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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science August 22, 1997, Vol.277
鉄を還元する細菌(Iron-reducing bacteria)
始生代の地球における微生物によるFe(III)の還元については、地質学的な 証拠が認められるが、鉄の還元をもたらした有機体の役割やそれが何であったのか については、生物学の研究では突き止められていない。Liuたちは、地質学的にも 水文学的にも他と分離された、地表から860メートル以上もの深さにある白亜紀お よび三畳紀の頃の沈降物がたまる窪地で、非結晶性のFE(III)の酸化水酸化 物を磁性をもつ鉄の酸化物に還元する好熱性の細菌を発見した。この細菌群は、生体内 に磁鉄鉱やマグヘマイト(MAGHEMITE)を産生する。16SリボソームRNA遺伝子列に基づく分子の分析 によって、これらの細菌の中に、従来知られていなかった系統の、異化によって FE(III)を還元させる細菌のある可能性のあることが明らかになった。(FK)
Murchisonの冷たい雲の前兆(Murchison's cool cloud precursors)
Murchison隕石は、良く知られた炭素質コンドライトであるが、同位体比率の 異常な有機物をいくつか含んでおり、これから、この成分が太陽系外から来たもの であることを伺わせている。Cooperたちは、Murchison隕石から、一連の スルフォン酸を抽出し、これらの酸の起源と前駆物質を推測するために、炭素、水素 、硫黄の同位体比率を求めた。彼らによると、重水素と33S(原子量33の硫黄) の富化が見られ、これは、星間物質の低温の分子雲の環境に合致し、星間に豊富に 存在するCSが、このスルフォン酸の前駆物質であろうと推測している。(Ej,hE)
衝撃隕石中のマントル物質(Mantle minerals in shocked meteorites)
最近、Acfer 040 隕石中に、衝撃によって生成された岩脈中に、MgSiO3- イルメナイトと、MgSiO3-ペロヴスカイトと思われる鉱物が見つかったが、 これらの鉱物は、地球のマントルに存在すると考えられている高圧相鉱物 の唯一の天然の類似物質となっている;ただし、Mg側に偏った端点の相しか 得られてなかったが。TomiokaとFujinoは、Tenham隕石中の衝撃岩脈中に (Mg,Fe)SiO3-イルメナイトとペロヴスカイト相を見つけ、マントル中と 同様、重要なFeに富む成分を持った天然の類似物質を得ることが出来た。 これら高圧高温の鉱物集合は、これら鉱物の物性やマントルでの相の様子を 理解するための自然の類似物となるばかりでなく、衝撃下の粒界成長機構 や隕石の起源を解明するうえで有用となろう。(Ej)
より安全な超伝導体(Safer superconductors)
遷移温度が絶対温度120Kを越える高温超伝導体は、タリウムや水銀などの有毒な元素を含んでいる 。Chu たちは、遷移温度が126Kに達するバリウム・カルシウム・銅酸化物の新しい族について 報告している。これは、異常な電荷の貯蔵ブロック構造を示す。(Wt)
カンナビノイド情報伝達の手がかり(Clue to cannabinoid signaling)
アナンダミド(anandamide)は、脳のカンナビノイド受容体を活性化する内在性脂質 である。薬理学的には、マリファナやハシュシュの活性化成分であるテトラヒドロ カンナビノールの効果と似ている。これはニューロン中に存在し、脱分極時に 遊放出される。Beltramoたちは、ニューロン中とアストロサイト(アストログリア、 グリア)中に高親和性輸送が存在していることを示した。彼らは、また、強力で選択的 な輸送阻害剤を同定した。そして、アナンダミド阻害剤は、アナンダミドが、生理学的に、 その効果を不活性化したり、増強したり、持続させたりすることから保護していることを、 試験管内でも生体内でも示した。彼らは、この種の薬剤の利用した研究によって、内在性 カンナビノイドシステムの役割を理解することができ、カンナビノイドの効果を模倣する 治療薬の開発に役立つであろうと示唆している。(Ej,hE,Kj)
信号伝達を見る(Seeing signaling)
