AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science October 4, 2002, Vol.298


短信( Brevia)

初期カンブリアの毛顎動物(矢ムシ)(A Possible Lower Cambrian Chaetognath (Arrow Worm)) 矢ムシとも呼ばれている毛顎動物門は、たった100種の現存種しかないが世界中の海底に 生存し、食物連鎖において重要な役割を演じている。しかし、その化石はほとんど知られ てなかった。Chen とHuang (p. 187)は、カンブリア紀初期の地層に、この毛顎動物らし い化石を発見した。その1つは25mm長の成熟個体であり、ある程度まっすぐであることか ら、硬直性も持っているらしい。頭部、胴体、尾部と思われる部分からなり、頭部の幅は 2.8mmあり、長さより幅の方が大きい。頭部からは、少し反り返った掴むための刺が12本 出ており、長さは900μmある。(Ej,hE)
A Possible Lower Cambrian Chaetognath (Arrow Worm)
   Jun-Yuan Chen and Di-Ying Huang
p. 187.

Anopheles gambiae のゲノム配列(Genome Sequence of the Anopheles gambiae)

Anopheles gambiaeは、毎年500万人以上が感染し、100万人以上が死亡している、マラリ アの主要な媒介生物である。そのため国際的コンソーシアムが結成され、この主要媒介生 物である蚊Anopheles gambiaeのゲノム配列を解析してきた。Holtたち(p. 129)は、ショ ットガン法による配列結果を示し、ゲノムの91%に当たる278メガ塩基分を決定した。同定 されたオープンリーディングフレーム(読取り枠)の初期的な機能注釈を示す。著者たち は、14,000のタンパク質をコードする転写物が存在することが多くの証拠によって推測で きると述べている。著者たちは、更に蚊が食べた後に変化する遺伝子について発現塩基配 列タグ(EST)解析を行った。(Ej,hE)
The Genome Sequence of the Malaria Mosquito Anopheles gambiae
p. 129-149.

現場で捕らえられたジェット(Jets Caught in the Act)

一直線状のプラズマからなる相対論的ジェットは、ブラックホールや中性子星によって生 み出されたものである。マイクロクエーサー XTE J1550-564 の4年にわたる進化に対す る Corbel たち (p.196; Rupen による展望記事を参照のこと) が統合した見事な観測結 果によると、二つのジェットは 1988年の強烈なフレア現象として観測された、ブラック ホールからの噴出物と直接的な関連があることを示している。X線および電波の波長で見 られるノットは、シンクロトロン放射により粒子を非常に高いエネルギーまで加速する衝 撃波によって生み出されたものである。(Wt)
ASTRONOMY:
Enhanced: Microquasar Fireworks

   Michael P. Rupen
p. 73-74.
Large-Scale, Decelerating, Relativistic X-ray Jets from the Microquasar XTE J1550-564
   S. Corbel, R. P. Fender, A. K. Tzioumis, J. A. Tomsick, J. A. Orosz, J. M. Miller, R. Wijnands, and P. Kaaret
p. 196-199.

輝くホットスポット(Optical Hot Spots)

電波星雲からの強力な電波放射が集中している領域は電波ホットスポットと呼ばれる 。Prietoたちは(p. 193)、European Southern Observatoryの巨大望遠鏡(Very Large Telescope)により観測された光学イメージからこれら電波ホットスポットの詳細な構造を 明らかにした。星雲からのジェットプラズマが星雲間物質と衝突するbow-shock領域で生 成される相対性電子によるシンクロトロン輻射により高輝度の光放射が生じている。(Na)
Particle Accelerators in the Hot Spots of Radio Galaxy 3C 445, Imaged with the VLT
   M. Almudena Prieto, Gianfranco Brunetti, and Karl-Heinz Mack
p. 193-195.

