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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science August 3, 2001, Vol.293
原子におけるジョセフソン接合(Atomic Josephson Junctions)
ボソンからなる凝縮物質二つが薄い障壁によって隔てられているとき、それらの位相は波 動関数の重なりを通して結合し、周期的なトンネリングを引き起こすことがある。このジ ョセフソン効果は、長らく超伝導物質において、またもっと最近では超流動物質において 、知られていたが、実際の調整可能なボース-アインシュタイン凝縮物質(BEC)において明 確に示された。Cataliotti たち (p.843) は、あるBEC を光学的なポテンシャル井戸の配 列の中に閉じ込め、井戸間の障壁の高さを制御可能なものとした。原子の集合的な振動運 動は、井戸間で観測された。これは、ジョセフソン効果の証拠である。(Wt)
地球の酸素濃度上昇(Oxidizing Earth)
地球の酸素が増え、現在のレベルになったのは、どのくらい急速であったのかとの疑問は 長い間の疑問であった。種々の観測結果やモデルにより初期の地球の酸素濃度は比較的低 く、酸素濃度の上昇は細菌性光合成が始まってから、さらに長期間たってからであること が示唆されている。Catlingたちは(p. 839、Kastingの展望記事も参照)、光合成の始まり と酸素濃度上昇の間に明らかに差があることを、メタン生成を系に取り込むことで説明し ている。光合成は水をO
2
とH
2
に分離する、次にメタン生成は H
2
を用いてCH
4
を生成する。最後に紫外線による光分解で CH
4
とO
2
をCO
2
、O
2
とH
2
に変 換する。H
2
が空間に拡散することで、O2が蓄積された。(Na)
時間のうるさ方(Sticklers About the Time)
高精度原子時計は、セシウム原子のハイパーファインレベル間の遷移の数を数えることに より、正確な時間を刻んでいる。光学領域におけるより高度な周波数標準は、精密な時間 間隔を与え(フェムト秒 対 ナノ秒の1/10程度)、時間の度量衡をいっそう精密にするだけ ではなく、微細構造定数や Rydberg 定数のような重要な物理定数に制約を加えることに も役立つであろう。光学周波数にモードロックされたフェムト秒レーザーパルスの生成 、絶対的な光学周波数の測定、あるいは、単一のイオンの極低温冷却における最近の技術 的進歩に基づいて、Diddams たち (p.825) は、捕捉された単一の水銀イオンの紫外領域 の遷移に基づく光学的時計を開発した。彼らは、平均的時間精度、 7×10
-15
は、現存の原子時計標準の精度より優れていることを示している 。(Wt)
鼻に関する真相(The Lowdown on Noses)
鼻孔と鼻、もっと一般的には嗅いと空気交換の場としての役割、は多くの脊椎動物の行動 に対して大きな役割を果している。恐竜の行動にもたらした嗅いの役割を理解するうえで 、恐竜の肉質部の鼻孔構造に関する直接的な化石証拠が欠如しているため不確かであった 。Witmer(p.850;表紙とStokstadによるニュース解説参照)は、現存する動物たちの鼻孔の 位置を比較検討して、恐竜の鼻は従来考えられていたような鼻骨孔の後部、顔面上部に位 置しているのではなく、上顎すぐ上の、顔面下部に位置していると結論づけた。この位置 は爬虫類、鳥類、そして哺乳類にわたって一般的にあてはまるようである。(KU)
鉄の問題に結着をつける(Ironed Out)
鉄は海洋の植物プランクトン成長の調節において必須元素であり、鉄の存在する所におい ても、その生物学的利用能力は藻類が利用しやすいような溶解した形で存在するか、或い は利用しにくいコロイド状態で存在するかに依存している。Wuたち(p.847)は新たな分析 技術を用いて、北大西洋と北太平洋中央の貧栄養海水における鉄種成分の垂直プロファイ ルを測定した。以前には溶解していると信じられていたこれらの海水における鉄の殆んど が(90%まで)、実際にはコロイド状態にある。鉄による窒素固定の制限が、以前認識され ていた以上にはるかに重要であるらしい。(KU)
欠乏死(Death by Deprivation)
