Science June 12 2025, Vol.388

噴火を聴取する (Listening in on an eruption)

アイスランドのレイキャネス半島では、800年にわたる静寂の後、亀裂からカーテン状の溶岩が噴出して町を横切り、避難を余儀なくさせている。マグマの流れを追跡することは噴火の予知に役立つが、最良の衛星データ解析でも、マグマ流の時間分解能は数時間から数日である。Liたちは、既存の通信ケーブルに接続された分散型音響記録システムを用いて、最近の9回の噴火におけるマグマ移動による地上の動きを分単位で記録した。それらの記録は、各噴火の15分から22分前の極大マグマ流を示しており、最大規模の噴火の30分前に発せられた早期警報を支持していた。(Wt,nk,kh)

Science p. 1189, 10.1126/science.adu0225

非キラルな結晶によるキラルな芸当 (A chiral trick by an achiral crystal)

約200年間、化学者たちは偏光の吸収および回転に頼ってキラル化合物を識別してきたので、「光学活性」という用語は、鏡面対称性や反転対称性が構造的に存在していないことと同義に用いられることが多い。Parrishたちは今回、中心対称性を持つある特定の結晶性固体であるリチウム・コバルト・酸化セレン化合物(Li2Co3(SeO3)4)が、それにもかかわらず左右の円偏光を差異を持って吸収しうることを報告している。彼らはこの観測結果を、直線偏光二色性と直線偏光複屈折性との相互干渉効果として説明していて、この応答を従来の光学活性からのものと区別する、一般的な対称性要件を導き出している。(MY,kh)

Science p. 1194 10.1126/science.adr5478

予期せぬものを発見する (Revealing the unexpected)

ウイルス・ゲノムの機能的アノテーションは難しく、特にウイルスの培養が関係する場合に、その中にはヒトにとって危険なものもあるためである。この作業は、またウイルスのオープン・リーディング・フレーム(ORF)を特定することが困難な場合が多いため、計算的手法を用いても困難である。Weingarten-Gabbayたちは、プラスミド中に挿入されたウイルス・ゲノムの断片を用い、次いで細胞中に導入することで、ウイルス培養の危険性を回避する大規模リボソーム・プロファイリング法を考案した。この手法は、感染経路を変化させて強力な宿主免疫応答を仲介する方法でウイルス・タンパク質発現を制御し、多くの異なるウイルスにおける非標準的な翻訳を同時に調べることを可能にするペプチドを検出し、そしてこの手法はワクチン開発のための手段となる。(KU,kh)

【訳注】
  • オープン・リーディング・フレーム:ウイルスゲノム中のタンパク質へと翻訳される部位の開始コドンから終止コドンまでの領域を指す
Science p. 1218, 10.1126/science.ado6670

均衡作用 (Balancing act)

入射太陽光からの正味の入力エネルギー・フラックスが、地球の大気圏上層における長波超放射の出力エネルギー・フラックスよりも大きいか小さいかによって、気候は温暖化または寒冷化する。衛星データは、温暖化をもたらすエネルギー不均衡が2001年から2023年の間に強まったことを示していた。Myhreたちは、気候感度の低い気候モデルでは、地球のエネルギー不均衡のこの傾向が再現されないことを示している。彼らの知見は、大気中の温室効果ガス濃度の上昇が、現在のほとんどのモデルが予測するよりもさらに温暖化を引き起こす可能性が高いことを意味している。(Uc,nk)

Science p. 1210, 10.1126/science.adt0647

RNA侵入によるG4鎖の分解 (G4 resolution through RNA invasion)

ゲノムDNAは通常、二重らせん構造を形成するが、グアニン四重鎖(G4)構造のような異なる構造に折り畳まれることもある。G4鎖は転写調節因子として機能するが、適切に制御されない場合、ゲノムの完全性を脅かす可能性がある。Satoたちは、アフリカツメガエル卵の抽出物と哺乳類細胞モデルを用いて、ゲノム全体のG4鎖空間配置を制御する複雑な機構を明らかにした。G4鎖はDNA損傷として認識され、G4鎖の向かい側に相同配列依存的なRNA侵入を引き起こし、「G-ループ」構造を形成する。この構造の調節された分解は、G4鎖の分解とRNAを含む鎖の再生につながる。これは、ゲノム構造の復元、およびその完全性と機能の維持におけるRNA転写産物の役割を明らかにしている。(KU,kh)

Science p. 1225, 10.1126/science.adr0493

お隣への電子供与によるドーピング (Doping by donating to a neighbor)

バンド配列効果が、隣接する二硫化スズ単層膜中への電子の輸送により二セレン化タングステン二分子膜での高濃度の正孔ドーピングが可能にする。半導体膜へのドーピングにはイオン注入がしばしば用いられるが、これは数層の遷移金属ジカルコゲナイドでは困難である。Zhaoたちは、外部ゲート・バイアスを用いてバンド・オフセットとファン・デル・ワールス界面を横切る電荷移動の調整が、1.49×10^14/cm2の正孔密度を実現できることを示している。この密度は従来の誘電限界の約5倍に相当する。(Wt,KU,kh)

