AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science September 28, 2001, Vol.293


硬さの取引( A Hard Bargain )

ペーパークリップを手にとって、ゆっくりと前後に曲げると、だんだんと曲げにくくな ってきて、ワイヤーは最後には折れてしまう。変形のたびごとに相互を硬く結びつける ような転移が形成されて、材質に゛加工硬化"をもたらす--゛加工硬化"とは脆く、硬く なって、セラミックに似てくることである。Hugossonたち(p.2434)は理論計算を用いて 、似たようなエネルギーを持つが異なる配列をもつ構造体を見い出すために数多くの金 属炭化物のエネルギーを決定した。彼らは、このような異なる構造体が薄層としてデポ ジットされると、膨大な数の界面が転位をもたらす様々な滑り系と干渉するために、転 移が完全にピン留めされるということを示している。もし、このような材質が実験室で 実現されるならば、現存する炭化物や窒化物よりはるかに硬いコーティング材料となる 可能性を持つであろう。(KU)

熱帯の制御(Tropical Controls)

1万年から10万年の間の時間スケールでの海洋生物の生産性を制御するものは、何であろ うか?Beaufort たち(p.2440) は、インド洋から太平洋に至る熱帯地域から、最近の25万 年におよぶ深海堆積物の一連の掘削コアを検証した。そして、二つの独立な強制力を与え るメカニズムが、長期間の赤道領域における Indo-Pacific の生産性のダイナミクスの60 %分の原因であることを見出した。最初のものは、氷河期−間氷期の変動に結びつく10万 年の兆候(シグナル)であり、二番目のものは、2万3千年の歳差運動に対する応答であ る。後者は、酸素の同位体によって記録された変動に2000年分先行しており、氷床の変化 とは独立であるように見える。エルニーニョと似た仕組みで起きたこの2万3千年変動は 、低緯度気候は高緯度地方とは独立に変動する、という考えにまた一つ証拠を加える結果 となった。(Wt,Nk)

パターンおよび物体の認識(Pattern and Object Recognition)

視覚の初期の段階は、主として、ある情景を要素となる輪郭線や色のような特徴量に分 解する過程と、次に、これらを顔のように認識可能な物体として再構成する過程とから 成る。最近の研究は、側頭皮質がこれらオブジェクトの表現を収容していることを示し ているが、これらの表現の詳細特徴は(そしてそれらが局在しているのか分散している のかについても)、あいまいであった。Haxby たち (p.2425; 表紙を参照のこと) は 、さまざまな種類のオブジェクトにより誘発された、脳の活動パターンを綿密に調査し た。彼らは、これらのパターンは、実際、オブジェクトを分散された領域で表現されて いることが明らかになり、また、これらのパターンが、側頭皮質の内部で、センチメ ートル以下の細かい領域で重なり合って占められていることを示唆している。Downing たち(p.2470) は、人間の顔に特化した応答する領域について記述した初期のころの研 究を発展させ、人体の器官もまた特別の扱いがされている証拠を示している。展望記事 において、Cohen と Tong は、人間の脳の中のオブジェクト表現に関するこれらの発見 結果について比較対照している。(Wt)

手助けすることの恩恵( Benefits of Helping )

協調的な脊椎動物の社会において、個体の中には生殖を延期したり見合せて、その代わ りにグループ内の他の個体の子孫に食糧供給を助けたりすることがある 。Clutton‐Brockたち(p.2446)は、南アフリカのマングース類ミーアキャット (meerkats)に関する彼らの長期にわたる研究に新たなる章を付加しながら、手助けする こと自体がヘルプされた個体だけでなく、ヘルパー自身にも恩典をもたらすことを示し ている。ヘルパーの存在は成長と生存に関して、明白に子孫たちにとって利点をもたら す。この効果はより大きなミーアキャットの集団において顕著となり、子孫が両親のみ によって食糧供給されている哺乳類とは異なっている。又、ヘルパー自身はより大きな 体重を獲得して(そして維持して)おり、手助けの行為が相互に恩典をもたらすことを 示している。(KU)

電界効果トランジスタに直接化合物を注入することで超伝導性を改善する(The Straight Dope on Superconductivity)

超伝導物質のドーピングレベルを変更するために化学物質を置換することは通常行われ ている手法である。最近、電界効果トランジスタに直接サンプルを注入することが提案 されており、2種類の非銅塩化合物を用いて超伝導性が改善され、理解が進んだことが 示されている(Dagottoによる展望記事参照)。超伝導遷移温度Tcの決定的なパラメータ であるC60状態の電子密度はC60結晶の格子定数に依存する 。Schonたちは(p. 2430)、C60結晶をクロロホルム(CHC13)とブ ロモホルム(ChBr3)を挿入することで格子を拡大したところ、後者の場合ホ ールを注入したC60のTcが52Kから117Kへ上昇することを発見した。スピン- ラダー構造の化合物は準一次元的構造を持ち平面状銅塩の超伝導性のメカニズムを研究 するための単純化したモデル系とみなせる。Schonたちは(p. 2432)、スピン-ラダー系 である[CaCu203]4は電場を与えることで超伝導性 を持ち、これらの構造に注入されたホールは対を形成し、超伝導性を示す、という理論 的な予測の証明となっている。(Na)

