AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 4, 2000, Vol.287


米国西部の応力(Stress in the West)

カリフォルニアの海岸は、太平洋プレートの剪断変形(shearing)から北アメリカプ レートを通る走向断層によって、支配されている。ネバダのさらに東部、ベイスン ・アンド・レンジ(Basin and Range)は、水平伸張構造(extensional structures)に よって特徴づけられる。そして米国の西部における他の広い地域では、際立った地 殻の変形は認められない。Fleschたち(p.834;Housemanによる展望記事参照)は、こ れらの違った応力状況を説明する、米国西部の岩石圏の一貫性あるモデルを作成し た。彼らのモデルは、プレート境界での力と浮力が西部にまたがる圧力のスタイル の一因となっていることを示している。彼らのモデルから、カリフォルニア海岸の ような地殻の脆弱な地域から、ベイスン・アンド・レンジのような地殻の強靭な地 域の強度を推定することができた。(TO,Og,Tk)

伸縮性の更に良いもの(Better in the Stretch)

音響スピーカから小型ロボットに至る多くの用途に対して、電気エネルギーを機械 的動きに変換する小さなデバイスが望まれている。このようなアクチュエータには 圧電性のセラミックやカーボンナノチューブ,或いは導電性ポリマーといった異種 材料が使用されている。しかしながら、外部電圧に単純に誘電性の応答をする通常 のポリマーでも、形状変化に追随出来る電極間に薄膜としてサンドイッチすると巨 大な動き(変形)をする。Pelrineたち(p. 836;Choによるニュース解説参照)は、前 もって伸縮を与えられた幾つかの市販のシリコーンやポリウレタンのポリマーを含 むアクチュエータが2倍、或いはそれ以上に拡がることを示している。応答も速く 、そしてこのようなアクチュエータは他のアクチュエータに比べて大きな機械的パ ワーを伝達することが出来る。(KU)

寒かった赤道(Cooler Equatorially)

古気候学において最も論争のある問題の1つに、最終氷期最盛期(LGM:last glacialmaximum)の期間で、 特に赤道付近において海面と大陸の温度が現在と比べ てどの程度低下したのかという問題である。Weyhenmeyerたち(p.842)は、北部オマ ーンから得た地下水の希ガス組成を調べてきた。そして、そこでの15,000年から 20,000年前の年間平均温度は今より6.5℃低かったことが判った。彼らは、水素と酸 素の同位体組成との間の関係から、現在は大気中の水分の主な源が地中海がである という状況とは異なり、当時のそれはインド洋であったことも判った。これらの結 果は、LGMにおいて赤道付近では広範囲にしかも顕著な温度の低下があったという意 見への強い支持を与える。そして大気循環パターンの重大な変化が、その後に起こ ったことを示唆している。(TO)

必要に応じて分泌(Secretion on Demand)

特異化した分泌細胞はインシュリンのような生物にとって重要な生物制御分子の放 出を制御し、適当な時期にこれが届くように保証している。Riveraたち(p. 826;お よび、Aridor と Balchによる展望記事参照) は、もし適当なタンパク質が分泌経路 に蓄積するように人工的に操作しておくと、非分泌性細胞でも分泌細胞のように振 る舞うことができることを実証した。インシュリンと成長ホルモンを小胞体に凝集 して蓄積させた。この結果形成された凝集タンパク質は細胞の小胞体を通して移動 させるには大きすぎるが、凝集物を分解させる細胞浸透性小分子の薬剤によって効 率的に分泌が誘導された。インシュリン放出のマウスモデルで示されたように、薬 剤投与によって無修飾のタンパク質が遊離された。この戦略は、生理学的に重要な 分子の分泌を直接制御するという、潜在的価値を持っている。(Ej,hE)

蜂の二点間距離計測(Measuring a Beeline)

