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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science May 25, 2001, Vol.292
スピンの注入は平らかに(Spin Injection Goes Flat-Out)
スピントロニクスでは、電荷担体のスピン特性が情報を運ぶことに用いられるが、その 実装を成功させるためには、分極した電荷を半導体に注入することが求められる。 LaBellaたち (p.1518) は、強磁性体のチップによる半導体へのスピン注入効率を調べ た。GaAsの平坦なテラスへトンネリングする電流では、スピン注入を92% まで高くする ことができる。しかし、電流輸送がテラスのステップあるいはその近傍で発生すると 、その注入はほとんど停止する。(Wt)
太陽系サイズのディスクを見る(Seeing Solar System-Sized Disks)
星の周りのガスや塵からなるディスクは惑星が誕生する可能性の最も高い場所と考えられ ている。このようなディスクは、若くて低質量の恒星の周辺にこれまでに見つかってきた が、大質量の恒星の周囲で同じような現象を見出すことはずっと難しかった。そのため 、このような条件が宇宙における惑星形成においてどれくらい普遍的であるかは、天文学 者たちの宿題となっていた。 Shepherdたち (p. 1513)は、大質量の若い恒星である G192.16-3.82の周りに、太陽系と同じ位の大質量ディスクの観察に成功した。彼らが利用 したのは、米国の国立電波天文台の超大型電波干渉計と、これと連動させたニューメキシ コの Pie Townにある超長基線アンテナであり、これによって、以前の観測の精度を1桁 上回る観測結果を得た。(Ej,Nk)
サイレント・アースクエイク(Silent Earthquake)
ファンデフカ(Juan de Fuca)プレートは、南部ブリティッシュコロンビアそしてワシン トンやオレゴンの海岸に沿った北アメリカプレートの下に沈み込み続けている 。GPS位置測定の14地点からなるネットワークは、カスケーディア(Cascadia)沈み 込み帯の位置と合致する北東方向への移動を示している。Dragertたち (p.1525;Thatcherによる展望記事参照)は、これらの地点のうち7地点で、1999年に数10 日間にわたって、これとは逆向きに、南西方向への移動があったことを観測した。この 移動は、沈み込み帯の深部に沿った広い領域での、上方伝播する約2センチのスリップ を伴う非地震性(aseismic)事象としてモデル化された。こうした静かなスリップは 、沈み込み帯のより浅い、地震発生性(seismogenic)の部分に対しストレスを与え 、場合によっては地震を起こすトリガーとなる可能性がある。(TO,Nk,Og,An)
要望どおりの巨大磁気抵抗効果(Colossal Magnetoresistance to Order)
ドーピングされた二層のマンガン酸化物(manganites)は、磁気的、電子的および温度依 存的な豊富な特性を示すため、新規なデバイスとしてだけでなく、他の電子相関を示す 系で観察される複雑な磁気的および電子的な相転移をさらに理解するうえでも、非常に 有用なものとなる可能性を有している。Chuangたち (p.1509; Keimerによる展望記事を 参照のこと)は、高分解能角度分解光電子分光を用いて、マンガン酸化物の輸送パラメ ータを決定し、測定された伝導度が、輸送特性データから期待されるものよりも一桁小 さいことを発見した。この相違は、擬似バンドギャップの形成によって (電荷とスピン のナノスケールでの相分離を通して)生じている可能性がある。このバンドギャップが 、伝導のための電荷の相当の割合を取り除いているのであろう。(Wt)
【訳注】April 24, 1997のNatureの記事には、manganiteのX線照射による電気伝導性 の変化に関する記事が掲載されている。
An X-ray-induced insulator-metal transition in a magnetoresistive manganite
