な配向に応答する皮質性ニューロンの組織化が、サブプレー ト(subplate)ニューロンが視床と皮質との接続を仲介する一過性の発生段階に依存 している、ということを発見した(p. 521)。皮質のアナトミーとシナプス接続の双 方の成熟は、サブプレートニューロンの非存在によって影響されるのである。(KF)
Role of Subplate Neurons in Functional Maturation of Visual Cortical Columns
   Patrick O. Kanold, Prakash Kara, R. Clay Reid, and Carla J. Shatz
p. 521-525.

光を扱うバックアップ・システム(Back-Up Lighting Systems)

哺乳類の網膜にある特異的な神経節細胞は、光に対する、概日性時計の同調化を含 む非イメージ形成応答を制御している。しかし、マウスの遺伝的研究によって、光 に対するこの種の応答は、大部分、そうした光受容器がなくても成り立つことが示 唆されている。Pandaたちは、このたび、マウスの標準的なイメージ形成視覚系にお ける光受容器(桿体と錐体)が、非イメージ形成光応答プロセスへの光の入力をも制 御していることを報告している(p. 525)。この知見は、複数の種類の光受容器から の光入力が、統合されて概日周期などのプロセスを制御していることを示すもので ある。(KF)
Melanopsin Is Required for Non-Image-Forming Photic Responses in Blind Mice
   Satchidananda Panda, Ignacio Provencio, Daniel C. Tu, Susana S. Pires, Mark D. Rollag, Ana Maria Castrucci, Mathew T. Pletcher, Trey K. Sato, Tim Wiltshire, Mary Andahazy, Steve A. Kay, Russell N. Van Gelder, and John B. Hogenesch
p. 525-527.

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