蜂は、巣と食べ物との間の飛距離をどのように計測し、姉妹へその情報をダン ス(日本ではしばしば、「8の字ダンス」と呼ばれている)によってどのよう に伝えているのだろうか?狭いトンネルを通って飛んだあとのダンスと、外部 を自由に飛んだ後のダンスの様子を比較することによって、トンネルを通過し たあとの飛行は、より長い距離を飛行することと、蜂の知覚において、等価で あることをSrinivasanたち(p. 851;表紙とCollettによる展望記事を参照の こと)が示している。つまり、細かいパターンを内側に持ったトンネル内部を 通過して食べ物を探しに行くように訓練されたミツバチにおいて、トンネルの 幅がわかっているので、パターンの知覚上の動き(空間周波数)とダンスとの 関係を計測することができる。その結果、パターンを持つトンネルを通過した ミツバチは数百メートルも距離を誤って知覚する。ミツバチは視覚上のイメー ジの流れが距離測定の重要な要素になっている。(hk,Ej)

カワガラス(Dipper)の個体群は増加するか?(Bigger Dipper Populations?)

生態学の主要な論点は、個体群の変動に対する密度依存の効果と確率的変異の相対 的な寄与であり、現代における主要な関心は、生物が予想される地球規模の温暖化 に対してどのように反応するか、というものである。Saetherたちは(p. 854、Wuethrichによるニュース解説も参照)、ノルウエーの小さく穏やかな鳴き鳥 、カワガラスの長期的な研究で、これら両方の質問に取り組んだ。個体群モデルの 確率を予測し、モデル化する新しい手法を用い、彼らは定量的に、地球規模の温暖 化はカワガラスの個体群動態に強い影響を与えることを実証した。彼らは、特に 、温暖化により、個体群の増加を制限するような環境変化の生じる頻度が減ること で、平均的な個体群の密度が増加するような影響を与えることを示した。(Na)

海洋生物の分散に対する再評価(Reassessing Marine Dispersal)

海洋において幼生生物の分散を制限するものはあるのだろうか。一般的に、幼生は 海洋の島々の間に広く分散していおり、生態学的群生は「開かれている」又は相互 につながっている、と考えられていた。Cowenたちは(p. 857)、モデル的手法を用い 、そのようなつながりは、少なくともカリブ海諸島では、何十億倍も過大に評価さ れていたことを示している。その代り、個体群は大部分局所的に再生産され幼生が 保持されることにより持続されているように見える。これらの発見は、海岸の海洋 生物の保存と管理の戦略に直接的な影響を与える可能性がある。もし、局所的な保 持が行われているなら、局所的に管理を行うことで、局所的に大きな成果を上げる チャンスが高い。(Na)

T細胞型を操作する(Manipulating T Cell Types)

T細胞は細胞性型(1型)であるか、あるいは、アレルギー型(2型)のいずれかの 免疫応答の産生を助ける。あちこちの経路に強い影響を与えるサイトカインには 、インターロイキン-12(IL-12)や、IL-10がある。Ashkar たち(p. 860) は今回、サ イトカインEta-1(これはオステオポンディンとして知られている)は、インテグリ ンに結合することでIL-12の産生増加に、そして、CD44に結合することでL-10の産生 の減少に決定的重要性を持つことを見つけた。遺伝的にEta-1, IL-12, あるいは IL-10が欠乏しているマウスを使って、著者たちはEta-1がリステリアの感染からマ ウスを防御するのに、そして、肉芽腫の形成促進に必要であることを見つけた。ま た、IL-12:IL-10の割合に応じてEta-1の効果が異なることから、これによって免疫 応答性が操作できる可能性があるという治療目標を与えることになった。(Ej,hE)

脳の完成の直前(Almost Assembling the Brain)

脳のように複雑な器官の発生は、厳密に制御されたイベントの順序に依存する。脳 の正確な構築には、ニューロン間のシナプスの連絡が必須であろうか。Verhageたち (p864)は、munc 18-1遺伝子が除去された新しいマウス変異体において、神経伝達物 質の分泌が完全に遮断されたことを記述している。除去にもかかわらず、このマウ スの脳は、正常に構築され、主要な経路が存在し、シナプスの構造上の要素が形成 される。このように、初期に結合が設立され、シナプスが形成されるためには、神 経伝達が必要ではないようである。しかし、後期には、ニューロンがアポトーシス で死亡し、多数の細胞の損失が発生し、脳の完全性を損なうことが起こる。(An)

酵母フェロモンの影響を追いかける(Following the Effects of Yeast Pheromone)

