AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science September 29, 2000, Vol.289


電波銀河中の閃光状ジェット(Flashy Jets in a Radio Galaxy)

超巨大ブラックホールは、降着過程によってもたらされた相対論的なジェットによって検 出することが可能である。Gomez たち (p.2317) は、電波銀河である 3C120 に付随する ジェットを、高分解能超長基線干渉計により16ヶ月の間観測した。この観測は、これらの ジェットがどのようにして形成され、局所的な環境がそれらの構造をどのように変化させ るのかをさらに深く理解するために行われたものである。彼らは、ジェットの中に、不透 明性やファラデー効果では説明できず、代わりに銀河核中の磁場の回転によって説明可能 なノット構造を見出した。フレアー、増大、消失のようなノット中の他の変化は、周囲の 媒体中の濃密な分子雲と関連付けることができる。 (Wt)

非常に似たものを分離する(Separating the Almost Equal)

希土類元素は化学的に類似した反応性を示すことから、各元素を分離するには、溶媒抽出 やイオン交換などの大変困難なプロセスを必要とする。その結果得られた純粋な希土類の コストが上がる結果、これを、電子、磁気、光学材料に応用する上で制約があった 。Udaたち(p.2326,およびFrayによる展望記事参照)は、これら希土類元素の酸化還元電位 が異なることを利用して、この塩素化合物の選択的還元状態や、蒸留時の異なった蒸気圧 を利用した分離技術を紹介している。サマリウムやネオジムを分離する場合、従来に比較 して2桁も分離係数が改善された。塩化物をヨウ化物に代える ことで、更に改善されるものと期待されている。(Ej,hE)

歪蓄積率と地震発生確率はどのくらい低いか(How Low Is Low?)

マドリッド新地震帯はアメリカ中央部のプレート内部の地域で1811年から1812年の間に 3回の大きな地震が発生した。最近の測地計測によると現在の歪蓄積率は低いが、そのこ とは今後数百年間に大規模な地震が起きる確率が低い、ということを意味してはいない 。KennerとSegallは(p. 2329)、歪を外殻に伝達する脆い層である外殻低層と関連付けて このプレート内部の地域のモデル化を行った。この計算された地震の発生する間の歪の蓄 積率は過去の地震活動と地質学的構造と矛盾がないが、測地計測では検出されないほど小 さい。彼らはそれらの非常に小さな歪率も検出可能な長期的な計測を提唱している。(Na)

動きを見る(Eyeing Movements)

我々は、映画を観賞するときにスクリーン上の複雑な全てのシーンや動きを容易に観察し ている、と考えている。しかしながら、複雑な動きを認知するためには脳の視覚システム が多くの異なるレベルでの解析を行っている。イメージ運動解析においての1つの重要な ステップは既に眼自体が行っている。35年以上前、BarlowとLevickは網膜内で、イメージ が好ましい方向に動くときだけ強力に反応する神経節細胞である方向選択性神経細胞の特 徴を報告した。Taylorたちは(p. 2347、Barinagaのニュース解説も参照)、これらの細胞 が方向選択性を計算するための細胞に基づくメカニズムとシナプスに基づくメカニズムを 分析した。彼らの電気生理学的な研究により、これらの非対称性抑制作用は抑制性細胞が 神経節細胞の樹状突起に直接衝突することにより発生していることを示している。このよ うに、ニューロンの樹状突起による処理が方向選択性の基本的な部分である。(Na)

量子伝導チャネルを観測する(Observing Quantum Conduction Channels)

ナノメートルスケールの制限された幾何構造を通過する電子の流れは、今やよく知られた 電子が整数のチャネル中を流れるという量子化された伝導度として観測される。そして 、これら各チャネルは、基本定数で表される一定の伝導度を有している。Topinka たち (p.2323) の、走査型プローブ顕微鏡による量子的点接触を通しての伝導に関する研究は 、その接触の大きさが増加するにつれ、伝導チャネルの数も増加することを直接的に示し ている。それらの画像は、また、接触を通しての電子の可干渉的輸送と、伝導チャネルの 角度分布を明らかにしている。これらは理論的予測と一致 している。(Wt)

凝固した燃料(Frozen Fuel)