Science p. 1183 10.1126/science.adp8444

Cat1フィラメントは抗ウイルス免疫を付与する (Cat1 filaments confer antiviral immunity)

CRISPR-Cas系は、RNA誘導複合体を用いて細菌および古細菌をウイルス(ファージ)感染から防御する。CRISPR-Cas9のような、多くの場合に、その複合体はファージ・ゲノムを直接破壊することで免疫を提供する。CRISPR-Cas10の場合、RNA誘導複合体は環状ヌクレオチド二次メッセンジャーを合成し、ファージ感染サイクルの遮断を担う下流エフェクターを活性化する。Bacaらは、CRISPR関連のTIRタンパク質エフェクターであるCat1について報告している。Cat1は環状ヌクレオチド・リガンドと結合すると長いフィラメントを形成し、三角および五角形のフィラメント束からなる大規模なネットワークを形成する。これらのフィラメント内のTIRドメインはニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチドを切断し、感染宿主からこの必須代謝物を枯渇させることでウイルスの増殖を防ぐ。(hE,kh)

Science p. 1177, 10.1126/science.adv9045

適応における逆位 (Inversions in adaptation)

染色体逆位は適応に重要であることがわかっている。これらの構造多様体は組換えを抑制し、多様体の集合が一緒に伝達されることを可能にする。Blumerたちは、アフリカのいくつかの湖で非常に種の豊富な適応放散を特徴とする魚類の系統群であるマラウイ湖シクリッドの240種から1375個のゲノム配列を決定した。著者らは、これらの領域がこの種全体で適応時に繰り返し使われてきたことを示すゲノム・サインだけでなく、これら個体群に多数の種分化を起こす逆位を見出した。これらの逆位のいくつかは主に感覚組織に関わる遺伝子を含んでいるようであり、そのうち2つは性決定に関連していた。(Sh,kh)

【訳注】
  • 染色体逆位:染色体の一部が切断され、その断片が180度回転して元の位置でつながる遺伝子の再配列。
  • 適応放散:生物種が共通の祖先から分岐し、異なる環境に適応するために多様な形態や生態学的特徴を進化させる現象。
  • ゲノム・サイン:ゲノム内の塩基配列の特徴的な繰り返しや頻度。単一塩基をいくつか例示してもゲノムの特徴を表せないが、特徴的な複数塩基の組合せパターンを用いるとゲノムの個性が表現できる。
Science p. 1178, 10.1126/science.adr9961

肺の発がんを詳細に調べる (A close-up look at lung carcinogenesis)

禁煙促進に関する近年の進展にもかかわらず、タバコ起因の肺がんは相変わらず一般的で致命的な疾患である。これらのがんは通常、タバコへの最初の曝露から数年または数十年後に現れるため、広域発がんとして知られる、肺の前がん状態変化に関する詳細な知見は、危険な状態にある患者を特定することや早期介入のための取り組みに役立つかもしれない。この生物学的現象を研究するため、Gomez-Lopez たちは、発がん物質に曝露されたマウスと、喫煙歴の有無を問わないヒトの肺細胞に関する詳細な解析を行った。この知見は、肺中の細胞の進化と競合における発がん物質起因の変化を明らかにし、前浸潤性病変を引き起こす細胞とそれに関係する機構の特定に役立つ。(Sk,nk)

【訳注】
  • 前浸潤性病変:がんに進行する前の段階である病変の状態
Science p. 1179, 10.1126/science.ads9145

触媒状況の図化 (Mapping a catalytic landscape)

特定の酵素の触媒活性は、その環境と特殊な代謝ニーズに応じて、異なる種の相同遺伝子間で大きく異なる場合がある。しかし、このような差異がどのように進化し、特殊な構造的特徴とどのように関連しているのだろうか?Muirたちは高処理能力のマイクロ流体システムを用いて、酵素アデニル酸キナーゼの約200種の相同遺伝子を解析し、その結果としてのデータを用いて触媒活性のランドスケープ図を構築した。生育温度と活性の間にはわずかな相関しか見られず、高活性ピークは状況に広く分布しており、独立して進化した可能性がある。現在のタンパク質言語モデルは酵素を構造によってグループ化するが、触媒活性状況を予測することはできない。しかしながら、実験的な活性データを用いてモデルを学習させる可能性はある。(KU,kh)

Science p. 1180, 10.1126/science.adu1058

酸が邪魔物を阻止する (Acid stops the clogs)

