AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science August 11, 2000, Vol.289


磁気ボルテックスのコアを像にする(Imaging a Magnetic Vortex Core)

強磁性体の膜が磁化されると、磁化領域は小さな領域に分割し、その領域内部では磁化が 同じ方向を向き、その方向が膜の面内に存在するようになりやすい。これらの小領域はデ ィスクの形状を取り、膜の幾何形状がさらに制限される結果、理論によると、ボルテック スと呼ばれる渦巻き状の磁化の単一のドメインが生成し、ドメインの中心における磁化は 膜面に垂直であると予言している。鋭敏な磁気力顕微鏡を用いて、Shinjo たち(p.930) は、パーマロイのドット中にこれらの垂直方向を向いた磁気コアの存在を確かめた。この ドットは、50nm の厚さで 0.3 から 1μmの直径を有している。(Wt)

タンパク質を作るにはリボザイムを必要とする(Making Proteins Takes a Ribozyme)

細胞世界をやりくりしているのはタンパク質であるように見える。タンパク質は栄養 物の摂取を制御しているし、その栄養物の一部はエネルギー生成のために燃焼され、 別の栄養素はDNAやRNAのような遺伝的成分を作るための素材として利用されたり、脂 質や炭水化物のような構造材料や蓄積材料として利用される。これら全てのプロセス はタンパク質によって触媒制御されている。また、タンパク質そのものは、タンパク 質とRNAの巨大な複合体であるリボソームで作られるが、その反応はリボソーム RNA(rRNA)による触媒反応であることを知っている。Banたち(p. 905)によって、リボ ソームの巨大なサブユニットの高分解能の構造について報告された。このサブユニッ トは約3000のリボヌクレオチドと30の異なるタンパク質からできており、タンパク質 中のアミノ酸を結合するペプチド結合の合成を触媒する。この反応の活性部位はrRNA によって完全に覆われており、タンパク質成分の主要な役割は構造上の安定性を与え ていることであるように見える。基質類似物と複合体を形成しているサブユニット構 造について、Nissen たち(p.920;および表紙)は報告するとともに、基質結合部位の 相互作用はrRNAによって仲介されていることを確認した。普遍的に保持されているア デニン塩基は合成反応のために一般的な酸塩基触媒として作用する位置に存在してい る。このアデニンはMuthたち(p. 947)によって更にその特性が調べられた。活性部位 近傍(触媒作用はタンパク質だけに保持されていると思われていた)内における近傍 相互作用の結果として、アデニンの酸性度定数が著しくシフトすることが示された。 この提案されたメカニズムの生化学的側面(これは逆にも作用することを除くとセリ ンプロテアーゼと区別つかないように見える)と進化的意味について、展望記事にお いてCechが議論している。(Ej,hE,Tn)

ユーロパを押し固める(Squeezing Europa)

木星の凍った衛星であるユーロパの形態から、その表面の大きな領域において張力が働い ていることが示唆される。ガリレオ観測衛星により、それらの領域で観測されるリッジの 広がりや口をあけた裂け目は潮汐力に関連するものであり、圧縮によると思われる形状特 徴は観測されていない。この状況は、一方で張力により地形が引き延ばされると、他方で は圧縮により地形が押しつぶされるというバランスが働き、全体としては衛星の大きさと 形状が維持される、、という一般的な傾向に反する、という問題を提起している 。ProckterとPappalardo(p. 941)は、ガリレオで撮影された画像により、Astypalaea Lineaと呼ばれる平坦な帯状地域内の潮汐力に由来する圧縮により形成されたと思われる 褶曲と山脈とを発見した。この発見により、著者は、ある場所では引き離されたユーロパ の外殻が、別のあるところで圧縮される、という標準的なテクトニクスモデルを強力に支 持している。(Na,Tk,Nk)

ウェット対ドライの動力学(Wet Versus Dry Dynamics)

分子中の電子がフォントにより励起された後、緩和過程により電子が他の原子や官能基に 移動する。このような電子移動は、光合成の反応中心を動作させる反応を含めて多くの光 反応の基礎である。濃縮相において、このような光‐誘導電荷移動プロセスは、純粋に分 子内か、或いは周囲の溶媒分子によって影響されるかのいずれかであり---この異なる影 響を区別することは困難である。Yenたち(p. 935)は超高速分光法を用いて、遷移金属 錯体〔Ru(bpy)32+(bpyは2,2'-ビピリジン)の種々の溶媒中にお ける光‐誘導電荷移動に関する動的反応を調べた。データによると、溶媒により媒介され る経路と、厳密に分子内プロセス経路の明白に異なった経路がある。一個のbpyリガンド 上での電荷の局在化は溶媒和の作用に依存するが、しかし初期形成された非局在化の励起 状態変化の過程は溶媒に無関係に生じているらしい。(KU)

自由電子レーザーの二倍化(Free Electron Lasers Double Up)

シンクロトロンは明るいX線放射源を提供するが、それらの出力は数多くの独立に放射す る電子によって生成されたものであり、それゆえコヒーレント(可干渉)ではない。明るく 、コヒーレントで短波長の光源を開発する一つの方法は、自由電子レーザー(Free Electron Lasers (FELs))を用いるものである。Yu たち (p.932) は、従来のレーザーか らの出力を用いて、FELから高調波を生成できることを示している。原理確認の研究とし て、彼らは、FEL の電子ビームのエネルギーを、赤外領域(10.6μm波長)で動作している 種となる低エネルギー CO2 レーザーからの 200 psec パルスのエネルギーでコヒーレン トに変調した。電子は分散マグネットを通過した後、他のアンデュレータ(放射器)を通し て供給された。そのアンデュレータは、種となるレーザー源の第2高調波に調整されてお り、5.3 μmのレーザー光を生成した。著者たちは、カスケード過程は、紫外領域におけ るより短波長のものへの方法として、そして究極的にはX線領域への方法として利用可能 であると示唆している。(Wt)

