AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science January 23, 1998, Vol.279


GI管の中での腫瘍形成(Tumorigenesis in the GI tract)

ヒトの消化管において、もっとも普通に見られる間充織腫瘍で ある胃腸の間質性腫瘍(GIST)についての分子病因学や細胞の起 源についてはほとんど分かっていない。Hirotaたち(p.577)に よると、これらの腫瘍はしばしばc-kit受容体チロシンキナーゼ を発現し、一部腫瘍ではc-kit遺伝子中に変異を持っている。 このkitの変異体形は構成的に活性なキナーゼを持っており、 培養された細胞に悪性転換を誘発する。GIST中でkitと細胞表面 マーカーCD34が同時発現していることから、この腫瘍は、GI管 の自律性収縮を制御している細胞型であるカハール細胞の間質性 細胞に起因すると推察される。(Ej,hE)

種のるつぼ(The melting pot)

CohenとCarltonによると(p.555)、過去150年間でサンフラ ンシスコ湾とデルタの生態系は完全に変化した。彼らは、 (殆どが船により持ち込まれた)200種以上の外来種(と更に125 種の起源不明の種)を確認し、さらに、外来の種が、種類や個体 の数や生物量のいずれでも圧倒的に優勢ないくつかの生息地を 発見した。外来種により侵略される割合は容赦なく増加しており、 国際貿易の増加の陰に隠された対価として世界中の河口でも同様 のことが起こっていると思われる。(Na)

前立腺癌のリスクを予測する (Predicting prostate cancer risk)

インシュリン様成長因子-I(IGF-I)は、前立腺上皮性細胞の 成長を刺激し、そのアポトーシスを抑制する。血清IGF-Iの レベルが前立腺癌のリスクと相関するかどうかを調査するた め、Chan たちは、医師健康研究(Physicians' Health Study) に登録されている男性に対して、症例対照法による分析を実施 した(p.563; またBarinag aによるニュース記事参照, p. 475)。 152名のコントロール・グループの男性の血液試料と、血液試 料の提供後平均7年を経過して前立腺癌と診断された152名の 男性のデータについてIGF-Iのレベルを測定した。 IGF-Iが最も高い方から4分の1のグループは、いちばん低い方 から4分の1のグループに対して、前立腺-特異的抗原(PSA)の ベースラインレベルのいかんに関わらず、前立腺癌となるリス クが4.3倍であった。この結果は、IGF-IとPSAを勘案して評価 すれば、PSA単独での評価よりも良い予測ができる可能性を示 唆している。(KF)

見ることは再組織化すること(Seeing is reorganizing)

光学的イメージングによって、眼球の優位性や配向コラムの特性と 組織化の決定だけでなく、出生後の発達過程におけるネコの視覚野 のニューロンの配向の特異性をみていくことも可能になった。 Crairたちは、配向の特異性を示すコラムのパターンが出生時に存 在していることと、それが出生後ほんの3週間経過した時点で経験 (視覚欠乏)の影響を示すことを発見した(p. 566)。反対側が優位に なるという初期のパターンは、経験の結果によってのみバランスさ れていく。というのも、視覚欠乏状態にあるネコでは、初期のパタ ーンが残り続けるからである。このように、視覚経験の役割は、 すでに組織化されている視覚皮質性ニューロンの反応を強化する、 あるいは平衡化することなのである。(KF)

制御の層(Layers of regulation)

小さなグアノシントリホスファターゼ(GTPase)Rasは、分裂促進的 信号に応答する細胞増殖の重要な制御因子である。Rasの活性化は、 Racという他の小さなGTPaseによって仲介された細胞骨格の変化を 起す。2つの報告は、活性化したRasがRacの活性化を起こす機構を 明かにする実験について述べ、この情報伝達においてホスホイノシ チド3-リン酸化酵素 (PI 3-K)がもつ重要な役割を記述している。 Nimnualたち(p. 560)は、Rasにおいてヌクレオチド交換を増強し、 Rasを活性化する末端を切断して短くしたタンパク質SosもRacを 活性化させたが、この活性化にはRasによるPI 3-Kの活性化が必要 であったことを発見した。同様に、Hanたちは(p. 558)、もうひと つのRac交換因子であるVavの活性がPI 3-Kの基質によって抑制さ れ、その酵素のリン脂質生成物であるホスファチジルイノシトール -3,4,5-三リン酸によって増強されたことを報告している。この酵 素がSosとVavにおけるpleckstrin相同性領域という類似の領域に 直接に結合するが、タンパク質のリン酸化と共に交換因子の制御の 2つ目の層を提供すると思われる。(An)

