Science June 26 2025, Vol.388

日本への旧石器時代の航海 (Paleolithic seafaring to Japan)

約3万5000年前、ホモ・サピエンスが、台湾の海岸からは見えない日本の琉球列島に出現した。横断には、高度な航海技術と、強い流れの黒潮を航行するための適切な船を必要としたであろう。どんな船が用いられたのかについての考古学的証拠がないため、今回、共同する2つの研究チームが、この横断の実行可能性を評価するための実験的手法を報告している。Kaifuたちは研磨した石斧で丸木舟を製作し、Changたちは計算機シミュレーションを用いて、適切な出航場所と典型的な海流の変動性を特定した。45時間に及ぶこの横断は、この丸木舟が航行に堪え得ることを示し、海流とそれが作り出す複雑な潮流と戦うには、高度な航法と漕ぎの技術が必要であったことを示唆した。(Sk,nk,kh)

Sci. Adv. (2025) 10.1126/sciadv.adv5507, 10.1126/sciadv.adv5508

イカの進化を解き明かす (Revealing squid evolution)

頭足類は現代の海洋で最も成功している海洋無脊椎動物のひとつであり、5億年の歴史を持っている。しかし、軟体動物が化石化することはほとんどないため、その進化についてはほとんどわかっていない。Ikegamiらは、イカの体で唯一の硬い構成要素であるくちばし(カラストンビ)に注目して、今まで隠されていたイカの化石を見せる手法を開発した。その結果、イカは殻を脱ぎ捨てた後、急速に拡散し、1億年前までには高いレベルの多様性を達成したことがわかった。この発見は、イカの体型が初期の成功につながったことと、イカの拡散が白亜紀末の絶滅イベントによるものではないことの両方を示している。(ST,nk,kh)

【訳注】
  • 殻を脱ぎ捨てた:中生代の頭足類は、アンモナイトなど多くが殻を持っていた。
Science p. 1406, 10.1126/science.adu6248

菌類病原体が圧をかける (Fungal pathogen exerts pressure)

多遺伝子性適応は、選択が一度に多くの多様体群に対して働くものであり、適応において重要な役割を果たしている可能性があるが、大影響の少数遺伝子座に働く選択よりも検出するのが難しい。Metheringhamたちは、菌類病原体である(Hymenoscyphus fraxineus)によって数がここ数十年で大幅に減少してしまったセイヨウトネリコ(Fraxinus excelsior)のゲノム変化を調べた。彼らは以前に作られた約8000の関係しそうな多様体一覧の中で、若木と成木間のアレル頻度が有意な差を示し、また、これらの差が無作為に選ばれた多様体群より大きいことを示した。この結果は、多遺伝子性適応がこの集団で実際に生じている可能性と、これらの多様体の幾つかが介入の標的を指摘している可能性を示唆している。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • アレル頻度:相同染色体上の同じ座位にある対になった遺伝子の各々が、ある集団内に存在する割合のこと。
Science p. 1422, 10.1126/science.adp2990

特大の細孔を選び出す (Picking out extra-large pores)

微小結晶電子線回折法は、特大細孔(ELP)を持ちナノの大きさの2種のアルミノケイ酸塩ゼオライトの合成を目的とするコンビナトリアル法の生成混合物に対して、迅速選別を可能にした。Maたちは、16の前駆体ゲル組成を2つの異なる水熱処理条件の下で選別した。彼らは合成最適化の後、これらのELPゼオライトが、直径約1.2ナノメートルの球形自由空間を持つ22員環の細孔を持つことを明らかにした。これらのナノゼオライトは重質石油留分(工業用減圧軽油)を効率的に処理してディーゼル燃料とガソリン燃料へと転換した。(MY,kh)

【訳注】
  • 微小結晶電子線回折:X線回折は構造解析に数μm以上の単結晶を必要とするが、電子線では原子との相互作用がX線よりも数千~数万倍強いため、これを利用してさらに小さな結晶の構造決定を行う分析手法。
  • コンビナトリアル法:組み合わせを利用して多数の化合物を同時に合成し、その中から目的の特性を持つ化合物を探し出す手法。
Science p. 1417, 10.1126/science.adv5073

自発的な尿素形成 (Spontaneous urea formation)

炭素、窒素、酸素を含む最も単純な有機分子の一つである尿素は、化学と生命をつなぐ重要な化合物である。それは、最も重要な工業用化学物質の一つでもあり、主に肥料として用いられている。尿素の生産は通常、高温高圧という過酷な条件下での、アンモニアと二酸化炭素の直接反応に依存している。Azizbaig Mohajerたちは、単一液滴実験と量子化学モデリングとの組み合わせを用いて、常温条件下の(すなわち、エネルギーを必要としない、追加触媒なしの)水性エアロゾル液滴の気液界面において、これらの化学物質からの尿素の自発的形成を検出した。これは、液滴表面をまたぐ化学勾配によって可能になった。これらの発見は、様々な科学分野に影響を及ぼす。(Sk,kh)