さまざまな表現型における変異体の分析を通して、信号伝達経路の多様なステップ が解明されてきた。ソウジョウバエERK(DER)の信号伝達経路に関する大きな洞察 が、Gabayたちの用いた手法で得られた。分裂促進因子で活性化したタンパク質 (MAP)リン酸化酵素(ERK)の活性型に対するモノクロナール抗体を用いて、 ショウジョウバエの発生過程における要因の分布をモニターしたのである。 生体内での活性化パターンを可視化することで、活性化したERKの発現と ショウジョウバエ上皮細胞成長因子(EGF)受容体との相関が示された。EGF受容体の 経路に関して、活性化したERKリン酸化酵素の時間的また空間的発現のしかたや 配位子との相互作用のしかたなどを含む新しい情報が得られた。この手法は、 その他の有機体におけるさまざまな信号伝達経路の解明に広く適用できる可能性が ある(表紙を参照のこと)。(KF)
脳腫瘍モデル(Brain tumor model)
パッチェッド(Patched (Ptc))はソニックはりねずみの情報伝達タンパク質の 受容体および腫瘍サプレッサーであり、基底細胞母斑症候群 (BCNS)における 欠損である。Goodrichたちは、Ptc機能を研究するために、マウスのptc遺伝子 を不活性化した。同型接合体は、胚形成時に死亡し、後脳と神経管の苛酷な欠損 を現した。ヘテロ接合体は、生存可能だったが、そのサブセットにおいては、 小脳の髄芽腫が発生し、BCNS患者に現れている骨格の欠損と類似している欠損 も発生した。ヘテロ接合性マウスは、髄芽腫という共通の死亡的な幼児期脳腫瘍 の病因学を研究するための可変のモデルになるかもしれない。 (An)
はげた植物(Bald plants)
植物の上皮性細胞のサブセットは、毛のような構造をもっている。つまり 根における根毛または葉と萼片におけるトリコームがある。 Wadaたちは、この上皮性細胞分化の側面に影響しているcapriceという遺伝子を シロイヌナズナから発見した。 完成したタンパク質を欠乏した変異体には、根毛が正常より少なかったが、 タンパク質の過剰発現によって根毛が正常より多く、葉がはげたことがある。 Mybのようなタンパク質との配列相同性によって、capriceが転写制御因子を コードしていることが示唆されている。 (An)
古代も現代も同じ程度しか違わなかった(Just as different then as now)
更新世中期の霊長類は性的二形性(男性と女性の体の大きさ、頭蓋の容積などの 変異)が現代人より著しかったと言われていた、しかし、比較出来る化石の サンプル数はかぎられており、その年代や場所も様々なので実際に比較するのは 困難である。そのため、Arsuagaたちは(p.1086)スペインのSima de los Huesos の大量に発掘された(少なくとも32体の)霊長類の化石を調べた。調査の結果、 性的二形性は古代人も現代人もほぼ等しいことを示した。(Na)
構造とスピン(Structures and spins)
高温超伝導体の発見から10年、銅酸化物材料中の高温超伝導性はなお複雑な難問である。ひとつ の統一的な特性は、すべての酸化物超伝導体は反強磁性の絶縁体から誘導されたものであることで ある。従って、銅のスピンの振舞は決定的な重要性を持っている。Wells たち(p.1067) は、親 である化合物 -- 酸素をドーピングしたランタン・銅酸化物に立ち返って、中性子散乱によるスピ ンのダイナミックスを研究した。彼らは、不整合(長さのスケールが結晶格子のそれとは異なって いること)でかつ非常に頑健な、スピンの揺動系を見出している。著者たちは、この結果がどれほ どこれらの超伝導体の理論に対して強い拘束を与えるものであるかを指摘している。(Wt)
DNAリトマス試験(DNA litmus test)
特定の遺伝的変異や病原体を検出するハイブリッド形成検定法には、 しばしば放射性ラベルが使われる。Elghanianたち(p.1078;Serviceによる ニュースストーリp.1036参照)は微細な金粒子が近接した場合に色が変化する、 新たなハイブリッド形成法を開発した。13ナノメートルの金粒子を含む2つの オリゴヌクレチド(その1つは13塩基、他方は15塩基)が、標的領域の各々の 半分にハイブリッド形成される;その結果、粒子が近接すると、その色がピンク からブルーに変化する。この変化は溶液を凍結することで増強されるとともに、 固体支持体上で可視化出来る。(Ej,hE,Kj)
高分子からの跳躍する発光(Jumping polymer emission)
