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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science June 12, 1998, Vol.280
全て高分子材料のLEDディスプレイ(All-polymer display)
高分子発光ダイオード(LED)は無機材料発光ダイオードに比べ 製造が容易であるが、個々の画素を駆動するためのシリコント ランジスタが必要である。Sirringhausたちは(p.1741、p.1691 のServiceのニュース解説も参照)、重合体電界効果トランジスタ を高分子LEDと組み合わせる可能性を示した。彼らは電界効果 トランジスタを構成する高分子材料のデポジットの条件を最適化し、 シリコン製の素子に匹敵しうる性能の簡単な集積素子を製造した。 (Na)
カーボンナノチューブ中の量子化された伝導度 (Quantized conductance in carbon nanotubes)
理論によると、カーボンナノチューブの電子伝導度はバリスティック な大きさ(下記訳注を参照のこと)を示し、ナノチュープは電子の導波 管のように機能することが推論されている。電子の平均自由行程は導 体の長さよりずっと長く、散乱は弾性衝突であり、それゆえ、伝導度 は、伝導度量子 G0 (G suffix 0)= 2(e^2)/h = (12.9 kΩ)^(-1) の整 数倍の跳びがあるはずである。ここで、e は、電子の電荷量であり、 h は、プランク定数である。Frank たち(p.1744) は、直径が5から25 nm、1から10μmの長さに渡る多層壁カーボンナノチューブ(MWNTs : multiwallcarbon nanotubes)の伝導度を測定した。ナノチューブの 束から突き出た単一のMWNTをゆっくりと水銀中に沈めた。この単一 MWNTは一点で電気的に接触する。また、水銀は、接触する物質と別の 接触をするとともに、ナノチューブの付着物質を清浄にする。理論によ るとMWNTの各シェルは伝導度に2G0の寄与があるはずであるが、彼ら は、最初の主要な伝導度のプラトー域は 0.5G0 あるいは G0 で生じ、 2G0 ではないことを見出した。これらの小さな値は、いまもなお説明さ れてはいないが、ナノチューブのヘリシティによって誘導されるスピン カップリング効果により生まれる可能性がある。類似の結果は、他の液 体金属を用いる場合にも観測されてきた。これらのチューブの電流密度 は、室温状況においても極端に高く、10^7A/cm
2
より大きいと推算 されている。
[訳注]
(1)バリスティックな大きさとは、電子は散乱体中を衝突しながら 移動するのではなく、媒体中を弾道的に移動する時の伝導度を指す。
(2)ヘリシティとは、素粒子の運動方向のスピン成分の値(理化学 辞典より)(Wt)
甲状腺受容体の表面(Thyroid receptor surface)
核の受容体は,リガンド,他の受容体分子,補助因子(cofactor)や DNA結合要素を含む複数の細胞コンポーネントと相互作用する領域を 含んでいる。Fengたち(p. 1747)は,補助活性化因子(coactivator) と相互作用する甲状腺受容体の表面をマッピングするために,スキャ ニング突然変異誘発を使ってきた。この相互作用領域は,疎水性の割 れ目(hydrophobic cleft)を取り囲む小さな表面領域であることが分 かった。他の核受容体にも同じような表面が存在するかもしれない。 (TO)
より制限されない超変異(Less restricted hypermutation)
免疫応答の間,B細胞はだんだんと親和性の高い抗体を産生するように なる。再編成された免疫グロブリン遺伝子の可変領域の体細胞性超変 異によって点突然変異が生じ、これによって高い親和性をもつ抗体が 抗原に選択されるようになる。Shenたち(p.1750)は,いくつかの形 質転換B細胞中の変異遺伝子であるBCL‐6が正常な記憶B細胞の中で 超変異のターゲットであることを見出した。c-MYCのような他の遺伝 子は,変異していなかった。正常なB細胞の中の超変異は,以前には 免疫グロブリン遺伝子に限定されていると考えられていた。細胞の発 ガン遺伝子の絶えず変異することは,B細胞の超変異のメカニズムや 腫瘍形成の手がかりを提供するかもしれない。(TO)
視覚と聴覚をつかさどる遺伝子 (A gene underlying sight and sound)
