AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science November 29, 2002, Vol.298


短信(Brevia)

ショウジョウバエのRpd3 脱アセチル化酵素とカロリー制限による寿命制御 (Longevity Regulation by Drosophila Rpd3 Deacetylase and Caloric Restriction) ショウジョウバエのrpd3のヒストン脱アセチル化酵素の酵素発現を抑えることによって Roginaたち(p. 1745)は、通常の寿命を33%から54%も増加できることを示した。これは 、酵母の変異体で見られるものと類似している。(Ej,hE)
Longevity Regulation by Drosophila Rpd3 Deacetylase and Caloric Restriction
   Blanka Rogina, Stephen L. Helfand, and Stewart Frankel
p. 1745.

惑星はどのように成長したのか?(How Does Your Planet Grow?)

これまでに、太陽近傍の星を巡る巨大ガス惑星が約100個発見され、このような惑星が 比較的ありふれたものであると考えられるようになった。しかし、こうした惑星の形成を 説明するシミュレーションは、物質が集積すること、あるいはもし惑星が形成されたとし ても潮汐力により剥ぎ取られることがないということを、しばしばうまく説明できなくな る。Mayerたち(p.1756;Kerrによるニュース記事参照)は、高精度なSmoothedParticle法に よる流体シミュレーションを行い、巨大惑星は比較的低温な原始惑星円盤における重力不 安定性によって、短期間(約1000年)で形成されうることを示した。(TO,Nk,Tk)
PLANETARY ORIGINS:
A Quickie Birth for Jupiters and Saturns

   Richard A. Kerr
p. 1698-1699.
Formation of Giant Planets by Fragmentation of Protoplanetary Disks
   Lucio Mayer, Thomas Quinn, James Wadsley, and Joachim Stadel
p. 1756-1759.

火星から飛び出してきた隕石(Martian Meteorites Can Escape)

火星で起こった流星衝突による放出物(ejecta)速度のシミュレーションは、地球上で発見 された火星からの隕石の数や特性と関係付けることが容易ではなかった。Headたち (p.1752)は、高精度なシミュレーションを実行し、破砕した(spallated)物質の速度が火 星の脱出速度を超えられることを示した。直径3キロメートルのクレータからは、10セン チメートルサイズの断片を惑星間空間に打ち出すことが出来た。こうした断片の中で地球 に高い確率で到達できた少数の標本を利用して、その標本の推定偏差を補正できた、現在 観測されている隕石標本と一致する。そして、そのシミュレーションは、より厚い表土の 被覆に覆われた火星の古い地殻表面は、宇宙空間に火星の床岩(bedrock)を放出するには 、より大きな隕石(そしてより大きなクレータ)を要したであろうことも示している 。(TO,Nk,Tk)
Martian Meteorite Launch: High-Speed Ejecta from Small Craters
   James N. Head, H. Jay Melosh, and Boris A. Ivanov
p. 1752-1756.

生体の中にナノ粒子を組み込むこと(Harnessing Nanoparticles in Vivo)

蛍光性半導体ナノ結晶あるいは量子ドット(QD)は生物学研究のための理想的なマーカ(目 印)となり得る。なぜならばそれらは色素粒子の光退色よりはずっとゆっくり光退色する ばかりでなく、それらの発光波長を精度よく調節できるからである。しかしながらQDはそ れらの安定性と蛍光作用を維持し、かつ非特異的吸着を避けながら溶解度を改善した生体 適合性層で最初に封入しなければならない。Dubertretたち(p. 1759)はCdSeのQDをリン脂 質ブロック共重合体に封入し、DNAに結合されたとき特異的補配列のマーカーとなるイン ビトロプローブとして被覆されたQDを用いることができることを彼らは示している。アフ リカツメガエルの胚における系統追跡研究は、QDが遅い細胞遊走と低い毒性をもつという ことを明らかにしている。(hk)
In Vivo Imaging of Quantum Dots Encapsulated in Phospholipid Micelles
   Benoit Dubertret, Paris Skourides, David J. Norris, Vincent Noireaux, Ali H. Brivanlou, and Albert Libchaber
p. 1759-1762.

