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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science April 10, 1998, Vol.280
ヘアピンを逆戻し(Hairpin reverse)
RAGタンパク質は、活性抗原受容体遺伝子を作り出すのに 関与するDNA再配列において重要な役割を果たす中心的酵 素である。RAGは、組み換えシグナル配列の位置でDNAを 切断し、平滑末端または「ヘアピン」末端を作ることがで きる。Melekたちはこのたび、RAGがレトロウイルスのイ ンテグラーゼによる「脱組み込み(dis-integration)に」 反応を連想させる機構でこのヘアピンを逆転させて、DNA を再び結合させることもできる、ことを示した(p. 301)。 この情報は、反応の副産物であるある種のDNAがいかにし て形成されるかを明らかにするとともに、そうした抗原受 容体座位の組織化を理解するための基礎を提供してくれる ものかも知れない。(KF)
連鎖不平衡マッピングとパーキンソン氏病 (Linkage Disequilibrium Mapping and Parkinson's Disease)
M. H. Polymeropoulosたちは、遺伝性パーキンソン氏病 を有する「イタリアの1つの家系とギリシアを起源とする 互いに無関係な3つの家族について、ニューロンの可塑性 と関係していると考えられているあるシナプス前タンパク 質をコードしているalpha-synuclein遺伝子の」変異を同 定した(27June 1997号の報告p. 2045参照)。他の研究者 たちは、しかし、彼ら自身の研究対象である集団について、 この変異の証拠を発見することができなかった(レター: The French Parkinson's Disease Genetics Study Group, 20 Feb. 1998号のp. 1116、T. Lynchほか, 14 Nov号の p.1212、また 5 Dec.1997号のp. 1696。技術的コメント: W. K. Scottほか, 18 July 1997号のp. 387、また T. Gasserほかp. 388)。B. RannalaとM. Slatkinは、alpha -synucleinの変異が実際に(パーキンソン氏病の)原因で あるのか、それとも「他の原因となる変異との間の連鎖不平 衡における中立的なものであるのか」を決めるため、「最近 開発された連鎖不平衡マッピングの理論を用いて、定量的な 評価を行なうことができる」ことを明らかにしている。 RannalaとSlatkinは、「不平衡のレベルに影響を与える可 能性がある、集団の成長や系統学的な関連、さらにサンプリ ングの影響などを含むいくつかの人口統計的要因を説明する」 方法を適用する。彼らは分析から、Polymeropoulosたちが 同定した変異が原因となるものでなかったとすると、それは ゲノムの上で変異の原因であるものにおそらく非常に近い場 所にある、と結論づけている。この全文とこの注釈の図は、
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/280/5361/175a
で見ることができる。(KF)
訳注:連鎖とは同一染 色体上に座位した遺伝子群の遺伝における結合のことであり、 このような連鎖による遺伝子のランダムな組み合わせからの ずれを表すのに連鎖不平衡という言葉を集団遺伝子学では用 いている。(hE)
運動量の変化(Change in momentum)
超伝導のBCS (Bardeen-Cooper-Schrieffer)理論によれば、 電子対の形成によって系のエベルギーが低くなり、典型的に はほんの数ミリ・エレクトロン・ボルト(超伝導遷移温度Tc における熱エネルギーkTcの2倍)のギャップ・エネルギー が開放される。伝導バンドの頂点近くにおける電子の典型的な エネルギー(フェルミ・エネルギー)は数エレクトロン・ボル トなので、同様のエネルギーを有する電子の混合は、ギャップ ・エネルギーが低いため、運動量に関する要求---すなわち運 動量kの電子は運動量kまたは-k(平行に動いているまたは正 反対に動いている)の電子とのみ強く混合する---によってさ らに制約を受ける。Shenたちは、最適にドープされた高Tcの 超伝導体Bi2Sr2CaCu2O8+ deltaの試料からの光電子放出の 角度分析スペクトルを得て、ある運動量の変化が300ミリ・エ レクトロン・ボルトすなわちkTcの40倍にもなることを発見し た(p. 259)。これは、運動量の実質の伝達[(0.45pi, 0)のオー ダ]とともに生じるものである。この値は、微視的な反フェーズ 領域と超伝導のスピンと電荷のorderingを結び付けるEmeryと Kivelsonの理論が要求する値に非常に近いものである。(KF)
