AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science December 14, 2001, Vol.294


鎌形赤血球病と遺伝子治療(Sickle Cell Disease and Gene Therapy)

鎌形赤血球病にたいする遺伝子治療法は、Pawliukたち(p.2368;Marshallによるニュース 解説参照)によって開発され、二匹のマウスモデルで試験された。グロビン遺伝子の抗鎌 状変異体を含んだレンチウイルスベクターが、造血幹細胞への継続的な移入と赤血球中に おいて高い発現を促進するように工夫された。導入遺伝子は、移入後五ヶ月間正常なマウ スの赤血球中に95%以上発現し、二次導入後も三ヶ月間発現しつづけた。二匹のマウスモ デルに対して、変異タンパク質は正常に酸素を保持して、鎌形赤血球病の兆候(異常赤血 球)や異常尿濃度も示さなかった。(KU)

北部インドの地震被害(Seismic Hazard in Northern India)

インド北部のヒマラヤ衝上断層前線帯(The Himalayan Frontal Thrust:HFT)断層は、イン ドとユーラシアの衝突に関係した活性構造境界であり、1897年以来4回の大きな地震があ った。Kumar たち(p. 2328) は、このHFTに交差する裂け断層のBlack Mango断層に沿った トレンチを掘り、1897年以前に生じた変形量を推測した。彼らは、それ以前の1000年間に 、3つの大地震の証拠を見つけ、その最大隆起量は2-6メートルと推測された。この結果 は、HFTの断層滑り量である10mm/yearと一致するし、地殻の短縮率である8mm/yearとも一 致する。これら古地震学のデータが北部インドの地震被害の甚大さを補強している 。(TO,Ej)

超伝導を押しつぶす(Squeezing Superconductivity)

金属性超伝導体の状態図は一般的には大変単純である。十分に低い磁場中において、金属 の超伝導がちょうど始まろうとする温度がある。て、金属の超伝導化が始まる低い温度が ある。超電流を媒介するクーパ対(Cooper pairs)の干渉長(coherence length)以下に 超伝導体サイズを小さくするとき、超伝導体には一体何が起きているのか?Liuたち(p. 2332)は、ある条件下で、如何に低温であっても、特定の幾何学的形状では超伝導が壊さ れることを理論的に確認した。彼らは超伝導性領域が非超伝導性領域によって分離されて いる通常の状態図とはかなり異なっている状態図を明らかにした。(hk)

底部の融解(Basal Melting)

グリーンランドや南極に見られるような大陸性大氷床では、比較的安定な静止領域の間を 通って高速に移動する氷の流れがあり、その境界は明瞭である。Fahnestock たち(p. 2338;Hulbeによる展望記事参照)は、航空機に積んだ氷を透過するレーダーによって、グ リーンランド氷床下の底部の溶融速度を決定した。彼らは頂上ドームから北に流れる氷流 中に高速の氷流源があり、広い領域で温度上昇が見られることを見つけた。磁気異常と地 形から、この熱源は火山性であることが推測できる。(TO,Ej)

ガラス状水の再考(Rethinking Glassy Water)

液体はガラス転移温度Tgでアモルファス状態に転移する。熱力学的相転移と異なり、Tgは 動力学により決定され、実験値は冷却速度により変化する。特に、水のTg値は決定が困難 であった。150K以下で相互変換しない二つの安定なアモルファス状態の水が同定されたが 、以前の実験では136Kが水に対するTg値としてベストな推定値とされていた。Velikovた ち(p.2335;Klugによる展望参照)は、過剰の熱容量(融解のさいに解放される熱の測度)を Tgで割った温度に対してプロットしたさいの共通の振る舞に基ずいて、水とガラス状態を 形成する別の材料とを比較検討した。彼らの解析では、水のTgは165ないし170Kに近い値 であることを示唆している。(KU)。

遺伝子エンジニアのプロフィール(Profile of a Genetic Engineer)

ベイズの系統発生的技法(Huelsenbeckたちによるレビュー記事を参照、p.2310)は、統 計的測定値を使用して構築される可能性がある多数の複雑な系統樹の可能性を評価するも のであるが、古くからある問題に新しい洞察を提供している。陸生植物とシャジクモ綱の 藻類の共通の祖先の特徴は、ダーウィンの時代以来のなぞであり続けている。Karolたち (p. 2351)は、植物界の複数遺伝子のベイズの系統発生的解析を提示し、その中でシャ ジクモ綱の藻類が陸生植物と姉妹分類群であることを確認しているだけでなく、シャジク モ綱の藻類全体にわたって実質的に分岐の順番を解明している。Murphyたち(p. 2348;Pennisiによるニュース記事を参照)は、1億年前の胎盤ほ乳動物の初期の放散のな ぞに対して、ベイズの手法を応用する。彼らは、ほ乳動物の系統発生樹上の 節点のいくつかを除くすべてを解明し、そして胎盤ほ乳動物が南半球のゴンドワナにおい て最も古い共通の祖先を有していることの強固な証拠を提供する。(NF)

