AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science May 26, 2000, Vol.288


振動する太陽黒点(Oscillating Sunspots)

いくつかの太陽黒点は、太陽黒点暗部上の彩層中においてスペクトルラインの形と 強度の振動が見られる:これらの黒点暗部のフラッシュは、およそ3分の周期で発 生する。Socas-Navarro たち (p.1396) は、二つの黒点に対し、円偏光の異常成分 プロファイルを観察した。そして、非熱的放射を取り入れることにより、黒点暗部 フラッシュのスペクトルラインの特徴に対して、これまでと反対のモデルを展開し た。彼らのモデルから、彼らは、黒点暗部のフラッシュは、下降流の磁化領域が周 期的に形成されることによると示唆している。そして、すべての黒点は、黒点暗部 のフラッシュを有している可能性があるが、スペクトル分解能の不足から、あるも のは観測できなくなっていると指摘している。(Wt,Nk)

極端に離れて(Poles Apart)

南北極地における成層圏のオゾンの損失は、極地成層圏雲(PSC:polar stratospheric clouds)の存在に依存しているが、これはPSCがオゾン分子を触媒的 に破壊する活性塩素の生成を促進する。このプロセス中で重要なステップは脱窒素 作用である。Tabazadehたち(p.1407)は南極区の成層圏における硝酸と水蒸気につい ての人工衛星による計測結果を評価して、なぜ南極は北極よりもより脱窒素作用が 激しいのかを示す"PSC"ライフタイムの概念を導入した。このアイデアは、なぜ北極 のオゾンホールが、南極のオゾンホールのように大きくならないのかをうまく説明 でき、そしてもし成層圏の寒冷化がより進行して温室効果ガスの濃度変化が生じる ならば、広範囲な北極のオゾン損失が発生することを示唆している。(TO)

表面で励起される(Excited on the Surface)

金属表面で励起された電子のダイナミクスは、電子的なプロセスや化学反応を制御 する可能性があるが、それを測定するには、欠陥の役割や他の電子との強い相互作 用を克服せねばならない。二つのレポートにおいては、これらの困難を克服するた めの実験的アプローチが与えられている (Wolf と Ertl の展望記事を参照のこと) 。電子が励起され、正電荷のホールを置き去りにしていくと、ホールは、他の電子 と再結合するまで表面を動き回る可能性がある。様々な実験的あるいは理論的研究 から、異なる表面ホールの寿命が存在することが判明してきた。Kliewer たち (p.1399) は、走査型プローブ顕微鏡を用いて、表面の微視的領域のホール寿命を測 定した。これまでのテクニックは、表面を横切って平均したものという点で巨視的 なものであり、また、表面領域の散乱を適切に考慮していなかった。表面の散乱を 適切に考慮すると、理論と実験との相違は解消されうる。表面に吸着された原子や 分子が電子的に励起されると(たとえば、適当な波長の光を用いて)、化学反応が起 こるかもしれない。付随する構造変化は、通常、フェムト秒の時間スケールで生ず るため、速すぎて超高速の回折手法の分解能も届かない。Petek たち (p.1402) は 、異常に長寿命の銅の表面上のセシウムの電子状態を利用して、表面電子構造の時 間的な変化を研究している。彼らの13.4 fsec ごとのフレームの「ムービー」によ ると、レーザー励起の結果として、セシウム−銅 間の結合は、それが平衡位置に緩 和して戻る以前は0.35Åだけのびていることを示している。(Wt)

らせんの向きの反転(Helical Inversion)

ある種の小さな化合物においては、キラリティの変化が光化学的に、可逆的に引き 起こされることがある。酸化還元によって引き起こされるキラリティの変化もまた 研究されてきたが、その研究はさほどうまくいっていない。ZahnとCanaryは、CuIと CuIIの間の酸化と還元によって、プロペラ形状の分子にある2つの発色団の方向につ いて完全かつ可逆的ならせん体の反転が生じる、銅複合体を合成した(p.1404)。こ の変化は、リガンドにおけるある変化によって引き起こされる、1つの発色団の再配 向によって生じるのである。(KF)

イオン・ポンプの向きの逆転(The Flip Side of Ion Pumping)

膜タンパク質バクテリオロドプシンは、可視光フォトン1個から得られるエネルギ ーを用いて、好塩菌ハロバクテリアの内部から外部の培地へ水素イオンを輸送する 。これもまた好塩菌に見出されるハロロドプシンは、バクテリオロドプシンと30%程 度の配列的同一性を有しているものだが、フォトン1個のエネルギーを用いて、塩 素イオンを内向きに取り込む働きをする。このように類似したタンパク質が、その ように明らかに違う反応を行なう理由が、Kolbeたちによって提示された構造に基づ く帰結として、このたびいっそう明確になってきた(p. 1390; また、Spudichによる 展望記事参照のこと)。フォトンによって起きるレチナールのシス-トランス異性化 が、シッフ塩基が向きを変えること、そして、細胞質空間にアクセスできる部位へ 塩素イオンを引きつけることに役立っているのである。これに引き続いて生じる緩 和と再異性化によって、塩素イオン結合部位が外部培地からの塩素イオンで満たさ れるのを許すのである。(KF)

