AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 21, 2003, Vol.299


複雑なパッキング(Complex Packing)

液晶や界面活性剤、ブロック共重合体のように、秩序あるドメインへと組織化されたもの は、その形作る構造の多様性を有することや、化学状態や濃度のわずかな変化により異な る構造間を遷移するため、これまで多くの注目を集めてきた。Ungar たち (p.1208) は 、デンドリマー形状の物について調べ、正方晶系の対称性を有する液晶相を見出している 。彼らは、パッキングにおいて見られる変化を、デンドリマーの外部のユニットの化学状 態の変化と関係付けている。(Wt)
Giant Supramolecular Liquid Crystal Lattice
   Goran Ungar, Yongsong Liu, Xiangbing Zeng, Virgil Percec, and Wook-Dong Cho
p. 1208-1211.

電子のスピンを電子レンジにかける(Microwaving Electron Spin)

電荷の変わりにスピンに基づく電子工学を成功裏に発展させる上では、電子のスピンを制 御する実際的な方法が決定的に重要である。パルス的な磁場はスピンを操作することはで きるが、集積化された電子回路で、スピン情報が生成され、操作され、元素間を輸送し 、そして蓄積することは実用的とはいえない。Kato たち (p.1201) は、量子井戸を横切 るマイクロ波電界を印加することにより、これらの高速電子回路を利用して、スピンの歳 差運動の操作と、時間分解能を有する検知に利用できることを示している。得られた効果 は、従来の電子スピン共鳴と類似であるが、パルス的な磁界を必要とはしない。(Wt)
Gigahertz Electron Spin Manipulation Using Voltage-Controlled g-Tensor Modulation
   Y. Kato, R. C. Myers, D. C. Driscoll, A. C. Gossard, J. Levy, and D. D. Awschalom
p. 1201-1204.

命令通りに大きな結晶を作る(Large Crystals, Made to Order)

多くの生物系は特定のパターンを持った単結晶を成長させるが、このパターンによって構 造的な支持が可能になったり、特定の機能が発揮される。Aizenberg たち(p. 1205; Douglasによる展望記事参照)は、マイクロメートルサイズのパターンを持った方解石の大 きな単結晶を成長させられることを示した。まず、マイクロパターンを持つテンプレート を用意する。このパターンが影響して、準安定なアモルファスのカルシウム炭酸塩溶液中 に結晶核の安定な発生場所を形成する。この核を中心にデザイン通りのパターンを持った 結晶が成長し、ミリメートル級の大きなサイズになる。このマイクロパターンは、形状の 制御に有効なだけでなく、アモルファス状態から結晶化する状態への遷移中の応力開放や 不純物の放出場所の制御にも有効である。したがって、機械的な性質だけでなく光学的な 機能も制御可能である。(Ej,Tk)
MATERIALS SCIENCE:
A Bright Bio-Inspired Future

   Trevor Douglas
p. 1192-1193.
Direct Fabrication of Large Micropatterned Single Crystals
   Joanna Aizenberg, David A. Muller, John L. Grazul, and D. R. Hamann
p. 1205-1208.

金属イオンを並べなさい(Row Your Metal Ions)

ナノ構造を結合したり作るために、DNAはさまざまに利用されている。Tanaka たち(p. 1212) は、修飾したDNA塩基を利用して、らせんの内側に金属イオンを並べるためにも利 用できることを示した。Cu2+が存在する場合にのみ対形成される 修飾塩基は、正方形平面状複合体を形成し、これによってDNAが右手系のらせん体となる 。電子常磁性共鳴スペクトルから、低温ではCu2+上のスピンは最 高のスピン状態に整列していることを示していることがわかる。(Ej,hE)
A Discrete Self-Assembled Metal Array in Artificial DNA
   Kentaro Tanaka, Atsushi Tengeiji, Tatsuhisa Kato, Namiki Toyama, and Mitsuhiko Shionoya
p. 1212-1213.

情報を吸入(Inhaling Information)

マウスは、コミュニケーションのためのフェロモンという不揮発性生化学分子に深く依存 する。2匹のマウスが相互作用する間に、アクセサリ嗅球という脳の部分の単一ニューロ ンから記録することによって、Luoたち(p. 1196;Millerによるニュース記事参照)は、ニ ューロンの一部が雄マウスに特異的に反応し、別のニューロンの一部が雌マウスに特異的 に反応し、また同種のマウスと別の多種のマウスを区別できることを発見した。このよう に、フェロモンシステムによって、マウスが他のマウスの特徴をかぎ分けることができる 。(An)
NEUROSCIENCE:
Snooty Exchanges Are Key to Mouse Society

   Greg Miller
p. 1163.
Encoding Pheromonal Signals in the Accessory Olfactory Bulb of Behaving Mice
   Minmin Luo, Michale S. Fee, and Lawrence C. Katz
p. 1196-1201.

