AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science January 18, 2002, Vol.294


野生チンパンジの免疫不全ウィルス(SIVcpz in Wild Chimpanzees)

西中央アフリカチンパンジ(P. t.:Pantroglodytes)は、類人猿の免疫不全ウィルス (SIVcpz:simian immunodeficiency virus)の系統種を宿しており、それらはヒト免疫不 全ウィルス1(HIV-1)の3つのグループM、NとOに極めて近いため、それゆえヒトへの感染 の源ではないかと関係つけられていた。しかし現在までに発見されている全てのSI Vcpz系統種は捕獲したチンパンジから得たものであるため、野生のチンパンジでの SIVcpzにおける有病率、地理的な分布、遺伝子的多様性についてはほとんど分かってい ない。ここでは、我々は野生で生息する類人猿におけるSIVcpzの有病率の調査と検出結 果を報告する。絶滅しかねない霊長類から血液サンプルを採取するのではなく、糞や尿 からSIVcpz抗体とビリオンを分析することで、SIVcpzの検出とその特性を調べる方法を 開発した。この方法により、 コートディヴォアールのTai森林から28頭のベルスチンパ ンジ(Pt verus)、ウガンダのキンバリ国立公園の24頭のシュベインフルティ・チンパン ジー(Pt schweinfurthii)そしてタンザニアのゴンベ国立公園の6頭のシュベインフルテ ィ・チンパンジ(P t schweinfurthii)を調査した。58頭の野生のチンパンジの中で、23 歳の性的能力がある1頭のオスだけがSI Vcpz陽性であった。配列解析を行なった結果 、西中央アフリカのSIVcpzやHIV-1グループM、N、Oからアミノ酸配列28-30%が異なる 、かなり逸脱したSIVcpz系統種(TAN1)が現われた。また最も類似する配列は、あるシュ ベインフルティ・チンパンジーからのSIVcpzANTであり、それは23%異なっている。系 統発生木において、SIVcpzTAN1とSIVcpzANTは統計的に有意な同集団である。(TO)

泥からのエネルギー採集(Mud Energy)

我々はかつて生きていた生物の残留物を採集して(石油)エネルギーを得ているが、現在 泥の中に生きている生物から直接、新エネルギーを得られるかもしれない。2室の「泥-水 電池」を使って、Bondたち(p. 483; およびPennisiによるニュース記事)は、微生物の一 種であるGeobacteraceaeのいくつかの種は不溶性の3価の鉄酸化物を電子受容体として利 用しているが、無酸素性泥中に挿入したグラファイトの陽極上にこの微生物は選択的に成 長することを発見した。このグラファイト陽極は、バクテリアの電子受容体として他の媒 体を介さず直接利用されて好気性表面水の陰極と結ばれた外部回路によって電流を生成し ている。色々な条件下における最適に作用する種々のバクテリアが見つかっており、例え ば、汚水の中で生活できる淡水性の種類とか、芳香族汚染物質を酸化する別の種類とかが 。(Ej,hE)

EUの科学政策(Science in Europe)

2年前にEU委員会コミッショナーであるPhilippe Busquinから発表された、ヨーロッパ における国際間の研究を促進し、各国が協力する研究プロジェクトの調整を援助すると いうコンセプトが、賞賛を持って迎えられてきた。最近、その実現に対して議論された 、4つの発言がある(政策フォーラムセクション参照p.443)。Bandaは、ヨーロッパ研究 評議会(European Research Council)が、支援機構として力を尽くせること、そして欧 州連合の科学協力財団(European Science Foundation)をどのように関係付けることが できるかについて、述べている。Wigzellは、EUの研究開発枠組計画(the Framework Programme)自体を、研究会議と振興会議とに分割して大型プロジェクトを促進すること が必要であると確信している。これと対比して、Raddaは、新たな行政機構を必要とし ないヨーロッパを越えた科学のネットワーク化がうまく進行していると論評している。 Winnackerは、小さな規模の科学研究(small science)を助成しボトムアップのアプロ ーチを用意するという戦略を提案している。(TO)

有機物の孔を最適化する(Optimizing Organic Pores)