適切な環境を創ること(Creating the Right Environment)

数多くの生化学的酸化反応は鉄酵素によってなされている。末端のオキソリガンドを 含む単核の鉄化合物が、このような反応の鍵を握る中間体として提唱されていた。低 分子の金属錯体を用いてこの化学を模倣しようとしたモデル研究は、Fe(Ⅲ)錯体がFe 中心とブリッジ結合するオキソリガンドと多核化合物を形成するという性質によりう まくいかなかった。MacBethたち(p.938;Thorpによる展望参照)は、O2と の反応によりFe(II)化合物から生成されるFe(III)-O化合物、及びそのFe(Ⅲ)-OH類似 体の合成や構造、及び特性に関して報告している。特別に工夫されたリガンドは鉄セ ンターの周囲に水素結合のキャビティを創り、これにより非プロトン化Fe-O化合物生 成が可能となり、そしてオキソブリッジ結合化合物の生成を阻害する。(KU,Tn)

旅での寄り道(Stopping Off on the Trip Out)

アフリカから移住する人類は、中東を通らなければならなっかたであろうが、この鍵とな る地域での記録あるいは遺跡はまれにしかない。一つは、死海断層地帯にあるGesher Benot Ya'aqovで見られる。ここには、明らかに更新世のときの移住記録とアシュール期 の道具がある。この遺跡にある古代人が作った道具は、従来想定されていたよりもかなり 古く、約78万年前のものであることを、Goren-Inbarら(p. 944)は示している。そしてこ れは、ヨーロッパ至る所で見つけられるこのような道具ができたと想定される時代よりも 古い。この遺跡から想定される技術は、百万年前あるいはそれ以上古いレバント地域にお ける他の遺跡から想定される技術よりさらに進んでいる。(hk)

脂肪を避ける(Eschewing the Fat)

肥満やⅡ型糖尿病の羅病率増加に伴い、脂肪細胞(或いはadipocytes)がどのようにしてそ の前駆体細胞から生成されるのかを理解しようという関心が高まっている。この分野にお ける一般的考えとして、脂肪細胞の分化が細胞外の誘導信号によって引き起こされるとい う見方が強調されている。Rossたち(p. 950)はこの見解に疑問を呈しており、脂肪生成 が誘導的機構というより、むしろ抑圧的機構により制御されていることを示している。培 養中の前駆脂肪細胞が、Wnt経路の作用により未分化の状態に維持されている。Wnt経路は 別の組織の中で細胞成長と分化に決定的な役割を果たしていることが既に知られている信 号伝達経路である。Wnt信号伝達が前駆脂肪細胞で阻害されると、その細胞は自発的に脂 肪細胞へと分化した。筋細胞前駆体、或いは筋芽細胞におけるWnt信号伝達の破壊も、又 、その細胞の脂肪細胞への転換をもたらした。このことは、この抑圧的機構が中胚葉の細 胞の運命をスイッチする共通のメカニズムであることを示唆している。(KU)

感受性の高いトリガー(A Highly Sensitive Trigger)

シナプス前終末からの神経伝達物質の放出は、カルシウムの短期の増加によって引き 金を引かれる。哺乳類の中枢シナプスにおける小胞のカルシウム・センサーの感受性 と、小胞と原形質膜との融合を引き起こす分子反応を開始するのに必要な最小カルシ ウム濃度とについては、長く議論されてきた。Bollmannたちは、ラットの聴覚性脳幹 シナプスにあるケージ化カルシウムのレーザーによる遊離を測定し、1マイクロ・モ ルのカルシウム濃度増加があると放出を引き起こすことを発見した(p. 953)。著者た ちの分析は、シナプスによって引き起こされる神経伝達物質の放出速度に相当するに は、10マイクロ・モルのカルシウムの短期スパイクがあれば十分であることを示して いる。この結果は、シナプス前終末のカルシウム・センサーが高いカルシウム親和性 を有していることを意味している。(KF,Tn)

リン酸輸送体はグルタミン酸をも運ぶ(A Phosphate Transporter Also Hauls Glutamate)

もっとも重要な神経伝達物質の一つであるグルタミン酸は、長い間、研究者たちに対して 秘密を一つ隠し通してきた。シナプス小胞への自分自身の輸送体が何か、ということであ る。Bellochioたちは、このたび、従来無機リン酸を原形質膜を通して輸送する役割を果 たしていると考えられていたタンパク質である脳に特異的なNa+依存の無機リン酸輸送体 (BNPI)が、グルタミン酸輸送体としても働いていることを報告している(p. 957; また、 Helmuthによるニュース記事参照のこと)。今や第二の名前として小胞グルタミン酸輸送体 (VGLUT1)を担うこととなったBNPIだが、その役割はその環境に依存した機能であるらしい 。著者たちは、それは原形質膜ではBNPIとして機能するが、シナプス小胞ではVGLUT1とし て機能すると示唆している。(KF)
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