ゴルジ搬出におけるdynamin(Dynamin in Golgi export)

形質膜において、クラスリン被覆小胞の切断におけるdynaminの 役割が広く認められている。Jonesたちは(p. 573)、トランスゴ ルジネットワークから出る時、構成的およびクラスリン被覆の輸 送小胞の生成にdynaminファミリが役割をしていることを示して いる。無細胞系アッセイにおいて、dynaminに対する抗体がトラ ンスゴルジネットワークにおける小胞形成を抑制した。このように、 dynaminファミリがエンドサイトーシスとエキソサイトーシス 膜の輸送における複数の切断イベントに重要である。(An)

ゴルジ運動(Golgi motor)

膜結合型の細胞小器官と小胞は細胞骨格の網目状や束状の構造 を通して細胞中に輸送されるが、この過程が小さなグアノシン トリホスファターゼ(GTPases)のRabファミリによって普通は 制御されている。Echardたちは(p. 580)、キネシンという分子 運動因子に関連し、GTPに結合したRab6の効果を抑制する、 ゴルジ複合体におけるタンパク質を記述した。Rabkinesin-6と 呼ぶこの膜結合型タンパク質は、ゴルジ複合体を通る膜輸送の 制御にある役割を果たしているのであろう。(An)

抑圧する刺激(Stifling stimuli)

古典的条件付けのパラダイムでは、それをウサギの反射的まばたきに 適用した場合、強く予測的に条件付けられた刺激(音)は、第 2の刺激 (光)に対して条件付けられた反応を抑制またはブロックすることにな る。たとえそれが条件付けられていない刺激(空気のひと吹き)を、同 様によく予測しているとしてもである。この現象の認知的な解釈は、 第2の条件付けられた刺激によって与えられる付加的な情報がなく、 新たに学ぶべきものが存在しない、というものである。Kimたちは、 まばたきを仲介する小脳が、条件付けが起きている際には、下 オリーブからの入力を抑えて、それによって第2の条件付け刺激と空 気のひと吹きとを連合させるものをすべてブロックするのだ、と示唆 している(p. 570)。(KF)

アンモニア合成への穏やかな経路(Mild route to ammonia)

二窒素(N2)をアンモニアに変換するには特殊な触媒か、極端な 反応条件を用いるか、あるいは、その両方ともが必要である。 工業的に利用されているハーバー・ボッシュ法においてさえ アンモニアを合成するためには高い温度と圧力が必要とされている。 最近、ニトロゲナーゼのような酵素に類似した方法でN2 を活性化させる金属錯体が無機化学者たちによって作られた。 Nishibayashiたち(p.540;およびLeighによるコメント,p. 506) は、タングステン-二窒素錯体は1気圧55°Cの条件下でルテニ ウム錯体および水素と反応し、アンモニアを生成することを示した。 二水素が水素化物を生成し、これがN2に反応し、そしてNH3を生成 するように見える。(Ej,hE,Kj,Nk)

極のふらつきと海面(Polar wander and sea level)

海水準レベルが変化することによって大陸周辺の層位や堆積相 に影響が現れる。これら堆積物に残る特定の音波探査による記録を 解析することによって、異なる海盆での堆積物表面や堆積物の 模様の相関から、地球規模の海面レベルの変化を認識すること が可能となった。海面の、より長期間の変動(数千万年)の原 因はよく分かってないが、通常、これは海洋の拡大速度の変動 に起因するものと見なされている。Moundと Mitrovica (p.534)は地軸の数値シミュレーション結果を利用して、以前の 説に代わって、長期の地軸揺動によって海表面は最大200メート ルも変動しうることを提案した。特に、記録状態が良好な白亜紀 と第三紀の周期的変動は地軸回転の変化に対するeustaticな反応 と局所的な変動の結合として再解釈すべきである。(Ej,hE,Og,Nk)