カベオラの無い生命(Life Without Caveolae)

カベオラは、小さなフラスコに似た形の陥入であり、上皮細胞の形質膜にたくさん見つ けることができる。これらは細胞の情報伝達や物質輸送(transduction and transcytosis)に重要な役割を果たすと考えられており、腫瘍の進行にも重要であると 考えられてきた。 Drabたち(p. 2449, およびPartonによる展望記事参照)はカベオリン-1(caveolin-1)ノ ックアウトマウスについて述べている。驚いたことに、このマウスは生存可能であるが 、形態学的にカベオラと認められるものは欠如している。しかし、これらマウスは細胞 性一酸化窒素やカルシウムの情報伝達に起因する肺や血管の障害を確かに持っている 。無傷な個体で細胞小器官のノックアウトマウスを作れるようになったことは、カベオ ラの決定的役割の生理学的経路を研究する上で光明を与えるものである。(Ej,hE)

草食恐竜の胎児の頭部(Embryonic Sauropod Skulls)

首や尾が長い草食恐竜の化石は、南極大陸やオーストリア大陸以外の全ての大陸で発見 されている。しかし残念なことに頭骨のサンプルはとても少ないため、頭部の進化につ いてよく分からなかった。Chiappe たち(p.2444;Stokstadによるニュース記事参照) は、アルゼンチン内のAuca Mahuevoにおける白亜紀後期の巣窟から、よく保存された頭 部を持つ草食恐竜の胎児の化石を発見した。頭部を調べた結果、鼻腔の陥没は、頭蓋の 回転の結果として生じたのではないことが分かった。この標本は、当時どこにでもいた が謎の多い草食恐竜でもあるティタノサウルスの頭部のおそらく唯一完全な標本である 。(TO)

枝の作り方(How to Make a Branch)

ミクロフィラメントは、細胞の構造上の支持と将来の拡大のプラットフォームを提供す る細胞内メッシュである細胞骨格の主要成分の1つである。このフィラメントは、アク チンのらせん状の高分子であり、移動中の細胞の前線で形成される膜に包まれた突出で ある膜状仮足内の分枝ネットワークを形成すると知られている。Arp2/3は、枝分かれ部 位における新しいフィラメントの開始を仲介するタンパク質の複合体として知られてい る。電子顕微鏡分析によって、Volkmannたち(p 2456)は、この複合体は、まず Wiskott-Aldrich症候群タンパク質によって活性化され、それからフィラメントに浸透 せずに、既存のフィラメントの片側に結合することを発見した。Arp2とArp3(アクチン 関連タンパク質の略称)のサブユニットが娘フィラメントの最初の2つの単量体として役 割をはたすようである。(An)

 折りたたみを直す(Fixing Folding)

家族性アミロイド多発神経障害を含むアミロイド疾患クラスは、誤って折りたたんだ特 定のタンパク質がアミロイドを形成することによって起こされると考えられている。ア ミロイドは、正常な細胞機能を妨害する原繊維の凝集体である。アミロイドを形成する トランスチレチン(transthyretin)タンパク質の変異体の精製体において、Hammarstrom たち(p 2459)は、もうひとつの変異対立遺伝子にコードされたタンパク質の存在がアミ ロイドの形成を防ぐことを示している。この結果によって、ヘテロ接合性の患者が障害 の症状を示さない理由を説明できるかもしれない。(An)

互い、違い(Disparate Ends)

染色体(--その一方はリーディング鎖合成により複製され、そして他方はラギング鎖合 成により複製される--)の2つのテロメア末端が同一かどうかについては、真核細胞 DNA複製の熱狂的な研究者たちの間で長い間議論され続けてきた。哺乳動物細胞におい ては、テロメア反復配列結合因子TRF2またはDNA-依存性タンパク質キナーゼ (DNA-PK)活性の欠損により、末端-末端染色体融合が引き起こされる。Baileyたち (p. 2462)は、TRF2のドミナントネガティブ変異体を発現する細胞において生成され る異常な末端-末端染色体融合を解析することにより、この問題を細胞遺伝学的に方向 付けている。TRF2媒介性末端キャッピングは、テロメア複製の後に生じ、そして、複製 後にTRF2が必要とされるのはリーディング鎖のDNA合成であることから、2つの染色体末 端は、現実にはそれらは互いに異なっている。これらの結果から、染色体のそれぞれの 末端にあるテロメアは、おそらくは異なるメカニズムにより、不適切な融合現象から保 護されていることが示される。(NF)