ゼオライトといったミクロ多孔性物質は広範囲な孔サイズを有しており、精巧につくら れた鋳型方式を用いても、孔サイズを変化させると、通常構造体中の孔の連結数が変化 することになる。Eddaudiたち(p.469)は一連の金属−有機物の構造体化合物(全部で 16種)に関して、8面体のZn-O-Cクラスターと芳香族化合物の連結基で規定された孔サイ ズが、約4〜29オングストロームまで同一の位相幾可構造を持って系統的に増加するこ とを報告している。彼らはこの特徴を利用して、燃料貯蔵に有用な極めて大きなメタン 吸収能を有する材料を作った。(KU)

工学技術によるクモの糸(Engineering Spider Silk)

クモが巣をつくるさいのその絹糸は最も優れたアラミドファイバーに匹敵し、重量あた りでは鋼よりもはるかに強い機械的特性を持っている。クモの糸を人工的につくる二つ の技術的挑戦とは、高分子量のタンパク質前駆体をつくることと、そのタンパク質を溶 液から、好ましくは無毒の溶媒を用いて紡糸することである。Lazarisたち (p.472;Serviceによるニュース解説参照)は哺乳類の細胞を用いて、クモの絹腺で見 出されているものと同じ様な長さのタンパク質を発現させた。その後、そのタンパク質 を水溶液からファイバーに紡糸し、その機械的特性を改善するために延伸した。このフ ァイバーの強度や機械的特性値は天然のクモの巣の糸に匹敵するが、靭性さでは幾分劣 る。(KU)

南極の氷は増えている(More Ice, Not Less)

今後数百年間、最長でも4000年以内に南極西部氷床が急速に崩壊し、海面が5mから6m上 昇する、ことを示唆する証拠を報告する研究が過去数十年間に何回か行われている。氷 床が崩壊するシナリオの証拠の一つはRoss Ice Streamsによる氷の流出量観測である 。JoughinとTulaczykは(p. 476、Alleyによる展望記事も参照)、より詳細で豊富な氷の 移動量データを用いて、Ross Ice Streamkの氷の総量は減っているのでなく増えている ことを発見した。この発見により、氷床は過去数千年間後退した後に再び前進し、した がって、急速な崩落の起こる確率は従来信じられていたよりも低いことを示唆している 。(Na)

ボルテックスの秩序(Order in a Vortex)

量子化された磁束の線、すなわちボルテックスが超伝導材料に浸透することにより、超 伝導性は局所的に破壊される。これがどのように起きるかを理解することは、どのよう に超伝導状態が形成されるかに対する洞察を与えてくれる可能性がある。ちなみに、こ の超伝導性発生については、高温超伝導体銅酸化物における論争点として残されたまま である。ひとつのボルテックスコアを取り巻く電子状態密度をSTM(操作型トンネル 顕微鏡)を用いて探査することにより、Hoffman たち (p.466; Sachdev と Zhang によ る展望記事を参照のこと) は、ボルテックスは反強磁性の秩序状態から構成されるとす る理論面から提案された特徴点を捜し求め、確認している。これは、このような秩序の 存在をほのめかしている最近の中性子散乱の結果を立証するものである。(Wt)

染色体分離を調和させること(Coordinating Chromosome Segregation)

中心体は、有糸分裂紡錐体形成のために中心部を組織し、この故に細胞分裂中において 正しく染色体を分離するために決定的影響を及ぼす。Matsumotoと Maller(p. 499; Arlot-BonnemainsとPrigentによる展望参照)は、アフリカツメガエルの卵由来のin vitro系において、中心体複製コントロールの研究をした。彼らは、細胞内カルシウム 濃度の増加と、それに続くカルシウム/カルモジュリン依存性タンパク質キナーゼII (CaMKII)の活性化が必要であることを発見した。そしてそのことは各々の細胞周期で起 こる細胞内カルシウム濃度の変動と一致している。(hk)

 シナプスの発達に合わせて(Coordinating Synaptic Development)