ガラクトース酸化酵素を真似た複合体 (Complexes that mimic galactose oxidase)

金属含有酵素(metalloenzyme)において、金属を含んでいる 部位といくつかの重要残基が触媒を仲介しているのかも知れな い。しかし、タンパク質マトリックスも依然として、副反応を 最小限にする上で重要な役割を演じている。この理由の故に、 金属含有酵素を忠実に真似る小サイズの金属錯体はほとんど存 在しない。Wangたち(p.537;およびServiceによるニュース ストーリ,p.479)は、ガラクトース酸化酵素の次のようないくつ かの特徴を再現する銅錯体を合成した;2電子オキシダントとし てO2を利用し、活動的な種として5配位のCu(II)-フェノキシル ・ラジカルを形成し、更に、酸化しつつあるアルコール中の Ca-H結合の切断を行う。(Ej,hE,Kj)

表面のイメージングと吸着のメカニズム (Surface imaging and adsorption mechanisms)

気相状態の分子は表面上に吸着して表面の原子と強い結合を形成する。 この化学吸着過程は多段階のプロセスである可能性があり、また、特別 の表面上のサイトを要求することがある。二つのレポートは、走査型 トンネル顕微鏡を用いると、いかにこれらのプロセスに対する洞察を得 ることができるかを示している(Kingによる解説(p.503)も参照のこと)。 多くの表面化学の研究において、いくつかの実験的な観察結果を説明 するために、化学吸着状態に対してより弱く結合した前駆物質状態が考 えられてきた。この観察としては、たとえば、ある分子が適当な吸着サ イトを見出すのに先立って分子が移動するときに、その表面上に留まる という見かけ上の能力のようなものが挙げられる。これらの外因性の 前駆物質は、それに先立って吸着された分子によって表面のサイトから 遮断されているのであるが、初期の研究においても直接的に観測されて きた。Brownたち(p.542)は、内因性の前駆物質形成の直接的な証拠 を与えている。この物質はむき出しの表面のサイト上に形成される。 分子は、弱い結合状態にある化学吸着分子として、同じ表面のサイト上 に静止することが可能である。そして、それらは温度変化あるいは電界 によって一つの状態から他の状態へスイッチすることができる。化学蒸 着による薄膜成長は、表面上に相互に近接した反応性のサイトが必要で ある。シリコンのような半導体は通常、その端は水素原子で終結している。 加熱によりH2が放出され、ダングリングボンドと呼ばれる反応性の高い 非飽和結合を残す。 しかし、これと同様の高温条件では、ダングリングボンドの相互拡散 を引き起こす可能性がある。McEllistremたち(p.545)は、走査型トン ネル顕微鏡を用いて、高温下での Si(100)の二重で1個の重水素で終端 処理された表面を研究した。そして、ダングリングボンドの拡散の過程 でそれらはお互いに引き合って再結合するように見えること を示している。このプロセスにより反応性の高いダングリングボンド のペアの数が大幅に増加する。(Wt,Nk)

列した大きな孔(Large pores to order)

ポリ(アルキレン・オキサイド)トリブロック(triblock)共重合体 を鋳型として、5—30ナノメートル範囲の直径を持つ、6方 晶系に整列した等サイズのメゾポーラスなシリカが合成された。 Zhaoたち( p.548)は、対イオン(counter-ion)が仲介する合成条件 によって、どのようにして3—6ナノメートルの壁厚の孔が出来るの かについて述べている。これらの厚い壁は、他のメゾポーラス珪酸塩 に比べてより整列度が高く、これによってより高い水熱安定性を獲得 している。共重合体の鋳型は、緩やかな加温によって取り除くことが できる。(Ej,hE,Kj)

有機レーザー(Organic lasers)

小さい有機分子ベースのレーザーは半導体レーザーに対し、動作 温度変化の影響を受け難いことや、製造が簡単であるなどいくつか の長所がある。Bulovicたちは(P.553)有機半導体Alq3を 用いた、レーザー色素による吸収波長にマッチする発光を行う、 光学的に励起された垂直キャビティレーザーを実証した。0.6 オングストロームという狭い幅で、3Wの高出力、レーザーパルス 106回の長寿命が達成された。ミラー反射により小型で電気的に 励起するレーザーを作ることが可能であろう。(Na)
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