AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science December 17, 1999, Vol.286


量子の歯止め(Quantum Ratchets)

時間的に変化する非対称なポテンシャルを印可する事により、粒子を一方向に 移動させることができる。たんぱく質や小さな分子に対しては、これらの「歯 止め」は古典的に働くが、ポテンシャル障壁を通してトンネリングすることが できる粒子に対しても量子力学的効果が予言されてきた。その現れの一つのは、 温度の関数として、その歯止めは正味の粒子の流れの方向を逆転するであろう ということである。Linke たち(p.2314) は、半導体のヘテロ構造中の電子流 に対して実験的にこの効果を立証した。そして、なぜ電流の反転が起こるのか を説明する単純なモデルを提示している。(Wt)

凝縮物質中の可干渉的増強(Coherent Increases in Condensates)

最近の研究によれば、ボース-アインシュタイン凝縮物質は超放射を示す。超 放射とは可干渉光と凝縮物質との間との相互作用により、運動量の明確な境界 有した原子の格子を構成することである。Kozuma たち (p.2309) は、小さく て単一種の原子からなる凝縮物質を用い、また、さらに回折格子に向けて、正 確にタイミングをとったレーザーパルスを利用して原子を印可し、原子の放射 過程を制御した。彼らは、初期の物質波の十倍の増幅率を実証した。さらに、 彼らは、この増幅が可干渉であることも示している---すなわち、初期の種と なる凝縮物質の位相を維持しているのである。この物質波増幅器は、光学的レー ザーに革命をもたらした光の波の増幅器に類似するものである。(Wt)

不純物を観る(Viewing Impurities)

転位や他の欠陥が物質中の不純物原子の分布に影響することが以前から知られ ている。この不純物原子は欠陥近傍に濃縮している。このような「コットレル 雰囲気」は、例えば鋼鉄において歪み劣化を引き起こす。しかしながら、濃縮 速度を明示するようなこのような効果の直接的画像化は、装置の限界で得られ ていなかった。Blabetteたち(p.2317;Millerによる展望も参照)は、三次元原 子探針技術を用いて原子スケールで鉄−アルミニウム合金におけるこのような 濃縮の画像を得た。その結果、溶質濃度の増加に伴って予想外にアルミニウム が減少しており、このことがこの物質の可塑性に影響しているようである。 (KU)

太陽風の塵(Dust in the Solar Wind)

最近10年間にユリシーズとガリレオの宇宙船により、外部太陽系内に存在する 星間塵粒が集められてきた。Landgrafたち(p.2319)は、塵検出器データを調 べて、太陽から2から4天文単位(太陽と地球間の距離)の距離にある特定の質量 範囲内の塵粒が欠落していることに気がついた。彼らは、モデル研究により、 太陽放射の圧力がこれら特定の粒子の太陽重力に打ち勝つことでこの欠落が発 生すること、つまりこの狭い質量分布領域から特定の粒子が取り除かれている ことを示した。著者たちのモデルは、宇宙の塵粒子が硅酸塩、磁鉄鉱、または グラファイトからなるという描像と一致する。(TO,Nk)

フラットなコロイド結晶(Flat Colloidal Crystals)

一方に帯電したコロイド粒子と逆帯電した界面活性剤の集合体は、通常三次元 のフラクタル状の凝集物を形成する。Ramosたち(p.2325)は、マイナスに帯電 したラテックスと中性、及び陽イオンの界面活性剤からなる小泡との相互作用 を調べた。ある成分領域で、ラテックス粒子は数百個の粒子から二次元(2D)の 結晶へと成長し、そして希釈や剪断に強い特性を示す。結晶形成に関する著者 たちのモデルによると、電荷が中和されるまでラテックスは小泡に吸着してお り、その後クーロン力で引き寄せられ「いかだ」となる。粒子上に存在する二 層構造体は最後には溶けて最終的な結晶を形成する。(KU)

テンプレートをポケットに詰め込む(Pocketing the Template)

