AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 27, 1998, Vol.279


回転する地球の周りで衛星を引きずって (Dragging satellites around a spinning Earth)

一般相対論によると、回転している中心質量のまわりをめぐ る物体の軌道は、回転物体によって摂動を受け、その時空 間の基準系を変化させるであろうと予測されている。このよ うなEinsteinによって称された「時空間の系のひきずり」は、 Lense-Thirring 効果と命名されているが、時間の摂動が小 さいためその存在証明を得るのは困難であった。Ciufolini たち(p.2100) は、二つのレーザー測距衛星、LAGEOS と LAGEOS II を用いて、Lense-Thirring 効果を検出する ことを試みた。この二つの衛星は、地球の上空およそ6000km の軌道を周回している。著者たちは、数mm の精度でこれら の衛星から反射されるレーザービームの総伝播時間を測定し、 4年の間これらの伝播時間における摂動を求めた。 潮汐力に起因する地球の揺れ動きや、地表と地中での物質の 動きや質量流に関係する地球の振動は、これらの測定の重要 な誤差の要因であり、この小さな摂動を雑音から識別できな くする。最近の地球重力モデル(EGM-96)を用いることによ り、これら別の要因で起きる雑音性の信号が減少し、系の引 きずりに帰すことができるレーザービーム伝播時間の小さな 摂動が検出された。(Wt,Nk)

本来、非干渉性(Intrinsically incoherent)

ランダウの理論によると常態金属の電導電子はフェルミ液体として 記述されるが、そのとき、電子の伝達特性はあらゆる方向にコヒー レントであり、これの条件はエネルギーや温度の下限まで成り立つ。 層状の銅塩や有機超伝導物質の正常状態のような層状金属は、層に 垂直な方向に異常な輸送状態を示す。Clarkeたち(p. 2071)は、コヒ ーレントな電子であれば当然あるはずの干渉効果が存在しないような 異常現象を含む、有機超伝導物質の正常状態におけるインコヒーレン トな輸送を示す実験的証拠を見直した。彼らは、このような、ある方 向にはコヒーレント(量子的)な「量子・古典的」であるが、他の方 向にはインコヒーレント(古典的)な金属についての理論を紹介して いる。(Ej)

結合実験(Binding assay)

多くの医学的・生物学的研究は、リガンド・受容体結合をモニター する迅速で簡単なアッセイ(実験)に依存しており、このための改 良されたアッセイが数多く競い合っている。Guptaたち(p.2077)は、 リガンド結合上の液晶の薄層の再配列を利用した技術を開発した。 液晶の配列方向に依存した光の信号が肉眼で読み取れるため、アッ セイをするために電気は不要である。この方@は、診断結果が定量 的な測定を必要とする試験には向いていないが、イエス・ノーの判 断を求められる試験には適している。この方法には、ナノグラム単 位の材料で足りるし、マイクロメートルの分解能をもって場所を限 定することが可能であるから、一連の化学種のスクリーニングに使 えそうである。(Ej,hE)

異常なベンゼンの原子価異性体 (An unusual benzene valence isomer)

化学者にとってすでに知られている多数の化学構造の中で、 ほとんどのベンゼンやベンゼンの原子価異性体は既知である と思われるかも知れない。しかし、多くは想像されてはいて も、観察されたことはない。Canacたち(p.2080)は、4つの リン原子をもつベンゼン価異性体を合成し、この異性体が三 環系ビラジカルであることを示した。この化合物は6電子と 4中心結合系を持っており、正式には2つのリン原子間の1 電子結合から出来たものである。(Ej,hE)

微視的超流動(Microscopic superfluidity)

超流動は、極低温におけるヘリウムの同位体である3Heと4He に対して観測されており、非常に低い粘性と高い熱伝導係数に よって特徴づけられる。今日までの多くの観察は、超流動のマ クロ的な発現であった。Grebenevたち(p.2083;Lehmann と Scolesによる注釈( p.2065)も参照のこと) は、単一のOCS (oxygen carbon sulfide)分子を含んでいる3He/4Heの混合し た液滴の挙動を研究した。超流動の開始温度は4Heより3Heに 対するほうが低いので、適切な温度を選択することにより、4He のみ超流動であることが可能である。4He はOCS分子の周りで 液滴の中心に集まる。もし、十分な 4He が存在すれば、分子は ほとんど摩擦なしで回転し、その分子が超流動環境中に存在する ことを示している。たった2原子層くらいの4Heが分子を取り囲 むだけでこの効果が起こる。(Wt,Nk)

