AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science January 5, 2001, Vol.291


急激な惑星の形成(Rapid Planet Formation)

恒星や惑星の形成を理解するためには、原始星や若い星になる可能性がある低質量の天体 の位置や空間的分布およびその性質を決定する必要がある。Bricenoたち(p.93;Kastnerに よる展望記事参照)は、オリオン座付近の星が誕生している領域において大規模な光度測 定や分光分析による調査を開始した。これらの調査から、太陽よりも質量が小さく 、100万年から1000万年の範囲の年齢を持つ、オリオンOB1bとOB1aの分子雲中に、168の新 しい前主系列(pre-main sequence)の星が存在した。ディスクやガスのない領域で多くの 星が見つかったことは、こうした星の周囲では惑星の形成はどんな形であったにせよ既に 完了しており、惑星は数100万年以内の時間で形成されたことを示している。(TO,Tk,Nk)

螢光体としての銀凝結体(A Silver Setting for Fluorescence)

異常な蛍光挙動を示す銀クラスターは、光反応経路により必要に応じてつくられている 。Peyserたち(p.103)は、酸化銀ナノ粒子を光によって光還元をおこない酸化物マトリッ クス内で安定化な小さな蛍光性の銀クラスターを創った。このような小さな銀粒子を緑色 光で励起すると強い赤色の蛍光を発した。青色光で励起すると大きなスペクトルシフトを もつ異常な明滅挙動を示した---同じ粒子が時間と共に緑、赤或いは黄色発光の間を切り 換わり、酸化銀の銀クラスターへのエネルギーを移動によるものであろう。この結果は青 色光によるデーター書き込み(クラスターの形成)、そして緑色光を用いてのデーター読み 取り(赤色蛍光を発する)の可能性を与えるものである。(KU)

電気化学的なオレフィンの分離(Electrochemical Separation of Olefins)

エチレンやプロピレンといったオレフィンは化学工業における基本的な供給原料である が、そのコストの大部分は合成法に由来するものではなくその高価な低温分離法による 。電気化学的分離法、その方法では個々のオレフィンが選択的にあるキャリアに結合し その後遊離される、が研究されてきたが供給流体の不純物による被毒や、或いは不可逆 的反応を被った。WangとStiefel(p.106;Crabtreeによる展望参照)は、或る種のニッケ ルジチオレン錯体がオレフィン錯体を形成することを示している。結合は中心の金属で はなくイオウと結合しているようで、従って脂肪族オレフィンは H2S、H2O、H2やCOといった典型的な汚染物資の存 在においてすら結合することが出来る。(KU)

自然保護区は機能しているか?(Do Nature Reserves Work?)

地球規模では自然の保護区が生物の多様性に果たす保護の役割については脇に置かれて いる。これらが存在することで生物の生息域の破壊を鈍らせていることを示すデータが ほとんどない。Brunerたち(p. 125)は熱帯地方に於けるこれらの慎重だが楽観的な見通 しを述べた。22カ国、93の保護地区の調査によると、基金は少なくても、保護の度合い は保たれているが、保護地区に割り当てられた予算とその有効性の間には直接的な相関 関係があり、少しの予算増加でも生物多様性保護には直接的な貢献が期待できる。 (Ej,hE)

さあ、みんないっしょに(All Together Now)

分子の障壁を通過する量子的トンネリングの例の多くは、プロトンが関わっている。複 数のトンネリングは、高い対称性を有する分子では同期して起こる可能性があるが、環 境影響は、しばしば、対称性を破壊し、そのようなコヒーレントなトンネリングを観察 するのは困難である。Horsewill たち (p.100) は、カリックスアレーン (calix[4]arene) 中の OH基間の4個の水素結合のネットワーク中でコヒーレントなプロ トントンネリングの事例を作成した。彼らは、80K 以下の固体試料中のプロトンスピン の縦緩和レート中に 35 MHz のピークを観察した。彼らは、それらを励起順位のトンネ リングに起因するものと考えている。(Wt)
【訳註】カリックスアレーンcalix[4]areneの分子構造は
http://www.ce.saga-u.ac.jp/appchem/chemeng/ohto/ohto1.html に掲載されている。