Science p. 1426, 10.1126/science.adv2362

地球最古の岩石は何だろうか? (What may be Earth’s oldest rocks)

地球は溶融と再結晶化によって地殻を更新する習性があり、そのため自身の初期歴史の多くを消し去った。最古の時代である冥王代(Hadean)の鉱物の破片は存在するが、原始的な地殻が今も無傷で存在するかどうかについては、意見の一致はほとんどみられていない。Soleたちは、カナダ北東部のNuvvuagittuq Greenstone Beltの海洋岩石を再調査し、長寿命と短寿命のサマリウム-ネオジム同位体系を比較することで、岩石が最初に結晶化した時期を決定した。彼らの新たな分析は、約42億年前という年代を示しており、冥王代の地殻の一切れが残っている可能性を示すさらなる証拠となった。(Wt,kh)

Science p. 1431, 10.1126/science.ads8461

硫黄が代わりに (Subbing in sulfur)

分子骨格を部位選択的に修飾することで、創薬を効率化できる。従来、周辺の置換基の操作が最も容易だったが、近年、中心原子の編集においても大きな進歩が見られる。これらの手法の多くは、炭素、窒素、酸素の置換に焦点を当てている。ZhangとDongは今回、環状ケトンの炭素と酸素の代わりに硫黄を導入する手順を報告している。設計された試薬を用いることで、トリアゾール前駆体の芳香族化を介した、ケトン炭素への両骨格結合のラジカル切断が促進される。(Sh,kh)

Science p. 1436, 10.1126/science.adx2723

ドミノ効果 (A domino effect)

地震、火災、洪水といった自然災害は、人命や社会インフラに甚大な影響を及ぼす可能性がある。しかし、これらの事象は必ずしも単独で発生するわけではなく、連鎖的に別の事象を引き起こすことが多くある。Yanitesたちは、地表プロセスがどのようにして複雑な一連の事象を引き起こし、災害脆弱性を高め、人や財産にさらなるリスクをもたらすかを検証した。これらの問題を理解することで、地球表面全体で発生する極端事象の影響を予測するための、包括的かつ多重危険的対応型の枠組みの構築が容易になる。(Uc,nk,kh)

Science p. 1380, 10.1126/science.adp9559

時間軸上記憶の編成法 (How to organize memories in time)

エピソード記憶は、事象を順々に思い出すことで、過去の体験を心的に再訪することを可能にするが、エピソード記憶に対する時間的編成の根底にある脳の過程はどのようなものであろうか?Kanterたちは、ラットの海馬、 内側嗅内皮質(MEC)、外側嗅内皮質(LEC)における非常に数多くの神経細胞からの信号を同時に記録した。彼らは、記録期間にわたる神経細胞全体の、MECと海馬では起きなかった緩やかな変動をLEC中で観察した。この変動は、報酬提示あるいは一連の(好む)匂い提示などの個別的事象により影響を受けた。これらの結果は、LECがエピソード記憶のコード化を支える時間的文脈の表現に必要な性質を有していることを示唆している。(MY,kh)

【訳注】
  • エピソード記憶:個人的な体験や出来事に関する記憶。陳述記憶に属する。
Science p. 1384, 10.1126/science.adr0927

新石器時代のアナトリアにおける親族関係と文化 (Kinship and culture in Neolithic Anatolia)

古代のDNAは、近年の考古学研究において、特に化石への染色体性別の割りあてにおいて重要な役割を務め、歴史的社会構造の理解を助けてきた。2つの研究は、紀元前8000年から5800年にかけて生きていた395人の古代人からの安定同位体と骨格化石の分析結果を発表し、そのうち131人のDNA配列が解読された(Arbuckleの展望記事参照)。Yuncuたちは、親族関係のパターンがこの集落において時間の経過とともに変化したが、同じ家や近隣の家に住む人々は主に母系による血縁関係であったことを見出した。Koptekinたちは、より広範な地理的サンプリングにおいて、文化的慣習の混合なしの伝播を含む集団動態を記述している。(KU,kh)

Science p. 1386, 10.1126/science.adr3326, p. 1385, 10.1126/science.adr2915; see also p. 1372, 10.1126/science.ady6939

二十日鼠と兎 (Of mouse and rabbit)