グリーンランドの氷のより緩やかな成長 (Slower Greenland growth)

グリーンランドの氷が全体として成長しているか、あるいは減退 しているかを評価することは、気候の変化に対するアイスランド の氷の反応を解明し、又、海面レベルの変化を理解する上で重要 である。初期の人工衛星による研究では、年間あたり、およそ20 cm成長しているとされていた。Davisたちは(p. 2086)、最近、 人工衛星データを再校正し、分析を続け、成長率はずっと少なく、 せいぜい年に2cm程度であることを発見した。(Na,Nk)

地球を共鳴させる(Ringing the Earth)

地球の振動(共鳴)は、大規模な地震か、あるいは地球内部の 動揺によって起こされる、と考えられていた。Sudaたちは (p. 2089、p. 2063のKanamoriの注解も参照)、地球規模 の高感度重力計ネットワークを用い、10年間の重力加速 度の微細な変化を記録した。彼らは、地震にも内部の動揺に も関係のない低周波の振動を発見した。この背景共鳴は固体 地球と大気との間の未知の力学的作用により発生している可 能性がある。(Na,Nk)

鉱石の起源(Ore origins)

多くの重要鉱石の鉱床は、金属を溶かしたマグマ流から 形成されている。この流れが冷却されたり、減圧されたり、 あるいは他の起源の水や反応性岩石と混ざったりすること で、急速に鉱物を生成したり、金属を濃集する。鉱物が 形成されるに従って、母液を微小なインクルージョン (包含物)として捕らえていることが多い。Audetatたち (p. 2091; BarnesとRoseによるコメント参照, p. 2064)は、 レーザ-切除装置を連動させたプラズマ質量分析計を用いて、 これら捕獲された液体の詳細な化学分析を実施した。オース トラリアの世界的スズ鉱山であるヤンキー鉱床の鉱脈に石英 が成長する際に捕らえられた液体を長期に渡って調べること によって、液体の鉱脈がどのようにしてその組成や圧力、そ して温度を変化させたかを示している。スズの沈着が始まる のはマグマ液が冷たい天水と混ざるときから始まる。(Ej,hE)

ユッカ山周辺のひずみ?(Strain at Yucca Mountain?)

ユッカ山(Yucca Mountain)は高レベル核廃棄物の処分場として 提案されているところであるが、ここは約4,000万年前から地殻 の伸張が続いている、アメリカ合衆国西部のBasin and Range地 区に位置している。伸張には、火山活動が伴うのが典型的な例で あるが、今のところこの地区の周辺部が注目されている。ユッカ 山の安定性を理解することは廃棄物処分場の安定性環境評価をす る上で大切であるとともに、この地区一帯の伸張パターンを見積 もるのにも大切である。Wernickeたち(p.2096;Kerrによるニュ ースストーリーも参照,p.2040)は、以前の1983年の調査に引き 続いて、ユッカ山地区一帯を、GPS(Global Positioning System)を使った調査を1991から1997年にかけて行った。その データによると、この地区は西-北西方向に、年約1.7ミリメート ルの割合で伸張している。この割合は、この地方の地質学的観点 から見ると異常に大きな値で、この地区には、連続的にではなく、 突発的に歪みが溜まっているのではないか、それも、もしかした らBasin and Range全体に。(Ej,hE,Nk)

種の保存計画を評価する(Assessing our reserves)

種の保存計画と言うものは科学と言うよりは芸術である。2つの 報告が、種の保存を最大にするための土地購入と、生物の多様性 を計るマーカーについて議論している(PimmとLawtonによるコ メント,p.2068)[注]。Andoたち(p.2126)は、しばしば忘れられ ている問題である土地の価格について問題提起した。アメリカの 場所によって土地の価格が大幅に異なることを考慮に入れて、特 定の種の保存の目的のために、土地の面積を最小限にとどめるこ とは、かならずしも対費用効果を最適にするとは限らないことを 示している。Van Jaarsveldたち(p.2106)は、南アフリカ・ト ランスバールでのデータを使って、今まで合意されて利用されて きた、色々な生物多様性指標の代理指標を評価している。残念な ことに、異なる指標間には、ほとんど一致点が見られないことか ら、現在の保存計画方針に疑問を呈している。(Ej,hE)
[注]:生物の多様性を計るのには、通常、「分類群の豊富さ」の ような、代理特性を利用する。この代理となる特性値には色々の ものが使われており、種の保存計画は、通常、代理特性に基づい て立てられている。