系統樹を通して系統発生を俯瞰する(Seeing Phylogenetics Through the Trees)

ベイズの系統発生的技法(Huelsenbeckたちによるレビュー記事を参照、p.2310)は、統 計的測定値を使用して構築される可能性がある多数の複雑な系統樹の可能性を評価するも のであるが、古くからある問題に新しい洞察を提供している。陸生植物とシャジクモ綱の 藻類の共通の祖先の特徴は、ダーウィンの時代以来のなぞであり続けている。Karolたち (p. 2351)は、植物界の複数遺伝子のベイズの系統発生的解析を提示し、その中でシャ ジクモ綱の藻類が陸生植物と姉妹分類群であることを確認しているだけでなく、シャジク モ綱の藻類全体にわたって実質的に分岐の順番を解明している。Murphyたち(p. 2348;Pennisiによるニュース記事を参照)は、1億年前の胎盤ほ乳動物の初期の放散のな ぞに対して、ベイズの手法を応用する。彼らは、ほ乳動物の系統発生樹上の 節点のいくつかを除くすべてを解明し、そして胎盤ほ乳動物が南半球のゴンドワナにおい て最も古い共通の祖先を有していることの強固な証拠を提供する。(NF)

DNA複製の詳細(A Closer Look at DNA Replication)

ゲノムDNAの複製は、厳密に制御されたプロセスであり、細胞分裂の直前に起こり、複製 開始点というDNA配列から開始される。整合する配列の全てが開始点になりうるわけでは ないため、配列の特徴だけを用いて開始点を同定するのは困難である。従って、酵母ゲノ ムにおける全ての開始点をマップするために、Wyrickたち(p 2357;Stillmanによる展望記 事参照)は、複製に必要である複製開始点認識複合体(ORC)のタンパク質およびいわゆるミ ニ染色体維持タンパク質(これも複製に必要である)と結合した位置を同定することにし た。開始点は、転写された領域から離れた位置に見いだされ、テロメアの反復配列(開始 点は、テロメアで染色質領域の設定にも関与するらしい)および転位性遺伝因子(転位性 遺伝因子であるトランスポゾンは両端に逆方向の反復配列があ り、ゲノムの再編成などに関与する)の位置に集合する。著者は、複製と転写といった過 程が互いに妨害する証拠を発見した。細胞におけるDNA分子の集団についてのこのような 研究から多数のことがわかってくるが、個々のDNA鎖の特定の位置においてどのように複 製が行われるのかという詳細も重要である。NorioとSchildkraut(p. 2361)は、EBウイル ス(Epstein-Barrエプスタイン・バーウイルス) からの単一DNA分子の複製を追跡できる方 法を開発した。予想可能な個別の部位ではなく、むしろ特定のゾーンにおいて複製が開始 されるが、複製パターンにおいては転写減衰が重要な役割を果たす。一方、複製の終結は 、あらゆるところで起こりうる。(An)

 分子の濾過のモデル(Modeling Molecular Filtration)

アクアグリセロポリンファミリのタンパク質は、小さな非イオン分子(水とグリセリン)を 受動的に生体膜通過させる。どのようにして高速度(1秒に109分子)なおかつ 高い特異性(例えば、水素イオンではなく水、あるいは水ではなくグリセリン)でこれがで きるかことは謎である。de GrootとGrubmuller(p. 2353;Berendsenによる展望記事参照) は、AQP1という水の輸送体とGlpFというグリセリン輸送体の浸透イベントのリアルタイム 分子動力学分析を報告している。このシミュレーションは、保存されたアスパラギン・プ ロリン・アラニンのモチーフが主にサイズのフィルタとして働くという提案を支持するも のであり、芳香族とアルギニンの要素を含むため ar/Rと呼ばれる新たに同定した領域が 水素イオン輸送の関門として働くことを示唆している。(An)

細菌性電位作動型ナトリウムチャネル(Bacterial Voltage-Gated Sodium Channels)

電位作動型ナトリウムチャネルや、これと関連するカリウムチャネル、カルシウムチャネ ルは、神経や筋肉やその他の組織において多数の重要な生理学的役割を持っているし、臨 床的に重要な薬剤の標的でもある。これらチャネルのイオン選択性やゲート開閉の電圧制 御についての構造的原理について理解するために、原核生物からのチャネルについて研究 することができれば有用であろう。Renたち(p. 2372; およびCatterallによる展望記事参 照)は、哺乳類細胞(その中においてチャネルの性質が解析される)中で、Bacillus桿菌 (Bacillus halodurans)由来の電圧感受性でイオン選択性のあるチャネルを発現させた 。彼らの記述した新規なチャネルの一次配列は、むしろカルシウムテャネルの配列に似て いるが、この新規のチャネル(これをNaChBacと名付けた)は、実際にはナ トリウムイオンへの選択性を持っている。さらに、既知のNa,Caチャネルタンパク質は 4つの類似領域を持ち、ここを通ってポリペプチドが膜を6回貫通するが、この新規のチ ャネルは、このような領域をたった1つしか持っていない。NaChBacを発見したことによ って、電圧依存型の開閉メカニズムの詳細が構造的にも機能的にも解析されるになるに違 いない。(Ej,hE)