多くの造血細胞は、特定のサイトカインが欠乏すると、アポトーシスによって死亡するが 、このプロセスには活性転写が必要である。サイトカインを取り除いた後、転写活性化さ れた遺伝子を特定するため、Devireddy たち(p. 829)は、DNAのマイクロアレーを利用し て、細胞死経路中に存在する新規で重要な立て役者を発見した。インターロイキン- 3(IL-3)依存性マウスFL5.12pro-B 細胞の研究において、IL-3を除去したときに最大の転 写活性を示す遺伝子は24p3であることを見つけた。この24p3遺伝子は、lipocalinに特徴 的な配列モチーフを持つ小さな分泌タンパク質をコードする。このlipocalinは、以前は 免疫応答調節のためのレチノール輸送からプロスタグランジン合成までの多様な機能に関 連しているものとして知られていた。この培地に24p3を添加することによって多様な白血 球のアポトーシスを誘発させ、アポトーシス感度は、24p3の細胞表面受容体が存在するか しないかに依存しているように見える。(Ej,hE)
発生RNAのサイコロを振る(Dicing Developmental RNA)
21 ヌクレオチド(nt)からなる let-7 RNAのような小さい非コード性の RNAは、線虫 Caenorhabditis elegansの発生のタイミングを調節する。これらのRNAは、ヒトを含む多 くの左右対称な生物においてよく保存されている。let-7RNAと、RNA遺伝子発現をブロッ クするRNA interference(RNAi)の期間に発生したものとが似通ったサイズであることは 、その2つが関係しているかもしれないことを示唆していた。最近Hutvagnerたち (p.834;Ambrosによる展望記事参照)は、 RNAiの中の小さな 21から23ヌクレオチドの interfering RNAの発生に関与するリボヌクレアーゼと示唆されている酵素ダイサ ー(Dicer)は、推定上の70ヌクレオチドのlet-7前駆体を切断してlet-7RNAを作り出す役目 も果たすことを示している。(TO)
タイミングの問題(A Matter of Timing)
真核細胞において染色質の塊を作るタンパク質であるコアヒストン(H2A、H2B、H3、およ びH4)のアミノ末端尾部の共有結合的修飾は、染色質の機能を修飾する際に重要な働きを している。例えば、ヒストン尾部のアセチル化は転写における働きをしているし、そして リン酸化は染色体の凝縮に影響を与えている。ヒストンのメチル化の役割は、それほど十 分に解明されていない。 Wangたち(p. 853)はここで、PRMT1という酵素(タンパク質ア ルギニンメチルトランスフェラーゼ)が、H4尾部のArg3残基をin vivoにてメチル化する ことを示す。Arg3のメチル化に引き続き、ヒストンアセチル-トランスフェラーゼP300に よりリジン残基5、8、12、および/または16でのアセチル化が亢進され、一方でこれらの 残基のアセチル化の前にメチル化が阻害されることから、別の修飾機構が同時に協働して いることを示唆する。さらに、H4のメチル化により、転写の活性化が容易になり、そして さらにヒストン“コード”のための証拠を提供している。(NF)
抵抗勢力からのニュース(News from the Resistance)
Bacillus thuringiensis(Bt)由来の毒素を発現するトランスジェニック植物の商業化に より、多くのグループが抵抗性に関与する遺伝子を探索することに拍車をかけることとな った(Stokstadによるニュース記事を参照)。Gahanたち(p. 857)は、他の種における Bt結合タンパク質の知見をもとに、研究室的に作成された抵抗性系統における遺伝子マッ ピングを組み合わせ、そしてタバコの害虫における抵抗性遺伝子 の候補として、カドヘリンスーパーファミリーであるHevCaLPを同定した。Griffittsたち (p. 860)は、モデル生物である線虫(Caenorhabditis elegans)における遺伝子解析力 を生かして、可能性のあるβ-1,3-ガラクトシルトランスフェラーゼをコードする遺伝子 の発現を小腸において欠損させることにより、結果としてCry5B毒素に対する抵抗性を得 られることを示した。(NF)
反復テーマ(A Repeated Theme)
1992年に、筋緊張性ジストロフィー(DM1)の原因となる遺伝子欠損は、染色体19qにおいて 、筋緊張性ジストロフィー・プロテインキナーゼ遺伝子(DMPK)の3'非翻訳領域でCTG反復 配列に異常があるのが原因であることが分かった。その後の遺伝子検査では、DM2という もうひとつのDM型が発見された。DM2は臨床的にDM1と類似しているが、遺伝的には異なっ ている型であり、染色体3qと関連する。Liquoriたち(p864;TapscottとThorntonによる展 望記事参照)は、DM2も遺伝子の非翻訳領域における反復配列の拡張のため起こることを示 している。その反復は、Znフィンガータンパク質9遺伝子のイントロン1におけるCCTG反復 である。この発見は、RNAレベルにおいて発現した反復拡張だけが病原になりうるという 仮説を強く支持する。(An)
新皮質の構築材(Neocortical Building Blocks)