見る前(Before you look)

両眼からの視覚的入力が哺乳類の脳の外側膝状核(LGN)において、 バランスをとり、組み合わされる。視覚的な経験の変化によって、 各々の眼の入力に対応しているLGN領域の割合を変化させること ができる。Pennたち(p 2108;表紙参考)は、脳内のバランスをと る行為がそれよりもずっと以前から開始することを示している。 眼が開く前に、網膜における自発性電気生理学的な活性が両眼の 活性網膜からのバランスのとれた入力の構築を開始するように LGNに信号を送る。(An)

偶然と進化(Chance and evolution)

進化現象の結果における偶然と歴史の影響に関する討論が多数 あった。Lososたち(p 2115;Vogelによる記事参考p 2043)は、 カリブ海諸島におけるトカゲの進化を分析し、比較とする対象 群の枠によって結論が異ることを発見した。ひとつの島だけを 分析すると、最初どれがどこへ現れるかということによって、 後で現れてくる者が残っている生態学的地位で何をできるかが 決定される。しかし、諸島全体を分析すると、個々のトカゲ系 列の運命が以前の進化歴史によって強要されてはいなかった。 分析した4つの島において、独立した進化現象が同様の結果を もたらした。(An)

IL-2の単一対立遺伝子(Monoallele for IL-2)

T細胞がサイトカインと呼ぶタンパク質を分泌し、サイトカイン が免疫応答を開始し、制御し、変調する。インターロイキン-2 (IL-2)というサイトカインは、抗原曝露後のT細胞の増殖に重要 である。Hollanderたち(p 2118;Chessによる注解参考p 2067) は、個々のT細胞を検査し、所定の細胞において、IL-2がひとつ の対立遺伝子から独占的に転写されていることを発見した。この 現象の意味は、単一対立遺伝子性の発現を確実にするために、匂 い物質受容体あるいは抗原受容体ではない常染色体性遺伝子の転 写がなにかの対立遺伝子排除によって制御されうるということで ある。(An)

アルギニンから一酸化窒素へ(Arginine to NO)

それぞれプテリン補助因子、基質アルギニン、そして生成物 類似体チオシトルリンを有する一酸化窒素合成酵素の酸素添 加酵素領域の3つの構造によって、どのようにしてこのアミ ノ酸がガス状メッセンジャーに転換されるかについての図式 が完成した。Craneたちは、プテリン補助因子は水酸化やそ れに引き続いて起きる酸化に直接的には関与しておらず、代 わりに酸素添加酵素領域の二量体化と閉鎖のトリガーとして 働いており、これが基質およびヘム-結合したダイオキシジェン (二酸素)を結び付ける結合された(sequestered)チャネル を生み出す、ということを発見した(p.2121)。この環境にお いては、最初に基質水素イオンが利用できるためにアルギニ ンの水酸化が起きやすくなる。もう一方の水素イオンの欠乏に よって、酸化ならびにシトルリンと一酸化窒素の合成に向けて の第二の反応が起きるのである。(KF)

シリカを含む小片が貝殻の成長を促す (Siliceous tablets promote shell growth)

ありふれた、海に棲む、二枚貝の腕足動物は、炭酸カルシウム の結晶あるいはリン灰石(アパタイト)からなる貝殻をもって いる。椀足動物種Discinisca tenuisの詳細な研究の過程で、 Williamsたちは、こうしたリン灰石の貝殻の幼生の殻にある シリカを含む小片の存在について言及している(p. 2094)。シ リカとリン灰石の会合は、シリカが、(他の研究で示された) 骨の成長についてと同様、貝殻の成長のタネとして振る舞って いる可能性を示唆する。さらに加えて、シリカを含む小片を 部分的にあるいは完全に殻から取り除くと、貝殻に痕跡が残さ れるのである。この痕跡は、成長を終えた腕石動物や化石となっ た腕石動物のほとんどにはシリカを含む小片が残されておらず、 痕跡だけがある、ということからも重要である。実は、この、 小嚢と解釈された痕跡は、ポスト古生代のdiscinids(イカリチョ ウチン)には見つかっているが、それらの先祖と想定されている 古生代のorbiculoidsには見つかっておらず、このことは discinidsが別の先祖から進化したことを示唆している。それは まったく違う幼生の成長段階を経て進化するものであるか、ある いはおそらく痕跡そのものが古い化石では区別が難しい、のであ ろう。(KF,SO)