いっしょに育つ(Growing Together)

熱帯森林には多種多様な樹木種を含んでいるが、樹木数構造(population structure)や多くの稀な個々の樹木種の分散についての基本的な情報はほとんどな い。最近Conditたち(p.1414)は、アジアと中央アメリカの6個所で、25から52ヘクタ ールの森林調査区内における、直径1センチメートル以上の全ての樹幹(stems)につ いて大規模な調査を行なった。この1000種以上の膨大なサンプルから言えることは 、ほとんどの樹木種は、集団化していて(aggregated)、そして過去の報告が示した ように、ランダムに分散あるいは散在しているのではないことを示す。集団化 (aggregation)は超巨大な樹木間においてさえ維持されている。そして、稀な種は 、一般的な種よりもより集団化している。この新しく豊かなデータは、熱帯森林の 多様さをコントロールする要因を飛躍的に解明する道を開いてくれる。(TO)

グリップを得る(Getting a Grip)

メッセンジャーRNAは、酵素RNAポリメラーゼ¥266と多数の付加的な転写制御因子に よりDNA中の相補的遺伝子から転写される。このような転写制御因子の一つ 、¥266Hは3'‐5'DNAへリカーゼで、この因子は転写開始点において2本鎖DNAを融解 し、それによって一本鎖DNAにのみ作用するRNAポリメラーゼが接近することが出来 る。ほどいたり、融解するために直接開始点に作用するというより、実際には ¥266Hは少し離れたところで作用し、そして開始点の3〜25ヌクレオチド下流のDNAへ 結合することを、Kimたち(p.1418)は示している。この隣接した位置から、著者たち は¥266HがDNAのらせんにトルクを与える「分子レンチ」として作用していることを 示唆している。のわずか上流にあるDNA鎖の分離は開始点転写バブルを形成する 。(KU)

DNA配列以上のものを認識する(Recognizing More than DNA Sequences)

多タンパク質複合体であるTFIIDは配列特異的なDNA結合活性を有し、転写の制御を 仲介している。TFIIDの最大のサブユニットであるTAFII250は、染色質ターゲティン グへの潜在的役割をこれに与えている。Jacobsonたち(p. 1422; Pennisi によるニ ュース解説参照)は、ヒトのTAFII250の二重ブロモドメインの結晶構造を2.1オング ストロームの解像力で決定した。この構造から2つの四重らせん体束があることが 分かり、その各々がアセチルリシンに結合していると思われる疎水性中心ポケット を持っていることが判明した。このモノ-, ジ-, あるいは 多-アセチル化したヒス トンH4ペプチドの結合親和性を比較することによって、結合性が最も強いのは、7残 基分離れた2 つのアセチルリシンであることが分かった。この分離距離は、2つの 結合ポケット間の距離である25オングストロームに一致する。この構造から、核酸 とヒストンの結合に関与しているらしい正と負の荷電した部分が局在することが分 かる。このことから、著者たちは、二重ブロモドメインがジアセチル化したH4尾部 を認識して、特異的な染色質と結合したプロモーターにTFIIDをターゲティングさせ るのではないかと提案している。(Ej,hE)

殺人ウイルスのプロフィール(Profile of a Killer)

シンガポールとマレーシアで105人の死者を出した、脳炎の大発生の原因である 、Nipahウイルスの特性についてChuaたちが記述している(p. 1432)。そのウイルス は、電子顕微鏡によるヌクレオカプシド構造と複製の分析と、更に血清学および遺 伝子配列による判定でParamyxoviridaeの仲間と分類された。疫学的証拠により、ヒ トがブタへ接触したことで感染したことを示唆している。そのウイルスはブタの呼 吸器系で発見されている。著者はNipahウイルスと、最近になって発見された Hendraウイルスは新しい属の一部を形成することを示唆している。これらのウイル スは複数の種に対して感染し死に至らしめる可能性を持つ特殊なものである。(Na)

マイクロバクテリア病原性遺伝子

いくつかの放線菌は、重くて頑固な人の病気の原因となる。結核(TB)を引き起こ す種に近い関係にある放線菌類(Mycobacterium marinum)は、広範囲の外温性動 物に感染し、人の手足の冷え症(the cooler extremities)となる病気を引き起こ す。M. mariumに感染している豹蛙(leopard frogs) の生有機体において病原体は 微少体(granulomas)内の慢性的な感染中における特異的な一組の遺伝子を示すこ とと、これらの遺伝子の特別なサブセットは宿主の免疫系細胞を破壊しかつこれに 寄生する有機体に対して本質的であるということを示すために、Ramakrishnanたち (p.1436; Wickelgrenによるニュース記事参照)は、差分蛍光誘導(differential fluorescence induction)を用いて、生きている生物体(M.mariumに感染されたヒ ョウガエル)中においては、この病原体が肉芽腫内での慢性感染で特定の遺伝子セ ットを発現すること、及び病原体が宿主の免疫系を破壊し、寄生するためにはこれ らの遺伝子のうちの特定のサブセットが必須であることを示した。今までこれらの 遺伝子の存在は知られていたが、機能は何もわかっていなかった。さらに、結核菌 (M.tuberculosis)中の同じ遺伝子が結核に対する標的となりうる。(hk)