ドット内相互作用(Intradot interaction)
別の材料中に埋め込まれたひとつの半導体の島のような、 半導体の量子ドットは、3次元的に電荷キャリアーを閉 じ込める。この閉じ込めは原子中の電子に似ており、離 散的なエネルギースぺクトルを生ずる。Landin たち (p.262; Gammonによる注釈(p.225 )も参照のこと)は、 ガリウム砒素中のインディウム砒素の一つのドットから の光学的な放射について研究した。そして、量子ドット 中の電子とホールはクーロン相互作用を通じて相互作用 しており、スペトクルに微細構造を生成することを示し ている。このような量子ドット中の電荷キャリア間の相 互作用は、理論的に予言されてきたものである。(Wt)
ゲルが壊れるとき(When a gel breaks)
物質に亀裂が入って壊れる現象はよく見られる現象である。 一般に、結晶性の物質では、特定の外力が与えられると一気 に亀裂が生じる。Bonnたち(p.265)は、ポリマーで出来たゲ ルでは、この破壊は遅れて生じることを示した。一定の大き さの力が与えられると、亀裂が発生し、これが遅延して伝播 していくが、この遅延は加えれられた力に依存し、時には15 分も遅れて伝播する。この現象は、任意次元における亀裂核 発生のための活性化エネルギーと、フラクタル次元における ゲルのネットワークの不均質性を考慮することで説明出来る。 (Ej,hE)
触媒粒を流して、熱い奴を見つける (Hot on the trail of catalysts)
多くの化学反応は発熱性であるため、触媒の相対的発生 熱量を計って、これをスクリーニングすることが行われ ている。TaylorとMorken(p.267)は、溶液中における 進行中の触媒反応を、熱画像化(赤外線画像)すること で、進行中の触媒をスクリーニングする方法を示した。 彼らは、この方法をアシル化反応で実証した;既知の触 媒と、ライブラリーから作られた約3000の可能性のあ る触媒を樹脂のビーズに載せ、クロロホルムの溶媒にちょ うど浮くようにし、溶媒による赤外線吸収を極力抑えて、 赤外線カメラで撮影した。このような方法で、最も活性 の高い触媒は、この評価法で最も有意に選択されたもの であることを示した。(Ej,hE)
柔らかい支え(Soft support)
シリカのような物質は触媒の支持体として長く利用 されてきたが、高い反応性を有する遷移金属触媒用 としては、シリカ内部に多孔を有するため、問題が あった。Roscoeたち(p.270)は、メタロセン重合化 触媒の支持体として、非反応性ポリマーが使えるこ とを報告している。これによる反応は従来の表面支 持担体の場合と異なり、50-100マイクロメートル の範囲の径の触媒担体ポリスチレン・ビーズの内部 で生じ、その結果、約1ミリメートル径のポリオレ フィン・ビーズを生成する。(Ej,hE)
間違った方向にこすられて(Being rubbed the wrong way)
原子間力顕微鏡(AFM)は、チップが試料を走査しているとき、 試料表面とチップとの間の力の大きさを定めることができる。 しかし、試料の分子レベルでの組織構造はこの手法では、直 接的に決定することはできず、他の実験的な手法を付け加え る必要がある。Liley たち(p.273)は、電子散乱とブリュース ター角を用いる顕微鏡をAFMと組み合わせて、雲母表面の脂 質単層膜の摩擦の異方性を調べた。そして、わずかな分子的 な傾きが、測定可能レベルの摩擦の異方性を生ずることを示 した。この異方性は直感に反するものである。すなわち、摩 擦力は「猫の毛並み」の方向に反して走査するときのほうが、 それをなでる方向よりも小さいのである。(Wt)
メッセージが通じるように(Getting the message across)
メッセンジャーRNAの翻訳において、ペプチド結合の形成の ために、アミノ酸の付着した転移RNA(tRNA)がリボソームの P(ペプチジル)とA(アミノアシル)の部位にドッキングする。 以前の研究によって、23SリボソームRNA(rRNA)がP部位 におけるペプチジル転移酵素機能に関与するリボソームの成 分として同定された。Green たち(p 286)は、23SrRNAの 別の領域がA部位に関与することを示している。クロスリン ク分析によって、A部位を形成するためには、P部位がtRNA に結合されることが必要であることが示され、リボソームの PとAの部位の協同的な相互作用が示唆された。(An)
バイオフィルムの形成(Biofilm formation)