ナノチュープ中の位相幾何的接合(Topological Junctions in Nanotubes)

カーボンナノチューブの理論的研究は、キラリティ、そしてそれゆえ、その電子的な特 性は、ナノチューブの長さに沿って変化しうることを示している。モデル化に基づくデ ータは、これらの分子内接合は、無用の欠陥であるどころではなく、分子エレクトロニ クスへの応用に対して、分子サイズの金属--金属、あるいは、金属--半導体の構成ブロ ックとして機能する可能性があることを示唆している。Ouyang たち (p.97)は、走査型 トンネル顕微鏡を用いて、そのような分子内接合の存在を確認した。(Wt)

南部の温かさ(Southern Warmth)

グリーンランドや南極大陸における表面気温の掘削アイスコアの記録は、最後氷期の間に 、温暖な気候と寒冷な気候との多くのゆり戻しを同じく経験したことを示している。しか し、こうした出現象は同期していなかったことが明らかになった。Blunierと Brook(p.109;Shackletonによる展望記事参照)は、メタンの大気濃度を両方の年代の対応 付けに用いることで、これらの地域に対して現在から9万年前に遡って相対的な年代を表 した。この期間に、7回の千年規模の両半球にわたる温暖化現象が起こった。それぞれの ケースで南極大陸の温暖化はグリーンランドの温暖化に先行していた。(TO)

場所が大切なのだ(Location Does Matter)

活動電位と興奮性シプナス後電位(EPSP)は正常な神経系が機能する間、相互作用をする 。この活動電位は、1回のEPSPの間に、常に膜電位をリセットすると思われていた。し かし、脊髄運動性ニューロンからのオリジナルデータや??広範な樹状ニューロンには 、これは当てはまらないように見える。Haeusserたち(p. 138)は逆行性活動電位による EPSP分岐を解析し、シナプスで生じる短時間の潜在的なコンダクタンスを伴う現象は 、長期の応答よりも効果的に分岐されることを発見した。樹状突起(ニューロン)中で 惹起されたシナプス電位は体細胞のものより受ける影響が少ない。つまり、作用電位と EPSPの相互作用はEPSPの型と場所に依存する。(Ej,hE)

文法の獲得(Grammar Acquisition)

進化の歴史の中で、言語の出現は最も重要な躍進の一つと位置づけられる。言語学研究に よれば、ヒトは汎用「文法」を持っているらしいという。これは言語学習に必要な生得的 メカニズムである。Nowakたち(p. 114)は、複雑な文法の基礎になるルールベースの生成 文法を作り、文法取得の個体群動態理論を定式化し、自然選択によって学習期間が決定さ れ、探索空間のサイズが限定された中で学習手続きがサンプル文章を評価する様子を示し た。(Ej,hE,Nk)

RNAの雪掻き(An RNA Snowplow)

メッセンジャーRNA(mRNA)のプロセシングでは、mRNAスプライシング機構によって媒介さ れるプロセスにおいて介在配列(イントロン)が削除される必要がある。スプライセオソ ーム組み立ての初期段階の1つは、らせん状の二本鎖のRNA-タンパク質複合体の形成であ るが、この複合体が配列の認識を準備し、さらに構造の再編成を行なうのである。RNAヘ リカーゼがこの再編成に関与していることは、遺伝子的手段によって明らかにされてきて いる。Jankowskyたちは、RNAヘリカーゼの1つであるNPH-IIが二本鎖RNA由来のタンパク質 (U1A)を追い出す際の生化学的役割を記述している(p. 121)。このヘリカーゼは、らせん 体の巻き戻しの前ないし最中にスノープラウ(雪掻き)として作用しているらしい。(KF)

壊すこと、入り込むこと(Breaking and Entering)