B細胞となるべきか、さもなければマクロファージに(To B Cell,or Not To B Cell)

転写制御因子PU.1はB細胞やマクロファージの発生、及び増殖において必須のもので ある。DeKoterとSingh(p.1439)はPU.1発現のレベルによって,その細胞の運命がどう なるかが定められていることを示している。低いレベルにおいては、PU.1タンパク 質が前駆体細胞をBリンパ球(抗体を作るときに関係する細胞)へと分化させ、一方 PU.1の高いレベルにおいて同じ細胞がマクロファージ(侵入微生物を飲み込むよう な細胞)に分化する。(KU)

緩慢な拡散(Slow Diffusion)

局所的な変成反応速度は流体と岩石間のストロンチウム同位元素の拡散速度を測定 することで見積ることが出来る可能性がある。BaxterとDePaoloは(p. 1411)、スイ スのSimplon Pass近くの変成岩内のガーネットのストロンチウム87とストロンチウ ム86の比率を測定し、推測された反応速度は実験室で測定された速度より、かなり 遅いことを発見した。これらの結果は、自然な反応速度は岩石内部の歪速度により 近いことを示唆しており、これらの反応速度が数千万年間の化学的な歴史を記録し ている可能性があることを示唆している。(Na,Tk)

核膜の構築(Nuclear Envelope Assembly)

細胞分裂後、分離した染色体のまわりに新しい核膜が形式する。Zhangと Clarke(p.1429)は、アフリカツメガエル卵母細胞の抽出物におけるこの過程を研究 するために、無細胞のシステムを作成している。著者は、染色質の非存在下で小さ なグアノシントリホスファターゼRanが核膜の構築を直接に刺激できることを実証し ている。グルタチオンから作成されたビーズの表面に結合したグルタチオンS転移酵 素とRanの融合タンパク質を用いた。このようなビーズのまわりの核膜構築は、ヌク レオチド交換因子RCC1によって促進され、Ranによるグアノシン三リン酸の加水分解 を必要とするようである。この実験的なシステムは、核膜構築を制御する他の因子 の有用な分析に役に立つであろう。(An)

修復する休止(The Pause that Repairs)

紫外(UV)光の照射によって細胞がDNAダメージを受けると、細胞分裂が進行する前に 修復ができるように、細胞周期を休止する。このようなチェックポイント機構のひ とつは、p53腫瘍サプレッサータンパク質を用い、p21CIP1/WAF1というサイクリン依 存リン酸化酵素抑制剤の合成を増加する。Mailandたち(p 1425)は、細胞のDNA複製 を防ぐもうひとつの機構を示している。UV線に照射された細胞において、Cdc25Aと いうホスファターゼ(Cdk2を脱リン酸化し、活性化する)がユビキチン結合され、プ ロテアソーム依存的に分解される。この過程は、DNA合成が起こる前に、細胞周期の G1相に細胞を休止させる。タンパク質リン酸化酵素Chk1によるCdc25Aリン酸化がホ スファターゼを分解標的とするかもしれない。このCdc25Aを介する情報伝達の経路 と、p21を介するp53仲介の経路との協力によって、ゲノムの不安定を防ぐようであ る。この2つの経路のいずれかが異常に機能すると、ゲノムのダメージまたは癌細胞 の形成に関与するかもしれない。(An)

HIV薬剤耐性の可逆性(Reversibility of HIV Drug Resistance)

サンフランシスコのゲイ共同体におけるヒト免疫不全症ウイルス(HIV)感染に対する 抗レトロウイルス治療(ART)の効果を予測するために、Blowerたちは、ARTの効果や リスク行動の潜在的増加、さらには薬剤耐性の出現率などを考慮に入れた数学的モ デルを開発した(1月28日号の報告 p. 650)。Davenportは、そのモデルは「治療をや めた薬剤耐性を有する患者が...短期間で...薬剤に対する感受性を取り戻す」こと を前提にしているが、モデルにおける患者に薬剤耐性があり治療を受けないものが ほとんど含まれていない、とコメントしている。「このグループは、高い死亡率を 有し...また耐性のあるウイルスの伝播について影響をもっていると考えられるので 、それらが欠けているのは問題である」とDavenportは述べている。Blowerたちは 、自分たちの意図は「一般的な洞察を与えてくれる初めての単純なモデルを開発す ることであ り」、より詳細な、将来出るモデルでは、再治療がうまくいかない比率などのさま ざまな変数を扱うことになろう、と応じている。Blowerたちは、またさらに、その 単純なモデルについての時間依存的な感受性分析によっても、「獲得された(ある いは再獲得された)高い耐性も...高い復帰の割合も...問題となっている2つの主要 な結果にはまったく影響しないことが明らかである」と述べている。これらコメン トの全文は、
www.sciencemag.org/cgi/content/full/288/5470/1299a で読むことができる。(KF)
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