Usher 症候群とは、聴覚と視覚の両方が使えなくなる病気である。 Eudy たち(p.1753) は、この症候群のうちIIa型と呼ばれているもの には、第1染色体の1つの遺伝子中に変異が存在し、この遺伝子には、 新規な細胞外基質タンパク質か、あるいは細胞接着分子である可能性 を示す配列モチーフがあることを見つけた。胎児蝸牛眼や成人網膜中 に発現されるこの遺伝子をさらに詳しく調べると、これらの発生経路 における関係が明らかになってくる可能性がある。(Ej,hE)
タンパク質のはじまり(Protein origins)
原核生物においても真核生物においてもタンパク質の合成は新しい ポリペプチド配列中のメチオニンの開始コドンから始まるが、これ を行うためのメカニズムと因子は、原核生物と真核生物とではとて も異なっている。しかし、今度の結果によれば、この2つのシステ ムにおけるタンパク質への翻訳は、以前考えられていたよりもずっ と良く保存されているようである。細菌の翻訳因子IF2の酵母同族 体が発見された。Choiたち(p 1757)は、細菌のIF2と同様に、酵 母のIF2が一般翻訳因子であり、メチオニンを載せたイニシエータ 転移RNAをリボゾームに送達できるものであることを示している。 酵母IF2は酵母因子eIF2とともに、この役割をはたしているのかも しれない。(An)
オーキシンからユビキチンまで(From auxin to ubiquitin)
植物がどのようにオーキシンに応答するかが研究によってわかる ようになりつつある。オーキシンは、植物におけるホルモンであり、 様々な発生と細胞の過程を指示する。Del Pozoたち(p 1760)は、 シロイヌナズナにおいて、特定のオーキシン応答を仲介するAXR1 タンパク質がECR1という新しく同定されたタンパク質と複合体を 形成することを示している。複合体になってから、このタンパク質 が一緒にRUBというユビキチンの関連物を活性化する。その後、 RUBは、他のユビキチンファミリーの関連物と同様に、標的タンパ ク質の局在化や分解を指示するのかもしれない。(An)
カルシウムとミトコンドリアと小胞体 (Calcium, mitochondria, and the ER)
小胞体(ER)とミトコンドリアの同時イメージングによって、この細胞 小器官の領域が物理的にしっかり接触していることが明確になった。 Rizzutoたち(p 1763)は、高速高分解能イメージングシステムを用い、 絶えず再編成される相互接続された管状ネットワークのようにミトコ ンドリアがみえることを観察した。ERとミトコンドリアにおける物理 的会合と一致して、ERからのカルシウム放出によって内側ミトコンド リア膜の外面に存在するCa2+感受性の光プローブが高濃度Ca2+にさ らされた。著者は、この細胞小器官の構造が、ミトコンドリアとその 回りの原形質におけるCa2+信号の制御に機能的影響を与えるかもしれ ないと結論した。(An)
チトクロム c 酸化酵素を通して水素イオンを運ぶ (Proton routes through cytochrome c oxidase)
ミトコンドリア中のチトクロム c オキシダーゼは、好気性代謝に おける中心的な反応に対して触媒作用を果たす。それは4個のプロ トンと電子とを用いてダイオキシジェン(dioxygen=二酸素)分子を 水に還元し、そしてこの反応を膜を通過するプロトンの能動輸送に 連結して行く。別の反応であるアデノシン三リン酸の合成において は、プロトンの勾配が利用されている。Yoshikawa たち(p.1723; Gennisによるコメント(p.1712)を参照のこと)は、二種の酸化状態 におけるチトクロム cオキシダーゼの複合体の4つの高分解能構造 を与えている。これらの構造は、輸送されたプロトンの経路を描き、 酸素が結合し還元されるヘム-銅部位における配位原子の異常な配置 を明らかにしている。そして、複合体中のこれら二つの領域の間は 空間的に分離していることを示唆している。供給されるプロトンは 酸化還元部位を通して移動するのではなく、二つの反応間の立体配 置的な結合が起きていることが示唆されている。(Wt)
欠陥に強いコンピュータ・アーキテクチャ (Tolerating defects in computer architecture)