弁論的気候学(Forensic Climatology)

後期更新世中における海洋性堆積メタンハイドレート(clathrates)からのメタンの放出の 後、亜間気氷期として知られている急激な温暖期が度々あったが、これが大気中のメタン 濃度の大幅な増加の原因であると示唆されてきた。この仮説を支持する間接的証拠は" clathrate gun"と呼ばれている。 Hinrichs たち(p. 1214) はサンタバーバラ海盆から得 られた堆積物中に直接証拠となる原核生物のメタノトロフィー(嫌気性細菌のメタン生成 活動、methanotrophy)による分子性副産物の濃度が上昇していることを示した。これら のデータから、亜間気氷期中に海洋堆積物中からメタンが放出されたことが、急激な気候 変化や海底のメタンに関連していることを示している。(TO,Ej)
Molecular Fossil Record of Elevated Methane Levels in Late Pleistocene Coastal Waters
   Kai-Uwe Hinrichs, Laura R. Hmelo, and Sean P. Sylva
p. 1214-1217.

歯の完全な化石の発見(Finding a Full Set of Teeth)

タンザニア北部オルドバイ峡谷は、原人化石の宝庫であり、ホモ・ハビリス原人の化石が 発掘された土地として有名である。しかしながら峡谷の西部はそれほど徹底的に研究され ているわけではない。Blumenschineたちは(p. 1217、Tobiasによる展望も参照)、180万年 前の殆ど完全な状態の上顎骨の化石と数多くの道具を発見した。この上顎骨は、オルドバ イ峡谷では発見されていないがホモ・ハビリスとの類似性が論争されていたホモ・ルドフ ェンシスとホモ・ハビリスの両方に類似している。著者等は、ホモ・ルドフェンシスと考 えられていたものも含み、これら化石は実際にはホモ・ハビリスだったことを示唆してい る。(Na)
PALEOANTHROPOLOGY:
Encore Olduvai

   Phillip V. Tobias
p. 1193-1194.
Late Pliocene Homo and Hominid Land Use from Western Olduvai Gorge, Tanzania
   Robert J. Blumenschine, Charles R. Peters, Fidelis T. Masao, Ronald J. Clarke, Alan L. Deino, Richard L. Hay, Carl C. Swisher, Ian G. Stanistreet, Gail M. Ashley, Lindsay J. McHenry, Nancy E. Sikes, Nikolaas J. van der Merwe, Joanne C. Tactikos, Amy E. Cushing, Daniel M. Deocampo, Jackson K. Njau, and James I. Ebert
p. 1217-1221.

同志を募る(Looking for Like-Minded Partners)

タンパク質キナーゼは、多数の生物学的プロセスの調節物質ではあるが、このリン酸化酵 素の標的の多くは未同定である。タンパク質の一部は、リン酸化アミノ酸を優先的に認識 する特殊結合領域をもつが、この部位を修飾するキナーゼ及びそれらを認識する結合パ ートナーのどちらもが同様の配列モチーフを検出する。Eliaたち(p. 1228; Silljeと Niggによる展望記事参照)は、特定の結合領域を同定するスクリーンを開発し、細胞分裂 の制御に関与するタンパク質を検出するためにそのスクリーンを用いた。スクリーンによ れば、Polo-box domain(PBD)というリンタンパク質結合領域を検出したが、PBDはPolo様 キナーゼ1(Plk-1 (Polo-like kinase 1))というタンパク質キナーゼ中に位置する。それ 以上の研究によれば、PBDは、Plk1の細胞下局在化または、有糸分裂キナーゼの作用に応 答するPlk1とその基質との相互作用、を促進する。(An)
SIGNAL TRANSDUCTION:
Capturing Polo Kinase

   Herman H. W. Silljé and Erich A. Nigg
p. 1190-1191.
Proteomic Screen Finds pSer/pThr-Binding Domain Localizing Plk1 to Mitotic Substrates
   Andrew E. H. Elia, Lewis C. Cantley, and Michael B. Yaffe
p. 1228-1231.

味覚音痴(A Lack of Taste)

1931年のサインスは、多数の人はフェニルチオカルバミドを味覚できないという発見を報 告した。今回Kimたち(p 122)は、単一ヌクレオチド多形性を用い、味覚非感受性に関連す る遺伝子を同定することによって、この形質の分子基礎を明確にした。この遺伝子は 、TAS2R苦味受容体ファミリのメンバーをコードする。人間では、遺伝性単位における3つ の多形性の組み合わせによって、味覚能力の多様性が生じる。(An)
Positional Cloning of the Human Quantitative Trait Locus Underlying Taste Sensitivity to Phenylthiocarbamide
   Un-kyung Kim, Eric Jorgenson, Hilary Coon, Mark Leppert, Neil Risch, and Dennis Drayna
p. 1221-1225.

トランスジェニック蚊の適応度(Transgenic Mosquito Fitness)

野生型個体と比較したトランスジェニックの蚊の適応度を評価することは、マラリアをコ ントロールするために遺伝子的に修飾した蚊を利用することについて評価するためには 、取り組まなければならない、魅力的な集団生物学的問題である。Catterucciaたち(p. 1225)は、トランスポゾン挿入、外来性遺伝子発現およびトランスフォーム系統の遺伝的 同系交配の、組み合わせの効果とそれぞれの効果、について評価した。その結果、トラン スジーンの導入に基づく直接的なコストだけでなく、実質的に有害性の、蚊の遺伝的バッ クグラウンドの効果も存在することが示された。(NF)
Impact of Genetic Manipulation on the Fitness of Anopheles stephensi Mosquitoes
   Flaminia Catteruccia, H. Charles J. Godfray, and Andrea Crisanti
p. 1225-1227.