地球上でもっとも多く貯蔵されている炭化水素は、石炭や石油ではなく、海底ガスハイド レイト(水和物)に含まれるメタンである。メタンハイドライトは、海底のおおよそ 200から500メートルのところで安定に薄い層として大陸斜面に堆積している。しかし、実 際のところどのように形成されたのかはわかっていない。Fehnたち(p.2332)は、加速器に よる宇宙線起源のヨー素-129を質量分析測定することで、北大西洋の西側からガスハイド レイトと付随する間隙水の年代を測定した。間隙水中のヨウ素は約5500万年前の年代のも のであり、周囲の堆積よりも古い、ということはより古く深くにある有機物の供給源から 生成された可能性がある。彼らは、こうした有機がメタンの源でもあることを示唆する 。こうした有機物は堆積層内を1から3キロメートル上昇して、その後現在の場所で凝固し た。(TO,Nk,Tk)

NF-κ B における悪液質(Cachexia and NF-kappa B)

ガンとかエイズとかの慢性疾病患者は大きなな体重減少や骨格筋変性で特徴づけられる悪 液質がしばしば発生する。サイトカインである腫瘍壊死因子(TNF)は悪液質による筋肉衰 弱の決定的メディエータであるが、その分子レベルでの病理発生についてはほとんど知ら れていない。TNFによって誘発される炎症反応キー成分である転写制御因子のNF-κBが 、この病気で演じる役割について2つの論文が議論している。Guttridgeたち(p. 2363; Tisdaleによる展望記事参照)は、筋細胞中のNF-κBは、MyoDのメッセンジャーRNAレベル を下げることによって、MyoDの活性を抑制することを示している。このMyoDは、筋肉の修 復に必要な転写制御因子である。このMyoDは、 MyoDのメッセンジャーRNAレベルを下げることによって筋肉の修復に必要な転写制御因子 である。また、Leeたち(p. 2350)は、NF-κBを経由しての情報伝達阻害剤であるA20タン パク質を欠くノックアウトマウスの表現型について述べている。このマウスは、強い炎症 と悪液質を示し、未成熟で死亡する。このことから、TNF受容体からNF-κB の活性化へと 導くA20の情報伝達初期における抑制的な生理学的役割が示唆される。逆説的であるが 、A20は、プログラム細胞死から細胞を防御するようにも見える。(Ej,hE,Tn)

性の分離(Separating the Sexes)

植物における分離した性の進化は(植物では雌雄同株がふつうである)、広く研究されてい る。性の二形性は植物において広範囲に及ぶ進化のトレンドであり、被子植物のファミリ ーのほぼ半分近くで生じている。MillerとVenable(p.2335)は二形性の進化に対する新た な経路を提案しており、そこでは倍数性が性の特殊化のきっかけを与え る因子としている。彼らの主たる証拠はただ1つの属に由来しているが、しかしながら 7つの異なるファミリーにおける12の属から得られた裏付けデータにより、倍数性が自家 不和合性を破壊することを示している。このことは、性の二形性が異系交配のメカニズム を通して進化していく原因であろう。(KU)

開閉の状況(An Open or Shut Case)

カルシウム波、或いは振動は様々な植物や動物の細胞で観察されている。Allenたち (p.2338)は、植物において細胞質のカルシウム振動と気孔閉鎖の間を関連づけた。変異 体シロイヌナズナ植物の孔辺細胞は、生理的トリガーの全てに対してではないが、幾つか に応答してカルシウム振動を示し、そして、これは気孔の閉鎖に影響することはなかった 。しかしながら、カルシウム振動を外部的処置により付与すると気孔を閉鎖することが出 来た。(KU)

リーダーに従う(Follow the Leader)

我々そして他の哺乳動物の生体の概日リズムは、脳の視床下部に存在する”親”時計によ って調整されていると考えられており、この親時計が他の器官にある末梢の”子”時計を 制御している。Balsalobreたち(p.2344)は、、親時計が子時計を調整するために使うシグ ナルの1つとして、グルココルチコイド(glucocorticoid)ホルモンを発見した。合成グ ルココルチコイドのデクサメタゾン(dexamethasone)《炎症治療剤》は、昼でも夜でも 、肝臓や腎臓そして心臓のリズムの位相を一過的に変えることができる。しかし、脳の親 時計はグルココルチコイド受容体を含んでいないため、デクサメタゾン治療による影響は なく、周期の特定の時期においてのみ同調するシグナルに応答する。(TO)

タグを追いかける(Going After the Tag)