二酸化炭素の電気化学的還元は、その反応が、温室効果ガスを原料として用いる環境的に持続可能な方法を提供するため、急激に研究が進んでいる分野である。最適な電極設計が触媒へのガス輸送効率を最大化するかも知れないが、重炭酸塩の沈殿による根強い問題が長い間邪魔となっていた。Haoたちは、二酸化炭素の供給流に少量の揮発性の酸を添加することで、この重炭酸塩の沈殿を防ぎ、最大4500時間にわたって連続的な還元を推進できることを見出した。(Sk,nk,kh)

Science p. 1182, 10.1126/science.adr3834

隣人を殺し、自給せよ(Kill your neighbor, feed yourself)

細菌は、4型と6型の分泌装置(それぞれT4SSとT6SS)を通じて毒素を送りこむことで他の細菌を溶解する、接触依存型の敵対装置を進化させてきた。これらのバクテリオファージ様装置は、細菌間の競争を減らすための機構と元来考えらえれている。Stubbuschたちは、T6SSが、標的細胞を殺した後の「摂食」にも使われうることを見出した(NadellとMarxによる展望記事参照)。細菌のある種が簡単に得られる食料源を見つけられない場合、その種は、栄養源となり得る他の種が存在していれば生き残った。生存は、共存種を緩やかに溶解させることで必須の栄養素を摂取するのに使うことができる、完全なT6SSを持っているかに依った。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 分泌装置:細菌内の物質を細菌外に輸送する細菌の細胞質膜や外膜にある装置。形状、動作、機能により多くの型が知られている。
Science p. 1214, 10.1126/science.adr8286; see also p. 1134, 10.1126/science.ady7008

水生生物による窒素固定 (An aquatic fixation)

窒素ガスを、生物学的に利用可能な固定窒素に変換する生物学的窒素固定は、陸域および外洋系において広く研究されてきたが、内陸水域および沿岸水域におけるこの過程についてはあまり知られていない。Fulweilerたちは、内陸水域および沿岸水域が、驚異的な割合で窒素を固定していることを見出した(Brezonik による展望記事参照)。これらの生息地は地球表面の10%??未満しか占めていないが、それらが陸上および海洋における窒素固定の約20%を担っている。(Sk,kh)

Science p. 1205, 10.1126/science.adt1511; see also p. 1130, 10.1126/science.ady3520

血管系の迅速な設計 (Rapid vascular system design)

小さな細胞集団はその周囲から栄養素と酸素を取り込むことができるが、より大きな組織は十分な輸送と入手可能性を確保するために血管系を持つ必要がある。この制約は、血管系の設計とその後の製作の複雑さから、合成組織を設計する際に課題となる。Sextonたちは、臓器や組織の模造物を作成するための血管樹を迅速に設計するためのモデル駆動型設計技術基盤を開発した(HuangとJuによる展望記事参照)。このモデルは、分岐点や階層的血管樹の状況における流れのパターンと圧力などの血行動態特性を含み、任意の複雑な形状の製作が可能である。著者たちは、生体反応器内で細胞生存率の向上を示す3次元バイオプリントされた血管ネットワークの灌流を実証している。(KU,kh)

【訳注】
  • 生体反応器:生体触媒を用いて生化学反応を行う装置の総称。
Science p. 1198, 10.1126/science.adj6152; see also p. 1133, 10.1126/science.ady6122

マラリアを防御する黄疸 (Protective jaundice)

マラリアを引き起こすマラリア原虫は、赤血球に侵入して増殖し、血球破壊を引き起こす。原虫は、ヘムを不活性なヘモゾイン結晶へと転換することにより、鉄が豊富な酸化還元条件を無害化する。しかしながら、マラリアに感染した一部の人たちは黄疸を発症し、これは彼らがビルビリン産生をもたらす別の経路でヘムを無害化していることを示している。Figueiredoたちは、マラリアに感染した人たちがビリルビン抱合を阻害することを見出した。これはマラリアにおける黄疸が有益であるかもしれないことを示している(KloehnとSoldati-Favreによる展望記事参照)。マウスにおける実験は、非抱合型ビリルビンが原虫の細胞内に入り込んで原虫の食胞とミトコンドリアを破壊し、ピリミジン合成とヘモゾイン結晶化を阻み、増殖を抑制することを示した。そのため、マラリア存在地域に暮らす人々にとって、黄疸は進化の上で利点があるように見える。(MY)

【訳注】
  • ヘモゾイン:原虫にとって有害なヘムを無害化するために、生体内結晶化により作られる不活性な不溶性結晶。
  • ビリルビン抱合:赤血球が破壊されるとヘモグロビンが分解され、黄色の色素であるビルビリンが生成される。ビルビリンは肝臓でグルクロン酸と結合して水溶化し胆汁に排泄される。この肝臓における過程のことをビリルビン抱合と呼ぶ。ビリルビン抱合異常は黄疸を引き起こす。
Science p. 1181, 10.1126/science.adq6741; see also p. 1132, 10.1126/science.ady7161