中枢神経系の発達は2つの異なるメカニズムによって管理されている。分子シグナルは ニューロン発生初期に正しい位置に来るように管理し、一旦、ニューロン活動が始まる と、同じ刺激の繰り返しによってシナプスの形成と成熟が助けられる。Takasuたち(p. 491; およびGhoshによる展望記事参照)は、これら2つのプロセスを統合すると思われ る情報伝達機構について述べている。エフリン類(Ephrins)と、その受容体は細胞表面 タンパク質であり、成長中の軸索と樹状突起との相互作用に関与する。この軸索や樹状 突起は、多くの場合神経活動とは無関係である。しかし、ラットのニューロンのephrin 受容体のEphBサブタイプを活性化するとN-methyl-D-aspartate (NMDA)-typeグルタミン 酸受容体による情報伝達の効力が増強される。この受容体は、成長中のニューロンに活 性依存した効果を及ぼす。活性化したEphBタンパク質はNMDA受容体と物理的に会合して 、Srcチロシンキナーゼの活性化を引き起こす。このSrcチロシンキナーゼは明らかに NMDA受容体をリン酸化し、そうすることでニューロンの遺伝子発現を活性依存的に調節 する。(Ej,hE)

元気な移住者(Vigorous Immigrants)

かつての自然が人間活動によって制約された結果、野生生物はかろうじてパッチワーク 状の生息域を確保している場合は多くなり、分断された個体群(Fragmented populations)は、生態学、進化、そして生物保護における重要なトピックとなってい る。同系交配(近交)と近交退化は、生存する集団および局地的な環境に適応する能力 に関連する。フィンランドの湖におけるミジンコ(Daphnia)メタ集団の実験的研究に おいて、Ebertたち(p. 485; IvesとWhitlockによる展望記事を参照)は、分断された メタ個体群においては同系交配が通常であるような状況において、遺伝子拡散が高い適 応度を維持する際に重要な働きをしている、との仮説について試験した。彼らは、定住 個体と移住個体とのあいだの雑種により生じる雑種強勢が、遺伝子拡散の効果的な速度 の数倍の増加を引き起こすことを見出した。これは、局地的な個体群が遺伝的なボトル ネックの結果、閉じこめられている場合に生じると考えられている、"遺伝的レスキュ ー"と呼ばれる現象の最初の実験例である。(NF)

血圧を低く(Keeping Blood Pressure Low)

エストロゲンは、女性生殖組織におけるその効果によりよく知られている、ステロイド ホルモンである。しかしながら、エストロゲンはまた、男性においても女性においても 、生理学的に重要である。血管では、エストロゲン受容体が発現しているが、血管生理 学的なそれらの役割はよくわかっていない。Zhuたち(p. 505)は、エストロゲン受容 体のベータ型(ERβ)を欠損するマウスにおいて、血管機能を調べた;野生型マウスの 血管では、エストロゲンはERβ-媒介性の誘導性一酸化窒素合成酵素(NOS)の発現の増 加により血管収縮を減少させるのに対して、ノックアウトマウスの血管では、血管壁の エストロゲン-誘導性収縮が生じることを彼らは観察した。ERβ-ノックアウト動物にお いて、エストロゲンは、収縮性薬物の一酸化窒素を産生する、一酸化窒素合成酵素 (NOS)の発現を増加させた。これらの動物は、加齢するにつれて持続的な収縮期およ び拡張期高血圧を発症しており、これにより高血圧、特に閉経に関連する高血圧の治療 における新しい知見を与える。(NF)

新しい性質の出現(Emergence of New Properties)

視覚野のニューロンは、刺激の方向性に対して非常に選択的であるが、入力ニューロン のレベルではそのような性質はないのである。この方向性の選択性は、どのようにして 起こるのであろうか?SharonとGrinvald(p 512)は、この問題を解決するために、ネコ の視覚野ニューロンの巨大集団における電位変化の高速光学イメージングを用いた。著 者は、選択した皮質領域の優先的な方向性と非優先的な方向性に対する応答の動的な様 子を比較した。その結果、視覚刺激パターン方位の提示に対する応答同調曲線幅が一定 値であったことを発見した。これは視床の入力が優位であることを示し、一方、同調の 深さは、典型的な時間的進展を示した。方位選択性の説明として以前紹介した2つのモ デル、つまりフィードフォワードと皮質の回帰的な情報の流れ、を統合して初めてこの 現象の出現が説明できる。(An)

外傷とストレスとその影響(Trauma, Stress, and Consequences)

