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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science October 29, 1999, Vol.286
岩脈,断層そして噴火(A Dike, a Fault, and an Eruption)
活火山の地表下の構造は、地震活動や地盤変形について、噴火の前、噴 火の間、そして噴火の後におけるそれらの変動を観測することで、推察 することができる。Aokiたち(p.927)は、日本中央部の東海岸、伊豆半 島近くにおいて、空間的そして時間的な地震活動の変動に基づき、海底 噴火に関係する地形構造を明らかにした。彼等は、2日間続いた群発地 震は、表面に向かった岩脈伝播の始まりであり、そして右側走向すべり 断層の始まりとして、モデル化できることを発見した。これと対照的に、 地表変形は9日間続き、これは地表に向ったマグマ貫入によって広がり つつある岩脈の低速上方伝播によりモデル化できることが判った。地震 活動と地盤変形とが時間的に隔離することは稀なことであるが、この現 象は火山災害を軽減するために、噴火の進行を理解する助けとなるであ ろう。(TO)
滑石の相転位(Talc Transformations)
2つの水酸基陰イオンを持つマグネシウムケイ酸塩からなる滑石は、熱 水反応で変質する海洋地殻成分の一つである。滑石は高温,高圧下で10 -オングストローム相と呼ばれる、水をその構造中にとりこんだ含水性 の密なマグネシウムケイ酸塩に変化するものと考えられている。10-オ ングストローム相はマントルの中に水をもたらす重要な担体とみなされ ている。しかしながら自然界では未だ観察されたこともなく、そして滑 石と水から10-オングストローム相をつくる反応が実験で直接観察され たこともないために、この重要性には疑問が持たれていた。Chinnery たち(p. 940)は、マルチ-アンビル実験に際して巧妙な試料容器を作 り、水を飽和した試料にシンクロトロン放射光を照射しその場観察を 行った。彼らは6GPa, 500℃のもと約20分の照射で滑石が10-オング ストローム相に変化するのを観察した。このように10-オングストロー ム相はマントル中に水を貯えている重要な鉱物相であろう。(KU,Tk)
微量流体の流れを制御(Controlling Microfluidic Flow)
電気浸透流はマイクロ流体デバイスにおいて流体をポンピングするため に用いられている。この効果は流路の端にある電極によって生じるため、 流路間の流体の流れを切り換えたり、結合したりすることが困難であっ た。Schasfoortたち(p. 942)は、流路に垂直に電圧を印加することで 流路間の流れを急激に切り換えたり、更には逆流させることが出来るこ とを示している。(KU)
青色光に向かう(Head into the Blue Light)
屈光性応答によって、植物は光源の方に向かって成長する。Motchoulsi とLiscum(p.961)は、シロイヌナズナが青色光応答を利用しているNPH3 という初期の分子成分の一つを同定し、そして構造解析を行った。NPH3 タンパク質はNPH1光受容体と相互作用し、そして青色光に対して初期の 屈光性応答に対応する様々な分子成分を束ねる骨格タンパク質として機能 するものであろう。(KU)
アルゴンのマントル再循環(Mantle Recycling of Argon)
Sardaたちは、大西洋における海洋玄武岩の鉛とアルゴンの同位体組成の 間の相関を見出した(1月29日号 p. 666の報告)。彼らは、この相関は、 アルゴンの中にサブダクション(沈み込み)帯で地球のマントルに再循環す るものがあることを意味していると論じていた。そうした再循環は、地球 の脱気の歴史と揮発性ガスの供給に関する再構成に関係する意味をもって いるかもしれない。Burnardは、それとは違って、玄武岩における「アル ゴン同位体組成のバリエーションのほとんどは、浅いレベルでの大気の混 入の可能性を持っており」、再循環を示すものではない、と提案している。 これに対して、Sardaたちは、自分たちの分析結果は「アルゴンが、脱気 したマントル部分と同じオーダーの...濃度で...再循環されうる」ことを意味 していると応えている。これらコメントの全文は、
www.sciencemag.org/cgi/content/full/286/5441/871a
で見ることができる。(KF)
マントルにおける地殻の処理(Processing Crust in the Mantle)
マントルの高温・高圧条件の下では、岩石は延性をもつ。しかし、マント ルに沈み込む海洋の地殻は、比較的冷たいので、地殻が割れることで、深 い場所での地震を引き起こすことがありうる。沈み込んだ海洋地殻が温ま るにつれて生じる好物の相変化によって、深い場所での地震が生じるので ある(SteinとRubieによる展望記事参照のこと)。沈み込みんだ海洋地殻は 無水の高密度の岩石(エクロジャイトeclogiteと呼ばれる)に変わるが、こ れは主にざくろ石とオンファス輝石からなる。PeacockとWangは、熱に 関するモデルを導き、好物相変化がどの深さで生じたかを、日本近くの2 つの別々の沈み込み帯について決定した(p. 937)。彼らは、北東日本の沈 み込み帯は、南西日本におけるものより冷たく、エクロジャイトへの相変 化が生じるには、北西での方がずっと深い場所が必要だった、ということ を見出した。深さの異なる場所におけるエクロジャイトの相変化が、2つ の沈み込み帯の間の地震活動度と火山活動の差を説明するとすれば、以前 示唆されていたより簡単なメカニズムによる説明が可能である。(KF)
