Science July 26 2024, Vol.385

雨降りと土砂降り (Raining and pouring)

気候変動が続くと、大気の温暖化によって大気はより多くの水を保持できるようになり、降水量が増える。雨が増えることの必然的な結果は降水量の変動が大きくなり、これは予測は易く、実証は難い類の現象である。Zhangたちは、世界の毎日の降水量の記録を使用して、この予想される降水量の変動の増加が、過去1世紀のデータで実際に検出可能であることを示した。この傾向は、ヨーロッパ、オーストラリア、北米東部で最も顕著であり、社会と生態系の適応をさらに困難にしている。(Uc,kh,nk)

Science p. 427, 10.1126/science.adp0212

酵素によるフルオロアルキル化 (Enzymatic fluoroalkylation)

炭素-フッ素結合は、天然由来の生体分子にはめったに存在しないことで知られている。Liたちは、トリフルオロヨードエタンが、ビニル・アレーンにラジカル付加することによってフルオロアルキル供与体として作用する酵素反応手法を開発した。この酵素はフラビン補因子を発色団として用い、この活性部位は、ラジカル中間体への水素原子移動における立体制御性を提供する。著者たちは計算機実験と生化学実験を行って反応機構を研究し、また、より長鎖のフルオロアルキル鎖とポリフルオロアルキル鎖を含むよう反応の範囲を拡張した。(MY)

【訳注】
  • アレーン:単環式または多環式の芳香族炭化水素。
  • フラビン補因子:フラビンは4窒素を含有するヘテロ三環式化合物で可視光短波長領域に吸収を持つ化合物。呼吸系の電子伝達に関わる補因子(酵素の触媒活性に必要なタンパク質以外の化学物質)として知られている。
Science p. 416, 10.1126/science.adk8464

食欲をいかに減らすか (How to reduce the desire to eat)

グルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)は食物摂取の終了のシグナル伝達において中心的役割を果たす。GLP-1受容体作動薬は非常に成功した肥満用の薬物療法であり、これは食物の合図への視床下部応答の減少およびヒトでの食物嗜好性の知覚の変更を含む、食物認知における変化と関連している。しかしながら、これらの作動薬の標的は十分明らかにはなっていなかった。Kimたちは、これらの作動薬と相互作用して食物への欲望の低下を誘導する視床下部回路を特定した。これらの結果は、GLP-1受容体作動薬が認知上の満腹感を増して、肥満を緩和する鍵である、食物の過剰摂取を防ぐ神経経路への洞察を与える。(hE,kh)

【訳注】
  • GLP-1:人間の体内に存在するホルモンで、インスリンの分泌を促して血糖値を下げる役割を担っている。GLP-1受容体作動薬は、GLP-1受容体に結合してアゴニストとして働き、インスリンの分泌を促したり、グルカゴンの分泌を抑えたりする。これによって血糖値を下げるほか、脳内の視床下部に作用して食欲を抑える作用も持つ。
Science p. 438, 10.1126/science.adj2537

突くと飛び移る量子情報処理 (Quantum processing with a nudge and a hop)

量子計算のためにいくつかの技術基盤が開発されてきた。これら技術手法は、捕捉イオン、中性原子、超伝導量子ビット、半導体量子ビットを利用している。これらは共鳴量子ビット制御によって動作するものの、通常、高周波で複雑な信号が不可欠となるため、量子ビット間の混信や急激な加熱といった有害な影響を及ぼしてしまう。Wangたちは、離散的でデジタル制御可能なパルスのみで動作できる量子計算技術基盤を実証している。彼らは、量子ドットの小規模配列を用いて、スピン状態がある量子ドットから別の量子ドットへ突くと飛び移るかの如く移動させることができることを示している。この効果の大規模配列への拡張が、追加ハードウエア経費が少ないより単純な基盤にて量子情報処理が可能であることを実証する。(NK,kh)

Science p. 447, 10.1126/science.ado5915

ジェットからのガンマ線輝線 (A gamma-ray emission line from a jet)