樹状突起のまれな阻害(Unusual Dendritic Inhibition)

黒質中においてドーパミン作動性ニューロンは、その樹状突起中においてドーパミン輸 送体を発現する。しかしながら、それらの機能は十分に理解されていない。 Falkenburgerたち(p. 2465; Blakelyによる展望記事を参照)は、電気生理学(すな わちパッチクランプ法)と電流測定とを組み合わせて、ラット脳切片標本中でのドーパ ミン-媒介性抑制性後シナプス電流について研究を行った。ドーパミンは樹状突起から 放出される場合があり、そしてこの放出は再取り込み遮断薬であるGBR 12935により阻 害された。この標本においては、特徴的なメカニズムにより、通常のドーパミン輸送の 逆転を通じて、樹状突起-樹状突起間阻害が引き起こされる。このような知見から、ド ーパミン輸送体を阻害する抗うつ薬のいくつかにより、パーキンソン病の初期段階にあ る患者に朗報がもたらされる可能性がある。(NF)

ヒストンの尾のオハナシ(A Tale of Histone's Tails)

すべての成熟核のDNAは染色質に詰め込まれており、その染色質は、大部分がヒストンタ ンパク質から成っている。これらタンパク質は、尾部を共有結合修飾することにより、染 色体の組織化と、個々の遺伝子の特異的制御の両方に重要な役割を果たしている。Littた ち(p. 2453)、及びNomaたち(Reports, 10 August, p. 1150)は、ヒストンH3のアミノ末端 尾部中のLys4のメチル化は、真性染色体質領域(ここでは遺伝子が一般に活性)に特異的 であり、H3 Lys9のメチル化は染色質のヘテロクロマチン性領域(ここでは遺伝子は一般 的に不活性)に特有であることを示した。ヘテロクロマチンに隣接する逆向き反復は境界 要素の役割を演じ、周囲の真性染色質領域にヘテロクロマチン領域が拡散するのを防止し ている。個々の遺伝子のレベルについて、Loたち(Reports, 10 August, p. 1142) は、 Snf1キナーゼによるヒストンH3上のSer10のリン酸化によって、Gcn5によるLys14のアセチ ル化を可能にし(その逆は成り立たないが)、生体内でのINO1遺伝子の活性化には、その 両方が必要であることを示した。(Ej,hE)

核のそばまでペロブスカイト(Perovskite to the Core?)

下部マントルの鉱物学的特徴は、地震データと、50ギガパスカルから120ギガパスカル という圧力、1600ケルビンから2400ケルビンという温度で行なわれる高圧・高温実験と から推測することができる。下部マントル(1700キロメートルよりも深いところ)にお いて、(Mg, Fe)SiO3ペロブスカイトあるいはそれが解離してできたMgOと SiO2が支配的であるかどうかについては議論が続けられている。Shimたち による実験(p. 2437)は、ペロブスカイトが少なくとも2300キロメートルの深さでも安 定していることを確認するものであり、これによってマントルの基部近くに自由シリカ がある可能性は少なくなった。地震によるデータは、鉱物の転移によってではなく、組 成によるあるいは熱性の影響によって説明されなければならない。(KF)

ベルム紀-三畳紀境界(PTB)における大気圏外からの衝撃(An Extraterrestrial Impact at the Permian-Triassic Boundary?)

Beckerたちは、フラーレン分子に取り込まれた不活性ガスの同位元素比率に基づいて 、ペルム紀-三畳紀境界(PTB)における(地球の歴史上最大の大量絶滅に対応する)地球 圏外物質の衝突についての地球化学的証拠を提示した(2001年2月23日号の報告 p. 1530)。FarleyとMukhopadhyayは、Beckerたちによる調査地域である中国のMeishanから 得られた物質についての実験では、フラーレンに取り込まれた大気圏外からの3Heを「 Beckerたちによって解析されたのと同じMeishan物質の一部の試料では検出できなかっ たし、また第2の中国PTB領域のどの物質からも検出できなかった」こと、また「そのこ とから衝突の証拠は見出せなかった」ことを報告している。これとは別に、Isozakiは 、日本のSasayama(笹山)地域について、Beckerたちが分析した試料は実際には「PTB の...少なくとも0.8メートル下から」得たものだと示唆している。BeckerとPoredaは 、自分たちの結果とFarleyとMukhopadhyayによる結果の違いは、「試料の選択の仕方と 標本の作り方」に由来するのだろうと応じ、自分たちのSasayamaにおけるPTBの位置同 定は、「生体層位学の情報が何もなく、層位制御がむずかしい状況下で」可能な限りの 最適な解釈であると論じている。これらコメントの全文は
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/293/5539/2343a で読むことができる。 (KF,Tk)
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