酵母細胞の間のフェロモン連絡が細胞周期のG1期を静止し、接合投射を形成させる 。Robertsたち(p 873)は、DNAミクロアレイ分析を用い、フェロモン応答経路をによ る情報伝達の変化に関与する酵母細胞の遺伝子発現の全体的なパターンを観察した 。フェロモン受容体は、分裂促進因子活性化タンパク質(MAP)キナーゼ経路を活性化 し、遺伝子発現の変化を起こす。結果は、他の生物学的応答のためにMAPキナーゼ情 報伝達モジュールを使用するこの経路と関連している他の経路で仲介する制御の全 体的なパターンを示している。フェロモン応答経路の部分的活性化は、単相体浸潤 性成長中の細胞のような遺伝子発現パターンを生成することが解ってきた。このよ うな制御が別のMAPキナーゼ経路によって制御されていると以前には考えられていた 。46組以上の実験条件において、厳密に制御された383の遺伝子からのデータによっ て、このような大量のデータが二次元の階層的マトリックスとして表示されると 、予測能力が得られることを示しはじめた。(An)

核酸のパートナー(Nucleic Acid Partners)

生化学においてマクロ分子の特異性相互作用の形質は中心課題である。Hermannと Patel (p. 820) は、リガンド-核酸複合体の構造的研究をレビューした。ここで言 うリガンドは、アミノ酸、小さな芳香族分子、そしてオリゴ糖を含んでいる。核酸 は情報伝達の媒体として、遺伝子のDNA配列をコードするものとして、また、メッセ ンジャーRNA、転移RNAyaリボソームRNAを具現化する家庭におけるその情報の御用人 として機能する。もっと最近の研究によって、これらの機能を遂行する上で、そし て、将来的には生物工学的にこれを実現する上で、核酸の特異的相互作用の重要性 が明らかになった。(KU)

C:N:Pの比の変遷(Redfield Ratio Trends)

たとえどんなに少量であっても生物地球化学的海洋学上の聖杯(最後の晩餐に用い た酒杯)と呼べるであろうが、海洋生物が軟部組織を作るために利用するのは炭素, 窒素, とリンの相対比(この比はRedfield ratioとして知られている)であろう 。このRedfield ratioは地質年代のスケールでは変化しているが、一般的には現代 の深海では場所によらず一定で安定していると信じられている。Pahlow と Riebesell (p.831) は、過去50年間にわたり、世界中の深海における栄養分の濃 度測定値について再度見直し、この間にも北半球のRedfield ratioは変化している と結論を下した。彼らは、海洋における?搬出量(export production)?が増加した ための帰結であろ うと示唆している。多分、搬出生産量が増加したことと、海洋における非定常な炭 素サイクル中で、風成の鉄が生物にとって得られ易くなったことに関連しているの であろう。(Ej,hE)

一緒につながって(Chained Together)

有機発光ダイオードに用いられているような共役ポリマーの電気的励起は、通常同 じ鎖を上下して動くものと考えられている。 Osterbackaたち(p.839)は、このような一次元的な励起状態は、孤立した鎖や不規則 な鎖における形態であり、高度に規則的なナノ構造のレジオレギュラ ー(regioregular)(即ち,鎖全体が同じ方向に並んで、頭と尻がくっつく配列をし ている)なポリマーでは鎖と鎖の間でホッピングが生じているという分光学的証拠 を与えている。このように高度に規則的な共役構造において、励起が一次元的とい うよりむしろ二次元的に動いている。(KU)

ミトコンドリアによる腫瘍のサプレッサー(Mitochondrial Tumor Suppressor)

遺伝性傍神経節腫(PGL)とは、頭部および頸部に良性の血管性腫瘍が発生することで 特徴付けられる、まれにみられる障害である。もっともよく腫瘍が発生する部位は 頚動脈小体(CB)、すなわち血液中の酸素レベルを感知し反応する、頚動脈中の小さ な器官である。Baysalたちは、PGLを有する人にはSDHD遺伝子に生殖系列変異がある ということ、またそういう人たちの腫瘍が野生型の対立遺伝子を選択的に欠いてい るということを示している(p. 848)。SDHD遺伝子は核にあるが、それはミトコンド リアの呼吸鎖タンパク質、すなわちコハク酸塩-ユビキノン酸化還元酵素のチトクロ ムbの小さなサブユニット、をコードしている。この知見は、ミトコンドリアがある 種の腫瘍の病原性において重要な役割を果たしていることを示しており、これはま た正常なCBの生理学についてのより良い理解をもたらしてくれる可能性がある 。(KF)