ガンマ線バースト(GRB)は、宇宙論的距離からの高エネルギー光子による一時的な閃光である。これは、ブラックホールによって相対論的ジェットが地球に向かって放射されたときに生成される。GRBのガンマ線スペクトルは、吸収線や輝線のない滑らかな連続スペクトルからなっている。Ravasioたちは、2022年10月に発生した異常に明るいGRBのガンマ線の観測結果を分析した。彼らは、GRBの開始から280秒後に現われ、その後、より低エネルギーにシフトしながら急速に消えていった輝線を特定した。著者たちは、この輝線をGRBによって生成された相対論的ジェット内の電子-陽電子の対消滅によって生み出されたと解釈している。(Wt,kh)

Science p. 452, 10.1126/science.adj3638

脳で作られる絆 (A bond made in the brain)

発育期の社会的行動の基礎をなす神経機構は十分には分かっていない。Liたちは、母親との離別・再会の間に子と母親との絆が作られる神経基盤をマウスで研究した。子が自分の母親と再会すると、脳の不確帯領域中のソマトスタチン発現ニューロンが、その活動を強めた。このニューロン集団の活動を調節すると、子のストレス行動や学習行動に影響した。これは、これらのニューロンが、幼児期に社会的知覚情報を処理してストレスを最小化し学習能力を高める上で極めて重要であることを示唆している。(MY)

【訳注】
  • 不確帯:腹側視床の一部を構成する哺乳類の脳の灰白質の小領域。内包の内側、背側視床の腹側に位置する。
  • ソマトスタチン発現細胞:抑制性ニューロンは発現ペプチドによる分類が広く用いられ、大脳新皮質では一般的に、パルブアルブミン発現細胞(介在ニューロン中で最も多い)、ソマトスタチン発現細胞(2番目に多い)、その他の抑制性神経細胞の三群に大別されている。
Science p. 409, 10.1126/science.adk7411

異性体の反応景観を航行する (Navigating isomer landscapes)

化学者は通常、目的とする生成物への単一の反応経路を最適化することを目指す。複雑な分子の異性化は、分子のある一部の微調整がその近傍の他の部分の感受性に影響を与えて複数の競合処理過程につながる可能性があるため、この方法に課題をもたらす。Carderたちは、ヘキソース糖間の光駆動立体異性化反応の速度を綿密に図化した。反応性の完全なネットワークをより深く理解することで、彼らは次に反応時間と触媒設計を調整し、複雑な反応景観全体で特定の異性体を選択することが出来た。(KU,kh)

Science p. 456, 10.1126/science.adp2447

欠陥を取り入れる (Borrowing defects)

セラミックは塑性変形せずに割れるが、これは1つには、金属などのより延性のある材料と比較してセラミックの転位欠陥の数が少ないことに起因しているかもしれない。Dongたちは、セラミック-金属の界面を慎重に選択することにより、歪み中に金属で生じた転位欠陥をセラミック中に移行できることを示している。その結果は、引張特性の劇的改善であり、脆いセラミックの特性を改善する別の方法を示唆している。(Sk,kh)

Science p. 422, 10.1126/science.adp0559

醸造の困難な仕事 (The difficult task of brewing)

環境ストレス因子存在下での形質の堅牢性は、生物の生存に不可欠だが、十分に理解されていない。タンパク質折り畳みシャペロンであるHsp90は、細胞ストレスからの保護に役立つが、この仕組みでさえ打ち負かされる可能性がある。Condicたちは、Hsp90のストレス因子であるエタノール濃度の上昇がさまざまな糖の代謝とどのように相互作用するかを理解するために、多くの品種の培養酵母と野生酵母を研究した。彼らは、糖代謝に関与する遺伝子の重複が生存率の改善につながりうること、およびこれらの遺伝子重複が醸造用に培養された酵母で知られている現象を再現することを見出した。(Sh)

【訳注】
  • シャペロン:他のタンパク質が酵素・神経伝達物質・ホルモンなどの機能を発揮するために、正しく折り畳んで必要な立体構造を形成するのを助けるタンパク質の総称。
Science p. 405, 10.1126/science.adi3048

コヒーシンがニューロンの多様性を形作る (Cohesins shape neuronal diversity)