マラリア寄生体は複雑なライフ・サイクルをもっている。カがヒトを刺して寄生体が体 内に入り込むと、スポロゾイト(種虫)段階の寄生体は肝臓を求めて体内を動き回る 。Motaたちは、この段階では寄生体は侵入する細胞についてあまり気にせず、単純に原 形質膜を破って侵入し、同じようにして出ていくのだ、ということを明らかにしている (p. 141; またEnserinkによるニュース記事参照のこと)。しかし、この寄生体は、宿主 の膜に畳み込まれるような経路で侵入した場合には、そうした繰り返しをやめ、寄生胞 を形成する。ひょっとすると、はじめに遊走することによって、寄生体がその表面に宿 主についての因子を蓄積し、、この蓄積された情報が宿主細胞への侵入のための精妙な 形態のための情報伝達をトリガーし、それによって寄生体がもぐりこめるようになって いるのかもしれない。(KF,Kj)

ウドンコ病とたたかう(Fighting Mildew)

Florの「遺伝子対遺伝子(gene-for-gene)」説は、植物の応答を記述する上で生産的な ものである。もしその植物が特定の病原体に対する抵抗性(R)遺伝子を有していれば 、その病原体は、宿主細胞で誘導される局所的壊死によって阻止されることになるので ある。しかし農業従事者がほんとうに必要としているのは、さまざまな植物病害に対す る広範囲の抵抗性である。Xiaoたちは、モデル植物であるシロイヌナズナにおいて 、RPW8座位と呼ばれる新しい抵抗性遺伝子クラスを同定した(p. 118)。これは、粉状ウ ドンコ菌と呼ばれる栽培学上重要な真菌性病原体に対する幅広い抵抗性を与えるもので ある。(KF,Kj)

遊走の合図(A Migration Signal)

動物の正常な発生期には、細胞はある領域から別の領域へ遊走することがしばしばある 。DuchekとRorthは(p. 131)、ショウジョウバエの卵形成期に起こる、体細胞性卵胞細 胞が卵母細胞に向かいナース細胞の間を通り後方に遊走し、その後卵核胞に向かって背 面に向かう、という二段階細胞遊走について調べた。これには上皮細胞成長因子の情報 伝達経路が関与しており、特にトランスフォーミング増殖因子様のリガンドである Gurkenが背面への遊走に関与しているらしい。(Na)

化学療法による脱毛の予防(Hair and Hair-after)

癌治療での化学療法による脱毛症は頻繁に起き、感情的にも悲惨な副作用である。毛包 の上皮細胞は急速に分裂するために細胞障害性薬品の影響を受けやすい。Davisたちは (p.134、Marxによるニュース解説も参照)、細胞周期進行を増進させるタンパク質であ る、サイクリン依存性キナーゼ2の小分子阻害物質を構造に基づく手法で設計した。化 学療法を施す前のラットの新生児にこの化合物を局所的に適用することで脱毛が大幅に 減少した。(Na)

コンコルディア・ドーム(Dome Concordia)

海洋、大気、そして陸生生物圏の間での炭素の交換は、非常にダイナミックである。し たがって、気候変動における炭素循環の役割を理解する前に、氷河期から温暖期への移 行期における大気中CO2の濃度を詳細にしなければならない。Monninたち (p.112)は、南極大陸、コンコルディア・ドームで、氷中に留められた気泡の組成を解 析することにより、最新の解氷についての記録を作成した。南極大陸での CO2レベルの変化には、熱帯と北半球を主発生源とする大気中メタンの変化 、そして南半球海洋の温度変化が大きく影響する。(NF,Nk)

急速固定(Quick Fixes)

集団遺伝学における研究の一つのトピックは、ショウジョウバエ近縁種の D.melanogasterとD. simulansの多様なゲノムを作成するように生じた遺伝的現象であ る。D. melanogasterの新規遺伝子であるSdicが、X染色体上の隣接する2種の遺伝子を 融合させるようにして生じたことが、以前の研究により示された。Nurminskyたち(p. 128)は、Sdicにおける多型の減少が、好ましい変異を非常に急速に組み込んで連結した アリルが‘ヒッチハイク’できるようにし、そして固定化もされるようにする、選択的 スウィープの方法の結果であることを示している。(NF)
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