HIV感染の追跡(Tracking HIV infection)

細胞障害性Tリンパ球(CTL)と血液中のヒト免疫 不全症ウイルス(HIV)の量の関係を理解することは、効 果的な治療法とワクチンを明らかにしていくために重要 である。Oggたちは、試験管の分析に頼らない、多量 体ペプチド-MHC(主要組織適合性)複合体に基づいた、 HIV-特異的なCTLの高感度の定量的分析を行なう方法 を用いた(p. 2103)。彼らは、異なった感染ステージに ある個人のHIV-特異的なCTLの頻度と血漿RNAのウイ ルスの負荷が逆比例の関係にあることを発見した。HIV- 特異的なCTLの頻度と感染した細胞の半減期との間に 並行的な関係が存在しないことは、HIVが、感染した個人 において高度に細胞変性的であるという見方をますます 支持するものである。(KF)

二重の抑制(Doubly suppressed)

ウイルス性病原体に感染すると、植物はそのウイルス性 遺伝子と配列の相同性を有するそれ以外の外来遺伝子の活性 を抑制する。Al-Kaffたちは、このたび、この抑制が二 つのレベルで、すなわち転写の段階であるいは結果とし て生ずるRNAの急速な分解によって、生じることを示 した(p. 2113)。この転写後の機構は、転写の機構より 優先し、これが、プロモータ領域に制限されたDNAあ るいはRNA配列のホモロジーによって、次々に引き起 こされるのである。(KF)

FasLとThyrocytesの構成的発現(Constitutive Expression of FasL and Thyrocytes)テクニカルコメントのまとめ

C. Giordanoたち(Reports, 14 Feb. 1997, p. 960)は、ハシモト 甲状腺炎(HT)の患者の甲状腺からの細胞について研究した。これ らのthyrocytes(甲状腺細胞と思われる)は構成的にFas抗原 (Fas-L)に対するリガンドを発現していた。Giordanoたちはまた、 「HT腺中で豊富に生産されるインターロイキン-1bは、正常な thyrocytes中でFas発現を誘発し」、そしてこれがアポトーシスに なることを見つけた。かれらは、「HTthyrocytes間でのFas-FasL 相互作用は、甲状腺機能低下症への臨床活動に寄与するであろう」と 結論づけている。T.A.Stokesたちは、thyrocytes表面上で、逆転写 酵素ポリメラーゼ連鎖反応法(RT-PCR)、RNA分解酵素保護技術、免 疫組織化学的染色法、および、タンパク質免疫アッセイを利用して、 FasとFasLの発現を研究した。彼らは「20以上の正常な、そして、 甲状腺炎の組織試料からの1次培養されたthyrocytes中でFasLの mRNAの発現」を観察できなかった。彼らは、「甲状腺炎でのFas仲 介によるアポトーシスの相対的な重要性を予想することは困難である」 と結論づけている。P.Fiedlerたちもまた、報告で述べられている抗体 を研究するため「ヒト腫瘍細胞系列パネル」を使って色々なアッセイを 行った。彼らは、抗体の内の2つは「FasLに特異的ではないかもしれな い」ことを見つけ、いくつかの発行済みの研究は「再度解釈され直すか、 再現されるべきである」と結論づけている。これに回答して、Giordano たちと彼女の同僚たち(G.Papoffたち)は、1つの抗体は「染色において、 比較的大きなバックグラウンド信号を与えるかも知れないが」、さらに 実験を進めると「正常なthyrocytesはin vivoでかなりの量のFasLを発 現する」ことを示した。彼らはまた、「トランスフェクションされた細 胞内だけ特異的に染色」する抗体を再度テストした。彼らは、なぜ他の 研究者たちが矛盾する結果を出しているのが「理由はよくわからない」 と言っているが、FasL発現を研究するときには「いくつかのFasL抗体試 薬を同時に使うことを薦め」ている。(Ej,hE,SO)全文は、
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/279/5359/2015a
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