開花植物の新しいルーツ(A New Root for Flowering Plants)
被子植物(開花植物)の起源は長い間論争の的だった。分子技術を使った系 統発生分析技術の出現にもかかわらず、植物界の中で、被子植物に最も近 縁の植物との進化距離が余りにも大きいため、この問題は難しいものと考 えられていた。MathewsとDonoghueは(p. 947)、フィトクロームの重 複遺伝子を分析することでこの問題に立ち向かった。彼らはスイレン (water-lilies)とオーストラリアの原子的な植物属であるAmborella とAustrobaileyaの間に被子植物の系統図のルーツを発見した。(Na)
スピンコート可能な無機半導体 (Spinnable Inorganic Semiconductors)
一般的に無機材料は有機材料よりも良好な電気特性を示すが、この利点に 対し相対的に高い処理コストを伴うことが多い。有機材料の低処理コスト と無機材料の良好な電気特性の両者を活かすために、Kaganたちは (p. 945)、低温で基盤上にスピンコート出来る有機と無機のハイブリッド 材料の合成方法を紹介している。彼らは、より高価な高真空技術を使った ものと同等の電気特性を持つ薄膜トランジスタを作ることによって、この ような材料の潜在能力を実証している。(Na)
活動を保つ(Staying Active)
ショウジョウバエ発生の初期には、脚や触覚のような構造の発生のための 一過性のホメオティック遺伝子の発現を指示するように転写制御因子のカ スケードが機能する。それが活性化であれ、抑制であれ、一旦設置された 制御は、それぞれにtrithoraxかpolycombのグループタンパク質によっ て、維持される。この制御状態は、細胞分裂によって維持されることがで きる。CavalliとParo(p. 955)は、活性化状態の遺伝機構が、リプレッサ 分子を除去することによるものだけではなく、活動性化染色質状態である アセチル化したヒストンH4によるものであることを報告している。(An)
氷と大気の相互作用(Of Ice and Air)
採掘アイスコアの酸素同位体比率は古代気温の重要な記録を提供している。 しかしながらその分析は複雑なものである、年間降雪量は変動し、閉じ込 められた空気の泡を分析するにさいし、泡と古い氷の時代の差を考慮しな ければならない、古い氷は更に積重なった氷層で圧縮されるまで何年間も 多孔性を保っている。空気中の窒素やアルゴンなど他の同位体による記録 を用いることで、この古代気温の較正をすることが出来る(Jouzelの展望 参照)。最後氷期の後期、Bolling Transitionと呼ばれる北大西洋地域の 急速な温度上昇では大気中のメタン濃度の増加を伴っていた。 SeveringhausとBrookは(p. 930)、退氷のトリガーとなったのは熱帯に おける変化でなく北大西洋の熱塩循環によるものであることを示している。 彼らはグリーンランドのサミットの氷に閉じ込められていたメタン濃度と アルゴンと窒素ガスを測定し、極間大気のメタン濃度勾配と同位体組成値 との相関関係を割り出した。彼らは北大西洋の温度上昇は熱帯性温度上昇 よりも数十年前に起こったことを発見した。9万年続いた最後氷期の冷たい 氷河気候期間中、短期間(およそ100年間)で急速な気温上昇を示した多数の 暖かい期間(Dansgaard-Oeschger event)が存在した。その結果引き起こ される気温勾配が、万年雪(再結晶化した雪の多孔性の領域で、最終的に氷 の中に閉じ込められた空気の泡を形成する)中のガスを生じさせ、同位体組 成を決定する。Langたちは(p.934)、グリーンランドのアイスコアプロジェ クトで掘削された氷に閉じ込められていた窒素の同位体組成の測定と氷蓄 積の物理モデルを組み合わせ中央グリーンランドのDansgaard-Oeschger イベント19(7.1万年前)期間の温度上昇の程度を推測している。彼らは、 地表の気温変化の平均値は16℃であると結論づけた。彼らの窒素同位体記 録と氷の酸素同位体記録と比較して、閉じ込められているガスと氷の年代 の差を決定することが出来た。(Na)
RNAでRNAと闘う(Fighting RNA with RNA)
ウイルスか導入遺伝子によって、植物、動物、あるいは真菌に外来性DNA、 またはRNAが導入されると、外来性核酸が沈黙となるような宿主防御シス テムが惹起される。この過程は、転写後の遺伝子サイレンシング(PTGS)と よばれ、「侵入してくる」RNAのプロセシング、または、翻訳を妨害する か、あるいはこれを分解するために、侵入してくるRNAと対になる宿主ア ンチセンスRNAが関与すると考えられている。HamiltonとBaulcombe (p. 950;Straussによる記事参照)は、この解明しにくかったアンチセンス 種を検出した。著者は、植物における4つの異なっているPTGSクラスを検 査し、約25ヌクレオチドの長さの別々のアンチセンスRNAを同定した。こ れらの小さなRNA分子は、配列特異性を持つために必要な長さが充分ある が、サイレンシングを仲介するために、生物体を通過るに必要な充分な短さ も持っている。(An)
同士討ち?(Drawing Friendly Fire?)