半導体中のポラリトンの凝縮(Polariton Condensation in a Semiconductor)

ポラリトンは、キャビティ中のフォトンモードに結び付けられた電子-ホール対からなる 複合粒子であるが、半導体に基づくシステムにおいてボース-アインシュタイン凝縮が実 現した姿として長い間追い求められてきた。多くの場合、ポラリトンはそれらが基底状態 に向かって熱運動状態となる前に崩壊してしまう。Deng たち (p.199) は、十分なエキシ トン(励起子)の供給と、寿命を延ばしてそれらポラリトンをフォトンモードに結びつける 高品質なキャビティーを確保するため、12 の量子井戸を用いて、ボース-アインシュタイ ン凝縮状態の指標である量子的相転移が観察されたことを報告している。(Wt)
Condensation of Semiconductor Microcavity Exciton Polaritons
   Hui Deng, Gregor Weihs, Charles Santori, Jacqueline Bloch, and Yoshihisa Yamamoto
p. 199-202.

酸に付着する水分子(Adding Water to Acid)

HBrといった酸を溶解して、解離したH+とBr-イオンをつくるのに 何個の水分子が必要なのだろうか?  Hurleyたち(p.202: RobertsonとJohnsonによる展望 参照)は、気相HBr-水クラスターのサイズを増加させながらポンププローブ分光学の研究 により、イオン対状態への遷移が5個の水分子で生じていることを示している。より小さ いクラスターにおいて、イオン対は電子励起により形成されている。(KU)
CHEMISTRY:
Caught in the Act of Dissolution

   William H. Robertson and Mark A. Johnson
p. 69.
Dynamics of Hydrogen Bromide Dissolution in the Ground and Excited States
   S. M. Hurley, T. E. Dermota, D. P. Hydutsky, and A. W. Castleman Jr.
p. 202-204.

プレートの動きをモデル化する(Modeling Plate Motions)

地球表面におけるプレートの動きはマントルの対流に対応していると信じられている 。Conrad とLithgow-Bertelloni (p. 207)は、沈み込んだプレートにくっついて沈み込ん でいるプレートを通常より速く沈みこみ帯方向に引っ張ると言う「スラブがマントル上部 を引っ張る」モデルと、沈み込んだスラブがプレートから離れ、マントル流を加速させて 「プレートを沈み込み帯方向に粘性で吸い付ける」と言う2つのメカニズムを考えた。こ の、引っ張るメカニズムと吸い込むメカニズムによるプレートテクトニクスシミュレーシ ョンによれば、観察されたプレートテクトニクスの動きを再現することができ、地殻とマ ントルの相互作用上の困難な点を理解できるようになった。(Ej,hE)
CHEMISTRY:
Caught in the Act of Dissolution

   William H. Robertson and Mark A. Johnson
p. 69.
Dynamics of Hydrogen Bromide Dissolution in the Ground and Excited States
   S. M. Hurley, T. E. Dermota, D. P. Hydutsky, and A. W. Castleman Jr.
p. 202-204.

シリコーン副生成物をつくらずに(Bypassing Silicone By-Products)

シリコーン高分子合成の鍵となる反応は、Si-H基を含むシリコーン化合物のC=C二重結合 への付加反応である。この反応に対する工業的な主たる触媒はPt化合物であるが、種々の 副生成物をつくったり、最終的生成物を変色させるコロイド状のPtを形成して触媒を不活 性にする。Markoたち(p. 204)は、このような好ましからざる2つの事象を抑制する高度に 活性で、かつ選択性の良いP-カルベン触媒に関して報告している。(KU)
Selective and Efficient Platinum(0)-Carbene Complexes As Hydrosilylation Catalysts
   István E. Markó, Sébastien Stérin, Olivier Buisine, Gérard Mignani, Paul Branlard, Bernard Tinant, and Jean-Paul Declercq
p. 204-206.

Anopheles gambiaeの比較ゲノム学(Comparative Genomics for Anopheles gambiae)