ホストゲスト結晶のクロスオーバー(Crossing Over)

ある分子種をインターカレーションすることによって、ホストゲスト効果のように、ある 種の結晶の特性を変える(変態)ことができる。Halderたち(p. 1762; Turnbull and Landeeによる展望記事も参照)は鉄(II) 錯体にエタノールのゲスト分子を添加することに よって変態させた。ゲストホスト効果だけでは冷却過程で磁性変異は生じないが、ゲスト との錯体結晶はスピンクロスオーバー錯体となり、鉄のサイトの半分は高スピン状態から 低スピン状態に変化した。(Ej,hE)
SOLID STATE CHEMISTRY:
Porous Materials with a Difference

   Mark M. Turnbull and Christopher P. Landee
p. 1723-1724.
Guest-Dependent Spin Crossover in a Nanoporous Molecular Framework Material
   Gregory J. Halder, Cameron J. Kepert, Boujemaa Moubaraki, Keith S. Murray, and John D. Cashion
p. 1762-1765.

塩が動かす海洋(Salt-Driven Sea)

最終氷期極相期(Last Glacial Maximum:LGM)において、深海は今日よりも冷たく、より 高い塩分濃度だった。この差は熱塩(thermohaline)の循環に影響をもたらした。Adkinsた ち(p. 1769; Boyleによる展望参照)は、大西洋や太平洋、及び南洋の海盆から深海の堆積 物中に捕捉されている流体の塩素イオン濃度と酸素同位体の比を分析して、LGM期の深海 における温度と塩濃度の「地図」をつくった。今日の大西洋での塩濃度勾配とは対照的に 、氷河時代において南洋(Southern Ocean)が最も塩濃度の高い海であった。LGM期におい て、熱塩の循環が塩濃度の変化により支配されており、温度が主要な変動因子である現在 の状況と異なっている。(KU)
OCEANOGRAPHY:
Oceanic Salt Switch

   Ed Boyle
p. 1724-1725.
The Salinity, Temperature, and δ18O of the Glacial Deep Ocean
   Jess F. Adkins, Katherine McIntyre, and Daniel P. Schrag
p. 1769-1773.

種の形成(Species Formation)

新しい種の形成は一般的には漸進的であり、隔離が必要と考えられている。Greizたち(p. 1773)は、酵母種の交雑後に種の形成が急激に生じることを実験的に示している。雑種の ほとんどは不妊性であるが、酵母によって生じる個体群は膨大であるため、生存可能な雑 種胞子を残す。雑種の次の世代は異なるより大きな繁殖性を示し、更に親の表現型に依存 する成長温度最適条件のスペクトルと子孫のゲノムへの寄与を示した。著者たちは、異な る世代間とその親との間で見られる生殖的隔離は、世代間をまたがって作用する様々な遺 伝子の組合せと染色体の不一致に起因することを示唆している。野生型において、酵母雑 種の適応度は、種の分化が妨げられる環境条件下で大きく損なわれる。(KU)
Hybrid Speciation in Experimental Populations of Yeast
   Duncan Greig, Edward J. Louis, Rhona H. Borts, and Michael Travisano
p. 1773-1775.

神経発現の時期と場所(The Whens and Wheres of Neural Expression)

正常な器官および組織の発生および機能に関して、特定の遺伝子が適切な場所および時期 において発現されなければならない。たとえば、神経の遺伝子は、神経組織において発現 されなければならないが、非神経組織においては発現が起こってはならない。Lunyakたち (p. 1747)は、神経-特異的遺伝子発現を非神経組織で制限することができるメカニズム について調べた。zinc-フィンガー転写因子REST/NRSFは、2種の異なるメカニズムを介し た外的な制限を媒介することができる。そのメカニズムの一つは、ヒストン脱アセチル化 複合体を介した積極的な抑制を使用するものであり、もう一つはNAメチル化とコリプレッ サーCoRESTおよびサイレンシング機構の導入とを介する遺伝子サイレンシングが関与する ものである。後者のメカニズムは、神経-特異的遺伝子を包含する遺伝子クラスターを含 む特異的染色体領域の遺伝子サイレンシングを媒介することができる。神経-特異的遺伝 子のいくつかは、それ自体REST/NRSF応答エレメントを含有しない.(NF)
Corepressor-Dependent Silencing of Chromosomal Regions Encoding Neuronal Genes
   Victoria V. Lunyak, Robert Burgess, Gratien G. Prefontaine, Charles Nelson, Sing-Hoi Sze, Josh Chenoweth, Phillip Schwartz, Pavel A. Pevzner, Christopher Glass, Gail Mandel, and Michael G. Rosenfeld
p. 1747-1752.