T7バクテリオファージのRNAポリメラーゼ(T7 RNAP)は、特定のプロモータDNA 配列に結合し、転写を開始させる単一のサブユニット酵素である。この転写を 開始するフェーズの期間、短鎖のRNA生成物が繰り返し合成され、ついには放 出されて、安定な伸長した複合体が生じるような遷移が起き、完全なT7ファー ジのDNAを転写することができるようになる。Cheetham と Steitz (p. 2305) は、転写しているT7 RNA開始複合体の構造を2.4オングストロームの解像度で 示し、これがどのようにして酵素が合成RNAを選択し、どのようにしてプロモー タとの接触をしたまま最大約8ヌクレオチド長のRNA生成物が合成されるのか、 の洞察を可能にしてくれるかを示した。著者たちはまた、転写初期において DNAテンプレートがT7RNAPの活性部位ポケットに集積するという「詰め込み (scrunching)」モデルが当てはまる証拠を提示した:一旦ポケットがいっぱい になると、RNA生成物が廃棄放出されるか、あるいは、T7RNAPがプロモータか ら解離することで、次のステップの伸長フェーズに進むことができるようにな るかのどちらかである。

Nunは2つとも接触(Two for Nun)

DNAテンプレートをRNAに転写するとき、配列要素か、あるいはタンパク質因子 のいずれかは転写の終了を告げるシグナルを出すことができる。ファージ因子 のNunは新生の転写物に結合することによってファージテンプレートの転写を 停止させ、細菌性RNAポリメラーゼ(RNAP)の進行を阻止する。では、ファージ 因子が大きな細菌性RNAPを停止させることができるNunと転写機構との分子相 互作用は何であるのか? 亜鉛存在下で、Nun カルボキシル-末端は、アミノ 末端結合領域をブロックすることで、自分自身のRNA結合を阻害する。しかし、 もう1つのファージタンパク質であるNusAはNunをRNAに結合させることを刺激 する。Watnick とGottesman (p. 2337)はこれらの相互作用を更に光化学的ク ロスリンク分析によって研究し、Nunが直接新生のRNA, RNAPおよび2本鎖DNA に接していることを見つけた。DNA との接触はRNAPのDNA結合部位で生じる。 NunはRNAPをDNAに付着させることによって転写を静止するのかも知れない。こ のように、RNAPと同様にNunも新生RNAとテンプレートDNAの両方に接している。 (Ej,hE)

DNAヘリカーゼの欠陥(DNA Helicase Defects)

ブルーム症候群とウェルナー症候群は共に成長遅延と高いガン発生率によって 特徴付けられるヒトの障害である。これらの障害に関係すると言われている遺 伝子の変異は、ブルーム症候群遺伝子BMLとウェルナー症候群遺伝子WRNであり、 DNAヘリカーゼをコードする。BMLとWRNにそれぞれ相同な酵母遺伝子SGS1とパ ンカビ属遺伝子qde-3の作用に焦点をあてた2つの論文が掲載されている。 Cogoni and Macino (p. 2342)はqde-3遺伝子をクローン化し、これが転写後遺 伝子サイレンシングに関与していることを示した。これによって外来性遺伝子 が細胞に導入されたときその発現を抑制している。Lee たち(p. 2339)は、 SGS1と、もう1つのヘリカーゼ相同体のSGS2の変異は、RNAポリメラーゼI分子 による転写と、DNA複製の両方に欠陥をもたらすことを示した。ブルームやウェ ルナーの症候群遺伝子の相同体によって示された、遺伝子サイレンシング、転 写、あるいは、複製効果を組み合わせて考えることによって、ヒトの障害に見 られる様々な遺伝子欠陥の治療に役立つであろう。(Ej,hE)

タンパク質におけるtRNAとの類似構造 (A Protein Version of tRNA)

ペプチドを合成する翻訳プロセスは、完成したペプチドを遊離する放出因子と、 メッセンジャーRNAの遊離と2つのリボゾーム・サブユニットの分裂に関わっ ているリボゾーム再利用因子(RRF)とによって完了する。Selmerたち (p. 2349) はRRFの結晶構造を明らかにし、この構造が転移RNA(tRNA)に驚くほ ど似ていることを見つけた。この2つの分子はそれぞれ同じ角度をなす同じ長 さの2つの腕を持っている。たった1つの主要な違いはRRFはtRNAの3'-CCA末 端(ここにはアミノ酸が付着している場所)まで伸びてないことである。この 形状の類似性から、分解しているときにはRRFは定常リボゾームのtRNAの入り 口の部位に結合していることが予想される。(Ej,hE)

アルツハイマー病の炎症 Inflammation in Alzheimer's Disease

脳の中のミクログリア細胞の活性化は、アルツハイマー病の炎症性の要素の原 因であるかもしれない。最近Tanたち(P.2352)は、病原性アミロイド-βペプ チド(Aβ)にさらされた培養ミクログリア細胞は、CD40の表面発現(surface expression)が増加することを示した。 CD40は炎症反応で重要な受容体である。 CD40に対するリガンドにAβ-処理細胞をさらすと、ミクログリア細胞の活性化 を引き起こし、そしてミクログリア細胞が炎症性サイトカインである腫瘍壊死 因子αの産生量の増加を起こす。こうした発見は、Aβはミクログリア細胞と 炎症を引き起こすCD40リガンドとの相互作用を促進することを示唆している。 (TO)

