AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 13, 2001, Vol.293


オンデマンド単一原子配送(Single-Atom Delivery on Demand)

単一の量子的な大きさの物質を操作することは、微視的量子システムの工業技術にとっ て必須である。単一原子マイクロメーザー(マイクロ波レーザー)やトリガーをかけられ た単一光子源、あるいは、決定論的な原子のもつれを生じさせるような、種々の応用に は、求められる場所に単一の原子を必要に応じて配送する能力を必要としている。中性 種としての原子の捕捉と操作は、中性種と電磁場との相互作用が弱いために、荷電した イオンよりもいっそう困難な課題である。Kuhr たち (p.278) は、これらの困難を磁気 光学的捕捉と、光学的な捕捉技術によって乗り越えた。彼らは、単一の中性セシウム原 子を1cmを越える距離を精密に輸送し、狙い通りの速度で単一原子の自由飛行状態への 放出を示している。(Wt)

オゾンで発見されたこと(Found in the Ozone)

上層大気中では酸素原子と酸素分子の再結合によってオゾンが形成されることがあるが 、このプロセスによって同位元素170と180を、それらの本来の定常量以上に富化させる 。この増加分は、両同位元素ともほぼ同程度である。この効果は不可解である。なぜなら ば、常識的な化学的知見によれば同位元素180の富化増分は170のほば2倍であると予想し ているからである。しかしながら、他の条件下で極端に大きい質量に依存した変動が観測 されている。Gao と Marcus (p. 259;Thiemensによる展望記事参照)は、この反応に対す る遷移状態ダイナミックスの理論的記述をしている。そしてこの反応は、なぜ異なった条 件下で質量-非依存性と質量-依存性酸素同位元素双方の分別がオゾン合成として観測され るかを説明することができる。(hk,An,Ok)

量子ビリヤードにおけるトリックショット(A Trick Shot in Quantum Billiards)

原子クラウドが、冷却されて、光学的トラップの中に保持され、そして再び冷却される とき、原子の軌道は、光ビームにより設定された閉じ込め壁の幾何形状に依存するであ ろう。多くの軌道はカオス的であるが、その散乱過程において安定な軌道を発生させる 運動量選択則が満たされるある幾何形状が存在する。Steck たち (p.274; Habib によ る展望記事を参照のこと) は、原子をある光学的な定在波中に閉じ込めるシステムと 、速度選択技術を用いて、「安定の島」と名づけられた運動量空間の特別な領域に対し て、原子は一つの安定な運動量状態とそれとは対称な逆の状態の間をトンネリングする ことができることを示している。時間で輪切りにした測定によると、原子は二つの安定 な運動量状態の間を振動していることが示されている。(Wt)

脂肪酸への早道(Faster Route to Fatty Acids)

真核生物の細胞において、細胞膜や信号伝達分子をつくるのに重要な役割を持つ脂 質、高度不飽和脂肪酸(PUFAs)の合成には炭素‐炭素二重結合をつくるために幾つか の酵素による多くの反応経路を必要とする。Metzたち(p.290)は、或る種の海洋原核 生物や原生生物においては、もっと単純な反応でつくられていることを示している。 このような微生物では、ポリケチド合成酵素と呼ばれる単一酵素の作用によって PUFAsが作られている。この種の酵素は新たな抗生物質の合成に有用となるであろ う。(KU,Kj)

マグマ中のホウ素(Boron in Magmas)

地殻プレートの沈み込みによって火山性島弧(volcanic arc)の形状が形成される。しか し火山のマグマを生成するプロセスは依然として充分には理解されていない。Roseたち (p.281)は、カリフォルニア州北部シャスタ山から、玄武岩溶岩中のカンラン石斑晶中 にとりこまれた融体包有物に含まれるホウ素の濃度や同位体の特性を用いて、融解のプ ロセスを調べた。融体包有物では、軽い方のホウ素同位体濃度が低い。沈み込むスラブ が脱水したあとでは,スラブ中のホウ素の量は減少すると考えられる.このような低ホ ウ素濃度のスラブ物質が周囲の岩石と再平衡に達し,融解するとシャスタ火山のマグマ ができるかもしれない。(TO,Fj)

パーキンソン病は一緒にやってくる(Parkinson’s Disease Comes Together)

