AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 17, 1998, Vol.281


アダプタタンパク質の活動(Adapter Protein Activities)

ある白血球は「アダプタタンパク質」である SLP-76 を発現する。 これは、T細胞受容体が抗原と結合した後、T細胞内部でさまざまな 種類のシグナル伝達分子を呼び集めると考えられてきた。Yablonski たち(p.413) は、SLP-76 は、ホスホリパーゼC-1 と Ras情報伝達 経路を経由して、活性化信号を伝達する上で欠く事ができないもので あると決定した。Clements たち(p.416) による SLP-76-欠失マウ スを用いた実験によると、SLP-76 はT細胞の成熟には必要であるが、 B細胞や他の系統の細胞には必要でないことが判った。総合すれば、 これらの研究は、SLP-76 の活動のメカニズムと生体内における機能 を理解する上での枠組みを与えるものである。(Wt,SO)

虫の化学(Beetle Chemistry)

ヘリカメムシの一種(Epilachna borealis)のサナギは、Schrder たち(p.428;Camposによるカバー記事,ニュース記事を参照, p. 321)によって記述されたコンビナトリー・ライブラリー (combinatorial library)の珍しい材料となる。百種のポリアミノ 大環状構造を含んでいるその族は、たった3つの親成分から誘導さ れている。ポリアザマクロライド(polyazamacrolides) と名づけ られたこれらの化合物は、補食に対する昆虫の防御に関与している。 しかし、その正確な作用様式とコンビナトリアル現象により得られ る可能性のある進化上の恩恵については、まだ良く分かっていない。 (TO)

衝突ビーム核融合反応炉の可能性 (Feasibility of a Colliding Beam Fusion Reactor)

N. Rostokerたちは(11月21日、p.1419)、場の反転する配列 により、水素イオンとホウ素11のビームを閉じ込める、「別個 の新たな閉じ込めシステム」を持つ「衝突ビーム核融合反応炉」 を提案した。このデザインはトカマク反応炉が抱えている重大な 問題を解決するかもしれない。M. Nevinsは非熱的なイオンの分 布につき議論し、融合によるゲインはRostokerたちにより述べ られた2.7という値よりかなり低いと結論付けた。Carlsonは、 より大きなパワーの入力が必要になり、この状態を保つことは 深刻な問題だ、とコメントした。Rostokerたちは、Nevinsに 応え、ホウ素の散乱による電子の加熱の詳細な計算式を示した。 彼らは、磁場の力を含む「水素イオンとホウ素ビーム間の摩擦を 克服するために必要なパワー密度の計算式」を示し、Carlsonの 懸念に注意を向けた。これらのコメントの全文は
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/281/5375/307a で読むことが出来る。(Na)

スピン-バルブ・トランジスタのホットな電子 (Hot Electrons for Spin-Valve Transistors)

磁性、非磁性金属の層状構造体は磁気検出に有用な「スピン- バルブ」効果を生じる、磁場が磁力層の磁化の方向を揃え、磁 場と平行な方向に並んだ電子の抵抗を下げる。スピン-バルブ 効果に基づくトランジスタでは、金属層と半導体層間の界面欠 陥は、これらのデバイスを低温状態に限定することがある。 Monsmaたち(p.407、p.357のDeBoeckによる展望も参照)は、 例えば、白金層によってシリコンエミッターを金属−多層シリ コンコレクターに接合できるように、室温動作デバイスは真空 接合で製造できることを示した。コレクターは層に平行に運ば れるのでなく、層間を通り抜けて運ばれる「ホットな」衝撃電 子のみを受け入れるため、このデバイスの磁場に対する感度を 非常に高する。(Na)

梅毒ゲノム(Syphillis Genome)

梅毒の原因となる病原体は梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)であり、試験管の中で連続的に培養することは 出来ないため、このことが、この病理的研究や病原性の研 究には妨げとなっていた。ここに来て、Treponema pallidumの完全なゲノムの配列がFraserたちによって決 定された(p.375;およびSt. LouisとWasserheit,p.353; およびPennisiによるニュースストーリp.324)。このスピ ロヘータによって利用されている代謝経路を解析すること によって、この生物体を培養しようとする努力の助けに なったり、外膜タンパク質がワクチンの候補となりそうで あるという評価の助けになるはずである。ライム病病原体 のボレリア(Borrelia burgdorferi)や、もう1つの代謝制 限された細菌のマイコプラズマ(Mycoplasma genitalium) のような他の細菌と比べることで、なぜ微生物の多様性が 生じたかを理解するための基礎的な手がかりが得られる。 (Ej,hE)

臭化メチルをつかまえる (Pinning down Methyl Bromide)

臭化メチルはBrを含む主要な大気成分であり、成層圏のオゾン 破壊に一役かっている。臭化メチルの発生源と消滅点の多くは よく理解されておらず、結果としてこの化合物の自然発生と人 為的発生のどちらが重要なのか、そしてその滞留寿命(どれだ け成層圏に到達するかをきめる重要因子)を推定するさいの大 きな妨げとなっている。Colmanたちは(p.392)、発生源や消 滅点とは別個に滞留寿命をきめる独立した方法を与えている。 この方法は,寿命の知られている大気中の化合物に対する臭化メ チルの比率が空間的にどう変わるかを調べるという方法である。 これは発生と消滅の強さから推定する従来からの結果と一致し ている。(KU)

水から氷へ(From Water to Ice)