認識欠陥における発達の役割(Development's Role in Cognitive Deficits)

脳障害を受けた正常なオトナは、ある種の認知行動は影響を受けないが、別の 認知は顕著に減退するという認識パターンを示すことがある。この表現型は、 ウィリアムス症候群(WS)のような多様な遺伝子性障害に見られる認識欠陥のモ デルと見なされてきた。成人のWS患者は視覚空間や数値課題に対して相対的に 貧弱な結果を示すが、言語課題に対してはほぼ正常な能力を示す。Patersonた ち (p. 2355; および Bishopによる展望記事参照 )はWSの乳児の集団について 研究し、乳児は数値課題はよくこなすのに言語課題はそれほどでもないことを 見つけた。この成人と乳児の違いから、認知の発達はモジュール別に行われる 単純なものだけではないであろうし、また、発達の段階に応じて、遺伝的障害 による認知形態は変化することが示唆される。(Ej,hE)

抗菌作用(Antibiotic Action)

抗生物質の使用量の増大は現在入手可能な抗生物質に対する細菌の耐性増加を 引き起こし、新しい抗生物質の探索に拍車をかけている。Brenkinkたちは(p. 2361)、有望なペプチド抗生物質であるナイシンZ(nicin Z)の作用機序を調べ た。ナイシンはラクトコッカス属lactisに由来するもので、一般的な食物用の 保存剤である。バイコマイシンのようにナイシン Zは脂質II細菌性膜成分を攻 撃する。しかしながら、バイコマイシンとは異なり、ナイシンZは滅菌の効果 をバクテリアに穴をあけることで作用している。ナイシンの作用に関する見識 は新しい分類の非常に効率的な抗生物質の発見を促進する可能性がある。(Na)

機能するようになった光蓄積器(A Working Light Savor)

光回路には現在電子回路で使われているようなスタテックやダイナミックなメ モリー素子のような光信号を記憶したり検索する方法が必要である。 Lundstromたちは(p. 2312)、2つのカップリングする量子ドットに基づく記憶 媒体について報告している。フォトンは一対の電子-ホールを生成し、その後 それらは分離して別々に2つの量子ドットに保存される。数秒後に、バイアス 電位が印可されると電子とホールが再度結合する。この再結合の事象によって フォトンが再放出されるが、この蓄積によりもたらされた再結合までの総合遅 延時間は、自然界での電子-ホール対の減衰時間より10桁のオーダーで長い。 (Na)

速い水の移動(Rapid Water Movement)

岩石が生成されている間、引き続き変成している間に岩を通過した流量および 流体の種類を確定するために、岩石中に存在する異なる酸素同位元素濃度が利 用される。Moraたち(p. 2323)は、Boehls Butte anorthosite(灰長石)から 二つの異なった斜長石粒子(anorthiteとandesine)の酸素同位元素組成を決定 するためにin situでの二次イオン化質量分析を利用した。彼らはanorthosite とこれに隣接するandesine粒子において、重い酸素同位体元素が著しく欠乏し ていること、他方、andesineは粒子の大きさにわたって(マイクロメートルの スケールで)酸素同位元素濃度が急勾配で欠乏状態から正常な濃度なっている ことを見つけた。この異常な同位元素の欠乏と急濃度勾配から、この岩石がか つて特異で不均質な環境を経験してきた履歴を示している。これらの記録から、 anorthositeでは酸素同位体濃度の記録はかなりの天水(雨水;meteoric water) が500℃で流入したこと、続いて、岩石の急速な上昇、急速冷却、流体と岩石 の相互作用によるものか、あるいは、これら全部の組み合わせに関連する岩石 の収縮に伴って細い流路(channel)や割れ目から急速に水が失われたこと、が 読みとれる。(Hk,Og)

エストロゲンの受容体と発生(Estrogen Receptors and Development)