ある種の細菌は一緒に繁殖し、バイオフィルムと呼ばれる 複雑な多細胞性構造を作るために分化する。Daviesたち (p.295;およびKolterとLosickのコメント参照;p.226)は 緑膿菌がバイオフィルムの分化を誘発する、lasIの生成物 である拡散性で密度依存性のシグナルを利用していること を示した。緑膿菌によるバイオフィルムの生成は、これが カテーテルとか嚢胞性線維症(cystic fibrosis)患者の肺に 生じた場合には、治療の上で問題となる。細胞間のシグナ ルを阻害する変異は、バイオフィルムを界面活性剤のSDS (sodium dodecyl sulfate)に対して鋭敏にさせる。この シグナルを抑止する薬剤は、バイオフィルムを生成させな くすることに有用であろう。(Ej,hE)
分子の動きを停止させる(Stopping molecular motors)
分子を輸送する運動タンパク質であるキネシンは、紡錐体に 沿って動く染色体など、多くの細胞内の運動に関わっている。 この運動性タンパク質は細胞内の軌道である微小管に沿って 動き、細胞を通って様々な物質を運ぶ。しかし、キネシンの 機能に関する研究は、この運動性の活性を止める特別な薬剤 が無かったため、遅れていた。今までは、ヌクレオチド類似 体が、この運動性機能の阻害剤として可能性をもっていた唯 一のものであったが、複雑なアッセイ系の中で特異的に機能 すると言う点に欠けていた。Sakowiczたち(p.292)は、海 洋生の海綿から抽出された、特異性のあるキネシン阻害薬を 発見した。この阻害薬は微小管を模倣し、運動性と微小管の 相互作用を阻害するように見える。(Ej,hE)
スプライシングで連合した界 (Kingdoms united in splicing)
転移RNA前駆物質(pre-tRNA)のスプライシングが成熱 tRNAの産生に必須である。真核生物と古細菌において、 この過程は、スプライス部位を認識し、イントロンを遊 離するエンドヌクレアーゼを必要とする。Liたち(p 279) は、古細菌Methanococcus jannaschiiからのtRNAス プライシングエンドヌクレアーゼの結晶構造を測定した。 真核生物と古細菌のエンドヌクレアーゼが非常に異なっ ている機構によって自分のRNA基質を認識することが知 られているが、この新しい構造データによると、この2つ の酵素グループはリボヌクレアーゼAと類似している共 通の切断機構を共有する。Fabbriたち(p 284)は、人工 的なpre-tRNAの基質のエンドヌクレアーゼ切断を検査 したが、この結果も、真核生物と古細菌の酵素の進化上 の関連性を確認している。(An)
腸のT細胞の場所を同定する (Locating intestinal T cells)
腸のT細胞は、他のT細胞と異なり、胸腺の外で発生すると 思われている。Saitoたち(p.275;およびWilliamsによる ニュースストーリp.198)は、マウスの小腸に新しい一次リン パ様器官を見つけ、最近、"cryptopatches"として同定され たが、これが腸のT細胞の局在性前駆体が存在する場所であ り、Peyer's patchや腸間膜のリンパ節の中ではないことを 示した。(Ej,hE)
転写を中止(Stopping transcription)
転写装置がメッセンジャーRNA(mRNA)の処理機構と密接に 関連している証拠が増加している。mRNAのポリアデニル化 信号が転写終結に必要なのであるが、転写終結に関与してい るmRNA切断ポリアデニル化複合体の分子成分がまだ分かっ ていない。Birseたち(p 298)は、mRNA処理複合体における ポリペプチドの温度感受性変異体を用い、酵母において、新 生転写物のヌクレオチド鎖切断の切断に機能しても、ポリア デニル化に機能しないポリペプチドが効率的な重合酵素IIの 終結に必要であることを示している。(An)
飛行の制御(Flight control)
双し類のハエ(dipterous flies)のホールター(halter)は、 後の羽から進化したもので、前羽の運動性回路網への直接 入力を供給していると信じられている。ホールターは空力 学的には機能していないが、その統合とそこからの入力は 安定した飛行に必要である。解剖学的研究と生理学的研究 を統合して、Chanたちは、視覚的入力がホールターの運 動制御に直接の影響を与えること、それによって間接的に ホールターの感覚性出力が変化すること、さらにその出力 が飛行のための筋系を調節する方法を実証した(p. 289;ま たPennisiによるニュース記事p. 201参照)。(KF)
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