マラリアへの複数感染(Multiple Infections in Malaria)

マラリアが流行している地域では、多くの人が、マラリア原虫の一つ以上の種また は遺伝子型に、出生以降感染している。これら異なった種の間の相互作用によって 、治療やワクチン開発にとって重要となる結果が生じうるのである。Bruceたちは 、パプア・ニューギニアの、マラリアに感染しているが発症していない子ども34人 を検査したが、彼らの大半は複数のマラリア原虫に冒されていた(p. 845)。スメア ・テストでの陽性の数が多い子どもほど多くの種ないし遺伝子型に感染している傾 向があり、スメア・テストでの陽性率が最も高かった子どもは、もととなった個 々の種の密度においては差があるにもかかわらず、相対的には一定の寄生虫密度を 示していた。この、密度に依存する集団の制御の証拠が示唆するのは、唯一の種 、たとえばP.falciparum、を標的にしたワクチンでは、それ以外のマラリア原虫種 に感染する人の比率をただ増やすことになりかねない、ということである。(KF)

Rasタンパク質とIκBタンパク質(Ras Proteins and I)

IκBタンパク質は、免疫系の炎症性刺激への応答である遺伝子制御において主要な 機能を果たすNF-κB転写制御因子の抑制物質である。この系においては、転写は 、IκB抑制性タンパク質のタンパク分解の調整を介して制御される。IκBと相互作 用するタンパク質のスクリーニングによって、Fenwickたちは、彼らがκB-Ras1と呼 ぶあるタンパク質を検出した(p. 864)。この名前は、それが小さなグアノシン・ト リホスファターゼRasに似ているためである。κB-Ras1タンパク質は、Rasの発癌性 変異体において見られるのと同様の変異をもっているという点で、普通ではないも のである。κB-Ras1タンパク質とIκBタンパク質は、無傷の細胞で相互作用するこ とが示されていた。κB-Ras1の過剰発現は細胞中のIκBタンパク質の分解を減少さ せ、結果的にNF-κB依存の転写を抑制した。κB-Ras1タンパク質は、IκBbと NF-κBとの複合体と特異的に結合するらしく、これによってIκBbがそれ自身だけの ときよりゆっくり分解することが説明できる可能性がある。(KF)

光電子放出実験と擬バンドギャップ(Photoemission Experiments and Pseudogaps)

Joynt (報告書 30 Apr., p. 777) は、角度分解光電子放出実験(ARPES)からのエネ ルギースペクトルにおいて観測される「擬バンドギャップ」は、ある種の巨大磁気 抵抗(colosal magnetoresistance CMR)材料のような非常に低い導電性の材料に対し ては、固有の材料特性からではなく電子放出の後のオーミックエネルギー損失に由 来する可能性があると論じている。あるコメントの中で、Dessau と Saitoh は、こ れらの外的な損失は運動量や角度に独立であろうことに注目して、運動量空間にお いて強い非等方擬バンドギャップ挙動を示す層状 CMR 材料である La1.2Sr1.8Mn2O7からのデータを挙げている。彼らは、この非等方性は擬バンドギャ ップが材料固有な特性に由来することを示していると示唆している。この CMR 系の 抵抗は、Joyntが外的な損失が問題となると予想した閾値よりも3桁大きいため 、Dessau とSaitoh は、この効果はそのオーダーあるいはそれより良い導電性に対 しては主要な実験的には大した問題ではない可能性があると結論付けている。Joynt は、Dessau と Saitoh は彼らの研究した系に対しては正しいが、その系からの結論 をすべての低導電率固体にまで拡 張することは、損失機能は単に導電率にのみに依存するものではないこともあり 、誤りに導くものであると応じている。Joyntは、低導電率固体の擬バンドギャップ を正確に評価するには、「特徴的周波数について注意深く考慮された光学的および 光電子放出計測」が必要であると主張している。これらのコメントの全文は、
www.sciencemag.org/cgi/content/full/287/5454/767a にて参照することができる。 (Wt)
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