損傷した臓器の再生能力は、再生能力を持たない哺乳類においても再活性化できる。例えば、ウサギは損傷した耳介(外耳)を完全に再生できるが、マウスやラットは再生できない。Linたちは、ウサギ、ラット、マウスにおける耳介再生について、比較単一細胞配列決定解析と空間トランスクリプトーム解析を行った。彼らは、レチノイン酸の産生不足がマウスとラットの耳介再生の失敗の原因であることを見出した。レチノイン酸の外因性補給、またはレチノイン酸合成における律速酵素の活性化は、再生を活性化するのに十分であった。したがって、ビタミンA代謝の調節が、通常は再生しない臓器の再生を促進する戦略となる可能性がある。(KU,nk)

【訳注】
  • レチノイン酸:ビタミンA(レチノール)の代謝物質で脊椎動物には必須。レチノール末端-CH2OHが-COOHになったもの。
Science p. 1387, 10.1126/science.adp0176

BAX低重合体形成の構造基盤 (Structural basis of BAX oligomerization)

アポトーシスの際に、細胞質中の単量体BAXタンパク質はミトコンドリア外膜へと誘導され、そこで 低重合体形成によって活性化される。他の全ての既知の孔形成タンパク質とは異なり、活性化BAX低重合体は非常に多様なサイズと形状を示す。即ち、弧状、線状、環状、あるいは孔状など、それぞれは膜を透過したり破壊することとができる。Zhangたちは、すべてのBAX低重合体に共通する繰り返し単位の低温電子顕微法構造を解明することで、その多様性の背後にある分子機構を明らかにした。この繰り返し単位は、BAX二量体の二量体として構成され、突き出たC末端ヘリックスを介して別の繰り返し単位に結合している。(KU,kh)

Science p. 1409, 10.1126/science.adv4314

構造色を再現する (Reproducing structural color)

イカやタコは、迅速適応色変化で知られており、それは効果的に迷彩を施すことを可能にする能力であり、そして情報交換にも用いられる。Bogdanov たちは、これらの色を作り出す細胞(虹色素胞)と細胞塊(斑点)の詳細な調査を行った(Shawkeyによる展望記事参照)。そこには細胞やその他の構成要素が複雑に分布しており、それらが、その構成要素である曲がりくねった小板柱から生じる勾配屈折率を示し、その結果が構造色となっていた。この系の計算モデル化は、調整可能な可視光および赤外光の分光応答を示す、人工的に作られたナノ構造の設計を支援した。著者らは、これらの構造を布地や衣類などの複合材料に組み入れた。(Sk,kh)

Science p. 1389, 10.1126/science.adn1570; see also p. 1368, 10.1126/science.ady8062

スローモーションの隠された力 (The hidden power of slow motion)

スロー・スリップは、地震に影響を与える、断層の静かだが強力な特徴である。南日本沖の南海トラフのような津波が発生しやすいプレート境界に沿ってスロー・スリップを検出することは、リスクを評価するのに役に立つ。Edgingtonたちは、海底試掘孔に設置したセンサーを用いて、スロー・スリップを高い流体圧力、および地表付近の揺れや低周波地震の発生に関連付けた (Obaraによる展望記事参照)。一方、Ozawaたちは、2024年に発生したモーメント・マグニチュード6.7の日向灘地震の前後数週間の陸地変形を追跡し、スロー・スリップが本震の引き金となった可能性を明らかにした。どちらの研究も、地震サイクルにわたって、どのようにエネルギーが分配されるるかに対するスロー・スリップの役割を強調している。(Wt,nk,kh)

Science p. 1396, 10.1126/science.ads9715, p. 1401, 10.1126/science.adu7076; see also p. 1369, 10.1126/science.ady7173

プロバイオティク・プロドラッグ (Probiotic prodrugs)

消化器疾患を対象とする多くの治療薬には、オフターゲット効果(標的外作用)が存在するが、活性医薬の局在を腸管組織に限定することで、これらの効果を軽減できる可能性がある。Maらは、ステロイド薬であるデキサメタゾンを植物キシログルカンと結合させることで不活性化するという革新的な戦略を提示している(XieとChenによる展望記事参照)。マウスおよびヒトの腸管における微生物グリコシダーゼによって脱結合が起こり、これによってキシログルカンが除去されてデキサメタゾンが再活性化される。この製剤は、炎症性腸疾患の治療において、非結合型デキサメタゾンよりも全身作用が少なく、より高い有効性を示す可能性がある。(hE)

【訳注】
  • プロバイオティク:腸内微生物のバランスを改善することによって宿主動物に有益に働く生菌添加物
  • プロドラッグ:生体内で代謝されることで初めて薬理活性を発揮する薬物
Science p. 1410, 10.1126/science.adk7633; see also p. 1371, 10.1126/science.ady9507