神経変性障害であるパーキンソン病のほとんどの症例では、原因が分かっていない。し かし、この病気が明らかに遺伝性である少数の家族においては、3つの遺伝子の内の 1つに変異が存在すると発症する。Shimuraたち(p. 263; Haass と Kahleによる展望記 事参照)は、これら遺伝子の内の2つの遺伝子産物であるparkinおよびα-synucleinが 細胞内で機能的に相互作用をすることを示した。parkinは、分解のために他のタンパク 質にタグ付けするユビキチンリガーゼであるが、α-synucleinのp21イソ型である基質 を好む。変異したときには、parkinはユビキチンに結合したり、synucleinイソ型にユ ビキチンを付加したりすることが出来なくなり、その結果イソ型が細胞中に生成する 。著者たちは、こうしたsynucleinイソ型の過剰がパーキンソン変性の原因になってい るのではないかと示唆している。(Ej,hE)

圧力をかけてホウ素を超伝導性にする(Squeezing Superconductivity into Boron)

理論的にはホウ素は高圧下で超伝導性を示すはずだが、極低音、超高圧下での伝導率の 測定は困難である。Eremetsたちは(p. 272、Geballeによる展望記事も参照)、175ギガ パスカル下で6K、250ギガパスカル下で11.2Kの遷移温度で実際に超伝導状態に形質転換 することを示した。相転移が起きてホウ素の結合性を変化させる時に、超伝導性への転 移を開始させるのだろう。(Na)

メッセンジャーRNAにメッセージを送る(Sending Messenger RNA Messages)

ある種の植物ウイルスは、ウイルスRNA分子の細胞間輸送によって感染を伝搬させて いる。Kimたち(p. 287)は、非感染植物中の内在性メッセンジャーRNA(mRNA)分子は、 細胞間を移動するだけでなく、RNAが転写された細胞から遠く離れた細胞内で発生に 関する機能を執行しているらしいことを示した。正常な葉の形状と変異した葉の形状 を持ったトマト間の移植によって、変形形状の葉を生じさせる変異遺伝子からのmRNA は、変異移植片から野生型接ぎ穂へ移動し、遺伝子型が野生型の接ぎ穂の葉の形状を 変える。mRNAが細胞内情報から細胞間情報への機能アップが生じることが分かると、 発生制御に対する見方が複雑になる。(Ej,hE,Kj)

クリプトの損傷(Cryptic Damage)

胃腸管(GI)への損傷のために、癌の治療のための放射線の使用が制限される。有力な 仮説によれば、このいわゆる“GI症候群”は、放射線療法が腸のLieberkuhnのクリプト 中にある上皮幹細胞に直接的に損傷を与えるためそしてそれらのクローン原性細胞死を 引き起こすために生じる。Parisたち(p. 293;FolkmanおよびCamphausenの展望記事を 参照)は、放射線損傷の実際の標的は 腸の微小血管の内皮細胞であると議論している 。マウスモデルを使用し、彼らは、塩基性線維芽細胞増殖因子を静脈投与することなど 薬理学的に、あるいは酸性スフィンゴミエリナーゼ遺伝子を欠損することなど遺伝学的 に、GIの内皮細胞のアポトーシスを阻害することにより、放射線誘導性のクリプト損傷 、器官不全、そしてGIの死が防止されることを見いだした。したがって、内皮細胞の生 存因子、例えば塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を投与することにより、腸管の放射 線損傷を減少させることができそうである。(NF)

インターフェロンシグナル伝達の多様性(Divergent Interferon Signaling)

インターフェロンIFNα/βおよびIFNγは、免疫系がウィルスおよびバクテリアと戦う ために使用する2つのツールである。これらのサイトカインは、転写のシグナル伝達分 子および活性化因子タンパク質であるSTAT -1タンパク質を補充することを介して、抗 ウィルスおよび抗バクテリア応答遺伝子の転写を誘導する。天然に存在する変異の研究 において、Dupuisたち(p. 300)は、STAT-1が別個の経路を介してウィルスおよびバク テリアに対する免疫を方向付ける可能性があることを示している。特定のチロシン残基 のリン酸化を減少する変異が、ドミナントネガティブの様式で働き、ホモタイプの STAT-1転写複合体が核に移行することを防止する。この結果、この変異は、変異を保持 する個体のマイコバクテリアの非病原性型に対する免疫応答の重度の機能障害に相関し ている。明らかに、この同じ変異は、ウィルス性免疫応答には影響を与えず、そして STAT-1が関連する2つ目のヘテロ三量体複合体の比較的正常な核への移行と関連してい る。(NF)

ウイルスと神経(Viruses Get Nervous)

特定の神経栄養性ウイルスによる感染は、慢性の脳炎あるいは進行性の神経的疾病を引 き起こす。B細胞がニューロンからαウイルスを排除することが示されたが、T細胞がウ イルスの排除に関与する機構についてはまだ不明点がいくつかある。シンドビスウイル ス感染のモデルの研究では、BinderとGriffin(p. 303)は、B細胞の応答を起こすことが できないマウスが、皮質性ニューロンからウイルスを排除できなくても、脊髄と脳幹の ニューロンから排除できることを観察した。このT細胞依存の排除は、BおよびT細胞の 非存在下でも、インターフェロンγを発現する組換え型ウイルスを用いることによって 、再現された。中枢神経系の種々のニューロン集団からウイルスを選択的に免疫クリア ランスするには、別の機構が重要であるようである。(An)