ケイ酸塩マグマ中の少量の水は水酸イオン(OH)として溶解 しているか、あるいは水分子として存在しており、マグマの 溶融状態のバルクな特性や上昇速度をかえる。その結果、地 表面で観測される溶岩の噴出プロセスだけでなく、地下にあ るマグマ溜りの化学成分量にも影響する。RichetとPolianは (p.396)、鉄成分を含まない安山岩ガラスに溶解している水の 部分モル容積と体積弾性係数を密度とブリユアン(Brillouin ) 散乱法を用いてもとめた。溶解した水の各々の値は水の濃度 には無関係であり、アイスVIIに類似している。アイスVIIは H4Oの四面体ネットワークを形成し水素結合が短い。安山岩 ガラスの中にある水の圧縮の主たるメカニズムとしては,水素 結合の短かいOHイオンのクラスターを形成することであろう。 (KU)

ロサンジェルスの地震の歴史(L.A.'s Seismic History )

ロサンジェルスにおける最も大きな地震の危険性は、より遠い サンアンドレアス断層からではなく、より小規模でより近距離 の衝上断層,たとえば1994年のノースリッジ地震(マグニチュ ード6.7)やサンフェルナンド地震(マグニチュード6.7)などある のかもしれない。これらの断層の潜在的な地震の大きさと頻度 は、有史以前の破断の記録がほとんど解明されていないため、 不明であり、そしてM7以上の大きさの地震はありそうもないと いう示唆もいくつかある。Rubin たちは(p. 398 )は、シエラマ ドレ(Sierra Madre)断層の古代地震の記録を得た。この断層は、 サンガブリエル山脈の地盤に沿って延びており、1971年の地震 で破断した。断層に沿う溝に見られるマーカーの変位の大きさと、 放射性炭素のデータによれば、その断層は過去15000年間におい て2回にわたる大きな規模(7.2 から7.6)な地震発生があったこと を示している。(TO,Og,Nk)

古い餌をほじくる(Digging into Old Diets)

絶滅した動物の生活のありさまの理解は、研究者をたじろがせる ようなたいへんな仕事だが、Poinarたちの発見によって従来に 比べて容易になったことになる(p. 402; また Stokstad による ニュース記事 p. 319参照のこと)。彼らは、更新世に存在してい た地上生活する貧歯類のcoprolite(古い糞)から得られた一連の DNA配列を増幅することが可能であるということを明確にした。 この分析は、化学的な架橋を切断する薬剤を用いて、糖に由来す る縮合生成物からDNAを遊離した後で、初めて行なうことができ た。サイズが153から273の塩基対間にある増幅されたDNAの分 析によると、その貧歯類は6つの科と2つの目の植物の標本を摂取 していたことになる。(KF)

自己凝集するタンパク質のゲル (Self-Assembling Protein Gels)

温度やpHの変化に伴って可逆的に液体からゲルへ転換できる物質 には、徐放性薬剤などの、さまざまな用途がある。しかし、ハイ ドロゲルとしてこのような振る舞いを示す物質は複雑であり、分 子レベルでのその振る舞いは十分理解されていないことが多い。 Petkaたちは、タンパク質工学を用いて、pHが中性に近く、常温 に近い領域でゲル化における転換をする可逆的なハイドロゲルを 作った(p. 389)。そのゲルでは、コイルドコイル相互作用を介し て凝集でき、3次元のネットワークの形成を制御するロイシンジッ パー領域を導入した。(KF)

Notchを制御(Regulating Notch)

脊椎動物と無脊椎動物における組織境界の特定化には受容体の Notchファミリが関与することが示されている。ショウジョウ バエにおいて、Notchは羽に広く分布しているが、羽の発生に はNotchの厳しい制御を必要とするので、標的遺伝子の活性化 を背腹側境界に限定している。Notchの活性化を限定する機構 のひとつにFringeタンパク質が関与しており、FringeがNotch の2つのリガンドの感受性を変調する。NeumannとCohen (p. 409)は、もうひとつのNotch制御機構について報告してい る。この機構において、NubbinというPOU領域タンパク質が Notch依存の活性化信号と競争することによって、Notch標的 遺伝子を抑制し、さらにNotch活性化を羽の縁近辺に限定する。 (An)

ガイドを働かせる(Getting the Guide into the Work)

遺伝情報の解読はRNAポリメラーゼによって始まる。この酵素は RNAの一本鎖の転写の鋳型として二本鎖のらせん状DNAを用いる。 このらせん体は巻き戻されなければならず、基質リボヌクレオチ ドがRNAにポリマー化される前にそれらを順番に並べるために、 デオキシヌクレオチド対間の水素結合が切断されなければならな い。Nudlerたちは、転写のさまざまな段階での、この酵素複合体 およびDNA-RNAハイブリッドの、各部の相対的位置をマップ化 した(p. 424)。重合が起きる触媒作用を示す部位は、酵素の、 RNAの新生鎖をガイドする部位の近くにある。この位置の近さに よって、RNAの二本鎖領域が転写の終結をどのようにして促進す るか説明される可能性がある。(KF)

2倍速(Doubly Fast)

単一のニューロンがひとつの神経伝達物質しか放出できないことが 広く認められているが、ペプチドと遅効性神経調節物質が発見され ても、速効性神経伝達物質に対してこの通則が変っていない。 Jonasたち(p 419;NicollとMalenkaによる展望参考p 360)は、脊 髄における抑制性介在ニューロンがグリシンとγアミノ酪酸(GABA) という2つの速効性神経伝達物質を同時に放出することを示している。 微小シナプス後電流の相当量がGABAとグリシンの成分から成ってい る証拠も提供している。(An)
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