段階的構築(Step-by-Step Assembly)

ウリジン-リッチ小型核リボヌクレオタンパク質(U snRNPs)として知られるRNA-タンパ ク質複合体のファミリーは、イントロンを除去しそしてエクソンをライゲーションして 、メッセンジャーRNAを形成するスプライセオソームのコアを形成する。運動ニューロン の生き残り(SMN)タンパク質の機能欠損の結果、脊髄の運動ニューロンが変性する疾患 である棘筋萎縮が引き起こされる。Pellizzoniたち(p. 1775)は、SMN複合体(SMNタン パク質がその一部である)は、U snRNAs上にU snRNPsのタンパク質活性成分(Sm)を整然 と組み立てるために機能することを示す。それはまずSmタンパク質に結合し、その後U snRNAsに結合し、最後に一緒にアデノシン-三リン酸(ATP-依存的)反応において組み立 てられる。(NF)
Essential Role for the SMN Complex in the Specificity of snRNP Assembly
   Livio Pellizzoni, Jeongsik Yong, and Gideon Dreyfuss
p. 1775-1779.

ニューロトリプシンと精神発達遅滞(Neurotrypsin and Mental Retardation)

遺伝性精神発達遅滞(MR)は、しばしば、X染色体上の異常または脳発達または他 の臨床的に確認しうる特徴における異常と関連しているが、多くのケースでこれらの異常 が全くないことがある。Molinariたち(p. 1779)はこのような症状のないMR患者の解析 により、セリンプロテアーゼ、ニューロトリプシンの変異との関係が示された。正常な発 生の間のニューロトリプシンの発現についてのin situハイブリダイゼーション研究によ り、ニューロトリプシンが脳の一部において学習および記憶と関連しており、そして発生 44日目にはじめて生じることが示された。免疫電子顕微鏡法により、ニューロトリプシン がプレシナプス神経末端に局在化していることが示された。この変異がMRの共通した原因 ではないようであるにもかかわらず、さらに研究を進めることによりこれらの疾患を引き 起こす経路についての知見を得ることができるだろう。(NF)
Truncating Neurotrypsin Mutation in Autosomal Recessive Nonsyndromic Mental Retardation
   Florence Molinari, Marlène Rio, Virginia Meskenaite, Férechté Encha-Razavi, Joelle Augé, Delphine Bacq, Sylvain Briault, Michel Vekemans, Arnold Munnich, Tania Attié-Bitach, Peter Sonderegger, and Laurence Colleaux
p. 1779-1781.

神経毒性細胞質のプリオンのタンパク質(Neurotoxic, Cytosolic Prion Proteins)

2つの報告はプリオンタンパク質の特徴に関する。プリオンは、多様な神経変性障害に関 与している。MaとLindquist(p. 1785)は、プリオンタンパク質を生成する細胞のプロテア ソーム機構における抑制が、細胞質においてプリオンのイソ型の蓄積を導くことと、特定 の状況では間違って折りたたんだ自己永続イソ型が新規に生成できることを明確にした 。Maたち(p. 1781)は、トランスジェニックのマウスモデルとニューロンの株化細胞で 、逆方向に輸送されるプリオンまたは細胞質に発現されるプリオンの影響を研究した。細 胞質のプリオンタンパク質は非常に神経毒性であり、細胞質のプリオンタンパク質をもつ ように遺伝子操作されたマウスには重症の運動失調、小脳の変性、と神経膠症が発生した 。(An)
Neurotoxicity and Neurodegeneration When PrP Accumulates in the Cytosol
   Jiyan Ma, Robert Wollmann, and Susan Lindquist
p. 1781-1785.
Conversion of PrP to a Self-Perpetuating PrPSc-like Conformation in the Cytosol
   Jiyan Ma and Susan Lindquist
p. 1785-1788.

腸の水素節約(The Hydrogen Economy of the Gut)

胃炎、消化性潰瘍、と特定の癌の主要な原因はピロリ菌である。OlsonとMaier(p. 1788)は、このよくある病原体のコロニー形成の成功率が別の腸内細菌によって生成され る水素ガスのため上がることを示した。胃の粘膜の内層にある分子状水素は、病原体のヒ ドロゲナーゼ生成を刺激するが、ヒドロゲナーゼは構成的酵素であり、一連のヘムを含む 電子伝達体の一連を通してエネルギーを収集することに必要である。(An)
Molecular Hydrogen as an Energy Source for Helicobacter pylori
   Jonathan W. Olson and Robert J. Maier
p. 1788-1790.