外傷性ストレスが長期的な病態の変化を起こすことが多い。このストレス誘発の変化の 分子的な要因を解明するために、Meshorerたち(p 508)は、中枢神経系のコリン作動シ ナプスにおけるアセチルコリンエステラーゼ(AChE)スプライス変異体の発現制御を分析 した。優位の膜結合型AChE-S型から珍しい可溶性AChE-R型への変化を観察した。この変 化は、様々なストレスに引き起こされ、急速に開始し、数週間も続いたようであった 。(An)

分子鎖の群れを捕まえる(Catching Molecular Chain Gangs)

炭素や珪素、硫黄のような元素は、安定な分子中に容易に長い鎖を形成するが、酸素や 窒素では、一つの鎖中に3個以上の原子を有する小さな中性分子は、不安定で、実験的 に創製し観察することは難しい傾向がある。二つの報告は、N と H2O3 に対する実験的な障害がいかに克服されたかを示してい る。Cacace たち (p.480) は、中性化再イオン化質量分析を経て N4+ から気相における N4 を合成した。そして 、二つの近接して結合している N2 ユニットがより長い結合によって結び付けられた 、直線的な分子種が作り出されたことを示している。Engdahl と Nelander (p.482) は 、アルゴンの母体中に単離された H2O3 のすべての基本振動を 観測した。彼らの結果は、この分子種の決定的な同定を与えたばかりでなく、化学反応 中で H2O3 を同定するのに有用であろう分光的な特徴(波数776 における O-O の伸張) を与えている。(Wt)

心臓の活動電位(Cardiac Action Potentials)

効率的な細胞内情報伝達には、情報伝達要素の適切な局所化が必要である。神経伝達物 質は、心臓内のβアドレナリン作動性受容体に結合し、hKCNQ1およびhKCNE1サブユニッ トから構成されるK+チャネルを介してイオン電流を変化させることで、活動電位持続時 間を制御している。Marxたちは、アデノシン3',5'−リン酸依存的タンパク質リン酸化 酵素が、yotiaoとして知られる標的タンパク質を介してこうしたタンパク質に物理的に 結びつけられるということ、またその酵素がアドレナリン作動性情報伝達に応答して K+チャネルを介して電流を強めるのに必要であるということ、を示した(p. 496)。さら に、ヒトを潜在的に死に至らしめうるある種の心臓不整脈の遺伝形質(長QT症候群)に結 びつくある遺伝的異常性は、yotiaoとの相互作用を阻害する、K+チャネル・サブユニッ トの変異であることがわかったのである。(KF)

子作りと長生き(Progeny or Longevity)

資源を生殖のために用いるということは、論理的に、生物体の寿命を短縮することにつ ながる。実際、線虫(C.elegans)において、若い線虫から生殖系を除去すると、その寿 命は長くなるのである。動物の一生のうちのいろいろな時期に、前駆体細胞(卵母細胞 、精子、胚細胞)の系列における多様な細胞型を遺伝的に除去することによって 、Arantes-Oliveiraたちは、生殖系列の幹細胞がこの効果に関係しているということを 示した(p. 502)。成体になった動物においても、こうした繁殖のための幹細胞は寿命を 短くするよう作用している。それらを成体から除くと、幼生から除く場合と同様、寿命 は長くなるのである。こうした細胞のどの特徴が関与しているか、正確にはまだわかっ ていないが、著者たちは、繁殖の際に分泌されるあるホルモンであるかもしれない、と 推測している。(KF)

流量を制限する(Limiting Flux)

細胞質から核へのタンパク質輸送はグアノシン・トリフォスファターゼRanによって調 節されている。このグアノシン・トリフォスファターゼRanは、核からのタンパク質の 出入りをつかさどるキャリアから運ばれたタンパク質を遊離させることを媒介するもの である。また、少なくともRanの1つの分子が運ばれるタンパク質それぞれと一緒に移動 させられるので、Ran自体の輸送を測定すると、核膜を介しての最小の流量が得られる のである。Smithたちは、蛍光標識したRan分子の実験的分析に加えて、サイトゾルと核 の区画化を考慮に入れたモデルを用いて、輸送の流量--およそ核膜孔複合体あたり毎秒 520分子--が、グアニン・ヌクレオチド交換因子RCC1の量によって制限されたものであ ることを示している(p. 488)。(KF)
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