現代のコンピュータ・ハードウェアは、構成要素が完全であることを 前提にしている---たった一つ欠陥があっても、チップをおしゃかに せざるをえない。Heathたちは、計算に関して、これとは異なった、 欠陥に強いアプローチを論じている(p. 1716)。これは、ナノ・スケ ールのデバイスを作る際の戦略にインパクトを与えることになるかも しれない。彼らが論じているのは、Teramacコンピュータである。 これは、ヒューレットパッカード社で作られたコンピュータで、欠陥 部分のあるメモリー・チップを多数有している(全体でおよそ20万の 欠陥をもつ)が、それにもかかわらず、ある構成では、シングル・プロ セッサのワークステーションの100倍の速さで動作できる、というも のである。このTeramacアーキテクチャでは、チップ間にたくさんの 冗長な配線が施されているので、メインのフィールド・プログラマブル ・アレイは、そうした欠陥部分を検知し、その部分を使うことを回避 できる。ナノ・テクノロジーの信奉者に対してこのアプローチが示唆し てくれるのは、戦略的成功をおさめるには、さらに小さなデバイスに おける欠陥を完璧に排除する必要はなく、むしろ動作する回路網を高い 効率で利用できる組み立て方が必要だ、ということである。(KF)
ヒト脳の進化の跡をたどる(Tracing hominid brain evolution)
ヒト脳の進化のコースを明らかにすることは、十分完全な化石が 稀にしかなく、そのため、しばしば元の脳のサイズを再構成する 必要があったこともあって、困難であった。Conroyたちは、 コンピュータによる軸方向の断層撮影法(CATスキャン)と計算機 によるモデルを用いて、おそらくアウストラロピテクスのものと 思われる頭蓋の一つ、Stw 505の脳のサイズを再構成した(p.1730; また表紙参照のこと)。彼らは、その頭蓋の容量は515立方センチ メートルで、もともとの報告よりずっと小さいが、それでもアウス トラロピテクスの中では最大のものだ、と結論づけている。彼らの アプローチと結論が示唆するのは、Falkの注釈(p. 1714)で論じら れているように、その他のヒト類の脳のサイズも不正確に見積もら れてきた、ということである。(KF)
地殻の高貴な起源(Noble routes to crustal origins)
放射崩壊する同位体は、岩石の年代に関する重要な情報を与えて くれるだけでなく、地質学的プロセスの跡をたどるためにも用い られる。マントルにおける融解、あるいは沈み込み帯の マントルに引き込まれた地殻の量に関する情報を得るには、 典型的には、重要なマントル鉱物とマグマの間にある元の放射崩壊 する親元素(核種、Re)と娘元素(Os)がマントル鉱物とマグマの 間でどのように分配されるかに関する知識が必要になる。Righterと Hauriは、ガーネットと高圧下のケイ酸融解物の間でのレニウムと オスミウムの分布を実験によって調べた(p. 1737)。そのデータは、 ガーネットがマントル内のレニウムの供給源である、 ということを示している。このことから、レニウムをあまり含まない 海洋の火山岩は、ガーネットを保持したマントルの一部に由来する ものらしい。(KF,Tk)
単一分子の振動を観る(Seeing vibrations of single molecule)
振動分光学は通常分子の集団を扱っており、それゆえその結果としての 情報は平均値である。 しかしながら 走査型トンネル顕微鏡は表面に 吸着した分子の単一分子レベルでの構造の情報を与える。Stipe等は (p.1732;Pethicaによる注釈 p.1715;を参照)又、走査型トンネル 顕微鏡を用いて表面にある単一分子の振動特性を探針する方法を示して いる。彼らはアセチレンのC-H伸縮、及び重水素化アセチレンのC-D 伸縮にそれぞれ固有の明瞭なスペクトルの特徴を観察した。その方法を 用いると分子レベルで様々な官能基やそれらの化学変化の同定が可能と なる。(KU)
よりよい性能の電気触媒を可視化する (Visualizing better electrocatalyst)
より性能の高い材料を「組み合わせ法」により発見することは、しばしば、 要求する性能を得るための選別に時間が係りすぎる制限がある。電気化学 的な触媒を選別するための、電流-電圧法は時間のかかる方法であり、一度 にテストできるサンプル数がほんの少しで、増やすことが難しい。 Reddingtonたちは(p.1735、p.1690のServiceのニュース解説も参照)、 活性触媒を電極の場所のレドックス反応で発生するイオンに感度のある蛍 光性色素を使う光学的な方法で選別出来る可能性を示した。彼らは、メタ ノールの電界酸化用の白金(Pt)、ルテニウム(Ru)、オスミウム(Os)、イリ ジウム(Ir)とロジウム(Rh)の組み合わせを含む大規模な触媒アレイを選別 した。溶液内で使用するアレイは種種の化合物のインクでレーザーにより 印刷され、その後金属に還元されたカーボンペーパー上に形成された。 メタノール燃料電池に使用した結果、Pt、Ru、OsとIrを組み合わせた触媒 の最も活性なものは、その表面積が小さかったわりに、市販のPt-Ru触媒に 対しほぼ2倍の活性を示した。(Na)
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