細菌の糖鎖形成(Glycosylation in Bacteria)

N結合の糖鎖形成は、真核生物における膜と分泌タンパク質でよく見られる翻訳後修飾で ある。しかし、タンパク質をこのように修飾する細菌として知られている細菌はカンピロ バクタージェジュニ(Campylobacter jejuni)なので、適切な修飾を欠けるため、細菌で生 成される真核生物のタンパク質の利用が限られている。Wackerたち(p. 1790)は、N結合の 糖鎖形成機構をC. jejuniから大腸菌へ移植したが、これによって適切に修飾したタンパ ク質のバイオリアクタでの生成の規模を大きくするきかっけとなるであろう。(An)
N-Linked Glycosylation in Campylobacter jejuni and Its Functional Transfer into E. coli
   Michael Wacker, Dennis Linton, Paul G. Hitchen, Mihai Nita-Lazar, Stuart M. Haslam, Simon J. North, Maria Panico, Howard R. Morris, Anne Dell, Brendan W. Wren, and Markus Aebi
p. 1790-1793.

海嶺の伝播(Ridge Propagation)

中央海嶺は脆性外殻に生じているのであるが、通常は線形弾性媒体中の伝搬性破壊として モデル化されている。Floyd たち(p. 1765; 表紙も参照)は、東部太平洋中に繋留された 6つの自律性ハイドロフォンを利用してHess深海中のガラパゴス海嶺に沿った海嶺伝播に 関連した地震活動を観測した。地震活動は空間的には時間的には海嶺の頂上付近に集中し ていることが分かったが、このことは実験室での波動放出実験で、クラック成長が次々に 発生する微小クラックの融合による伝播性破壊によって制御されているという結果にも整 合している。ガラパゴス海嶺では微小破壊は低引っ張り応力の海嶺頂上に集中しており 、これが融合してより大きな破壊になることで、海嶺が安定に脆性外殻中を伝播できるこ とを示している。(Ej)
Seismotectonics of Mid-Ocean Ridge Propagation in Hess Deep
   Jacqueline S. Floyd, Maya Tolstoy, John C. Mutter, and Christopher H. Scholz
p. 1765-1768.

シグナル脂質の退化(Degrading the Signal Lipids)

Endocannabinoid情報伝達脂質はカンナビノイド受容体と結合し、疼痛や認知といった感 覚行動を調節する。これらの活性は、脂質が内在性膜タンパク質脂肪酸アミドの加水分解 酵素(FAAH)によって分解されると停止する。Braceyたち(p. 1793)は阻害剤に結合した FAAHの構造を2.8オングストロームの精度で決定した。この構造は同じ族の可溶性加水分 解酵素と類似しているが、主要な差異は、膜に組み込まれ疎水性基質と結合可能な結合ポ ケットを作ることである。活性部位は膜表面近傍にあり、脂質二重層と細胞質の両方に直 接アクセスすることが可能で、その結果情報伝達脂質は膜から活性部位に入ることができ 、極性アミン生成物質は細胞質に出て行くことができる。(Ej,hE)
Structural Adaptations in a Membrane Enzyme That Terminates Endocannabinoid Signaling
   Michael H. Bracey, Michael A. Hanson, Kim R. Masuda, Raymond C. Stevens, and Benjamin F. Cravatt
p. 1793-1796.

決定的なカバーの範囲(Critical Cover)

感染に対する個々人の抵抗能力に変動があるお陰で、集団が安定に保たれている。主要組 織適合複合体 (MHC)の遺伝子には広範な多形が存在することで、MHCタンパク質によって 異なった外来ペプチドを提示したり、発生中にT細胞の持つレパートリー中から的確なもの を選択するか、あるいは、その両方の戦略によって抵抗力を制御している。Messaoudi た ち(p. 1797)は、1つのMHC遺伝子中の4つのアミノ酸だけが異なり他の遺伝子は等しい2系 統のマウスをウイルス感染させ、その多様な応答を観察した。両系統のT細胞は同一の主 要ウイルス性ペプチドに集中し、各MHC変異体に対しては等しい親和性を示した。しかし 、抵抗性株に対してより良くウイルスを取り除いたT細胞は、そのT細胞受容体の使い方の 変動が大きく、結果として抗原の認識が改善した。このように、MHC多形は、T細胞のレパ ートリーの広さを利用した選択の広さによって感染に対して異なる応答をする。(Ej,hE)
Direct Link Between mhc Polymorphism, T Cell Avidity, and Diversity in Immune Defense
   Ilhem Messaoudi, Jose A. Guevara Patiño, Ruben Dyall, Joël LeMaoult, and Janko Nikolich-Zugich
p. 1797-1800.

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