http://www.naturejpn.com/newnature/nframes/archives/1997_Jun_5-4.html
塩を含んだ衛星(A Salty Satellite)
木星の最大の衛星であるガニメデは、表面が氷で占められている。そしてエウロパ( Europa)と同様、ガニメデの氷の下には海洋が存在するという仮説が立てられていた。 McCordたち(p. 1523)は、ガリレオ探索機がガニメデ衛星に近づいて低空飛行している 間に近赤外分光計によって測定された“ガニメデの反射スペクトル”を解析した。その 氷は硫酸マグネシウム塩のような水和物鉱物を含んでいたが、それは氷の下にある塩水 層からもたらされた可能性がある。(hk,Tk,Og)
MgB
2
の超電導薄膜(Superconducting MgB
2
Thin Films )
最近の、比較的高温の遷移温度(Tc) 39Kにおける二ホウ素マグネシウムの超伝導現象に よって、一気に研究が活気付いた。研究はいまや、その機構を明らかにすること、Tcを 一気に上げる可能性を探ること、そして、もっと実用的な製法の開発すること、を目指 している。前駆物質としてホウ素薄膜を利用し、Kangたち(p. 1521) はパルスレーザ ーを利用した析出・焼結法によって作成されたMgB
2
の薄膜が、39 Kで鋭い Tcを示すとともに、大電流密度が保持できることを報告している。(Ej)
サンゴ礁における群集の規則(Assembly Rules for Coral Reefs)
サンゴ礁の豊かな動物相を保護するには、その複雑さと多様性についての深い理解が必 要である。BellwoodとHughesは、インド-太平洋のすべてのサンゴ礁についてのデータ を収集し、サンゴと礁にいる魚類の分類学的な点での比率が非常に保存性のある安定し たものであるということ、またファミリー・レベルでは、多くの可能な組み合わせのう ちごく狭い範囲のものだけが生じているということを示している (p. 1532; また Knowltonによる展望記事参照のこと)。種の多様性において観察された異なりの半分以 上は、可能な生息地の面積によって説明でき、緯度と多様性の間にはほとんど関係がな かった。こうした結果は、地域規模を超えた生息地の保護の必要があること、しかも保 存プログラムにおける国際的な協調が必要であることを示唆している。(KF,Og,An)
ヒツジを数える(Counting Sheep)
動物の個体群動態学におけるチャレンジの1つは、集団のサイズに影響を与える決定的 要因をノイズと切り分けることである。Coulsonたちは、生存と繁殖力についての経験 的解析結果と年齢構成モデリングとを組み合わせて、スコットランド北西岸の沖にある セント・キルダ群島のソーア・ヒツジの長期にわたる集団データを解析した(p. 1528; また、Gaillardたちによる展望記事参照のこと)。「ノイズ」といわれていたものの多 くは起源において実際には決定的である。なぜなら、異なった年齢と性を有する動物は 個体群密度と天候パターンとに対して、異なったように反応するからである。このアプ ローチは、集団サイズの将来の変化についてより改善された予測を可能にするものであ る。(KF)
ヒストンのハンドルが染色質を標識する(A Handle on Histones Marks Chromatin)
タンパク質RCC1は染色質のマーカーの1つと考えられ、そこで核と細胞質の間の分子積 荷(molecular cargoes)の輸送や、細胞分裂中の紡錘形成、核膜の形成において重要な 役割を果たす。こうした機能は、RCC1が小さなグアノシン・トリホスファターゼRanと 行なう相互作用を介して仲介される。しかし、RCC1が染色質と結びつくやり方はほとん ど知られていない。Nemergutたちは、RCC1はDNAとは相互作用せず、DNAを染色質にパッ ケージするヒストンと(しかもヒストンH2AまたはH2Bと特異的に)相互作用するという こと、また結合にはより高次の染色質構造は不要であるということ、を示している(p. 1540)。染色質の結合はRCC1の能力を促進して、Ran上でのグアニン・ヌクレオチド交換 を刺激するのである。(KF)
初期の哺乳類の特徴(Early Mammalian Traits)