疼痛、情動と内因性オピオイド(Pain, Emotion, and Endogenous Opioids)

μ型オピオイド受容体は、オピエート薬の作用だけではなく、ストレスと疼痛の仲介に も関与する。ポジトロン放出断層撮影の研究では、Zubietaたち(p 311)は、正常なヒト のボランティアに疼痛を実験的に誘発したり、制御したりした。次の数箇所において 、有意な内因性オピオイド遊離およびμ型オピオイド受容体との相互作用を検出した :対側の視床と視床下部とインシュラ、同側性扁桃体、または両側的には帯状皮質と前 頭葉前部皮質。著者はそれ以上、個人の自覚的な疼痛感覚の制御には、μ型オピオイド 受容体が役割を果たすことの明確な証拠を発見した。このように、内因性オピオイドシ ステムは、特定の脳領域におけるμオピオイド受容体を活性化することによって、感覚 と疼痛に特異的な情動の応答の減弱に関与する。(An)

融ける氷をモデル化する(Modeling Melting Ice)

大陸氷床から融けた水によって大洋の表面温度や、広範囲の塩分濃度が影響を受ける 。溶融水は、北大西洋の深層水形成を停止させることで気候にも影響を与えてきた。深 層水形成を停止させることは、熱塩循環を阻害し、低緯度から高緯度への熱伝導を阻害 したと思われる。Clarkたち(p. 283)はLaurentide氷床の融解と、最終退氷期における 1000年周期の大振幅気候変動を結びつける一般的機構を提唱した。氷床縁位置の変動に 伴う溶融水の流路の変化を再構成して、過去の気候指標の記録と結びつけると、一般的 にYounger Dryas寒冷期に固有と考えられていた気候の様子はもっと普遍的な仕組みの 一つの現れへと拡張された。(Ej,Nk)

TiO2の吸収領域を拡げる(Extending the Range of TiO2)

二酸化チタン(TiO2)は有機分子の光分解触媒として用いられており、そし て環境クリーニングへの新たなる試みが照射TiO2の利用にもとづいてなさ れている。このような光触媒反応は紫外線のもとで最も効果的があるが、 TiO2のバンドギャップを可視域にまで拡げることは非常に需要である。 Asahiたち(p.269)はTiO2を窒素原子で置換ドーピングすると、有機分子に 対するTiO2膜の活性が改善され、その親水性が高まることを報告している 。(KU)

マウスは3つでノックアウト(Three Counts and Then You're a Knockout)

受容体タンパク質-チロシン・キナーゼ(PTK)は、「細胞-細胞」制御にとって必要な情 報伝達経路の必須構成要素である。そうした経路はさまざまな細胞システムで数々同定 されているが、免疫系の抗原提示細胞(APC)における受容体PTKについての情報はほとん ど知られていなかった。LuとLemkeは、同一のPTKファミリに属するメンバーの3つ--す なわちTyroとAxl、Merを同定したが、これらは、樹状細胞やマクロファージなどの 、APCの機能を制御するのに関与している(p. 306; またSchwartzbergによる展望記事参 照のこと)。これらPTKのうち、1つ、2つ、あるいは3つを遺伝的に欠くマウスでは 、APCの活性状態の上昇と相関する重症度の増加と共に自己免疫の表現型が発生した 。こうした結果は、PTKのこのファミリと、APCによる免疫応答の正常な制御との間に直 接的な結びつきがあることを示唆している。(KF)

回収業者は倹約家(Frugal Scavengers)

アミノ酸の合成のために生物によって利用される元素は、すぐ利用できる状態かどうか という点ではさまざまであり、またいくつかの代謝経路を介して集められなければいけ ないものでもある。Baudouin-Cornuは、真核生物であるサッカロミセス酵母 (Saccharomyces cerevisiae)と大腸菌とについて利用可能な、大きなタンパク質配列デ ータ集合を用いて、イオウと炭素の代謝に関与するタンパク質の原子組成を分析した (p. 297)。どちらの生物においても、イオウ同化作用性および炭素同化作用性タンパク 質は、それぞれイオウまたは炭素をほとんど含まないものになっている。元素が不足し がちな条件下では、その元素の同化に関与するタンパク質は、明らかに、それ自身の代 謝コストを最適化するように進化してきたのである。(KF)
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