エストロゲンは、エストロゲン受容体ERαとERβに結合する卵巣によって産生 されるステロイド・ホルモンである。ノックアウト実験では、これら受容体の 役割を決定するため、マウスからどちらかのERを除去した相同的組換えを利用 してきた。しかし、そうした研究結果の解釈は、ERαとERβが発生において相 補的な役割を果たしている可能性があるため、また残った受容体が母性的エス トロゲンと相互作用しうるため、明々白々というものではなかった。Couseた ちは、このたび、相同的組換えを用いて二重ノックアウト・マウスαβERKOを 作り出した(p. 2328)。作られたオスは、不妊性であり、αオスに似ていた。 思春期前のメスは、比較的正常な生殖器官を示したが、成体のメスは、再分化 を生じた卵巣の表現型を示した。卵胞は、精巣のもっているような精細管様の 構造へと退化し、セルトリ細胞表現型をもつ細胞を含んでいたのである。こう して、卵巣の機能にとって、また成体における卵母細胞の生存にとって、両方 のERが必要であることがわかった。(KF)

合衆国初お目見えのウイルス血統

1999年の8月と9月にヒトの脳炎がニューヨークで激増したが、これはフラビウ イルスの1つ、西ナイル・ウイルスによって引き起こされたこと、またこれが さまざまな鳥の死とも関係していることが明らかになった。Lanciottiたちと (p. 2333)Andersonたちは(p. 2331)、互いに独立に、ニューヨーク市域とコ ネチカット州で感染した鳥類や蚊、ヒトから得られたウイルスゲノムの配列の 系統発生分析を行ない、感染が、特定の系列のウイルスのある単一の株によっ て生じたことを発見した。このウイルスは、アフリカやアジア、ヨーロッパで 見出されてきたものだが、これら隔離集団は以前イスラエルやルーマニアで発 見されたものと類似していた。このウイルスは以前は合衆国では見られなかっ たもので、公衆衛生に対する将来のインパクトはまだ明らかになっていない。 [See the news story by Enserinkによるニュース記事参照のこと](KF)

酵素になるには(What It Takes to Be an Enzyme)

タンパク質酵素の、反応を促進する能力は、溶媒からの隔絶、アミノ酸側鎖の 幾何的配置、そして反応物と比較して遷移状態が比較的安定していることに帰 着するとされてきた。しかし、酵素がどのようにしてこうした性質を実現する かはわかりにくいことであった。Xuたちは、ディールズ-アルダー反応を媒介 するある抗体の結晶構造を記述し、その構造を、同様の生殖系列の前駆物質に 由来する能力のより低い抗体と比較した(p. 2345)。化学的効力の改善は、活 性部位と遷移状態との緊密な相補性に由来している。それは、タンパク質と基 質の間での極性および無極性の双方の相互作用が正確にフィットしているほど 緊密なのである。(KF)

生きる勇気を出す(Getting Up the Nerve)

発生過程で、交感神経は生き延びるために神経成長因子(NGF)を必要とする。 Riccioたちは、NGFが引き起こした信号によって細胞の生存が促進される機構 を記述している(p. 2358)。彼らは、転写制御因子CREB(サイクリックAMP応答 要素結合タンパク質) が、NGFが効果を表すために必要であり、細胞生存を促 進するのにはそれだけで十分である、ということを発見した。彼らはまた、生 存応答に関与するように見える標的遺伝子を同定している。アポトーシスを防 ぐように働くタンパク質であるBcl-2をコード化する遺伝子の発現は、NGFにさ らされた細胞において増加した。さらに、Bcl-2の過剰発現はCREB機能の抑制 によって引き起こされる細胞死を妨げた。このように、CREBは、少なくとも部 分的には生存因子の制御された発現を介して、ニューロンの生存を促進する役 割をもっているらしい。(KF)

視覚の機構(Visual Mechanisms)

LeeとBlakeは、視覚系が大きな幾何的物体を、予測不可能だけれども同期して いる局所的特徴群だけを用いて解決できるかどうかを検証するための実験をデ ザインした(5月14日号の報告p. 1165)。彼らの結果は、時間的構造に対して感 受性のある新たな視覚的機構があるかもしれないということを示唆するもので あった。AdelsonとFaridは、その結果は、LeeとBlakeの実験が物体と背景の時 間的構造の変化を含んでいるので、「ある領域におけるコントラストが高く、 別のところでのコントラストが低い瞬間がたまたま生じる場合があり」、「よ く知られている機構で説明できる可能性がある」とコメントしている。Leeと Blakeは、「そのようなまれな仮定上の事態で形状の知覚を説明するのは臆測 であろう」が、「新しい視覚的機構の存在を断定する必要はないことには同意 する」と応えている。これらコメントの全文は、
www.sciencemag.org/cgi/content/full/286/5448/2231a で読むことができる。 (KF)
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