歯の進化(Teeth Times Two)

脊椎動物の進化については、歯は顎とともに進化した、とする研究と、歯は顎の後に進化 した、とする研究の、2つの流れが存在する。板皮類(placoderms)は板皮綱に属する絶 滅した有顎魚類であり、有顎脊椎動物の中で最も早く分岐したものである。そして板皮類 では、他の脊椎動物において見いだされる様な歯板からなる"本物の"歯とは異なる、歯の 様な構造(歯状突起)を有することが報告された。Meredith SmithとJohanson(p. 1235;Stokstadによるニュース記事を参照)は、派生型の板皮類である節頸亜綱 (Arthrodira)の魚は、顎口虫-型の歯質を示し、そして歯の形成および置換が、その他 の有顎脊椎動物において見られるのと同様であることを、示している。歯は、節頸亜綱の 魚では見られるが、その他の板皮類においては見られないことから、このことは、有顎脊 椎動物における歯には2種類の起源があり、歯が、収束性進化のメカニズムを介して、少 なくとも2回進化したことを意味しており、この結果は顎と歯が別々に進化したという考 え方と一致している。(NF)
PALEONTOLOGY:
Primitive Jawed Fishes Had Teeth of Their Own Design

   Erik Stokstad
p. 1164.
Separate Evolutionary Origins of Teeth from Evidence in Fossil Jawed Vertebrates
   Moya Meredith Smith and Zerina Johanson
p. 1235-1236.

細胞はいかにして自分自身でキャップをかぶるか(How Cells Put on Caps by Themselves)

細胞は一般に極性をもっている。単一の細胞は、いかにして、外部からの手がかりなしに 、極性が生じるようにそれ自身の構成要素を分布させられるのだろう? Wedlich-Soldnerたちは、酵母(Saccharomyces cerevisiae)においてこの問いを扱ってい る(p. 1231)。哺乳類細胞の分極に関与すると知られているタンパク質Cdc42の過剰発現が 、細胞の自発的な分極を可能にしていた。このタンパク質のランダムな蓄積が、アクチン に基づく標的にされた分泌などのタンパク質局在化における正のフィードバックによって 生じる継続的蓄積プロセスに組み込まれているらしい。このプロセスが、細胞表面におけ るそのタンパク質のキャップの形成を導き、これが細胞の分極を促進するようになるので ある。(KF)
Spontaneous Cell Polarization Through Actomyosin-Based Delivery of the Cdc42 GTPase
   Roland Wedlich-Soldner, Steve Altschuler, Lani Wu, and Rong Li
p. 1231-1235.

痛い記憶(Painful Memories)

有痛性刺激に対する病理的な感受性を示す痛覚過敏は、じゅうぶんに理解されている訳で はない。Ikedaたちは、脊髄の薄膜Ⅰにおける投射神経の活性依存的感作の基礎をなして いるシナプス機構を同定した(p. 1237)。その細胞は、痛みに対する異常な感受性を仲介 することで知られている。痛みをコードする末梢性C-ファイバーを介したシナプス可塑性 の誘導には、神経ペプチド・サブスタンスPに対するNK1受容体の同時活性化と、T-型カル シウム・チャンネル、さらにNMDA受容体が必要で、これら3つすべてが、シナプス後カル シウム・レベルの上昇に寄与していた。これが、中枢神経系の第1中継ステーションにお ける有痛性刺激の処理の永続的増強を導いていたのである。(KF)
Synaptic Plasticity in Spinal Lamina I Projection Neurons That Mediate Hyperalgesia
   Hiroshi Ikeda, Bernhard Heinke, Ruth Ruscheweyh, and Jürgen Sandkühler
p. 1237-1240.

知覚の素質(Perceptual Predisposition)

われわれの遺伝的な体質は、刺激や他の環境的事態に対する反応や応答に、どの程度影響 を与えているのだろうか? Zubietaたちは、カテコール-O-メチル基転移酵素におけるよ く知られた遺伝的多型性(val158met)の、ヒトの痛みやストレスに対する反応についての 寄与を解析した(p. 1240)。ヘテロ接合性を有する人たちは、ホモ接合性を有する人たち とは、脳の活性と知覚された痛みという点で異なっていた。こうした結果は、精神的世界 における遺伝学の役割についてのより良い理解への道を拓くものである可能性がある 。(KF)
COMT val158met Genotype Affects µ-Opioid Neurotransmitter Responses to a Pain Stressor
   Jon-Kar Zubieta, Mary M. Heitzeg, Yolanda R. Smith, Joshua A. Bueller, Ke Xu, Yanjun Xu, Robert A. Koeppe, Christian S. Stohler, and David Goldman
p. 1240-1243.

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