非常に複雑な新皮質においては、ニューロンが正確に結合されるか、それとも無作為に結 合されるか?Kozloskiたち(p 868)は、この課題を研究するために、結合したニューロンの 対を同定する新しい手段を使った。彼らは、一次視覚野のV層における局所シナプス回路 の間に、極端な特異性を観察した。皮質蓋の錐体ニューロンによって強く活性化された細 胞は、この表層における多数の細胞種類のうち小数のサブセットに属した。さらに、他の 動物においても、この標的ニューロンの相対的位置は決定されたようである。著者は、こ の紋切り型の皮質の微小回路は、新皮質の発生の初期のイベントによって制御されること を示唆している。(An)
薬剤耐性の出現(The Appearance of Drug Resistance)
STI-571 は、慢性骨髄球性白血病(CML)患者の初期段階に著しい効果を発揮する新規なガ ン薬剤である。この薬剤は、CML患者で構成的に活性化しているAblキナーゼを阻害する 。これは、CML患者が、ABL遺伝子を無関係なBCR遺伝子と融合する特徴的な染色体転位を 持っていることに起因している。CMLが芽細胞急性発症と呼ばれる段階に進展する患者で は、最初STI-571に反応するが、次第に耐性が強くなる。Gorreたち(p. 876; 22 Juneの Marxによるニュース記事参照)は、STI-571治療の後、再発した9人の患者から、9人全員が Bcr-Abl情報伝達経路の再活性化を示すことを報告する。6人の患者はAblキナーゼ領域中 の同一アミノ酸置換を獲得していた。ここの変化によってキナーゼと薬剤の相互作用を変 化させることが期待されていた領域である。他の3人の耐性はBCR-ABL遺伝子増幅と関連し ていた。このSTI-571耐性機構の同定によって、CMLのための次世代薬剤の設計が促進され るであろう。(Ej,hE)
介在ニューロンの遊走を導くこと(Guiding Interneuron Migration)
突起ニューロンは、成長する脳においてニューロンの最終位置を見つけ出すために、脳の 中にあるニューロンの深い出生場所から放射状に遊走する。しかしながら、介在ニューロ ンは、同様に脳の深い部分で生まれているのではあるが、最終位置を見つけるために接線 方向に遊走する。このたびMarinたち(p. 872)は、遊走する介在ニューロンをこの経路に 沿って導いて行くいくつかの信号を解明している。分泌される信号のセマフォリン (semaphorin)とそれらの受容体であるニューロピリン(neuropilin)は、介在ニューロンが 遊走する道に導いて行くのに役立っている。セマフォリンとニューロピリンは脊髄で成長 する軸索突起の進路に導いて行く能力があるとしてすでに知られている。(hk)
組み合わさって植物の時計となる(Piecing Together the Clock in Plants)
概日性時計とは、分子機能の周期的変化を翻訳して、環境的なてがかりを先取りし、それ と協調する一日単位の生理的な変化にするものである。Alabadiたちは、このたび、植物 の概日性時計の分子的リズムを徹底して調べ、関与する分子を限定した(p.880)。転写因 子の対、LHYとCCA1が朝を開始し、日中を通じて次第に夜の遺伝子TOC1へ役目を引き継い でいくのである。これら多様な遺伝子間の役割の交替のバランスが、シロイヌナズナの概 日性周期の基盤となっているのである。(KF)
記憶固定とNMDA受容体(Memory Consolidation and NMDA Receptors)
第三世代の選択的ノックアウト技法を用いた実験についての報告において、Shimizuたち は、マウスにおける記憶固定は、初期学習後の海馬のCA1領域にあるNメチルDアスパラギ ン酸(NMDA)受容体の再活性化に依存している、と論じた(2000年11月10日号の報告 p. 1170)。DayとMorrisは、コメントを寄せ、「その研究の主張に関して用心深くあらねばな らない理由をいくつか」を見出したと述べ、「記憶固定に対するNMDA受容体遮断」の効果 が見出されなかったとする薬理学的実験の結果を要約している。この結果は、彼らの見方 によれば、記憶固定が、Shimizuたちのシナプス興奮旋回強化(SSR)モデルによって示唆作 れるように「シナプスの可塑性によっているのではな く、海馬における神経活性のポストトレーニング」によって決まる、ということを示唆し ているのである。これに応えて、Shimizuたちは、コメントで引かれている結果の「正確 さに疑問を呈せざるをえなくさせる重要な技術的問題」がいくつかあると断言し、Dayと Morrisは「SSRモデルのいくつかの側面を誤解している可能性がある」と断じている。こ れらコメントの全文は、
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/293/5531/755a
で読むことができる。(KF)
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