AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science January 17, 1997, Vol.275


NMR 分光による量子的計算(Quantum computing with NMR spectroscopy)

素因数をみつけるような、計算が困難なある種の問題は、もし量子 的計算が実際的な方法で実現できるのならば、これまでよりずっと 高速に計算できるであろう。この計算では、純粋な量子的状態は論 理演算に対応している。実装されたあるいは提案された多くのスキ ームは、量子状態のコヒーレンスを維持するために、一個の原子を 隔離するかあるいは制御することが必要である。Gershenfeld と Chuang (p. 350; Taubesによるニュース解説 p.307を参照のこと) は、別の方法を提案している。この方法では、核磁気共鳴(NMR) により化学物質中の核スピンを操作して量子的な計算を行なう。 バルク状の試料の核スピンは統計的なアンサンブルを形成しており、 それらは急速にコヒーレンス状態から逸脱するため、このような アプローチは、見込みの無いように見えるかもしれない。しかし、筆 者らは、平衡にあるスピン状態からの逸脱は操作することができ、 それらはあたかも純粋な低次元の量子状態のように作用することを 示している。(Wt)

利き手を貸す(Lending a handedness)

多くの昆虫や植物の生体分子、例えばリグ ニン、の合成には、フェノキジラジカル反応による2つの分子のカップリングが 必要である。このような反応には、付着点や掌系(生成物の立体化学)のある種 の制御が、生体内で行われているように見えるが、in vitroで再構成された反応 ではほとんど特異性が見られない。Davinたち(p.362; 及び、Kaiserによる展望p. 306)は、レンギョウ(Forsythia)から78キロダルトンのタンパク質を単離した。こ のタンパク質は、触媒作用中心を欠いて いるが、酵素や通常の無機酸化剤の存在下でも、 立体選択的カップリングが可能であった。著者たちは、 この「操縦性」タ ンパク質はフリーラジカル中間体をを好ましい配向に保持していると示唆している。 (Ej,Kj)

電流の限界(Limiting the flow)

銅酸化物の高温超伝導体の多結晶の膜中を流れる電流は、しばしば結晶粒 の間の欠損や配列の乱れにより制限される。Pashitski たち (p.367) は、イットリウムにより安定化されたジルコニア上に成長 させた、TlBa2Ca2Cu3Ox の薄膜中の、結晶組織と超伝導電流の 両方の可視化像を作成した。そして、臨界電流密度は、主に、いく つかの角度の大きな角度で接しあう粒界によって制限されていることを見出した。 (Wt,Os)

間隙を作る(Forming a gap)

小惑星帯は、小惑星が存在しない数個の間隙と、小惑星が過剰に存在 する数個の高密度領域を有する、非一様な帯である。Liou と Malhotra (p.375) は、数値シミュレーションによって、外側の小惑星 帯中に生じている、非常に困惑的な間隙の一つ( 3.5 から 3.9 天文単位)を説明できるメカニズムを与えている。1千万年以上の タイムスケールにわたる、木星の微妙な内側へ向けての遊走と、土星 の外側へ向けての遊走が、外部小惑星帯中のこの間隙を再現することができる。(Wt)

自転の制御(Spin control)

マントル対流やプレートテクトニクスは地球の慣性モー メントを変化させる結果回転軸(地軸)を動かすが、過去1億年間の変化率は驚 くほど小さい。Richards たち(p.372)は、地球の回転極のこの安定性を理解する ため、マントル対流に伴う内部質量分布の変化をモデル化し、海洋プレートの沈み込み( subduction)がマントルでの質量移動の主要原因であることを見つけた。 古地磁気やホットスポットの研究から求められた極の小さな変動は 自転により引き起こされる膨張分の調整といった複雑なメカニズムではなく 過去の沈み込み(paleosubduction)により説明できる(Ej,Og,Fj)

実験的カオス(Experimental chaos)

生態系においてカオスは、非線形動力学の集 団生物学への応用から、ずっと以前から予想されていたが、この実験的な確認は 難しかった。以前の研究に上積みすることによって、Costantinoたち(p.389;およ びGodfrayとHassellによる展望;p.323)は、粉虫、Tribolium、のさなぎの死亡率 を操作することによって、個体数の一連の複雑なダイナミックなパターンを予測 し、これを実験的に確認することが出来た。この研究は、数個の簡単な方程式に よって、個体数の動的変化を、定量的に把握できることを示している。(Ej)

特殊から一般へ(From specific to the general)

生態学のように多様性と変化を あわせ持ったフィールドにおいて、一般化することは、望んでも難しいことであ るが、2つの新しい手法が報告されている。理論的研究に於て、Hanskiと Gyllenberg(p.397)は、以前は無関係であった、自然における2つのロバスト (ノイズや、環境の小さな変動に対して安定な)な経 験的パターン、即ち、種と面積の曲線と、分布と数量の曲線、を合体した。 BrettとGoldman(p.384)は、展望研究(meta-analysis)における統計学的ツールを 生態学的問題に応用した場合の価値を図解している。例えばすべての関連する出版文献 のデータから引用し、著者は、食物関連網(food-web)動力学の選択枝モデルの一つ を選べるようになっている。(Ej,Kj)

破壊のマーク付けから逃れる(Eluding tags form destruction)

細胞の中でユビ キチンタンパク質によってタグ付けされたタンパク質は、認識されて分解される。 Mustiたち(p.400)は、この様な制御された破壊は転写制御因子やプロトオンコジー ンc-Junの活性制御に役立つと報告している。c-Junタンパク質が、分裂促進因子 によって活性化されたタンパク質キナーゼによってリン酸化されていれば、その DNA結合と転写活性が増強されるだけでなく、ユビキチン化もまた抑止される。こ のようにして、c-Junを活性化させる成長因子やその他の刺激によって制御されて いる遺伝子の転写は、転写制御因子の分解を減らすことで増強される。(Ej,Kj)

電子1個による計算(Making single electrons compute)

計算機の心臓部であるプロセサーは、どんどん小さくなることを求められて いるが、そうなると、発熱を抑える工夫が必要になる。従って、演算に係わる 電流を減らす必要が出てくるが、今度は、量子効果によって、電子1個1個 の制御が困難になる。行き着く先が、電子1つ1つを閉じ込め、制御をする シングルエレクトロンによる電子計算機となる。Service(p.303)によるシングル エレクトロン電子制御による計算機の開発の現状が紹介されている。絶縁体に 囲まれたナノメートルオーダーの島(island)に電子を捕え、これを順序よく送り 出す制御が中心課題であるが、現在はそのサイズが数ナノメートルに達しており、 世界の主要研究機関(電総研、日立、日電、MIT, NTT,Cambridge Univ.,など) の現状紹介をしている。(Ej)

ネットワーク上での情報検索(Information retrieval on the Net)

研究者にとって情報検索は必要不可欠な仕事であるが、これを瞬時に行なう ことは長い間の夢であった。しかし、ネットワークの普及と電子図書館の実現 によって徐々に検索がオンライン可能になって来た。Schatz(p.327)による報告では、 研究関連の情報検索の現状と将来の展望がまとめられている。現在は、文字列に よる全文検索が可能になり、実装化されつつあるが、2000年を過ぎるころから 文章の構造を利用した内容(concept)検索が徐々に可能になっていくであろう。 特に、NSF, NASAによる電子図書館プロジェクトは、多数の研究機関を巻き込んで 開発を続けており、一部利用可能な状況になってきている。(Ej)
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