ショウジョウバエ、Drosophila melanogasterとカ(蚊)、Anopheles gambiaとは、 およそ2億5千万年もの進化によって隔てられている。Zdobnovたちによるこれら ゲノムの最初の比較は、これら昆虫が脊椎動物より急速に進化したことを示している(p. 149)。この2つの昆虫の類似の程度は、ヒトとpufferfish(フグの類)とおよそ同じ程度で あるが、こちらの2つはおよそ4億5千万年前に分岐しているのである。2つの種の間では 、染色体アームのかなりの部分の再編成が生じていて、ショウジョウバエではカに対して 非翻訳領域が少なくなっているらしい。ゲノムにおける違いは、表現型の制御や宿主を探 す際の選好性、寄生への感受性などをよりよく理解することにつながるはずである 。Christophidesたちは、生得的な免疫に関与する遺伝子ファミリと遺伝子集合を研究し た(p. 159)。ショウジョウバエとの比較は、免疫系に対する順応性要求が、類似のもの (orthologs)が欠けていることと種特異的な遺伝子拡張が増えていることに反映されてい ること、を示唆している。Riehleたちは、ゲノム比較を行なって、寄生虫と宿主の相互作 用や、発生、脱皮、生殖、さらには血液を摂食する際の浸透圧性のチャレンジなどの複雑 な生理を調節していると考えられているマラリア蚊のオルソロガス遺伝子を同定した(p. 172)。著者たちが示唆する、有力そうな制御戦術は、Anophelesとマラリア原虫によって 利用されているインシュリン-情報伝達経路に干渉することである。これによって、蚊の 寿命を短くして寄生虫の発生と伝播を防ぐことができるのである。遺伝的マッピング研究 は、蚊の染色体上の殺虫剤抵抗性に関わる座位を従来から同定してきたのである 。Ransonたちは、Anopheles gambiaのゲノムを用いて、その座位と一致する遺伝子を突き とめ、殺虫剤解毒に関与する3つの主要な遺伝子ファミリ、カルボキシルエステラーゼ 、グルタチオントランスフェラーゼ、チトクロムP450を検査した(p. 179)。ショウジョウ バエとの比較によって、蚊におけるあるファミリの拡大が局所的な遺伝子重複の結果であ ることが明らかにされたのである。(KF)
Evolution of Supergene Families Associated with Insecticide Resistance
   Hilary Ranson, Charles Claudianos, Federica Ortelli, Christelle Abgrall, Janet Hemingway, Maria V. Sharakhova, Maria F. Unger, Frank H. Collins, and René Feyereisen
p. 179-181.

ヒトに向かって(Homing In on Us)

Anopheles gambiaeのGタンパク質-結合型受容体(GPCRs)は、それらが蚊のライフサイク ルに対して重要な働きをしており、そしてニオイ物質受容体および味覚受容体がこの蚊の ヒト疾患媒介動物としての並はずれた成功に寄与している可能性があるため、特に興味を もたれている。Hillたち(p. 176)は、A. gambiaeゲノム配列中に見出される276種の GPCRについての初期調査の結果を示し、そして組織発現に関して79種の推定ニオイ物質受 容体を同定し、合わせてショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)と比較した分子 進化に関して、76種の推定味覚受容体を同定した。(NF)
G Protein-Coupled Receptors in Anopheles gambiae
   Catherine A. Hill, A. Nicole Fox, R. Jason Pitts, Lauren B. Kent, Perciliz L. Tan, Mathew A. Chrystal, Anibal Cravchik, Frank H. Collins, Hugh M. Robertson, and Laurence J. Zwiebel
p. 176-178.

蚊の遺伝子シャッフリング(Mosquito Gene Shuffling)

Sharakovたち(p. 182)は、熱帯アフリカにおけるマラリアの重要な媒介動物である Anopheles gambiaeとA. funestusとの比較研究において、シンテニー(同一染色体上の遺 伝子の出現)がよく保存されているが、逆位および同義置換に由来する遺伝子シャッフリ ング速度が例外的に高いことを示す。70種以上の染色体逆位が2種の間で固定されており 、その速度は、ショウジョウバエにおいて観察されたものを越えている。染色体2Rが特に 、逆位固定のホットスポットを保持するようである。染色体進化の迅速性は、配列レベル での同様な進化の高頻度を反映する。この研究はまた、ポジショナルクローニングおよび マイクロアレイ実験は、非常に近縁な蚊の種についてのみ有効である可能性があることも 、示唆する。(NF)
Inversions and Gene Order Shuffling in Anopheles gambiae and A. funestus
   Igor V. Sharakhov, Andrew C. Serazin, Olga G. Grushko, Ali Dana, Neil Lobo, Maureen E. Hillenmeyer, Richard Westerman, Jeanne Romero-Severson, Carlo Costantini, N'Fale Sagnon, Frank H. Collins, and Nora J. Besansky
p. 182-185.