確率的遺伝子選択は、細胞の種類と機能の多様化を可能にする。クラスター化されたプロトカドヘリン(Pcdh)遺伝子の確率的発現が、神経系内の神経形態と接続様式の多様性の根底にあると提唱されている。Kieferたちは、確率的Pcdh遺伝子の選択がゲノム折り畳みと後成的サイレンシングの間の結合を必要とすること、そしてニューロン間の発現の多様化が神経細胞種類間の接着のDNAループ押し出し活性に依存していることを見出した(KawaokaとLomvardasによる展望記事参照)。これらの知見は、神経解剖的構造と機能の多様化に対する1つの論理を示唆し、クラスターに配置された遺伝子がどのようにして確率論的に配線して、細胞の特異性を実現しうるのかに対する一般的原則を明らかにしている。(KU)

Science p. 406, 10.1126/science.adm9802; see also p. 370, 10.1126/science.adq5225

恐怖記憶を格納する細胞を選ぶ (Selecting cells to store fear memories)

脳のある部位の適合性ニューロンの僅かな部分だけが、記憶痕跡の一部となるのに利用できる。このニューロン動員の根底にある機構は現在分かっていない。Santoniたちは、連合恐怖学習の間の扁桃体外側核のクロマチン可塑性に注目することで、この問題に取り組んだ(Krabbeによる展望記事参照)。ヒストン・アセチル転移酵素をニューロン間でまばらに過発現させてクロマチン可塑性を高めた後、ヒストン・アセチル化が高められたニューロンは記憶痕跡へと優先的に登録される。この過剰発現は扁桃体外側核の主細胞が持つ固有の興奮性を変化させ、これは、クロマチン接近可能性の向上と、主としてシナプス・タンパク質に関する遺伝子発現の変化とを伴う。これらの結果は、ニューロンの後生的な修飾が、学習情報を格納するのに選択されるニューロンの適合性を特徴づけることを示している。(MY,nk)

【訳注】
  • 記憶痕跡:記憶に対して脳内で形成されるとされている生物化学・生物物理学的な変化・構造のこと。記憶エングラムともいう。
  • 連合恐怖学習:それ自体では恐怖反応を引き起こさない音や光などの中性的な刺激(条件刺激)と電気ショックなどの恐怖刺激を対呈示することにで、恐怖を学習させる方法。
  • 扁桃体外側核:恐怖連合学習において条件刺激と恐怖刺激の連合を担っている脳領域。
  • ヒストン・アセチル転移酵素:ヒストン・タンパク質中の特定のリジン基へのアセチル化を行う酵素。アセチル補酵素A(アセチルCoA)から供与されたアセチル基をヒストンのリジンに転移させるのでこの名が付いている。
  • クロマチン接近可能性:転写因子がクロマチン上の標的領域と結合できる可能性のこと。標的領域でヌクレオソーム(DNAがヒストンに巻き付いた構造)が密(ヘテロクロマチン)になっていると転写因子は結合できず、疎(ユークロマチン)になっていると結合容易となる。
Science p. 408, 10.1126/science.adg9982; see also p. 367, 10.1126/science.adq8496

安定化させるフッ化物処理 (A stabilizing fluoride treatment)

気相フッ化物への曝露は、ペロブスカイト太陽電池部品の大面積対応性のある安定化を可能にする。Zhaoたちは、密閉された容器中で、フッ化アンモニウムを加熱することにより発生させたフッ化水素蒸気に、ヨウ化ホルムアミジニウム鉛膜を曝露することで、(従来法で)安定化層を溶液として被覆する間に生じる蒸発起因の濃度変動を軽減させた。強力な鉛-フッ化物結合が欠陥形成を抑制し、表面近くの陰イオンを固定した。電力変換効率は、0.16平方センチメートルの単一電池で24.8%、228平方センチメートルの部品で18.1%であった。部品は均一な性能を示しただけでなく、40°Cにおける太陽相当の照明下での3000時間連続動作後も、最小限の劣化を示した。(Sk)

Science p. 433, 10.1126/science.adn9453

スケーリングの破れ (A break in the scaling)

地震の規模はさまざまで、最も大きく複雑なものが最も危険である。課題は、より小さな事象から得られた情報を、より大きな事象を理解するために単純に規模拡大できるかどうかを見極めることである。Gabrielたちは、地震観測と物理学に基づく地震モデルとを組み合わせて、その違いを明らかにした。その結果、複数の断層からなる複雑な破壊が発生する場合の条件を概説し、また、大地震と小地震の両方に対して根本的に異なる破壊プロセスが支配していることを示している。(Wt,kh)

Science p. 407, 10.1126/science.adj9587