現在生存している哺乳類の特徴の2つは、脳の容積が大きいこと、そして中耳骨が顎骨 から分離していることである。Luoたちは(p. 1535、表紙とWyssによる展望も参照)、こ うした進んだ解剖学的特長を始めて示す、ハドロコディウム(Hadrocodium)と呼ばれる ジュラ紀初期(〜 1億9500万年前)の化石発見について報告している。これは、哺乳類存 在の歴史を1/4ほど、すなわち4000万年ほど遡って伸ばすことになるものである。この 発見は、哺乳類の特徴が、哺乳類の分岐が始まるはるか以前から存在していたことを示 唆している。 (Na)
代謝と興奮性とてんかん発作(Metabolism, Excitability, and Seizures)
アデノシン三リン酸(ATP)に感受性であるカリウムのチャネルは、細胞内の代謝状態を 原形質膜における電気的活性に結びつける。Yamadaたち(p 1543)はノックアウト・マウ スを用いた研究で、このチャネルが低酸素時に脳に保護の効果をもつことを示している 。 ATP感受性K+チャネルを欠乏したマウスは、全身痙攣に対してもっと感受性であった 。スライス実験において、発作を制御する重要な脳の領域である黒質網様部において 、ノックアウト動物のニューロンが低酸素のチャレンジを受けた時、脱分極を開始した 。これは、正常なコントロール動物のニューロンが過分極するのとは反対である。 (An)
致死的な消化不良(Fatal Indigestion)
哺乳類の胚形成の後期に、核を失った赤血球系の前駆細胞から、赤血球が肝臓と骨髄に おいて形成される。赤血球の除核に関与している分子イベントはよく理解されていなか った。遺伝的に修飾したマウスを用い、Kawaneたち(p 1546)は、DNA分解酵素IIを欠乏 したマウスが、きわめて貧血性であり、誕生直前に死亡することを示している。その酵 素の決定的な細胞内の源は、マクロファージのようである。このマクロファージは、胎 の肝臓における赤血球形成の部位に存在し、赤血球系の前駆細胞から廃棄された核の DNAを消化するらしい。(An)
アルツハイマー病の微妙なバランス(Alzheimer’s Balancing Act)
アルツハイマー病(AD)の経過の中で最初に起こるステップの一つは、脳内でのアミロ イドβペプチド(Aβ)の蓄積である。酵素neprilysinは、Aβを分解することができ、 ADの病態生理学において重要な役割を果たしている可能性がある。Iwataたち(p. 1550 ;Marxによるニュース記事を参照)は、ホモで neprilysinをノックアウトしたマウス およびヘテロでneprilysinをノックアウトしたマウスと、野生型動物との間で、Aβの 代謝を比較した。彼らは、遺伝子欠損動物において外来性標識Aβの異化作用が減弱す ることを観察し、そしてノックアウトマウスでは遺伝子量依存的に内在性のAβが上昇 した。酵素による異化作用の速度が減弱することにより生じる、Aβの産生と除去との 間の微妙なバランスの崩れでさえも、ADを発症する危険性を増大する可能性がある。( NF,An)
タンパク質の凝集と分解(Protein Aggregation and Degradation)
多くの神経変性性障害は、脳内でタンパク質凝集が進むことを特徴としている。これら の凝集物はしばしば、ユビキチン化により修飾されたタンパク質から構成されている 。このユビキチンというのは、プロテアソームとして知られるサイトゾルのタンパク質 分解複合体を形成することにより他を傷つけるタンパク質の分解を誘導することができ るマーカーである。しかし、この凝集物が疾患プロセスの原因または結果であろうか? Benceたち(p. 1552;Helmuthによるニュース記事を参照)はここで、タンパク質凝集 それ自体がプロテアソームのタンパク質分解システムを阻害しているらしいということ を示している。(NF,An) 注)ユビキチンは、上記のようなタンパク質分解の標識として機能する他に、遺伝子発 現の調節、ストレス応答、リボソームの生合成、DNA修復、細胞周期制御、ペルオキシ ソームの生合成、膜輸送、ウィルス複製あるいは膜アンカーなどの様々な生体応答にも 関与していることが知られている(作用機序等の詳細は、生化学辞典等を参照して下さ い)
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