蛍光顕微鏡を用いたいくつかの発色団を含む高分子の研究によって、高分子中の発光強度の跳躍的 な変化の存在が明らかとなった。これは、高分子鎖に沿う電子のエネルギーの伝達に帰することが できる。Vanden Bout たち(p.1074; Moernerによる展望記事(p.1059)を参照のこと)は、これ らの跳躍はスペクトルの拡散によるものではないことを示している。このスペクトル拡散は単一の 分子に対しても観測されており、分子のスペクトルの変化によって引き起こされるものである。そ の代わりに、発光の量子収量を変化させる可逆な光化学反応が高分子中で生じている。類似の高分 子は発光ダイオードに利用できる。また、これらの結果は、わずかな個数の欠陥がいかに劇的に発 光強度を弱める可能性があるかを示している。(Wt)
放線菌対マクロファージ(Mycobacteria versus macrophages)
結核がまだ健康への大変な脅威であり、世界の人口の3分の1が結核菌 (結核を起こすエージェント)に感染されたと概算されている。 Schoreyたちは(p.1091)、細菌がマクロファージを感染している機構と、 その機構が、疾病を起こす放線菌に特有であることを発見した。 この経路は、補体切断生成物C2aと放線菌との関連に依存している。 この浸潤方法の同定によって、治療の新しい標的を提供するかもしれない。 (An,hE,SO)
信号と伝令(Signal and messenger)
交感神経細胞の末端で受け取られたシグナルは、細胞体の核にまで伸びた軸索に 沿って伝達される。Riccioたち(p.1097;Barinagaによるニュースストーリp.1037)は、 このような信号が伝達される機構について詳細に調べた。彼らは、培養された交感神経 ニューロンの遠位部および末端に、神経成長因子(Nerve Growth Factor=NGF)を与えて、 これから数ミリメートル離れ、成長因子に曝されていない細胞体中の核転写制御因子 CREBの活性の変化をモニターすることが出来る特殊な培養条件を開発した。 末端において与えたNGFに応答してCREBが活性化されるためには、NGF受容体が その結合リガンドと共に細胞体まで輸送されることが必要となる。このように、活性化 した受容体そのものがシグナルを運ぶメッセンジャーであるように見える。(Ej,hE,Kj)
警句(A cautionary tale)
一般的に生物学的な害虫駆除は科学的なものよりも環境にやさしいと考えられている。 しかしながら、Loudaたちにより、明確に描写されたように(p.1088、同じくp.1058 のStrongの展望も参照)、生物学的なものにも危険が伴う。ヨーロッパから持ち込まれた アザミを退治するためにヨーロッパから北米に持ち込まれたコクゾウムシだったが、 地理的に広い範囲に伝播し、その宿主範囲も、希少種を含む多くの自生のアザミ種へも 拡大した。これら自生植物の汚染した種子の生存度が著しく減少することが記録されて いる。他にも多くの例が見られるが、一旦持ち込まれたら最後、土着でない種をコント ロールすることは非常に困難である。(Na)
メチル化を管理(Managing methylation)
ゲノムDNAのメチル化は広く見られる現象であるが、このメチル化の原因と効果は複雑 ナある。JacobsenとMeyerowitz(p.1100)は、たった1つの遺伝子の転写の変化によって シロイヌナズナ(Arabidopsis)の花の発生を変形させる変異を同定した。メチル化程度 の高い対立遺伝子は、転写を弱める。これらの不安定な対立遺伝子の脱メチル化によっ て、転写は正常に戻る。全体としてゲノムのメチル化が抑圧された遺伝子組換え系列に おいて、この特別な遺伝子は過剰なメチル化を保持している。かように、ゲノム中のメ チル化は、特定の単一遺伝子で決定されたり、ゲノム全体で決定されたり、多様に制御 されているようである。(Ej,hE,Kj)
良い種子(The good seeds)
生殖細胞質銀行を作ろうという長年の努力の結果、非常に多様な植物を表現する種 子が収集されてきた。その中には、伝統的な作物だけでなく、非常に多くのもの--- それら作物の野生種や雑草のような親戚、さらには正常な農耕の流れには現れない 異常な、またまれな植物---が含まれている。TanksleyとMcCouchが議論しているよ うに、これらの種子銀行は作物を改良したり、多様化しようと期待している農学者 に非常にすばらしい資源を提供するものである(p.1063、またMannによるニュース 記事p.1038参照のこと)。植物のゲノムの理解に関する最新の進展によって、こう した生殖細胞質銀行は従来よりますます有益なものになってきている。分子遺伝学 の力を伝統的な植物の育種技術と結びつけることができるようになったからであ る。 (KF)
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