クロロキン耐性の手がかり(Clues into Chloroquine Resistance)

全世界におよんだクロロキン耐性は、伝統的なマラリア特効薬をほぼ無効とした 。Sidhuたち(p. 210;Hastingsたちによる展望記事参照)は、寄生虫の間のクロロキン耐性 の相関とpfcrtという遺伝子の複数点変異の出現を研究している。pfcrtは、膜貫通タンパ ク質をコードする。対立遺伝子交換を用い、クロロキン耐性の寄生虫からpfcrtの対立遺 伝子をクロロキン感受的な熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)の系統に移動さ せた。遺伝子操作した寄生虫のクローンは、クロロキンにさらされなかったのに元の寄生 虫と同様なクロロキン耐性を現した。この点変異がクロロキンに対する極めて特異的な構 造上の認識を与えるとみられるので、クロロキンと同様な構造をもつ新しい抗マラリア薬 アモジアキン(amodiaquine)はクロロキン耐性の寄生虫に対してまだ有効である。(An)
PARASITOLOGY:
A Requiem for Chloroquine

   I. M. Hastings, P. G. Bray, and S. A. Ward
p. 74-75.
Chloroquine Resistance in Plasmodium falciparum Malaria Parasites Conferred by pfcrt Mutations
   Amar Bir Singh Sidhu, Dominik Verdier-Pinard, and David A. Fidock
p. 210-213.

蚊のマラリア抵抗性(Mosquito Resistance to Malaria)

ハマダラカは、熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)に対する自然抵抗性をもつ 。Niareたち (p. 213)は、カの非近交系集団における抵抗性の遺伝学と自然な不応状態の 分子機構を記述し始めている。抵抗性に関連する染色体2の座位Pfin1とPfin2を同定した 。(An)
Genetic Loci Affecting Resistance to Human Malaria Parasites in a West African Mosquito Vector Population
   Oumou Niaré, Kyriacos Markianos, Jennifer Volz, Frederick Oduol, Abdoulaye Touré, Magaran Bagayoko, Djibril Sangaré, Sekou F. Traoré, Rui Wang, Claudia Blass, Guimogo Dolo, Madama Bouaré, Fotis C. Kafatos, Leonid Kruglyak, Yeya T. Touré, and Kenneth D. Vernick
p. 213-216.

マラリア原虫の個体群動態(Plasmodium Population Dynamics)

マラリア寄生虫であるマラリア原虫の個体群動態を研究するアプローチ方法が 、Volkmanたちによって記述されている(p. 216)。彼らは、染色体2のマイクロアレイを用 いて、異なった寄生虫隔離集団間の配列の多形性を探したのである。変異の大部分は、染 色体の端とごくわずかの内部遺伝子に集中していた。この技術は、感染の起源や、薬剤耐 性や免疫に関わる新たな変異を追跡するためのすばやいやり方を提供してくれるものであ る。(KF)
Excess Polymorphisms in Genes for Membrane Proteins in Plasmodium falciparum
   Sarah K. Volkman, Daniel L. Hartl, Dyann F. Wirth, Kaare M. Nielsen, Mehee Choi, Serge Batalov, Yingyao Zhou, David Plouffe, Karine G. Le Roch, Ruben Abagyan, and Elizabeth A. Winzeler
p. 216-218.

熱帯アンデスにおける初期の氷河退氷(Early Deglaciation in the Tropical Andes)

熱帯アンデス地域に存在する湖から得られた堆積学的データと、北方高緯度地域からの記 録とを比較することで、Seltzerたち(2002年5月31日報告,p.185)は、熱帯アンデスにおけ る最後最大氷期(LGM)以降の氷河退氷は、LGM後に起こった北半球の温暖化よりも約5000年 先行して起こったことを主張した。Clarkは、Seltzerたちによる南半球と北半球の湖の堆 積環境における違いの研究について、その比較が不適切であり、他の北半球の退氷データ は、LGM後に起こった初期の退氷が熱帯アンデスに特有ではないことを示していると、コ メントした。Seltzerたちは、反論の中で、北半球と南半球の湖系(lake systems)間に堆 積学的な違いがあることを認めたが、更なる北半球データは、熱帯アンデスの退氷は北半 球高緯度地域における退氷を意味付けているという考えを擁護していると主張する。こう したコメントの全文は、次の参照先に見ることが出来る。(TO)
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/298/5591/7a
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