X機能(X Function)

B型肝炎 ウイルス(HBV)は世界中で3億人に感染しており、肝疾患やガンの原因となる 。HBVのX-タンパク質はウイルス感染には必須であり、発ガンへの関与が疑われている 。しかし、その正確な役割は謎であった。これは細胞の情報伝達経路に入り込み、多様な プロモータからの適度(modest)な転写を活性化するばかりでなく、ある種の株化細胞では ウイルス複製を強く活性化することが知られている。X-タンパク質はSrcと直接相互作用 することなく、Srcキナーゼを活性化する。Bouchardたち(p. 2376; Ganemによる展望記事 参照)は、この活性化は、もう一つのPykと呼ばれているキナーゼの活性化によって仲介さ れていることを発見した。Pykの活性化は、細胞内貯蔵(多分、ミトコンドリア)から X-タンパク質をトリガーとして放出されたカルシウムによるものと思われる。(E j,hE)

弾性的な地球(The Elastic Earth)

固体としての地球は、多少の弾性を有し、海洋の潮汐のような質量分布が変わる度に変形 する。改良された測地学的計測方法の出現により、地球物理学者は、これらの非常に小さ な変化を測定し、微妙ではあるが重要な質量の変化を引き出すことが可能となった 。Blewitt たち (p.2342) は、GPS(global positioning system)のサイトを用いて 、球面調和関数の一次の応答を検知した。2月から3月には、北極に近いサイトでは降下 し、南極に近いサイトでは隆起している。そして、赤道に近いサイトでは北方へ引っ張ら れている。逆のパターンが8月から9月には起こる。これらの変化は、土壌の水分、雪 、冬の大気の質量に帰することができる。これらの測定は、半球間の質量交換と水分のサ イクルを研究するためのひとつのメカニズムを提供する。(Wt)

Huluでのスクープ(Hulu Scoop)

東アジア・モンスーンは、アジア・モンスーンのサブシステムであり、熱帯西太平洋から の大量の熱と湿気をベンガル湾の高緯度地域やチベット高原に運ぶものである。これは 、地球の気候の一次的な特色を決定するのに関与するいくつかの主要な大気循環パターン の1つである。だから、これが気候サブシステムとどのように結びついているかを知るこ とは、気候が全体としていかに進化しているか理解するために重要である。Wangたちは 、中国の南京近くにあるHulu洞窟内で成長した石筍の方解石の酸素同位体組成をもとに 、1万1千年前から7万5千年前までのモンスーンの歴史を再構築した(p. 2345)。東アジア ・モンスーンの強度は北大西洋領域の気候と密接に結びついており、これは、大気と海洋 の循環における根本的かつ急激な変化が最後の氷河期の期間中の 地球表面の大部分における気候に影響を与えた、とする考え方を支持するものである 。(KF)

二重体上の扱いにくい遺伝子のスクリーニング(Screening Reluctant Genes on the Double)

ゲノムの配列決定のためのいくつものプロジェクトによって、機能がまだ知られていない 何千という遺伝子の存在が明らかになってきた。発芽酵母Saccharomyces cerevisiaeでは 、大量遺伝子欠失解析によって、6200に及ぶと予想されたあるいは知られた酵母遺伝子の 80%以上が生存には必要ないことが示されている。このように、真核生物細胞における多 くの遺伝子と経路は、機能的に冗長であるか、あるいは、乱されたとしても簡単に認識で きる表現型を示すことはなさそうなのである。この問題に取り組むため、Tongたちは、二 重変異体を系統的に作成する自動的な方法、合成遺伝子アレイ(SGA: synthetic genetic array)解析と呼ばれる方法を開発した(p. 2364)。疑問(query)遺伝子におけるある変異を 有する酵母株を選択マーカーに連結して、酵母ゲノムにおける非必須遺伝子のほ とんどすべてが表現されている、半数体を除去した株を集めた集団のメンバーに雑種交配 された。もし二重変異体が産生されないか、正常のものよりずっとゆっくりとしか増殖し ないなら、それは2つの遺伝子の間に機能的な相互作用がありうることを示す徴候となる 。この技術を用いて同定された推定される相互作用は、四分子解析によってすぐに確認さ れる。細胞骨格の組織化やDNA修復、あるいは未知の機能に関与する8つの疑問遺伝子が解 析され、204個の遺伝子が関わる、291種の推定上の遺伝的相互作用を同定するネットワ ークが構築されたのである。(KF)
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