T細胞には「食欲」はないかもしれないが、Huangたちは、T細胞は特定の 抗原性ペプチドに結合する主要組織適合複合体(MHC)タンパク質を摂取する ことがある、と報告している(p. 952)。内部への取り込みは数分で始まり、 内部化されたMHCペプチド複合体は酸性区画に取りこまれる。しかし、 MHCペプチドがT細胞の表面にある間、それは、同じ特異性をもつ他のT細 胞の標的となりうる。そのため、そのT細胞は自分の仲間によって破壊され ることがある。この過程が生体内で生じた場合、これは集中的に抗原が存在 する場合にT細胞が「使い果たされる」機構となっている可能性がある。 (KF)
T細胞の多様性(T Cell Diversity)
ヒトの血液中のTリンパ球には、どれだけの種類のT細胞受容体(TCR)が存 在しているのだろう。TCRが作られる方法からは、可能な多様性は 10
15
である。しかし、すべてのT細胞が実際に存在している わけではないので、実際の数を測定するのはきわめて困難である。Arstila たちは、このたび、そのレパートリの一部を測定し、多様性の実際の範囲を 見積もることができた(p. 958)。彼らは、最小で、2.5×10
7
の異なったT細胞があるという結論をもたらした。記憶T細胞は、およそ 1×10
5
から、2×10
5
だけの異なったクローン しかなく、しかもそのうちのごく一部が存在する細胞総数の大部分を占めて いるのである。(KF)
X染色体中の化石(Fossils in the X Chromosome)
ヒトX染色体とY染色体の遺伝的組替えをしていない(nonrecombining )領 域中で,配列類似の短い領域を分析することで、LahnとPage(p.964;Vogel によるニュース記事参照)は、性染色体の進化の歴史しめす痕跡を見つけ出 してきた。彼等は、ヌクレオチド同義置換(註:アミノ酸の置換を起こさな いヌクレオチド置換)によって測定された異なった進化年齢を持つX染色体 の長さ方向に沿って、別個の発展段階(discrete strata)があることを明ら かにした。最も古い発展段階は約3億年の年齢であり、哺乳類の性染色体が 初めて現れた時代にほぼ該当する。彼等は、進化の歴史におけるY染色体上 での一連の逆位は、ある領域でのX-Y組替えを抑制し、これらの限定した領 域を生成したという仮設を立てた。(TO)
ワクチン接種の時期を見計らう(Timing Vaccinations)
大勢へのワクチン接種は、多くの国で幼児期の感染の発生率を引き下げてき た。ワクチン接種のキャンペーンはまた、流行病のパターンや空間的同期の 変化とも関連している。Rohaniたちは、イングランドとウエールズにおける 1944年から1994年にかけてのはしかと百日咳の週毎の発生率データを解析 したが、その期間中は、ワクチン接種キャンペーンによって病気のダイナミ クスが変化した期間であった(p. 968)。ワクチン接種によってはしかの既存 の同期は壊されたが、百日咳では逆の効果があり、以前はなかった同期が生 まれるようになった。モデルが示唆するのは、潜伏期間の違いが、2つの感 染の異なる進行の裏に潜んでいるということである。この結果は、百日咳に 対する一時的な大勢へのワクチン接種のタイミングをどうすべきか、につい て意味をもつものである。(KF)
静止と薬の検索(Arrest and Drug Searches)
細胞の有糸分裂の静止を起こす化合物のいくつかがヒトにおいて、抗腫瘍活 性を示す。Mayerたち(p. 971;Comptonによる展望記事参照)は、小さな分 子のライブラリに細胞に基づく視覚的スクリーンを適用し、培養細胞におけ る正常な双極紡錐体構築を遮断する細胞浸透性の分子を同定した。この分子 は、有糸分裂のキネシンEg5の運動活性を特異的に抑制した。従って、有糸 分裂のキネシンは、抗癌薬の開発標的となるかもしれない。(An)
Presenilinとアルツハイマー病 (Presenilins and Alzheimer's Disease)
遺伝性アルツハイマー病(AD)の患者は、presenelinタンパク質に変異があ るため、アミロイド(AD脳における沈着物の主要成分)のもっと長い型の生成 が増加する。しかし、presenilinがこの増加に関与する機構がまだ不明であ る。HaassとDe Strooperのレビュー(p. 916)には、 presenilinがsecretase(アミロイド前駆体タンパク質を切断する酵素)を直 接に制御するか、あるいは、presenilin自体がタンパク分解の活性をもつこ とを示す新しい研究について議論している。presenilinの活性を遮断するこ とがアミロイドβペプチド生成を減らすため、presenilinはADを防ぐ薬の 開発の有効な分子標的となるかもしれない。(An)
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