細菌は、何かの原因で合成が停止したタンパク質を分解する特定化した機構を持ち、その 原因は、例えば、適切に荷電したアミノアシル転移RNAの欠乏などである。細菌は、新し く合成されても不完全であるタンパク質にssrAという11残基のペプチドのタグを標識とし て追加するが、その標識は、ClpXPというエネルギー依存タンパク質分解酵素によるタン パク質の変性と分解のための標識である。Levchenkoたち(p2354)は、ssrAタグをもつタン パク質の分解を刺激するSspBというリボゾーム関連タンパク質を記述している。SspB生成 は飢餓によって刺激され、また飢餓によってリボソーム停止の機会が多くなることにもな るため、このシステムは、栄養ストレス時の必須タンパク質の合成のためのアミノ酸を効 率的に再利用する方法を提供するかもしれない。(An)

DIYアプローチ(A Do-It-Yourself Approach)

全ての真核生物の遺伝子のDNAは、染色質に閉じ込められているが、染色質の主要なタン パク質成分は、ヒストンであり、DNAがそのヒストンの回りに巻いている。遺伝子の活性 化の決定的な段階は、基本転写因子がDNAにアクセスできるために、染色質を"解放する" ことである。アセチル基とメチル基をタンパク質に添加するヒストンの翻訳後修飾につい てはよく知られているのに、遺伝子発現の活性化に相関する修飾であるヒストンのユビキ チン添加はよく理解されていない。PhamとSauer(p.2357;MizzenとAllisによる展望記事参 照)は、この修飾を担当する細胞中のタンパク質を同定することを狙った。結局、一般の 転写機構自体の成分のひとつであるTAFII250という転写制御因子TFIIDの中心サブユニッ トに他ならないことがわかった。ヒストンにユビキチンを添加すると思われている TAFII250の部分の変異が転写に 影響し、ショウジョウバエにおけるユビキチン結合のレベルを減少した。(An)

逆に戻る(Going Backward)

動物を、通常の繁殖に役立つ生殖細胞ではなく、体細胞の細胞核によってクローン化する 場合、核を、再プログラムして、分化した状態から逆向きに全能性の基底状態に戻るよう にしなけらばならない。このプロセスは、構造における変化と、核内に存在する調節タン パク質の補体の変化とをもたらすことになる。Kikyoたちは、このたび、アフリカツメガ エルの細胞の染色質の再構築に寄与するアデノシン・トリフォスファターゼの1つ 、ISWIを分析した(p. 2360)。この酵素は、核マトリックスから、重要な一般転写成分で あるTATA結合タンパク質が遊離するのを助けるものである。(KF)

低次元で競合する磁気(Competing Magnetism in Low Dimensions)

強い相関のある電子系の次元が減少すると、これは量子相転移の動力学研究に対して重要 な試験台となる。すなわち、これは基底状態間での競合が絶対温度ゼロでの量子ゆらぎに よって引き起こされる相転移である。Eomたち(p. 2320)は、量子ホール状態のために二次 元電子ガスにあるスピン配列が時間に依存した状態で進化する様子を観察した結果を紹介 している。この量子ホール状態は、通常においては強磁性であるが、加圧のもとで反強磁 性になる。この自然な強磁性状態を乱した後、混合磁性相がいかに進化し相互作用するか を観測することができる。(hk)

全体としてずっと速い(Faster Overall)

ミトコンドリア・ゲノムの配列は、系統の研究や法医学的研究、さらにはヒトの遺伝的障 害の研究など、いろいろな目的にとって有益な、重要な情報を明らかにするだけではなく 、全体としての変異の速度を評価するためにも用いることができる。Denverたちは、線虫 Caenorhabditis elegans の子孫を214代に渡って作りだし、74系統の子孫から完全なミ トコンドリアのDNA配列を明らかにした(p.2342)。彼らは26の変異を発見したが、その中 には翻訳領域に影響を与えるものがあり、そのうちのいくつかは変異のホットスポットで 生じたものであった。この虫は自己繁殖性なので、変異は自然選択とは独立に蓄積するた め、著者たちは変異の全体としての速度(百万年あたりサイト毎に14.3回)を直接推定す ることができた。この値は、これ以外の間接的予測よりも2桁大きなものである。(KF) (hk)

齢を重ねて(Older and Wiser)

スエーデン社会は、出生及び死亡に関して、非常にすぐれた記録を残してきている 。1860年から現在に至るまでの、高い精度のこの情報を利用して、Wilmothたちは、最先 進国における過去百年にみられた死の極大年齢の上昇の原因を統計学的に決定することが できた(p.2366)。高齢者の有病率の増加の大部分は、70歳以上の人の死亡率の減少による もので、この減少は1969年以降さらに加速しているのである。このようなよいデータは他 の国にはないけれども、この結果は先進国のほとんどにあてはまるものと思われる。(KF)
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